きみとしたいこと。



















《手繋ぎとキス》






「…………」






あなたの笑顔に。
あなたの仕草に。
俺は、何を思う…?





雨。
梅雨だもの、薄く烟った空は、かえって心地いい。







そんな雨の日、とあるスタジオで。
今日は打ち合わせ。
ここへ来る前にひとつ用事を済ませてから来たから、集合時間よりもちょっと早めに着いた。
今日これからここへ来るのは葉山っちと、イノちゃん。
久方ぶりライブを控えた俺たちの、今日は大切な日。






「ーーーって言ってもかなり早かったかも」


二人も別件の仕事を終えてから来るって言ってたから、もしかしたらぎりぎりかもしれないね。
お昼でも食べていようかな。
お茶でもいいな。




「そうだ、お茶飲もう」



外は雨模様。ひんやりと冷たいから、あったかいの。
控え室のポットで紅茶。
紙コップから立ち上る湯気ににんまりしながら、俺はそうだ!って思いついた。



「イノちゃんから届いたー」


俺は鞄をごそごそ。
そう。今朝届いた、イノちゃんからの小包。
開ける時間も無く、そのままの梱包で持ってきた。
時間を見つけて出先で見ようと思って。



「わ、格好いい!」


出てきたのは彼の最新のブルーレイ&フォトブック。
ライブ映像はここでは見られないから、これは帰ってからのお楽しみ。
同梱のフォトブックは分厚い、写真がいっぱい!これはイノちゃんのファンの子達は喜ぶよね!



以前の彼のライブフォト。それがとっても臨場感溢れる感じで綴じられている。
俺はあの時のライブは行けなかったけど、彼がどれほどライブを楽しんだかがわかる。
素敵な写真。

ーーーそれから、




「オフショットもいっぱいだ」



楽屋でイノラン バンドのメンバー達と。
何気ないフラットな彼が写ってる。
こうゆうのも良いね。


オフショット。
俺も自分のフォトブックなんかで経験あるけど。
写されてる時はわからないけど、こうして形になってみると自分でもわかる。
こんな顔して笑ってたんだぁーって、後からちょっと照れ臭い。
…けど、この時の素直な感情が写ってるんだなぁって、わかるんだ。



ーーーだから。



「ふふっ、イノちゃんすっごく嬉しそう」



この時の彼は、心底嬉しくて、幸せなんだろう。

バンドメンバーと、心から笑って。







「………………」




ーーーーーーツキン…。




「…っ、」




今、俺…

胸。ーーー痛んだ?





「なんで?」



なんで?
なんでって、そんなの。
ひとつしかないでしょ。
ひとつしかないって知ってて、気付かないふりしてる。

俺。




「ーーーーーーー最低だ」


…俺。

















「おはようございます。ーーーあ、隆一さん早いですね」




「ーーーーーー葉山っち…」




おはよう、も。言えない。
自己嫌悪の底にいる俺。
葉山っちの方を向くだけで精一杯で。

そんな俺に、葉山っちも気付いたみたい。





「…どうしました?具合でも…」

「ううん、具合は…」

「え?」

「平気」



平気じゃないのは、気持ち。
狭すぎる、俺の気持ちだ。



「…大丈夫ですか?」

「ーーーん、」

「隆一さん」

「ごめんね、ちょっと…」

「僕にお気遣いは無用ですよ。隆一さんが大丈夫ならいいです。ーーーでも、」

「ーーー」

「大丈夫そうに見えないです」



葉山っちは、眉間を寄せて困ってる。
心配してくれてる。
ーーーごめんなさい、本当に。



そんな時だ。
とてもじゃないけど良い顔してない俺を見て。
葉山っちは。




「そんな顔はイノランさんにしか見せちゃダメですよ」

「ーーーぇ、?」

「僕はまぁ、不可抗力として。隆一さんの仕事のパートナーとしていいですけど。ーーー他のひとです」

「ーーーほか?」

「そうです。今あなた、どんな顔してるか知ってますか?」

「ーーーーーー…ぐちゃぐちゃ、」

「ーーー」

「嫌な顔」



あんなにきらきら笑うイノちゃん。
それは俺に向けてじゃない。
ーーーそんなヤキモチっていう気持ちに支配された、ぐちゃぐちゃな顔だ。
ーーーやな顔だ。




「違います、そうじゃないです」

「ーーーぇ、」

「隆一さん、なんであんなに切ない歌うたうくせにわかんないんですか⁇」

「う、た?」

「今の隆一さん、切なくて泣きそうで庇護欲掻き立てられまくりの顔してます」

「!」

「だからダメです、イノランさんにしか見せちゃダメですよ!」




外は危険な輩がいっぱいなんですからね~って、葉山っち何言ってんの⁇










「おはよーございまーす」



「あ、」

「イノランさん、」

「お、葉山くんおはよー」

「おはようございます」



「隆ちゃんも、」

「っ…」

「おはよ」

「ーーーーーお、」

「ん?」

「ーーーおはよう、」

「ん、お待たせ!」




にこ。



「っ…」



ーーーイノちゃんが、笑ってくれた。
きっとそこには、なんの隔てもなく。
イノちゃんは真心で、笑ってくれるんだ。

ーーーなのに俺、

思わず俯いた。
そしたらイノちゃん、俺を下から覗き込んで、じっと俺を見る。







「なんで泣きそうなの?」

「ーーーえ、」

「隆」

「ーーー」

「無理して笑ってる。本当は泣きそうだろ?」

「っ…」

「見くびんなよ。わかんだからな、お前の事は」

「ーーーイノ…」




ちら、と視線を泳がせると。葉山っちはそっとドアの外へ出ていくところで。
ーーー気遣い。
ごめんね。




「隆」

「っ…」

「俺はさ、どんなに自分が楽しくても嬉しくても嫌だよ」

「ーーー」

「隆が泣くの我慢してたら」

「ーーーっ…」

「我慢するなら泣けよ」

「イ、」

「ただし」

「ーーーーー」

「俺の前でだけ」




そこは譲れないからな。
掠れて、潰れたような声で。
イノちゃんは俺を抱きしめた。

独占欲がいっぱいに詰め込まれた声と表情で。





ああ、

ーーーああ、そっか。




こんなイノちゃんを独り占めしてるのは俺だけなんだ。
俺にだけ、イノちゃんはこんなイノちゃんを見せてくれるんだ。


有り難いって、嬉しいって。
思わなきゃダメだね。



ーーーありがとう、イノちゃん。














「手、繋いでほしい」

「手?」

「うん」

「もちろんいいけど、なんか今日の隆は変なの」

「そ、かな」

「そうだよ」

「そ、?」

「すっっっっっっっ…っげぇ!可愛い」

「っ…‼」

「俺だけだからな?見せていいの」

「っ、ん」

「わかりましたか⁈」

「わかりました!」

「ーーーん、よし」




約束。
そう言って、唇を重ねて。

手を繋ぐのも、キスするのも。
イノちゃんとする事、全部。
大切にしようと改めて思った。





ーーー部屋に入りにくそうな葉山っちに感謝しながら。






end





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