リュウ











◻︎◻︎INO






隆と過ごしたあの日から数日。
翌日まで隆に付き添った俺は(後髪引かれまくりで)帰宅した。
すっかり風邪も治った様子の隆は、今日はもう仕事に行っているだろう。






「ーーー俺も今日は仕事だ」



バンドを続けていた頃は、隙間なく埋まったスケジュールの日々でいちいちカレンダーなんて見なかった。
夜遅く帰って、朝になればまた着替えて出勤する。
自分が意図的に立ち止まらなければ息継ぎすらままならない。
そんな日々を何年も続けて、終幕近くには、どこか麻痺していたのかもしれない。

自分のことも、メンバーのことも。
取り巻くスタッフ、マネージャー、音楽そのものにまで。







「ーーーだからこそね」

「え?」

「ありがとう、ほんとうに感謝してる」

「ーーーーーどうしたんですか?」

「ん?」

「イキナリそんな…」

「はははっ、柄じゃないって?」

「ーーーや、あまりにイキナリで」




迎えに来てくれたマネージャーの車に乗り込むやいなや、俺の口から溢れた感謝の言葉。
それに面食らってるマネージャー。
ーーーまぁ、そうだよね。
朝からこんなこと言われたら構えてしまうだろう。
何かあるんですか⁇とルームミラーに映るマネージャーの表情は苦笑半分、困惑気味だ。

何もないよ。
ただ、感謝を伝えたくなったんだ。
あの怒涛の日々を一緒に乗り越えて、きっと俺以上に大変な思いもしてきただろう。
それでも尚側にいてくれる。
いま側にいてくれるひとたちを大切にしたい。
当たり前の事だけれど、終幕してみてそのことがどれだけ大事なことか改めて気付けたから。










〝ここにいて〟

〝お願い〟




「ーーーーー」





日々当たり前に側にいたからこそ、離れたら気が付くんだ。
隆のあの言葉に込められた想いの重さがじわじわとくる。





「ーーー隆だけじゃないよ」

「…俺もそうだ」






ひとなんて、独りきりじゃ生きていけないんだ。


チリッ…



「……」



肩口の小さな傷が疼く。
数日経って、血はもう止まってる。
引っ掻いた膨らみももう無い。
平らになった皮膚には微かなかさぶたが残るばかりなのに。
こうして時折チリチリと痛むのは、この傷が消えて欲しくないと俺が願うからだろう。
あの日を無かったことにはしたくないと、あの日の隆を手放したくないと。
痛みも、涙も、切なさも、愛おしさも。
痕を、刻みつけておきたいからだ。



















◻︎◻︎J




終幕して、俺はすぐに海外へ飛んだ。
バンドが終わったからって、すぐにハイさよならってわけにはいかないことは、俺もアイツらも皆んな解ってた。
付随する仕事は暫くは次々舞い込んできていたし、それを日本に残って片っ端から片付けていってくれたマネージャーやスタッフには感謝しかない。
遠く離れた地にいる俺に仕事を送ってまたそれを整え上げていくのは大変な作業だっただろうと思う。
それでも送り出してくれたマネージャー、スタッフ。
俺もあの当時は振り返ることを頑としてしなかったから。
振り返ることに恐怖すら感じていた頃だったから。
振り返ってしまって、四つの背中を探してしまう自分が現れそうで。
それが怖かった。



そんな中でも、腐れ縁、幼馴染っていうのはやっぱりどこか特別なのかもしれない。
日本でなければどうにも片付けられない仕事の為に、俺は久しぶりに帰国した。
空港の外へ出た途端に刺すような寒さ。
真冬の日本に帰ってきたなぁ…と暫し感慨深くなりつつも、まだ夕方の時刻。飯でも食ってから帰ろうとした時に、ふっと浮かんだ顔はアイツだった。












「よぉ、」

「ん。オカエリ」

「ただいま〜」

「はいはい」

「悪いな。いきなりだったけど予定平気だったか?」

「別に悪くないよ。仕事もちょうど済ませたとこ。帰るところだったから平気」

「そっか」




そいつは勝手知ったる店とばかりに、カウンター席の椅子にひょいと座る。
その動作で横髪が奴の目元にかかる。
伸びたみたいだ、最後に見た時より。




「腹減ったね。J、何頼む?」

「もうおまかせで」

「えー?」

「いつものでいいよ」

「わかったよ、じゃあ俺のお任せで」




そう言うとイノは手元の品書きを眺めながらカウンター越しのマスターに次々あれこれと注文する。
程なくして差し出された二つのグラスを受け取ると、イノはさっさと乾杯、と言ってグラスに口を付けた。




「ーーーくくっ」

「あ?なに」

「いや、」

「なんだよ?」

「別に。ーーーたださ、」

「?」

「変わんねぇなって」




イノと俺。
ガキの頃からの付き合いの俺ら。
終幕した今みたいな状況になるとよくわかる。




「俺にはお前がいたし、スギゾーと真矢君もそうだろ。腐れ縁ってくらいだから、ガキの頃からの付き合いってのはなんか…」

「ーーー」

「やっぱ特別なんだよな」




例えデカ過ぎる共通した出来事があった後でも。
そんなのすら飛び越えて、言葉なんか無くとも、側にいられる。





「まぁね。全部知ってるし、Jの恥ずかしい話も、あれやこれやも」

「そりゃ俺の台詞。俺だってそうだ、お前の漢気溢れる恐ぇー話も、なんやかんやも」

「ははっ」



きっとこの先。
何が待ち受けていようとも、俺らがもっと大人になっても。

変わんないんだろうなぁ…。





「ーーーーー……」




でもそしたら、アイツは?…って、なんか考えちまう。
アイツってのは、隆一で。
アイツは強いから、どんな状況だろうとアイツはアイツなんだと思うけど。
何があろうが、あの歌声を武器に進んでいくんだろうけど。

例えばなんか…あったとき。
…あんま想像つかねぇけど、例えばへし折れそうになった時さ。
ーーー頼れる存在って、いんのかな…って。

強いだけの奴なんていないって、俺はもう充分過ぎるくらいわかってる。
だからこそ、アイツはどうなんだろう?って、思う。

考え出したら、気になっちまって。
傍でのんびりグラスを傾けるイノに、なんとも無しに語りかけた。





「ーーーーーイノ、」

「んー」

「お前さ、最近会ったか?」

「ん?」

「隆一に」




かちゃんっ…





「あ、悪ぃ」



グラスを持つ反対の奴の手が、テーブル上のガラス製の皿を揺らした。
落ちはしなかったが、隣の小皿にぶつかって店内に小さな音が響く。
ーーーなんだ?どうした、いきなり。
さっきまでと違って、明らかに落ち着きをなくしてる。





「イノ?」

「や。ごめん。へいき」

「そっか?」

「ああ、」

「ーーー」

「大丈夫」





何か変な事を言っただろうか?
ーーーそんな、隆一のことを訊ねただけで、そんな大層な事じゃないと思うけど。
でも。




「会ったよ、隆に」

「ーーー」

「この間偶然に」

「ーーー」

「隆に会えた」




そっか。
そう返した俺の声は、イノには聞こえて無かったかも知れない。
イノの横顔が、横髪の隙間から覗くイノの瞳が一瞬の間に変わった。
まっすぐカウンターの向こう側へ飛ぶその眼差しは、俺が見たことが無いくらい大人の男らしい色が滲んでいて。
ガキの頃一緒にバカやって戯れあっていたイノの眼差しとは、まるで違っていた。





























◻︎◻︎隆








「ーーーーーラ…ララ…」




歌うことは、俺の一部。
歌は俺を生かすもの。




「ーーールル……ラ…」




歌声を紡ぐ楽器をこの身体に内包する俺は、誰よりも強く在らねばと思っていた。
例えば何かで揺らいでも、歌を、声を出せば、自分を取り戻すことができる。
迷いを棄てて。
涙を見せず。
光の方へ手を伸ばして。
たったひとりで歌う。


そう、思ってた。






「ーーー…ラ……………イノちゃん、」




けれども、あの日。
あなたに偶然会った日に、思い知らされたんだよ。







ひとなんて、独りきりじゃ生きていけないんだ。










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