白の牢獄〜あなたへ〜



















「ーーーリュウイチ、」

「イノ…ラン…?」




夜闇の中でもわかる。
その声と、その匂いと。
あたたかい腕の中で。


サラリ…と、イノランの長く伸ばした襟足の髪がリュウイチの頬を掠めた。
たった三日間離れただけだけれど、その懐かしい感触。
途端に涙が滲んで、溢れて。
リュウイチはイノランの胸に縋り付いた。





















店の裏を通ったその少し先に、小さな街灯の下のベンチがある。
そこへ並んで座ると、リュウイチは大切に抱えていたギターをイノランに差し出した。




「イノラン、これ」

「ーーーーーぇ…」

「渡したくて」

「ーーーーーリュウ…これ、」

「あなたのギターでしょう?」




暗闇でははっきりわからなかった、リュウイチが抱えていたギター。
街灯の下で差し出されたギターに、イノランは目を見開いた。
塗装の剥げによるボディの感触。
使い込んだネックの色。
ヘッドの裏には、擦れた自身の文字。
身体に馴染むそのライン。
忘れるはずなんてない、大切な宝物。
このギターに再会する為に長い旅に出たのだから。



「ーーーー偶然、ハヤマさんの店のショーウィンドウで見つけて。まさかと思って、でもきっとそうだって。ハヤマさんにお願いして、力になってくれて。三日間あの店で歌って手伝いをする事で、ギターを譲り受けたの」

「ーーーーーリュウ…」

「ごめんなさい、勝手にひとりで決めて行動して、イノランを心配させてしまった。ーーーでも、ギターの事は、受け取って自分で手渡したかった。だからそれまでは言えなかった」

「ーーーーー」

「イノランの為に俺ができる事、それでお返しがしたかった」

「ーーーーーっ…」

「…守られて与えられているだけじゃ、イノランの側にいられない。あなたに相応しくない、」



「ーーーっ…ん、なわけ…」






シャン……と、指先が弦に触れる。
それはイノランが、ギターごとリュウイチを力いっぱい抱きしめたから。
抱きしめて、額同士を擦り合わせて、切なげに叫んだ。



「ーーーーーーーーないだろ…っ…!」



「…っ……リュウ」



至近距離で視線を合わせると、リュウイチの瞳がみるみるうちに潤む。
それはリュウイチが密かに抱え込んでいた想いの現れだと思うと堪らなくて。
リュウイチの涙で濡れる頬を包んで、唇を深く重ね合わせた。











「…ふ、ぅ…っ…」

「ーーーリュ…」

「んっ…はぁ…」





ちゅく…っ…


あたりが静かだから、濡れた音が響く。
ギターを持つリュウイチの手が震えてる。
イノランとのキスはこれで二度目。
まだ、二度目。
最初から深く、舌先を擽られて絡ませて。
リュウイチは涙を溢しながらキスに応えた。




「…ぅ…っ…んく…」

「泣き虫」

「ーーーっ…ふ…」

「…リュウ」



ちゅっ…



「ーーーーーリュウ、」





「んっ…ん、…」

「こうしたいのは、お前…だけだ」

「っ…」

「ーーー相応しく…ない、とか…馬鹿なこと…言うな」

「ーーーーーは…ぁっ…」

「…こうするの、なんで…か…わかるか?」







嫉妬も、自分だけを見て欲しいという気持ちも。
それに葛藤して。
自由にしてあげたいと願うのも。






「愛してるから」




「ーーーリュウ…愛してる」































宿屋へかえりついたのは、それから半刻程過ぎた頃。
部屋の戸口を潜って、イノランは丁寧に白のギターを棚に立て掛けた。
愛おしい相棒は、あの頃から変わらないけれど。
様々な局面を乗り越えてきただろうギターは、前よりずっとずっと頼もしく見えた。







「ありがとう、リュウ」

「ぅうん」

「それから、悪かった。お前を傷つけて泣かせた。俺の為にって考えてくれてたのに」

「ーーーぅうん」

「ごめんな、」



この部屋で一人きりで過ごした三日間。
イノランもリュウイチとの事を考えていた。

リュウイチにとっての自由はなんだろう?
自由だと思っていたものは、自由なんかじゃなくて。




「俺の独占欲のせいで、お前を縛っていたんじゃないかって」

「ーーーぇ、?」

「あのステージを見て改めて思った。リュウがのびのび歌って、自分で決めた事をして。めちゃくちゃ輝いてて、ああ、これがリュウにとっての自由なんじゃないかって」

「ーーー」 

「守ってたつもりが、お前の自由を奪ってたんだって、気がついた」

「ーーーイノラン…」

「悪かった」





「ーーーーーいいの」




項垂れるイノランに、リュウイチはぎゅっと抱きついた。
抱きついて、顔を覗き込む。
気落ちしているように見えるイノランに、リュウイチは柔らかく微笑んだ。




「イノランがいなかったら、俺はここにいないよ」

「!」

「イノランじゃなかったら、俺はあの牢獄から出なかったもの」

「ーーーリュ…」

「イノランだから、俺はあなたについて来た」

「ーーー」

「俺はイノランが、いい」




自由が何か、知れたのも。
イノランを想い、行動した結果。
そのきっかけは、やはりイノランなのだ。
好きになったひとのために何かをしたいと願う、リュウイチの自由な願いなのだ。




「リュウ…」

「…ん、」

「好きだよ」

「っ…ぅん」

「愛してる」

「…ぁ、」

「ずっとお前に触れたかった」




躊躇いも、何もかも壊して。
自由に愛し合えばいい。













































「ーーー…ィ…ノラ、ぁ…」

「リュウ…」







灯りは消して、部屋の中は月明かり。
寒いから窓は閉めて。
ベッドサイドの小さなランプだけ灯して。
ベッドの上で裸になったリュウイチを、イノランは愛おしげに愛撫していた。





「…んっ…」



すでに小さな花びらを身体中に散りばめて。
胸の小さな尖りを弄られながら、リュウイチは指先を噛んで耐えながら、甘い涙声で訴える。




「…ぁ、ぁんっ…ゃ…あ…」

「ーーーここ…気持ちいい…か?」

「……んっ…ぅん…」

「じゃあ、もっと」

「ーーーーーど…した、ら…いぃ、の?」

「自由に、感じたままにすればいいよ」





イノランは舌舐めずりしながらそう言って、胸の先端を口内で穿った。




「ひぁっ…」

「ーーー我慢…すんな」



ちゅくっ…ちゅ…



「ん…ぁっ…あ、ぁん…」

「ーーーっ…リュウ…」





びくんっ…と仰け反ったリュウイチの背に手を入れて。
片脚を抱えて身体を割り入れる。
初めての感覚にもうリュウイチ自身の先端は濡れていて、それが可愛くて、イノランは柔らかく扱きながら愛撫する。



「濡れてる」

「ゃ…ぁんっ…」


触れながら後孔を指先で揉むと、リュウイチは更に甘い嬌声を上げる。
足先をクッとシーツに食い込ませて快感に耐える姿を見せられたら堪らず、イノランは硬く反り勃った自身をリュウイチの秘部に当てがった。
初めてだからいきなりだと辛いだろうと、揺さぶりたい気持ちを抑えながら、擦り付けるようにゆっくりと挿入する。



「ーーーーー…っ…ん、ぅく…」

「ーーーリュウ…」


ぎゅっと噛み締める唇や浮かべた涙を見ると、可愛くて思わずイノランは苦笑が溢れる。
優しく手のひらで温めるようにリュウイチの下腹部を撫でると、ゆる…と余分な力が抜けたから、その間にリュウイチの奥まで挿入した。



「ーーーーー……ひっ…ぁ…」

「…リュ…ここ、わかるか?」

「ぁ、あっ…」

「お前の、奥に」

「ーーーん…っ……」

「一緒だ、今…俺たち」



イノランが満ち足りた顔で笑って見せると、目をぱちぱちさせた後、リュウイチも同じように笑顔を見せる。
心も身体も結ばれて、その事がこんなに幸せなのだと実感できたから。



「動くよ」

「ん、」

「ゆっくりな、優しくするから」

「っ…ぅん」

「ーーーリュウ」



くちっ…くちゅっ



「…リュウっ…リュウ…」

「ん…ぁ、っ…ぁん…ん…」

「……すげ…リュウ…」

「ーーーく…ぅ……んっ…」

「イイ…っ…よ」



熱い手を重ねて、手のひらも愛するように指先を絡めた。
リュウイチの奥を突きながら唇も頬も胸も舌先で舐めてキスを落とす。
寄せた眉と止まらない涙で潤む瞳を見たら愛おしくてならなくて。
もっと愛したい想いが溢れて、結局はリュウイチをめちゃくちゃに突き上げた。
ベッドが壊れそうに軋む。



キシ、キシッ…ギッ…



「ぁ…あんっ…あん…ぁ…ぁん…」

「リュウ…っ…リュウ…」

「んっ…んー…っ…」

「っ…可愛い…よ、」

「…ぁあ…っ…ぃ…の…」

「ーーーーーーっ…リュウ…」



絶頂が近いことを悟って、イノランはリュウイチの最奥を突く。
その瞬間にリュウイチが両手を広げて抱きついたから、イノランはそれをぎゅっと受け止めて深く唇を重ねた。
どくどくとリュウイチの奥に放つ感覚の後は多幸感に満ちて。
夢中で求め合うキスはしばらく止めることができなかった。















初めて愛し合った真夜中のベッドの中で。
裸のままイノランに抱かれたリュウイチは襲いくる睡魔の隙間で呟いた。



「…ぁの…ね」

「ん?」

「ーーーーー…不思議……」

「ーーーん?」



何が不思議?と、イノランは今にも夢の国の住人になりそうなリュウイチに問いかけた。
長い睫毛が縁取った瞼は間もなくリュウイチの瞳を隠してしまうだろうが、イノランはリュウイチの言葉の続きが聞きたくて、その瞼に小さなキスを落とした。




「…イノ、」

「リュウ…すげぇ眠そうだけど、」

「ーーーぅん…」

「でも眠る前に聞きたい。教えてよ」

「…ん、」



あのね。


リュウイチは柔らかく微笑むと、眠気で舌足らずの口調で言った。



「抱きしめること。
手を繋ぐこと。
口づけを交わすこと…って」

「うん」

「ーーーーそれって、好きだから…」

「そうだよ」

「ぅん」

「今日初めてお前を抱いたのだって、そうだよ」

「ーーーん、嬉しい。…あのね」

「うん?」

「初めて…するのに。こうゆう時は…こうしたいって…思うのも」

「ーーー」

「ーーーイノランが触ってくれると、ぐちゃぐちゃになるくらい、どきどきするのも。ーーー誰かに教わるわけじゃ無いのに…不思議」

「ーーーリュウ」

「ーーーーーイノラ…と…出逢…う…為……」

「ーーー」

「生まれ…た……みた…い」

「っ……リュ…」




すぅ…すぅ…

閉じかけた瞼がいよいよ落ちて。
小さな語りは気持ちよさそうな寝息に変わる。
これ以上ない程の言葉を残して眠ってしまったリュウイチに、イノランはしばらく高鳴る鼓動を抑えることができずに悶々とその寝顔を見つめて。



「ーーーくそ、」

「起きたらまた覚えてろよ」



ーーーそして、柔らかな黒髪を撫でて。




「これ以上お前を好きになったらさ」

「ーーー俺どうなるんだ?」





苦笑するしかないのだ。









































ギターを取り戻したイノランは、長く続けた旅に一区切りをつける事にした。
旅の目的が達成された今、ここらで留まるのもいいと。
もちろん、まだ見ぬ世界を知るという新しいテーマを掲げて、更なる旅を続けていく事もできただろうが。
イノランはこの旅で何よりかけがえの無い存在と出逢う事ができた。
リュウイチという、愛おしいひと。
彼のために、彼が彼らしく輝ける選択をしたいと思ったのだ。



イノランとリュウイチは、この町に住む事を決めた。
旅好きのイノランを想い、それはイノランの望む本心なのか?と、リュウイチは最初はすぐに頷くことはできなかったが。



「リュウの歌が聞きたい。リュウが伸び伸び歌う時に傍にいるのが俺の幸せだって思った」

「イノラン、」

「それに」

「?」

「この町気に入った」

「!」

「リュウも、そうじゃない?」




ーーーという経緯のもと。
この町に住み、イノランはここでの仕事も決めた。
旅暮らしで慣れていたイノランはどんな仕事でも器用にこなしたが、本職は音楽。楽器のメンテナンスやレコード等の買い付け、作詞作曲…等々。
そしてリュウイチは、あのレストランで正式に従業員として働くことになった。
この町に住む事に決めた時、ハヤマはどこからかその情報を聞きつけて早々にリュウイチを迎えに来たのだ。


「是非僕の店で!一緒に働いてくれたら嬉しいです」


片付けの途中の散らかった新居の部屋で、ガッシリとハヤマに手を握られたリュウイチは、嬉しそうにすぐに頷いて言った。



「是非、ハヤマさんありがとう!」


























ーーーしんしんと。

降り始めた雪は、町にも、シラカバ林にも。










「真っ白だね」

「ああ、」







リュウイチは家の前のシラカバ林をさくさく歩いている。
さらに奥まで行くと雪も深くなるけれど、このあたりは陽もじゅうぶんに差すから昼間は明るい。雪もそこまで深くない。

新居は町の通りの少し外れ。
シラカバ林の入り口あたりに建てられた煉瓦造りの小さな家。
元の住民が数年前に引っ越して以来空き家だった家。
そこをふたりで掃除して修復して、家具を入れて。
ふたりで住む心地いい家を用意したのだ。






さくさく…

…さくさく…さく




リュウイチの半歩後ろにイノラン。
手を繋いで、雪の林を散歩。

昨日リュウイチが作った雪だるまがシラカバの根元で愛嬌よく笑っている。






「昨日はニンジンの鼻の雪だるま。今日はね、」

「今日も作るのか?」

「雪の間は雪遊びがお楽しみだもの。ーーー今日はニンジンじゃなくて…ぇと…」




カサコソとポケットを弄って取り出したのはピンク色のセロハンに包まれたキャンディ。
リュウイチはにこっと笑うと、これにしよう!と、作ったばかりの雪だるまの頭にちょこんと乗せた。
満足そうに、見てみて!とイノランを振り返るリュウイチを、イノランはぎゅっと抱きしめた。





キャンディを見たら、思い出してしまったから。





「リュウ、勘弁して」

「…ぇ、?」

「可愛くて愛おしくて、どうしようもないよ」

「ーーーイ、ノ」

「キャンディはさ、俺らの…」




最初のキス。

そう、耳元で囁かれて。
リュウイチは頬が熱くなって、誤魔化すようにイノランの胸に擦り寄った。

忘れるはずなんてない、イノランとした初めてのキス。
キャンディの甘みと共に、今も思い出せる。




「…っ…もぉ、」

「リュウ照れてる」

「ーーーっ…忘れるはずない」

「くくっ」

「あなたがすき」



「ーーーリュウ…」

「キスして」







じっと、いつの間にか見上げている瞳。
潤んだ表情は、もうこの先の熱を知っている表情で。
そんな目で見つめられて、イノランも余裕なんて消し飛んでしまう。
ふたりの隙間を白い吐息が掠めた瞬間に、イノランはリュウイチの唇を指先で触れた。
近づくイノランの唇が重なる直前で、リュウイチはもう一度呟いた。






「……す………き……」




「リュウ」

「ーーーっ…ん」

「…っ…リュウ」

「ん…ふぁ…っ…」









寒さなんて感じないくらいに。
雪の中で愛し合う。












白の牢獄にいた、白い鳥は。
羽根を広げて自由を歌う。


愛を知り。




愛を歌う。












END









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