白の牢獄〜あなたへ〜



















あなたの探し人はここにいます。
泣き疲れて、今は暖かい暖炉の側でぐっすり眠っているので安心してください。

そうハヤマがイノランに告げると、イノランは目を伏せてほっと息をついたようだった。
無事を確認できたことが、まずは何よりだったのだろう。





「とあることでリュウイチさんと知り合いました。そして彼の願いを聞いて、」

「願い?」

「三日間、ディナータイムに歌っていただくことで協力すると僕が打診しました」

「ーーー」

「だから僕も無関係ではないんです。僕が言い出した事でおふたりの間にトラブルがあったのなら謝りたいです。ーーーでも、今はどうか、見守っていただくことはできないでしょうか」

「ーーー」

「リュウイチさんが、歌い切るのを」





そしてもしも良ければ三日間リュウイチがこのレストランに寝泊まりして歌うのはどうか?とも提案した。
それはリュウイチが歌に集中する為の提案でもあったが、イノランを考えての事でもあった。
たった数日でもお互いの間に僅かな距離を置くことで見えてくる気持ちもあるのでは?と思ったから。
リュウイチを大切に想うエピソードを聞けば、このハヤマの提案は速攻否定されるとも思ったが、イノランからの返事は意外にも肯定的なものだった。





「ーーー俺は過去に大切なギターをよく知りもしない旅先の土地のとある場所に預けて絶望を味わった」

「ーーー」

「騙した相手も憎んだが、それより呪ったのは自分自身だ」

「ーーー」

「迂闊な自分の馬鹿さ加減にな」

「ーーー」

「だから俺はこのままアイツをここへ託すことに躊躇いも…ある」

「ーーーそれはそうでしょうね」

「ーーーーーでも、」

「ーーー?」

「あの時との決定的な違いは、リュウが自分で選んだということだ」

「ーーー」

「アイツの意思でここを良いと選んで、あなたを信頼した」

「ーーー」

「ーーーーー俺もそれを信じたい。信じてやりたい」

「ーーー」

「俺は少し気持ちを整理しなければならない。頭を冷やす時間が必要だ。それはこの先もずっとアイツと一緒にいる上で必要な事で、それができなきゃ俺はまた同じようにアイツを束縛して傷付けるかもしれない」

「ーーー」

「それが、すごく怖い」

「ーーー」

「音楽を失うよりも、もっとだ」

「ーーー」

「ーーーーーリュウを、宜しく頼みます」

「はい」

「三日目の夜に、迎えに来る」

「是非、リュウイチさんのステージを観にいらしてください」




会っていかれますか?と、ハヤマは問いかけたが。
イノランは苦笑して首を振った。



「リュウの顔見たら攫っていきたくなる」

「ーーー」

「寝顔なら、尚更な」













来た時と同じように、イノランは静かに店を後にした。
来た時と違うことは、リュウイチの行方を案ずる焦燥感が消えたこと。
もちろん、今初めて出会い言葉を交わしたばかりのハヤマにリュウイチを託すことに心配が全く無いと言えば嘘になる。
しかし、そこはとても不思議だが。
ハヤマと対峙して得た感覚と、何よりリュウイチが心を許した人間だという事実がイノランの背中を押したのだ。



「ーーーーー」


閉じられたドアに向かって、イノランは去り際に頭を下げた。


夜道を歩く。
シラカバの林が白く浮かび上がる。
これから雪が降ったら、この町は真っ白になるのだろう。



「…白」



リュウイチは白の牢獄に繋がれていた。
あそこから出て、今は自由になれたのだと思っていた。
しかし、本当はそうではなかったのかもしれない。
リュウイチにとっての自由とはどんなものだろう。























翌朝。

起きたばかりのリュウイチに、ハヤマは夜中の出来事を話した。
毛布の端をきゅっと握りしめたまま、驚いて、次第に頬を染めて、やがて目を潤ませて涙が伝うまでさほど時間はかからなかった。
イノランの行動ひとつひとつで伝わった。

自分をここへ留めて、ハヤマに託してくれたこと。
程よい距離感で突き離してくれたことは、信じて見守っているよ、というイノランからのメッセージだと思えたのだ。




「…っ……ありがとう」

「よかったですね」

「はい!」

「格好いいひとですね、彼」

「はい、」

「この際です。楽しんでステージ作りましょう!」


彼がびっくりするくらいのね?と、ハヤマの少々悪戯っぽい笑顔に、リュウイチは力いっぱい頷いた。
















初日のディナータイムのステージは、リュウイチにとっては初めての体験の連続で。
隣でピアノを弾きながら度々ハヤマが〝大丈夫〟〝落ち着いて〟の目配せをしてくれたお蔭で、終盤頃にはリュウイチ自身音楽を楽しんで歌をうたうことができた。

この店のディナーショウは、よくある週末の金、土、日ではなく、土、日、月の開催だ。
土、日は満員御礼、曲もテンポの良いものを選んだりし、終演ごろは食事客も一緒にという盛況ぶりを見せる。
そして週明け月曜日の夜は客数はそこそこ。
曲も敢えてメロウなものを多く選曲し、静かな落ち着いた空間を作り上げる。
これは開店当時からハヤマが拘ってきた店作りのひとつでもあった。

あっという間に二日目の夜のショウを終えて、リュウイチはハヤマと店の片付けをしていた。





「今日もお客さんいっぱいでしたね」

「ほんとう、昨日もそうだったけど、今日も楽しかった」

「リュウイチさんが楽しんで歌っているのがピアノ弾いててもよくわかります」

「ーーーだったら、よかった」



実際のところ、ハヤマは初めて聞くリュウイチの歌声に驚いていた。
通常の話す声も艶があって綺麗な声だと思っていたが、それがメロディに乗った途端、伸びやかさと透明感、美しさと可愛らしさ、強さも弱さも兼ねたとんでもない声なのだと気が付いた。



「僕はね、リュウイチさんは白い羽根でも生やしてどっかへ飛んで行ってしまうんじゃないかって思いましたよ」

「え?」



手狭なパントリーで洗い上げたカトラリーを丁寧に拭くリュウイチに、背中合わせで自身も作業をしながら言った。
ハヤマが感じた素直な感想だから、言わずにいられなかった。
言われた当の本人は目を丸くして振り向いて手を止める。




「ーーー鳥…?俺」

「ふふっ、そうですね。ーーー白い鳥、リュウイチさんによく似合う気がします」

「ーーー」

「歌声はリュウイチさんの羽根ですね」

「ーーーーーは…ね、」

「自由な白い鳥です」




自由。




自由とは、自分にとってなんだろう?と、リュウイチは思う。

あの白の牢獄から連れ出して貰った時。
今まで感じたことがなかった開放感を感じた。
風の匂い、音。土や草の上の感触。
初めて味わうもの。
遮るもののない空。
数え切れない色彩。

視覚、嗅覚、味覚、聴覚…
感覚は日々フル稼働。

しかしいつしか、感覚的感じていた〝自由〟は、気持ちへと。
ずっと解放することなく押し込んできた様々な感情を、ひとつひとつ開いて確かめて。
喜怒哀楽に直面する毎に戸惑いもあったけれど。
その度に側にいるイノランが支えてくれた。
イノラン。
彼を想う時、胸の奥がぎゅっとなった。
ふわふわした特別な気持ち。
それが好きとか、愛しているという感情なのだとわかるようになったのは…






「ねぇ、ハヤマさん」

「?はい」

「ーーーもしも知っていたら…教えてほしい…ことが…」

「ええ、もちろん。なんでしょう?」

「ーーーーーぅん…」




まだ覚えている。
一度だけ。
唇に残る、甘い味。




「…えっ、と」




抱きしめること。
手を繋ぐこと。
口づけを交わすこと。


ーーーーそれって、好きだから?






「ーーーリュウイチさん?」

「ーーーーーっ……」

「大丈夫…ですか?」

「っ…ぇ」

「顔。…真っ赤…です」

「ーーーーーーーーーっっ……やっぱり…何でもない…」

「え?」

「なんでもない!」



ーーー夜は更ゆく。










夜はふたり同じ部屋で眠る。
リュウイチはソファーに枕を置いて、ハヤマはベッドだ。
最初リュウイチにベッドを使うようにすすめたが、リュウイチは頷かなかった。

じゅうぶんにお世話になっているのだから、それにソファーだってゆっくり眠れると言って。






こてん。と、リュウイチが横になるのを見計らって、ハヤマは電気を消す。
暗くなってもなんとなく明るく見えるのは町を囲むシラカバのせいだろうか。




「雪が積もると夜も白く光って明るいですよ」



見てみたいな、というリュウイチの眠た気な返事に、ハヤマは独り言のように呟いた。



「ーーーーー明日はきっとリュウイチさんにギターをお渡しできますね。ーーー…そうしたら…もう会えなくなるのかな。…」

「ーーーーー……ぅ……ん…?……」

「ーーーリュウイチさんは旅の途中だから……こうして一緒に仕事したり…歌を聞けなくなったら……寂しくなりますね…」

「ーーーーーーーん………」




すぅ…すぅ…と。
微睡みの返事が寝息に変わる。
穏やかな夜だ。





「おやすみなさい、いい夢を」











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