白の牢獄〜あなたへ〜










探していたのは白のギター。

もう一度出会う為の、今はその旅の途中。



















◻︎◻︎◻︎白の牢獄〜あなたへ〜 ◻︎ ◻︎























イノランとリュウイチ。
ふたりがあの白い巨石の奥の白の牢獄から旅立って、ひとつの季節が過ぎて、次の季節の気配を感じ始めていた。
青々としていた木々の葉は少しずつ黄色く色付いて、空は水色に澄んでカラリと高くなって。
朝夕はひんやりとする日もしばしば…。

秋になっていた。










「ーーーこれがいいかな」




襟足の髪を長く垂らした青年は、町の雑貨店でうんうん唸っていた。
イノランだ。
買い出しの帰りに立ち寄った小さな店でイノランが手に取って凝視していたもの。
それは赤い毛糸で編まれたストールだった。
赤と言っても鮮やかすぎる赤色ではなくて、ワインカラーに近い落ち着いた色合いで。
これを纏う相手を想い描きながら、イノランは小さく力強くひとり頷いて、それを持って会計へ向かう。




「えっと、プレゼントで」

「リボンつけますか?」

「あぁ、お願いできますか」



選んだリボンはストールと同じ赤いリボン。
白い薄紙で包まれて、そこにちょこんと飾られた可愛らしい装いで。
代金を支払って、プレゼントを小脇に抱えて店を出たイノランは満足そうだ。




牢獄のあった場所から、結局ふたりは元来た道を戻って別ルートで旅を続ける事にした。
リュウイチを連れて再びシンヤの店を訪れて(シンヤは多いに喜んでくれたし、リュウイチもシンヤとすぐに打ち解けた)牢獄から長い間外へ出て事が無かったリュウイチの体力等を第一に考えて。数日間かけて森を抜けるハードなルートは避けて(その判断にはシンヤも同意して大きく頷いた)ゆったりペースで幾つかの町を経て、駅のある都市から列車に乗って渓谷沿いを走り、到着したのは白い幹が美しいシラカバという木々が立ち並ぶ、こざっぱりとした林のある小さな町。
小さい町ながらもひと通りの店が揃っていて、暮らす人々も多過ぎず少な過ぎず穏やかな雰囲気で。
ここらで少しばかり滞在するにはちょうど良いと、イノランはこの町の宿屋に部屋を取ったのだ。
リュウイチにとってはここまででも相当な長旅だろうが、当の本人は元気だった。
行く先々で見るもの食べるもの出会うものに目を輝かせて、イノランもそんなリュウイチを見つめて愛おしく思った。



と、そんな小滞在も数日過ぎて。
リュウイチもこの町でひとりで留守番する事にも慣れた頃。
急にだった。
秋の爽やかな空気の中に冬の欠片を感じるようになったのは。




「牢獄の中は暑さ寒さはあんま関係無かっただろうしな…」



事実、旅立つ時にリュウイチが持参した衣類は薄手のコットンシャツと麻で織られたロング丈のカーディガン。
とてもこれからの旅暮らしで寒い季節を迎えるには適さない物ばかりで、行く先々でイノランはリュウイチ用の衣類や靴を買い足しつつ道を進んだのだが。
こんな暖かな色合いのストールもきっとリュウイチに似合うだろうと、初めて外の世界で冬を迎えるリュウイチに。
プレゼントだった。












「ただいまー」




二階建ての煉瓦造りの小さな宿屋。
シラカバの林立する白っぽい町中に屋根の深緑色が綺麗に映える、その建物の中。
入り口を潜って階段を昇るとすぐに現れる木の扉。
ノックを2回したイノランは、帰宅の挨拶と共に鍵を開けて扉を開けた。



「リュウ、ただい……」



…ま。と、言い終わる前に。
イノランはクッと言葉を飲んで、息すらもひそめた。




「ーーーLaLa…La……♫…」



声。
そう、歌声。

帰宅早々、聞こえて来た歌声に。
イノランは邪魔してはいけないと、このまま聞き続けていたいと。
動作もピタリと止めて、声のする方に意識を向けて。
目を閉じて。

澄んで、遠く、高く。
それでいて、耳元で甘く囁くような、美しく、綺麗な…
リュウイチの歌声に、歌う姿に、惹き込まれる。

あの巨石に囲まれた小さな国では、その魅力ある歌声は罪だとされて。
長い時を白い牢獄の鎖に繋がれていたリュウイチ。
歌えるのは防音の効いた自室内のみの、自由とは言い難い日常。
それがこうしてイノランと共に旅に出て、その生活は一変した。


〝リュウの歌。まだイノランは聞いてないよね?旅の途中でこれから存分に聞かせてもらいな〟


そう旅立ちの前にスギゾーに言われたが。
旅立ってすぐはリュウイチも緊張していたのだろう。
イノランがリュウイチの歌声を初めて聞くまで暫くかかったけれど、いつしか少しずつ緊張も解けて。
その歌声を最初に聞いた時。
イノランは呼吸すら忘れて、見惚れて、聞き惚れた。

魅力が罪などとは、そんな馬鹿なことがあるかと思うが。
それが決め事であり罷り通るあの国では。
リュウイチの存在はじゅうぶんに罪だと言えるのだろうと、イノランは納得すらしてしまった。







可能な限り音を抑えて買い物袋を床に置く。
中に入っている缶詰がコトリと小さな音を立てるが、もうそれはイノランには聞こえていない。
プレゼントの包みだけを抱えて、そっと声の方へ歩み寄る。
ダイニングキッチンの間から聞こえる声。
朗らかに、楽しげに。
イノランの帰宅にまだ気づいていないようで。
歌は続く。
抑圧されていた歌への想いを存分に解き放つように。




「La…a…LaLa…a a…」

「ーーーーー」

「La LaLa…a……a……」

「ーーーリュウ」

「…?っ……ぁ、」





背中から、愛おしいひとを抱き締めた。
歌声は、驚きの吐息と共にぴたりと止んで。
そのかわりに。



「ーーーっ…ノ…ラン」

「リュウ、」

「イノ…っ…」

「ただいま」

「ーーーーー!」

「ククッ、すげぇ熱中して歌ってたな」

「っ…ぅ、ん」





おかえりなさい。
やっとのことで言葉にしたリュウイチに。
イノランは耳元で囁いた。



「やっぱリュウの歌声、」

「?」

「最高」

「ぁ…っ、」

「プレゼント」

「ぇ?」




赤いリボンの付いたプレゼントの包みを、抱き締めたままリュウイチに差し出すと。
リュウイチは目をぱちぱちさせて、やがて綻ぶような微笑みでそれをそっと受け取った。



「俺に?ありがとう」

「喜んでくれたら嬉しい」

「開けてもいい?」

「ん?もちろん」



イノランの腕の中でかさかさと薄紙を剥がして、現れた赤いストールを見てリュウイチはぱっと破顔する。
ふわりと広げて、柔らかなそれに頬を寄せて。
そしてぎゅっと胸に抱いた。



「あったかい、ありがとうイノラン」

「よかった、リュウによく似合ってる」

「ほんと?」

「ああ。ーーーこれから寒い冬が来るからな。こんなのも必要だろ?」

「とっても嬉しい。でも、いつも…イノランにプレゼントしてもらってばかり」

「いいんだよ。俺がリュウにしてあげたいからしてる事。遠慮とか、そんなのしなくていいんだからな?」

「…ん、」




イノランからしたらそれは本心だ。
しかしリュウイチとしては、嬉しさと共にある申し訳ないな…という気持ち。
自分に出来ることはしたいと、リュウイチは進んでイノランの手伝いをこなしているけれど。
それに余りあるくらいイノランから注がれる愛情や、贈り物の数々。(イノランに言わせれば好きだからこその愛情だし、買い与えるのだってリュウイチの生活に必要なものだからだろう)
しかし誰かから一心に注がれる愛情に未だ不慣れなリュウイチは、どうしてもそれに返し切れない自分に不甲斐なさを感じてしまうのだ。



(ーーー俺もイノランに…)

(もっと何か返せたらいいのに)

(好きって気持ちをあげられたらいいのに)



(イノランの為に俺のできること)

(もっと…何かないかな)





その時だ。
リュウイチの脳裏に、イノランの言っていた言葉が浮かんだ。




ーーー俺は探し物の旅をしているんだ

ーーー俺の大事にしていたギターだ。ある時とある理由で手放してしまって。それを後から悔やんで、手放した自分を責めまくってさ

ーーーこのまま後悔してんのは駄目だと思って、もう一度巡り会う為の旅に出た。もう一度アイツを弾きたいなって

ーーー出会えたらいいなって、いつも思ってる

ーーー出会えるまで旅を続けたいと思う







(そうだ…)

(俺にそれの手伝いができたら)




旅の理由。
イノランの探し物。
今まさに、ふたりが続ける道程の目的。
もしもそれを叶えてあげられたら。





「リュウ?」

「ぅん?」

「どした?」

「ーーーぅうん」



自分にも出来ることがあるかもしれないと。
リュウイチは心密かに拳を握りしめた。










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