長いお話 (ひとつめの連載)
撮影スタジオに到着すると、何だかスタッフ達がバタバタしている。
それと、3人の姿が見当たらない。
何かあったのかと、近くに居たスタッフに声を掛ける。
「ああ~良かった!お2人だけでも来てくれて!」
仕事なんだから、来るのは当たり前じゃ…という疑問の表情に、スタッフはさらに続ける。
「イヤ、なんでもスギゾーさん達、昨夜ひどく呑んだらしくて…。二日酔いでフラフラだわ、本調子じゃないわで、遅れるみたいで…」
「あー…。何やってんだか」
呆れ顔のイノランに隆一は苦笑し、スタッフに向き直る。
「じゃあ、俺達のピンの撮影からする?その間に来られればいいんだけど」
「はい、到着早々申し訳無いです。さっそくメイク行ってください。」
メイクをして衣装に着替えて。それでも、まだ来ない。
隆一の撮影をして、イノランが終わっても。まだ3人が現れる様子は無い。
もう後は、待つ以外どうしようもなくて、2人でお互いのフォトチェックをしている時に。
フト、カメラマンが言った。
「お2人、仲良いんですね。」
「え?」
「にこにこしてますもん、ずっと。」
「…そうなんだ」
「無意識だね」
「ね。」
「撮りましょうか?良かったら、時間あるし」
「え?」
「記念写真、お2人で。なかなか、できないッスよ?」
イノランと隆一は、顔を見合わせてしばらく逡巡したが、小さく頷くと、カメラマンにニコリと笑いかけた。
突如始まった、大変珍しい撮影に。
他のスタッフ達も興味津々といった様子で集まって来る。
「なんか、ポーズとります?」
イノランは少し考えたが、小さく首を振る。
「いや、いいッス。もう、棒立ちで」
周囲から笑いが起こる。
特にポーズもなく、ただ2人並んで。
いつもの撮影と違って、何だか照れ臭くって。表情も身体も強張ってしまう。
数枚シャッターをきるも。カメラマンは苦笑いで。
「表情固いッス~!つーか、七五三みたいですよ、もうちょっとリラックスしてください~」
隆一さん、イノランさん!笑って、笑って‼と周囲から声が飛んで。
隆一はますます意識してしまって、力が入る。
「そんなこと言ったって、いつもと勝手が違うから…」
緊張するよ。と呟いた隆一の声で、イノランはチラリと隣を見ると。
自分の左側に立つ、隆一の手を。指を絡ませて、そっと繋いだ。
一瞬びっくりして、でもフッと表情が和らぐ、そんな隆一を。それを見守るようなイノランの表情に、カメラマンはここぞ。とシャッターをきる。
「はい、OK‼良いッスね、雰囲気最高!後で現像したらプレゼントしますね!」
「どうもありがとう!」
「こういう記念写真なんて、いつ撮ったか忘れちゃってるくらいだから、嬉しいね」
「うん…成人式?……あれ?行った?」
「……レコーディングしてたかも?」
「そうだね」
また2人顔を合わせて、くすくすと笑うイノランと隆一に。周囲の空気がふんわりと和らぐ。
「ホンット仲良いんスね!何かみんな、空気にあてられてホンワカしてます」
そんな風に言われると、隆一は照れてしまって、ほんのりと顔が熱くなる。そっと隣に立つイノランを窺うと、相変わらず優しい眼差しで、隆一を見てる。目が合ったから、隆一も小さく微笑みかけた。
その時、バタバタと騒がしい声と足音が聞こえたと思ったら。ようやく3人のメンバーが駆け込んで来た。
3人はおおいに周囲に謝り倒して、大急ぎで着替えとメイクをし、ようやく5人揃っての撮影となった。
「どんだけ、呑んでたの」
「いやぁ。あの後、昔の話に花が咲いたっつーかさ」
「久々にメンバーと呑むのが楽しくなっちゃってさ」
「気付いたら、ハシゴしてたよな」
んで、いつの間にか朝になってたんだよな~と、どこかバツの悪そうに言う3人に、イノランは溜息をつく。
しかしその内心は。すれ違いの多かった近頃の自分たちが、普通に近づいて、話をする事が出来たことが、嬉しかった。
向かう先は終幕ではあるが。
でもだからこそ、亀裂が入ったまま、最後を迎えるのが、嫌だった。
最後は円陣を組んで、笑顔で終わりたい。
そうじゃなきゃ、その次なんて無い気がするから。
フト、イノランは横を見ると。さっきまで隣に居たはずの隆一が、一歩引いて、自分達4人を眺めているのに気が付いた。
その表情が誇らしげに、眩しげに4人を見ているから。
「隆ちゃん?」
気遣うようなイノランの問いかけに。
隆一はハッとして、目を瞬かせた。
「どした?」
一斉にメンバーの視線が隆一に向いて、思わず狼狽えてしまう。すぐに上手く言葉が出なくて、らしくなく口籠もって、俯いた。
「どうしたんだよ隆ちゃん」
「あ、もしかして俺らチコクしたから、怒ってる?」
「ち…がうよ!」
「一緒に呑み行きたかった…とか?」
「そうじゃないってば」
「どうしたんだよ。らしくねーじゃん」
いつもと様子が違う様に思えて、イノランが側に寄ろうとした時。
隆一は小さな声で言った。
「思い出してたの!初めてみんなを見た時のこと」
隆一の思わぬ返答に、4人は目を見開く。ほんのり笑みを浮かべて、ぽつりぽつりと話す隆一を見つめる。
「ライブハウスでみんなを見たとき、なんてカッコいい演奏するんだって思った。上手で輝いてて、いいなぁ…って。
だから、仲間に入れてもらえたとき、嬉しくて。本当に、うれしかったんだよ。
ーーーーー……でも、時々思ってた。俺で、良かったのかなぁ…って。4人の演奏に、俺はふさわしいのかな。もっとぴったりのヴォーカルが、いるんじゃないかな…って。
…っていうような事を、悩んでた時期があったなぁ…って。思い出してたの!今みんなを見てて!」
照れたみたいに顔を上げた隆一は、いつもの隆一で。
「隆ちゃん以外、誰がいるの」
「りゅうー‼言ってくれればよかったのに!」
「だってあの頃のスギちゃん、孤高すぎて声かけ辛かったんだもん。いっつもJと火花散らしてたし」
「それは今もだよねぇ」
「アッハッハ!そりゃそうだ、変わんねーなぁ!」
「「それはコイツが‼」」
「ホラ、また。」
「「ぐっっ‼」」
「アッハッハ!」
いつのまにか笑いが沸き起こったメンバー達を遠目に。スタッフ達も感慨深い思いで、5人を眺める。
もうあと、何回も見られない、この光景を。
5人での撮影が終わり、既に個人の撮りも終わっている隆一とイノランは。
先に帰るために控え室で支度を済ませると、帰りがけにもう一度3人の元へ寄る。
「お疲れ様、先に帰るね」
「おうっ!お疲れ!…ん?あれ隆、その服…」
「ん?…ああこれ、イノちゃんの。貸してもらっちゃったぁ」
「へえ…ーーーー隆、イノん家行ったの?」
「あ…。うん、結局スタジオに、朝までいたから」
家に帰る時間無くて…と話す隆一の顔が。ほのかに赤味を帯びていくのをスギゾーは見逃さなかった。
これはもしかして…と小さく口の端を上げる。
Jと真矢と話し込んでいたイノランが、隆一の様子を見て声をかけようとした時、
「隆一さん、イノランさん!良かった、帰りに間に合った!急いで現像しましたよ、ハイッ!出来ましたよ、さっきの写真」
プレゼントです!とカメラマンが手渡した数枚の写真。
何だ何だと、メンバー達も2人の手元の写真を覗き込む。
そこにはセピア色のイノランと隆一の写真があって、メンバーは一斉に色めき立つ。
「うおっ!何これ、いつ撮ったの?」
「さっき待ち時間に撮ったんスよ~。あんまりお2人が仲良さそうにしてたんで。記念写真なんで、あえてセピア色にしてみました。」
どうっスかね??とニコニコしているカメラマンに、2人はありがとう、と礼を言うとじっくり一枚一枚眺める。
「ははっ!ガチガチじゃん、2人とも」
「ですよね~!もうなんか七五三みたいで」
「顔カタ!」
「隆、めちゃくちゃ緊張してない?」
「だっていつもの撮影と、なんか違うし…」
めくっていく写真。次の一枚をめくった時、全員の視線が写真から離れなくなった。
「あ……」
「ーーーー」
隆一の緊張を解くように、指を絡めて繋がれた手。
驚きと嬉しさの微笑みを浮かべる隆一と、それを見つめる優しい表情のイノラン。
写真を持つ隆一の顔がみるみる内に染まってゆく。そんな隆一の隣で愛おしげに佇むイノラン。
まるで写真のそのままの光景が、今目の前にあって。
息づきはじめた、想いの通う音を聴いたようで。
「隆ちゃん」
「うん?」
「行こっか」
「うん!」
初々しいそんなやりとりを目の当たりにして、声を発せずにいる3人。
じゃあ、お疲れ!と軽く手をあげるイノランと。
リハで会おうね!と手を振る隆一の後ろ姿。
手を繋ぎたいのにここではできないから。
不自然に彷徨う2人の指先が、スタジオから出た瞬間に触れ合うのを見てしまって。
確信に変わる。 夕べ自分達が酔い潰れている間に、2人はそれぞれの一歩を、踏み込んだのだ。
間にある壁を壊して、手を取り合うことを選んだのだ。
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