番外編8・photograph
























「…っん、」



「はぁ…っ…」



キッ、キシ…ギッ…


「ぁんんっ…ん……ノ…ちゃ、」




ホテルに到着した頃、もう夕方になりかけていたから。
電気もつけないままに、荷物も解く前から、ベッドに沈んで。
夕焼けのオレンジ色に染まる部屋で、隆一の白い肌が美しく浮かび上がった。


唇の重なる水音。
イノランの舌先が、隆一の身体の隅々までを愛する音。
貫いて繋がって、隆一の奥まで、イノランでいっぱいに満たされる音。
隆一の艶やかな喘ぐ声。
イノランの隆一を呼ぶ、余裕をなくした声。
窓も開けていないから、密閉された部屋の中に恥ずかしいくらいに響く。



「ぁっ…んんっ…」

「りゅ、う」

「…あぁっ…あ、ね、」

「ーーーん?」


隆一が涙をためて、懸命に何か言おうとしている。
イノランは一瞬動きを止めて、あとに続く言葉を待ったけれど。


ぐっぐっ、
くちゅ、くちっ…



「ひぁっ…あぁんっ…」

「ーーー隆ちゃっ…エロすぎ」


見上げて懇願するような、濡れた隆一の眼差しに。
抑えるなんて出来るはずなくて。
隆一のあたたかい中を、想いの丈を込めて掻き回す。

想いを伝え合って、初めて隆一と身体を重ねた時から。
何度だって、隆一の中を満たして、隆一の温もりに包まれてきたけれど。
毎度毎度、そのあたたかさに。隆一の匂いに。
目眩がする程の気持ちよさに。
イノランはいつも。
ぐちゃぐちゃにしたくて。
訳がわからないくらいに突き上げたい、そんな激しい荒々しい気持ちと。
ーーーけれども、涙を零しながらも、微笑んでイノランを求めて、応えて。
自分だけに聞かせてくれる、蕩けるような喘ぎ声を聞かせてくれる時。



「ーーーーーーっ…りゅ、う…」


「あっ…ぁあ、あ…っ…」


自分のものとは思えない程の、隆一を大切にしたい気持ちがイノランを襲う。
愛おしすぎて。
今この瞬間で、時が止まればいい…と。
白濁を隆一の中で吐き出しながら。

隆一を優しく抱きしめるのだった。












消えかかったオレンジ色の光の中で。
旅の疲れも出たのだろう。
隆一は、イノランの腕の中で眠ってしまった。



「ーーー早々に、ちょっと激しかったな」


汗で額に張り付いた黒髪を優しく梳きながら。
涙の痕を、キスで拭ってあげながら。


「ごめんね。ーーーでも、」



ギシッ…


少しだけ体勢を変えて、投げ出された隆一の手に手を重ねる。
火照った手のひらが気持ちいい。
ぎゅっと指を絡ませて、唇を寄せる。


「でもさ。ーーーお前を抱くのは最高に好きだよ」


言い訳になってないな…。と、自分で自分に苦笑い。
でも事実なんだから仕方ないと、開き直って。

ーーーふと。


淡いオレンジ色の光の中で。
シーツの上で重なる自分達の手を見たら。


「ーーーすごくいいじゃん、この画…」



起こさないように、空いている片手を伸ばして目当ての物を引き寄せる。
すぐ側のサイドテーブルに置いて良かったと、自分を褒めて。



「…付けるとしたら…タイトルは、」


体勢がイマイチ不安定だが、なんとか。
引き寄せたのはカメラ。
重なる手と手に、フレームを合わせる。


「〝夕陽だけが見てる〟」


ぱしゃ。

一枚だけおさめた。
くしゃくしゃのシーツと、そこで重なる手。
隆一と身体を重ねた余韻の残る、ちょっと色っぽい写真。



「これなら怒らないで許してくれるかな」


イノランの手に、緩く絡めた隆一の無意識の指先が。
離れたくないと言っているようで。

イノランはカメラを置くと、もう一度隆一を抱きしめた。













あの後イノランも眠ってしまって、次に起きたのはもう朝で。



「ーーーーーお腹…すいた」


これが第一声で、隆一は目を覚ました。


「…ん。ーーーりゅう?」

「おはよう。ねぇねぇ、イノちゃん。お腹…」

「わかったわかった」


昨夜のエロ隆はどこへ行った⁇と、イノランはこんな時はいつも笑うしかない。
でも、こんな隆一だから惚れたんだし、離れられないんだと、再確認する瞬間でもあるのだ。

イノランは勢いよく身体を起こすと、裸のままの隆一をぎゅっと抱きしめる。




「ぅあ、イノちゃん?」

「俺のヨメは可愛すぎ」

「っ…ヨ⁇」

「俺は?」

「え、?ーーーイノちゃん?」

「そう。隆ちゃんがおよめさんだから、俺は?」

「っっ…ーーーい、言わなきゃ…ダメ?」

「一度だけ。一回でいいから言われてみたいかな…って」

「ぐっ…」

「ん?」

「~~~ーーーーーーーだ、」

「ーーーん、」

「ーーーだん…な…さま…」


精一杯、照れているのを我慢して言ってくれているのがわかって。
イノランはそれだけで胸いっぱいで、空腹もどこかへいってしまったけれど。


くぅぅ~


「あ」

「っ…」


隆一の腹の虫はそうではないようで。


「ごめんごめんーーーありがとう、隆」

「…ぅん」



「食べに行こっか。朝飯」

















あの教会はどうなっただろう?

ホテルとともにあの老夫婦が管理していると言っていたから、もしかして教会も閉めているのだろうか…


近所ならば知っているだろうと、滞在中のホテルのロビーでスタッフに訊ねてみた。
するとあの教会は、今では完全に開け放たれていて。
ドアも窓ガラスも取り払われて、祭壇も撤去して。
中にあるのは二人掛けのベンチがひとつ。
それから壁にペイントされた十字架だけなのだという。


〝教会の裏にあった花嫁の部屋はもう取り壊されてないんですよ。教会もドアもないから憩いの休憩所みたいに使っているわ〟



そう教えられ。
二人はかつて密やかな結婚式を挙げた教会へ、ゆっくりと散歩しながら歩いた。




「…色々物を残して置いたり、ドアが残ってたりしたら防犯上にも…って事なんだろうね」

「そうだな。ーーーこれも仕方ない事だよな。ガチガチの警備をするより、それよりもみんなが自由に休める休憩所って方が、この町には似合う気がするもんな」



建物が残っているだけで、それでも嬉しいと。
二人はいつのまにか手を繋いで、懐かしい小道を進んだ。




「あ、」

「ん?」


隆一が急にしゃがむから、イノランは手を引かれて立ち止まった。
ーーー道の端をじっと見て、イノランの方を振り向いた。



「イノちゃん、ほら」

「?」

「あの、青い花」

「ーーーあ、」




草の中に、小さな見慣れた青い花。
そう。隆一の花冠に使われた、あの…ーーーーーー



「ここに来れて良かったね」

「ーーああ、そうだな。この青い色を見ると思い出す。あの日の事」

「うん」

「隆が綺麗すぎて、可愛すぎて。ーーー幸せ過ぎだろ?俺…って、思った」

「ふふ、でもそれは俺も同じだよ?」

「え、」

「イノちゃんがすっごく格好よかった。十字架がとっても似合ってた。このひとと一緒に居られる俺は幸せ者だって、いつも思っているんだからね?」

「隆、」




不思議だった。
この場所に来ると、例えようのない気持ちが込み上げてくる。
愛おしい…愛おしすぎる気持ちの、その向こう側が覗けるような、少し怖さすら感じるような。
ーーーそれは例えば、手と手を繋いで、離れないように二人を紐で縛って。
切り立った崖の縁で、深さのわからない海の縁で。
普通なら怖さばかりを感じる場所も。
二人なら平気だと。
凛とした覚悟の上にある、愛おしさ。

でもそれは多分、結婚という繋がりを望んだ二人だからこそなのだろう。
そしてこの場所が、結婚の誓いをした場所だからなのだろう。




「一輪だけな」


ぷち。

イノランは道端の青い花をひとつだけ、丁寧に手折った。
そして隆一が見守る中で、隆一の横の黒髪を耳に掛けて。そこへ花を挿して飾ってやった。


「ほら、できた」

「…イノちゃん」

「俺の隆。ーーーやっぱ、その花似合うな」


青い花を髪に飾った隆一を見つめると、あの日の光景が鮮やかに蘇る。
頬を染めて、恥ずかしそうに姿を見せた隆一。
誰よりも欲しいと思った存在。
その隆一が、今もここに居てくれる。




「写真、撮ろうか」

「うん!」



イノランの胸の十字架も、ちゃんと見えるように整えて。
隆一の手を引いて、懐かしい教会の中へ入った。




「ーーーほんとだ。…全部…なくなっちゃったんだね」

「ああ、」


年季の入った木のベンチ。
なるほど二人座ってぴったりな大きさだ。
それだけが、ひとの存在を感じられるような。
サッパリとした、教会。




「どうしよっか。誰も…来なさそうだからシャッターお願いできないね」

「いいさ。こんな時のための…セルフ!」

「そうだ、イノちゃん上手いもんね!」

「だからここはスマホで撮った方がいいな。ーーーじゃあ、隆」

「ん、」

「くっついて。ーーーいくよ」

「うん」



ちょっと硬い感じになっちゃうかな…とイノランが思っていた時だ。

ここは風が通るから、林を抜けたんだ海風がザァ…ッ…と、室内を通り抜けた。
その風で、落ち葉が舞って、イノランの目の前で隆一の髪の花が揺れた。



「っ…わぁ、」

「ーーーりゅ、」


咄嗟にしがみ付いてくる隆一。
突然の大風で傾いた身体をイノランがぎゅっと支えた。


「っ…はぁ、」

「ーーーびっくり」

「ん、」

「すごい風。ーーー隆、平気か?」



顔を覗こうと、少し身体を離そうとしたら。


「待って、」

「ーーー隆?」

「イノちゃん、もうちょっと。ーーーーーこのまま」

「りゅう」

「ーーー抱きしめてて」



ザァ…ァ…

カサカサ…


風が再び。
足元の葉をくるくると。


離れちゃだめだよ。
離しちゃだめだよ。

そんな声が聞こえるよう。


「ーーー」



(ーーーあたりまえだろ)



ポン、と。
イノランは手に持っていたスマホを地面に放り投げた。
落ち葉のクッションがあるから、まぁ壊れはしないだろう。

スマホを持つ手も、隆一を抱きしめるのに使いたくて。

そこからはもう。
写真の事なんかどこかへ飛んでしまって。

かつて永遠の愛を誓った場所で、変わらぬ愛情で、隆一を愛した。
心も身体も、いまこの場所で。















帰国して。

カメラに撮りためた写真を現像。
スマホは…じつは放った衝撃が災いしてか、イマイチ調子が良くなくて。
修理に出していた本体が手元に戻ったのは少し後だったから。
スマホで撮った写真を確認できたのも、しばらく時間が経った頃だった。



…例の。怒られるかどうか?な、セックスの後にそっと撮った写真は。



「っ…なんか」

「ん?」

「ーーーこうゆうの…。雰囲気があり過ぎて…」

「上手く撮れただろ?」

「裸撮られるより照れるよ~」

「ーーー裸も撮っていいのか?」

「ばかっ!」



ペチ!

「イテ」




それくらいで済んだ。
ーーー後から隆一も、いい写真だけどね!って言っていたから。

(気に入ってくれたのかな)





ーーーで。
そしてスマホの方をチェックしたイノランは。
アルバム中に保存されていた最後の写真を見つけて…



「ーーーーー隆ちゃん、これ」

「ん?」

「ーーー多分、俺がスマホ放り投げた瞬間になんかの偶然でシャッターが押されたんだと思うけど…。ーーーすげぇ、いい写真」

「え、?」

「これ、隆のアルバムの最後の写真に絶対良いよ!」




隆一は差し出された画面を見た。
ーーーそこには、



「っ…ぁ」


風と落ち葉の中で抱き合う二人。
揺れる十字架と、黒髪に映える青い花も見える。
見つめ合って微笑み合って。
どんな困難も二人一緒なら負けないと、そんなメッセージも感じる。


「ーーーやっぱり特別な場所だね。俺たちにとって」

「ほんと、行けて良かった」

「うん」




ーーー愛してる、と。


写真の中の二人の声がきこえる気がした。











end












おまけ…







ースギ、真、J、葉山っちー









「おはようございます!今日もまた宜しくお願いします」

「お、葉山くんおはよう!」

「今日もよろしくー!」

「はい、お願いします!」

「ーーーイノ隆は、遅れるんだよな?」

「そうですね、取材のあとに」

「そっか、じゃあちょっと待ちだな」

「あ、そうだ。それじゃあ待ち時間の間に。ーーーこれ、お二人が作ったんですよ」

「?なにこれ」

「海外へ撮影に行かれたみたいで。ついでにそのままお二人で旅をして、その時の写真を纏めたんですって」

「へぇ!」

「マメだなぁ、アイツら」

「僕はもう拝見したんですが…ーーーすごいです」

「すごい?」

「はい。撮影の腕前や編集はさすがイノランさんって感じですし…主な被写体の隆一さんも…」

「どれどれ」

「隆がいっぱい載ってるの?」

「そりゃあもう!」




「ーーー!」
「ーーー!」
「ーーー!」



「新婚旅行を覗き見って感じですよね!」






「甘甘々…!俺、イノ隆大好きよ」

「…直視出来ねぇ…」

「…でも隆…。ーーーーー超可愛い♡」








end






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