番外編8・photograph













再びあの異国の地に赴く事が決まったのは、イノランの誕生日の、ひと月程前の事だった。





「え、?海外で撮影⁇」



来年を飾るオフィシャルカレンダーを、今回はどうするか。
夏が過ぎた頃からしばらくその話題が度々もちあがっていたのだが、どうやらいよいよ構想が固まったようで。
その日イノランが事務所に顔を出すと、待ってましたとばかりにスタッフがイノランに告げたのだ。



「しばらく海外も行けてなかったから、俺は大歓迎だけど。ーーーどこに行くのかは決まってるの?」



旅好きなイノランは、久々の海越えにすでに心踊っているようで。
どの国でも楽しむのだろうが、行き先について興味津々だ。


「数年前にも撮影で行った国…ヨーロッパの。ーーーあそこ良かったでしょう?」

「え?ーーーあ、あの海沿いの?」

「そう。あの時撮った作品とっても評判良くて。もちろんスタッフ皆んな気に入ってるし、ファンの皆さんの反響も大きかったんですよね」

「うん!だってすっげぇ良いところだったもんな。あの時は…ほら」

「撮影のあと隆一さんと落ち合ったんですよね?」

「ーーーそう。あれはね…忘れられない想い出になったから」

「スタッフ皆んなは撮影が終わった日に帰国したけど…確かイノランは暫く滞在してましたよね?」

「ーーー隆と異国の旅を満喫して…」



ーーーそれから…と。思わず口に出そうになった言葉を、ぐっと引っ込めたけれど。
イノランにとって。ーーーそれから、隆一にとっても。
あの時の一週間の滞在は、一生忘れられないものになったのだ。




だってあの日。
あの国の、小さな教会で。

永遠の愛を、誓ったのだ。













《photograph…銀の十字架と青い花冠》
















仕事から帰ってきた隆一はどこか楽しげで。
先に帰宅していたイノランといつもの〝ただいま、おかえり〟のキスをすると。

いそいそと。

まだ物足りなさ気なイノランをするりと躱して。
足取り軽く、自室へと行ってしまった。








「りゅーう?」

「あ、イノちゃん」



しばらくはリビングのソファーに腰掛けて、隆一が来るのを大人しく待っていたイノランだったけれど。
なかなか部屋から出てこない隆一に痺れを切らして、結局隆一の部屋のドアをノックしたイノラン。
はぁい、という朗らかな返事が聞こえると。
イノランは顔を覗かせて、入ってもいい?とアイコンタクトした。



「どうぞ、ねぇ。これ見て」

「ん?」


部屋の真ん中にぺたんと座って振り返って笑う隆一の周りには、数冊の本…じゃなく。
アルバムが並んでいた。
これは時折、隆一が懐かしいと言っては引っ張り出してくるもので。
そんな時はイノランと一緒に過去の写真達を眺めたりする。

イノランは隆一の隣に胡座をかいて、隆一が見ているアルバムのページを一緒になって眺めた。
ーーーどれもこれも懐かしい。
その写真の多くには、メンバー達も顔を連ねる。今よりも若い自分たちが、その時に相応しい表情で、その瞬間を切り取って写っている。




「何度見ても懐かしいって思うな。ーーー急に見たくなったのか?」


何しろ玄関から直行だったから。
よっぽど写真が見たくて、慌てて帰宅したのかと…。
すると隆一はくすくす笑うと、それもあるかもしれないけどね?と、目の前のアルバムの最終ページを広げて見せた。
ーーーするとそこには…




「あ、この写真知らないかも。ーーーー新しい?」

「そう!これね、スギちゃんが今日届けてくれたんだ」

「スギが?」

「この間、俺のソロライブに来てくれたんだけど。その時に葉山っちとか、バンドの皆んなとかと一緒に撮ってくれたの。そしたら今日、〝すっげぇいいのが撮れてたからあげる!次に隆に会う機会まで待ちきれなかった。全員分のプリントもしたから、皆んなにも配ってあげて〟って」

「へぇ!」

「だから早くアルバムに仲間入りさせたくって。急いで帰って来たんだ」



にこにこ嬉しそうな隆一。
スギゾーが撮影したという一枚の写真には、隆一のソロバンドメンバーがそれぞれの楽器を抱え、楽器に寄り添い写っている。
隆一は青い花が爽やかな花束を持って。
ライブが無事に終わった安堵感と、音楽に包まれた幸せな雰囲気の中で。
皆んなが晴れやかな笑顔で、スギゾーのフレームの中におさまっている。



「ーーーいいね、ほんと。いい写真だ」

「ね?スギちゃん、いい瞬間を捕まえてくれたよね」



新しく仲間入りした写真は、最終ページの最後から二番目のポケットにおさまった。
このアルバムも、あと一枚の写真で全て埋まることになる。



「ーーーあと一枚で満タンになるね。写真ってさ、入れる順番とか拘り出すとキリがないんだけど…」

「ははっ、わかる。同じ色彩とか、場所とか、動物だけとか、そうゆう風にし出したらホントキリない」

「ふふ、ね!ーーーでもこのアルバムは時系列かなぁ。だから最新の空気がパッケージされてる感じ」

「ーーーん。あと一枚かぁ…」




何が最後を飾るだろう?
このアルバムを締め括るのは果たして…?ーーなんて思っていたイノランは。
ここで良い事を思い付いたのだ。



「ね、隆ちゃん、写真撮りに行かない?」

「え、?…写真?ーーーどしたの?いきなり」

「このアルバムの最後を飾る写真。せっかくだから、想い入れのある写真で締めたくないか?」

「え?」

「ちょうどいいタイミングで、俺また海外に撮影に行くんだ。来年のカレンダー用の撮影。ーーーその行き先が、あの海沿いの町の近くなんだ」

「ーーーえっ…?」

「覚えてるだろ?ーーーあの一週間の滞在の想い出の…」

「ホントに⁈またあそこに行くの?」

「隆ちゃん、一緒に行けるか?スケジュール、結構間際になっちゃうけど。ーーーもしも可能なら、また是非一緒に行きたい。それで撮りたいな…。あの町で、隆との写真」

「マネージャーに聞いてくる‼」



俺も行きたいもん!イノちゃん待ってて‼


そう勢いよく言い放った隆一は、早速スマホ片手にマネージャーの番号を呼び出しているよう。
そんな隆一を、イノランは微笑みながらも固唾を飲んで見守る。
一緒に行けたらいい。
突然の提案だし、隆一だって忙しい身なのは承知だ。
そうそう簡単にスケジュールの都合が合うなど…難しいだろうけれど。
ーーーけれど、それでも。

あの海沿いの小さな町の、あの想い出は。
もしも叶うのならば、形にも残しておきたいと思うのだ。
二人の記憶の中に留めておくのはもちろんだけれど、やはり写真という形でも。

数年経った今でも、お互いを大切に想う瞬間を。
















数年前のあの時と同じ。
長いフライトを終えて、隆一は再び異国の地に降り立った。
前回同様イノランは数日前にスタッフ達と到着して、昨日の時点で撮影を無事に終えた。


(それにしても…)


イノランに旅に誘われてすぐにマネージャーに電話をかけた隆一だったけれど。
内心、長期休暇なんて難しいだろうな…と心の何処かでは諦めの気持ちも準備していた。
けれどもマネージャーからの返事は意外なもので。

〝行けるように調整します!任せてください。その代わり、出発前のスケジュールはちょっと詰め詰めですので頑張って下さいね!〟


ーーーそんな言葉を電話口で貰った隆一は元気よく了解した。(言葉通り前日まで多忙だったけれど、そんな事は苦ではない)



「ーーー本当に良かった。今回来られて」

マネージャーに感謝しつつ、隆一はひとり微笑んだ。
だって彼との出掛けのやり取りを思い出したから。



〝隆の到着に間に合うように迎えにいくよ。だからさ、あの時を再現しようか〟


そう、出発前のイノランは、玄関先まで見送りに出た隆一にニヤリと笑う。
ーーーあの時の再現…?
隆一は一瞬で前回の空港であった事に思いを馳せる。
それが出会い早々、空港の真ん中でイノランに抱きしめられてキスされて…という事を思い出して。(さらに自分も異国の空気にあてられてキスに夢中になって)…という、少々気恥ずかしい想い出が甦ってしまいロビーまでの通路を歩きながら顔を赤らめた。










「ーーあー!着いた!」


到着ロビーで隆一は伸びをした。
ゆったりした座席とはいえ、ずっと座っていたから身体がちょっと凝ってしまった。それに中途半端な時間に機内食を食べたから、お腹が空いたな…なんて思っていると。



「隆!」

「ぇ?…あ、イノちゃん!」


待ち合わせの人達で賑やかなロビーの向こうから聞き慣れた声が…
振り向くとそこには、最愛の彼の姿。
両手を広げて嬉しそうに笑うから、隆一も躊躇いもなくその腕の中に飛び込んだ。



「お待たせ、」

「隆も。長旅、疲れただろ?」

「ぅうん、」

「ん?」

「イノちゃんに会えると思ったら、全然」

「ーーーーーん、そっか」

「ーーーうん」



あの時の再現をしよう!なんて言ってたけれど。
再現とか、そんなのじゃなく。
ごく自然に重なる唇。
数日前には同じ家の中で一緒にいた二人なのに。
僅かな離れていた時間を、埋めるみたいに。





空港内のレストランで飯食おう!と、空腹の隆一の手を繋ぐ。
すると隆一もすぐに、ぎゅっと握り返してくれた。



「…ね、イノちゃん、どうしよう」

「ん?」

「ーーーこの国に来るのあれ以来だから。…懐かしくて、もう泣きそう」

「え、泣きそう⁇」

「だって、それくらいあの時は良い想い出がつくれたし。ホテルの人たちも良い人だったし、今もこうしてイノちゃんと一緒にいられるのって、あの時の瞬間があったからでもあるでしょう?」

「ん、」

「…うん」

「そうだな。ーーーホント、そうだよ」




数年ぶりのこの異国の空気の中で。
あの時と同じ綺麗な青空を見上げると。
隣に立つ隆一が、あの教会にいた時のように。
これから永遠の愛を誓おうとする、青い花冠を戴いた姿に見えてくる。



(めちゃくちゃ綺麗だったし、可愛かったし…)

(ーーーあの時の隆)



いつだって綺麗だし可愛いと思うけれど
。あの瞬間は、やっぱり特別で。

隆一が自分のものになる瞬間。
自分が隆一のものになる瞬間。

そう。
今回の旅は、その瞬間をもう一度。
全く同じ時間を繰り返すのはもちろん無理な事だけれど。
隆一のアルバムの最後のページには、この一枚を。

青い花を髪に飾った隆一と。
銀の十字架を着けたイノランの姿を。
















空港のある街から列車に乗って、市街地を抜けて、牧草地帯を抜けて。
見覚えのある岩礁が目立つ海岸線に出た頃には、もう太陽が傾き始めていた。




「この景色懐かしいな」

「うん。ーーーでも、あれから何年も経ってて、本当に久しぶりに来たのにね」

「うん」

「ーーーついこの間の事だったみたいに、はっきり覚えてる。前にここに来た時のこと」

「そうだな。そんくらい、濃い体験っていうかさ」

「体験?体験って言うの?ーーー結婚…ってさ、」

「じゃあ経験?体験でも経験でもこの際良いとして。ーーー隆に結婚しようって言って。隆もいいよって言ってくれた事」

「っ…ん、ぅん」

「忘れられないよな」


もう一度、うん…。と、恥ずかしそうに頷く隆一を見て。
そうだ、こんな隆だって写真におさめてもバチはあたらないよな、と。
せっかくだからこの海岸線も…隆も。
イノランは鞄を探ってカメラを取り出して。
まずは車窓からの景色の写真。
その後、隆入って!と、隆一の微笑み付きでもう一枚。



「この旅の間はいっぱい写真撮ろう。なんかさ、シーン毎にちゃんと撮っていけば、全部纏めた時にフォトブックが作れそうじゃない?」

「…旅本みたいに?」

「そう、その辺の景色越しの他愛無い隆の横顔とかでも良いし。料理の写真、この国のコインの写真、店の看板、木の下で丸くなってる猫、あと楽器!楽器の写真!」

「いいね!それ面白そう!ホントに一冊の本にしたいね」

「やろうか、ホントに。隆のアルバム用のとは別に、二人の旅フォトブック」



降って湧いた、素敵なアイディア。
それは是非カタチにしたいと二人で盛り上がる。
すでにイノランの頭の中には撮りたいシーンが次々と浮かんできて。
…実は隆一には内緒だけれど、さっき羅列したもの以外にも切り取っておきたい場面はあって。隆一に教えたら速攻で怒られそうな、ちょっと色っぽい場面も撮れたらいいな…と。それを想像して、にやけそうな顔を慌てて引っ込めた。


「イノちゃんはこうゆうののデザインもお洒落に作れそう。楽しみだね!完成したら、メンバーや葉山っちにも見せてあげようね」

「…そうだね」


…撮った写真によっては怒られそうだけれど。

(まぁ、いいよな)

それもまたいい想い出になるだろうと、イノランは笑って頷いた。







ホテルはちょっと残念だったけどね…と。
間もなく下車駅というところで隆一が呟いた。

二人して気に入ったあの老夫婦が営む小さなホテル。
もちろん今回もそこに宿泊できたらと、出発前に二人で調べたのだが…


「俺らが帰国してすぐに閉じてしまったってね…。残念だけど、こればっかりは仕方ないよな」

「うん…」


元気な夫婦だったけれど、歳を召してからたった二人でホテルを切り盛りするのは容易ではなかったのだろう。



「ーーー受け継ぐ者がいない…って、言ってたよ。俺にこのクロスをくれた時に」

「…そうだったんだ…。ーーーあのね、俺も…おばあさんに引っ張って行かれたでしょう?」

「ああ!そうだったよな」

「あの時ね。実は、控室に…」

「控室?」

「ん、ぅん。…結婚式の日に…花嫁さんがドレスに着替える部屋で…」

「!」

「そんな特別な部屋に俺なんかが入ってもいいの?って聞いたら、いいのよ!って。私は今までたくさんの花嫁さんを綺麗にお仕立てしたの。だから貴方も任せてちょうだいって、言ってくれて…」

「そっか、」


きっとイノランと隆一は最後の客だったのだろう。
二人の結婚式が、あの老夫婦の最後の仕事になったのだと思うと感慨深いものがある。

今回はそんな事情であの時のホテルには行けないけれど。そう考えると、あの時の教会での一連の事や。お祝いと言って、料理や音楽で盛大にもてなしてくれた楽しかった夜は。
あそこにいた四人だけの、奇跡のような想い出になっているのだと思えてならなかった。




「でも、このホテルも素敵だね」

「ああ、」


泊まるホテルは、前回行ったホテルの近所にあった。
しかしここの方が大きい建物だから、働くスタッフも多く、宿泊客の姿もちらほら見かけた。
ロビーで隆一がウェルカムドリンクを飲んでいる間、イノランはチェックインの手続きをする。ここの国の言語は英語圏では無い。しかしこの国に移住した友人がいるイノランは、少しだけれどここの言語を聴き取る事ができた。
ーーーフロントの女性スタッフがイノランに耳打ちする。
流れるような滑らかな言葉を、ひとつひとつイノランは聴き取ると。
どうやら彼女は隆一の事を言っているようだ。


ーーーお連れのあのひと、笑顔がとってもチャーミングですね!
あの人はお友達?ーーー


「え、?」


思わず振り返って、ソファーに腰掛けて待つ隆一を見る。
にこにこと美味しそうにジュースを飲んで、イノランと目が合うと満面の笑みで手を振った。
笑顔は万国共通。
…そう思いながら、イノランもフロントのスタッフに耳打ちを返した。


「あのひとはね、俺の最高のおよめさん」








鍵を貰って、部屋に行くまでの間。
イノランがやけに機嫌がいいから(ずっといいのだけれど)。


「イノちゃんどうしたの?さっきからご機嫌だね」

「そう?」

「うん、ずっとにこにこしてるもん。ーーーいいことあったの?」

「ん、まぁ…ね?」

「なになに?」


どんな事?
夕飯の事?
それとも朝ごはん?

ーーーなんて。鍵を開ける間も隆一は興味津々らしく、まるで仔犬のように忙しい。

(…そんな、なんで飯のことばっかなんだよ)

イノランは苦笑い。
そんな隆一が可愛くて。

カチャリ。
ドアが開くと同時に、隆一の腕を少々強引に掴んで部屋に入る。
唐突の事にびっくりしている隆一をぐいぐい引っ張って、部屋の内装をゆっくり見る間も無くベッドに倒れこんだ。



「っ…ちょ、イノちゃん」

「隆が悪い」

「え、ぇえ⁈」

「可愛いから」

「っ…」

「どこ行ったって、どこの国でも、どこの場所でも屈託なく笑うから」

「…ぇ、?」

「だから俺も。ーーーどこでだって、お前を抱きたくなるんだよ」


そしてイノランも、隆一にしか見せない拗ね気味な表情と、とびきり優しい声音で。


「隆…」





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