長いお話 (ひとつめの連載)












寒い寒い、冬が来た。


キン…と冷えた朝の空気に、吐き出す吐息が白い冬。

薄く白っぽい、真昼の青。秋の名残の落ち葉を、くるくると澄んだ空に舞い上がらせる冬。

黒に映える、色とりどりの瞬く灯り。夜になるほど、その美しさは皆んなの気持ちを暖める冬。



もう12月。
街は確かに今年の終わりに向かっていた。



これは。
イノランと隆一。
結婚をして、初めてのクリスマスを迎えようとしていた、ある日のお話。







*・゜゚♪・*:.。..。.:*・♫''・*:.。. ♪.。.:*・゜゚♫・*















明日クリスマスイヴを控えたこの日。ルナシーの事務所のメンバールームにいたのは、スギゾーと真矢と隆一だった。
年末年始は事務所も休業になるから、その前に済ませておく仕事は多々ある。

FC向けのプレゼントにひとつひとつサインとメッセージを書き入れながら、スギゾーは向かいに座っている隆一に話し掛けた。




「隆はクリスマスどうすんの?ソロのイベントとか?」

「ん?んーん。クリスマスはねぇ、特にイベントはやらないかな。クリスマスカードは届くようになってるけどね?…二人は?」

「俺もイベントはないかな。ファンの子達も、きっとそれぞれ過ごしたいもんね。でも俺も動画配信はしようかな…って」

「クリスマスにスギちゃんからメッセージもらえたら嬉しいよね!」

「あ、ホント?じゃあ隆にも送ってあげる!クリスマスの朝にさ、送っとくから見てよ」

「うん!ありがとう、楽しみにしてる!」

「ーーーって事は、隆ちゃんはそのメッセージをイノと一緒に見るわけだな!」

「えっ?」

「え。だって、そうでしょ?隆ちゃんとイノラン…だって結婚…」




真矢がそう指摘した途端。
ぼうっ!と、まるで火を噴く勢いで、隆一は顔を赤らめた。



「ーーー隆ちゃん…カオ」

「っ…」

「真っ赤っか。隆、超可愛い!」

「イノもこれじゃ、堪んないんだろうなぁ」

「ーーーっ…もぅ」




ーーーそうだ。
あの海外の海の街の小さな教会で、隆一が記憶を取り戻してから、初めてのクリスマス。
そして、イノランと結婚の誓いを交わしてから、初めてのクリスマス。

法の上で結ばれたふたりでは無いけれど。〝結婚〟という言葉と意識は。ふたりを確実に深く結びつけて。
今ではひとつ屋根の下で一緒に暮して。
そして、更なる愛を育んでいた。


照れ冷めやらぬ隆一を微笑ましく眺めながら。
スギゾーと真矢はにこにこしながら続けた。




「クリスマスは、イノと予定あんの?」

「ーーー…ん。…今のところは…普通」

「普通?いつも通りって?」

「う…ん。ーーー多分…」

「ええ~⁇せっかく婚後初のクリスマスなのに?」

「イノちゃんはあんまり、プライベートでこうゆう行事とかに浸かり切るタイプじゃないからさ。お部屋もそれほど飾ったりもしてないし」

「そっか…。うーん。…でも、隆は?」

「え?」

「隆はイノと、クリスマスしたいなって思ってないの?」

「そうだよ。隆ちゃんはこうゆうの好きそうだもんなぁ。ソロの曲だってクリスマスの歌あるもんな?」

「…ああ、まあね?…俺はイノちゃんとクリスマス…したいなぁって思うけど」

「だろ?」

「…でも。恋人同士の時とは違って、今は一緒に暮してるから。擦り合わせが必要かなって」

「お互いの?」

「うん。どっちかばっかりが無理すんのは嫌でしょ?俺がやりたい、飾りたい、パーティーしたい!って騒ぎすぎても良くないと思うし。逆に俺ばっかりが引くのもあれかな…って思うし。その辺の擦り合わせが…」

「ーーー隆…もしかして…ちょっと苦痛?」

「まさか!ーーーすごく楽しいよ?」

「!」

「!」

「新しい発見がいっぱいなんだよ。イノちゃんの事、ずっと一緒にいたから色んな事知ってるって自負してたんだけど。一緒に暮らして初めてわかる事ってたくさんあるんだって。これはちょっとなぁ…って、良い事ばっかりじゃないけどね?それ以上に一緒にいられるのが幸せだし、新しい事が見つかったり…それが楽しい!」

「ーーー」

「ーーー」

「ーーー…ん?」



隆一の、いきいきとした力説を聞かされて。
スギゾーと真矢は、思わず照れ笑い。
そして惚気話を聞かされたみたいで苦笑い。


「なんだよ~。もうラブラブだぁ」

「心配して損だよ。ーーーいいなぁ」

「っ…!」

「イノは幸せなヤツだよな」

「な!」

「ーーー恥ずかしいよ…」



隆一が思わず唇を噛んで俯くと。
スギゾーと真矢は顔を見合わせてニカッと笑って。

クリスマス。良い事あるといいな?

ーーーと。
そう隆一に、言ったのだった。









時を遡って。
三人の会話から、三ヶ月前の事。

これまたルナシー事務所のメンバールームで。雑誌掲載用の原稿のチェックに来ていた、こちらはイノランとJ。
スタッフに差し出された原稿に、多少やれやれ…と肩を竦めつつ。幼馴染同士、時折談笑しながら作業を進めていった。

ちょうど間も無く正午という頃だ。
それまでスラスラとペンを動かしていたイノランが。



「悪りい。俺ちょっと…いい?」

「お。なんだよ、休憩?」

「んー…まあな」



そう言って。
スマホを取り出し、手慣れた動きで目当ての画面を開くと。
じっと。
スマホの画面と睨めっこ。



「ーーー」

「…?」

「ーーー」

「……⁇」

「ーーー」

「ーーー…?…おい、イノ?」

「シッ!」

「あ?」

「ちょっと待って。あと数分だから、集中させて」

「ーーー…?…はぁ。」



そう言いながらも。
イノランは決して画面から目を離さずに。息を潜めて。固唾を飲んで。

じっと。


「ーーー⁇」



Jも。
そんな真剣なイノランの剣幕に押されてしまって。
訳わからずとも、一緒になって口を噤む。
こんなイノランは珍しい…と思っていたから。



カチ カチ カチ …



壁掛け時計の秒針の音が妙に大きく感じる。
イノランの気迫はますます強くなる。



カチ カチ カチ …



「?…っ…」


なんだ?一体何なんだよ⁇
遂にはこの緊迫感に耐えきれず。Jがいよいよイノランに問い掛けようとした時だ。



「っっ…しゃあー!!!!!」

「あ?えっ…あ…な、なんだ⁉」



取れたーっっ‼

絶叫の後にガッツポーズのイノランに。
その変わりように。
Jはもう、何がなんだか。

喜び勇むイノランの横で、目を白黒させるJ。そんなJの様子にイノランはまた、悪りい…と苦笑を溢すと。
たった今まで凝視していたスマホの画面をJに見せた。










「はぁ?水族館の貸し切りチケット?」

「そう。閉園後の誰もいなくなった水族館を、週末祝日祭日に一日一組限定で貸しきれんの」

「へぇ!」

「でね。俺が今取れたー‼って言ったのは、一年の中でも競争率の激しい日なんだよね」

「競争率?…って」

「クリスマス」

「あ!」

「三ヶ月前から予約開始なんだけど。まあ、クリスマスとかバレンタインとかは激戦だよね。予約もそうそう簡単にはいかない、取れたらめちゃくちゃラッキーなチケットだ」

「ーーーで、取れたと」

「そう」

「ーーーすげえじゃん。マジで」

「うん。取れると思ってなかった。ホントに、幸運」



本当に取れると思っていなかったのだろう。イノランは何だかぼんやりしている。夢心地なのかも知れない。
そんなイノランを、へぇ…。と意外そうに見つめるのはJだ。



(コイツがこーゆう事するなんてさ)


(なんかあんまり…プライベートでクリスマスとか聞いた事なかったもんなぁ)


(こーゆうの無関心かと思ってたけど。…今年はどうゆう…ーーーーー)



「あ」

「…あ?」

「なるほど。そうかそうか」

「ーーーナニ。何がそうか?」

「そっかそっか!…お前」

「だから、ナニ⁇」

「ーーーいい奴じゃん?お前」

「は?」

「ーーーアイツの為だろ?」

「ーーー」



〝アイツ〟とだけで、イノランには伝わったのだろう。過度に照れる事はしないけれど、その表情は穏やかで優しげだ。



「隆と…だろ?」

「ーーーま。…な?」

「いいじゃん?」

「言うなよ?」

「ーーー隆に?」

「周りにも!皆んな隆に甘いからさ」

「すぐバレそうって?ハハ!ーーー言わねえよ」



ーーー結婚…なんて聞かされた時はたいそう驚いたものだったけれど。
こんな、相手に内緒でクリスマスの準備を三ヶ月も前からスタートさせる。そんなイノランの姿を見て。
隆一は今、間違いなく幸せなんだろうと。
Jには思えた。









今年の冬は寒い。
例年よりもより冷たい寒気が早々に流れ込んできたせいか。
朝に晩に、ついつい暖を求めてしまう。


今日はクリスマスイヴ。
天気が快晴だということは、カーテン越しにもわかる。
早朝の太陽の光が、柔らかく寝室に差し込んでいるから。

ーーーけれども。



「ーーー寒そう…」



イノランはベッドに寝転んだまま、カーテン越しの空を見上げた。
布団から出ている顔がひんやりする。
尤も、身体はこの上なくあったかい。
…何故かって。



「隆ちゃん、マジあったかい」


いまだ隣ですやすやと眠る隆一。
イノランにしっかり抱きしめられている身体。そして隆一も、ぴったりとイノランの胸にくっついて眠っている。
布団の中で触れ合う足先も、布越しの身体も。
まるで湯たんぽ。カイロ。炬燵。ホットカーペット。そんなだ。



「ーーー隆」


あったかさに心も解れて。
イノランは気を良くして、隆一の額やら頬やらにキスをする。
はじめは楽しげに。
早く起きないかな?…なんて軽いキスも。
いつしかスイッチが入って、次第に深く深くなるのもいつもの事。



「ーーーりゅう…」

「んっ…ーーーふ…」

「なぁ…」

「ぁ…っん…ん」

「ーーー起きて?」



ちゅく…ちゅっ…
濡れた音が響いて、それに連動するように隆一の小さな喘ぎ声が聞こえると。
イノランはますます気を良くして。

ギッ…

体勢を変えて。
隆一の上に覆い被さって。
寝ぼけ眼の隆一の唇を、柔らかく押し開いていく。いつの間にか隆一の服の中に手のひらを滑り込ませて。
さらさらと、滑らかな肌を触って。
それでいて、隆一が弱い胸の先端を探り当てると。指先で突いたり摘んだり弄りだした。



「…っん…」

「ーーー気持ちいい?」

「?…っ…イノ…ちゃ?」

「起きてよ。…ほら」

「んぁっ…あん…」

「ーーー可愛い」



ここまでしてしまったら、もう止められない。…止まるつもりもないのだろうが。
イノランは口元を笑みで歪めると、隆一の服をたくし上げて胸の飾りを口に含んだ。



「あっぁ…ねぇっ、も…朝から…?」

「いいじゃん。今日はオフだし…朝ってシたくなるし…」

「いつも…じゃん!」

「もちろん。隆とセックスすんの好きだからな」

「んっ…あ…ぁっ」



いつの間に脱がされたのか。
隆一の寝間着の下はベッドの外に落とされて。既にはだけきった肌には、赤い痕が次々と付けられて。
隆一はもう観念して。
目の前の愛しいひとと、差し出される快楽に手を伸ばした。



「…隆、もう濡れてる」

「んっ…だっ…てぇ」

「ーーー俺のも…ほら。ーーーわかる?」

「っ…イノちゃん」



隆一がそろそろとイノランの下腹部へ手を這わすと。もう限界とばかりに勃ち上がったもの。熱くかたいそれで早く犯されたくて。
隆一は恥じらいながらも、脚を開いてイノランを迎えた。



「ーーーっぁ…ーーー」

「はぁっ…あ…ーーーりゅうっ」

「あ…あっぁ…ーーー」

「隆ちゃんっ…お前…」

「あんっ…ゃ…あ…ぁん」

「っ…ーーーーーーー最高」




繋がって結ばれる音に目眩がしそうで。
隆一は朦朧とした視界で、見下ろしてくるイノランを見つめた。
汗を滴らせて、眉をキツく寄せて。
快感に濡れた瞳と声で、最奥まで隆一を愛するイノラン。
そんな姿が愛おしくて堪らなくて。
揺さぶられながらも、にっこりと微笑んだら。
イノランが返してくれたのは、この上なく幸せそうな表情で。


(こんな事言ったら、イノちゃん驚くかな…?ーーーでも。たまにはいいよね?だって俺たち…)




「イノちゃ…っ…俺のイノちゃん」

「っ…」

「愛してる」

「ーーー隆っ…」

「んっ…あ…っああ」

「俺もだよ…」

「あんっ…あぁ…ーーーっ…」


「俺の…隆」












ふたり一緒に放った後。
それでも離れ難くてキスを繰り返していたら。
イノランは勿体ぶるような口調で隆一に言った。



「今日がオフで良かった」

「ん…っ…え?…朝からえっちしちゃったから?」

「それも勿論あるけどさ。…今日は特別だろ?」

「ぇ…?」

「今日はなんの日?」

「ーーーっ…」

「ん?」

「ーーークリスマス…イヴ?」

「ん。」

「イノちゃん…?」

「シャワー浴びて、着替えて。出掛けよう」

「ーーー!」

「結婚して初めてのクリスマスだもんな?ーーーデート、行こうよ」






どこいくの?
これから行くの?…と。
最早、はやる気持ちを抑えられない様子の隆一に。
イノランは余裕の微笑みを浮かべて、それでも…。



「詳細は到着してのお楽しみ」


…と言って。
結局は何も知らされずに、早々に準備を終わらせて。
ふたりは車に乗り込んで、クリスマスイヴの午前の外へと飛び出した。




クリスマス一色の都内を抜けて。
高速にのると、行き先は海の方へ。



「どのくらい?」

「んー、混んでなきゃ一時間もかかんないかな?」

「ーーーねぇ、どこ行くの⁇」

「それはまだ内緒です」

「むぅ…」



途端に頬を膨らませる隆一。
そんな様子が可笑しくて。
あからさまに言うと怒られるから、イノランはそっと、笑みを溢した。



クリスマスイブにも関わらず。今年のイブは平日だからか、道も空いていて。ふたりを乗せた車はすいすい進んで、やはり一時間もしない内に、目の前に海が広がってきた。




「ーーー海」

「そう。隆ちゃん、この景色覚え無い?」

「ーーーここ?」

「あの日はさ。この辺りで黒雲を見つけて、だんだん雨が降ってきて…」

「ーーーーーーーーー…あ…」

「土砂降りの中で遊んだよな?」

「ーーー水族館…?」

「あたり!隆ちゃんが退院した直後に、一緒に来た水族館だ」

「また連れて来てくれたんだ!」

「すごく楽しそうだったから、あの時の隆ちゃん。だからまた連れて来てあげたいなぁって思ってたんだ」

「イノちゃん!…わぁい!」

「良かった。隆ちゃん喜んでくれて」

「これを内緒って言ってたんでしょ?すごく嬉しいよ!」

「や、まだだよ?」

「え?」

「言ったでしょ?到着してからのお楽しみって」

「ーーーまだなんかあるの?」

「くくっ」

「なんかあるんだ!」

「お楽しみ」

「気になる!早く着かないかなぁ」



待ち切れなさそうに声を上げる隆一を乗せて。
あの思い出の水族館に着いたのは。
昼に近い午前中だった。






平日だけど、さすがにクリスマスイヴだ。駐車場にはそこそこの数の車が停まっている。
イノランもフェンスの側のスペースに駐車すると、恭しく隆一を助手席から連れ出した。




「行きましょうか?」

「ーーーありがとう」



外に出た途端に手を繋がれて、隆一はちょっと照れくさそうにはにかんだ。
周りにはカップルがたくさん。
そんな中に自分達がいる事に、少しだけ躊躇ってしまう。



「ーーーイノちゃん」

「ん?」

「……手」

「ーーー」



隆一の言わんとする事がわかって。
ぎこちない隆一の手に気が付いて。
イノランはそんな隆一の気持ちを払拭する様に、より強く手を絡めた。



「ーーーイノちゃんっ…」

「いいんだよ」

「え…?」

「誰も皆んな、自分の恋人に夢中なんだからさ」

「ーーー」

「誰も気にしちゃいねえって。俺らも溶け込めばいいんだ」



な?

そう言って交わった、イノランの視線の優しさに。
隆一はうっかり、涙がこぼれそうになった。

特殊な自分達の恋。
それを貫いて、今こうして一緒にいるんだから。
躊躇いなんていらない。
躊躇う間にも、もっともっと愛し合いたい。
ーーーそれはイノランと隆一。共通の想い。




「ありがとう。ーーーイノちゃん」

「ん?隆もな?」



顔を見合わせて、微笑み合って。
以前にここへ来た時も。
ひとつ傘の下、こうしてお互いの歩調を合わせて歩いた事を思い出して。



「あれからずっと一緒にいるんだね」

「そうだよ。これからもだ」

「ーーーうんっ」



そんな事を語り合いながら歩くふたりの背中は。
どう見ても、愛し合う同士以外の何ものにも見えなかった。














「ーーーイノちゃん、そろそろ教えてよ」




あの後水族館をめいっぱい堪能したふたり。
海の生き物ショーを見て。レストランで食事して。広い園内を散歩。それからあの時と同じゲームセンターで、イノランはまたクジラのぬいぐるみを取った。
ここは小さな遊園地も敷地内にあるから。メリーゴーランドとミニジェットコースター。
いつの間にか夕暮れの空。紅葉が綺麗なベンチの下でコーヒーとお茶を飲みながら。
ついに隆一が、ずっと聞きたかった事をイノランに問いただした。



「イノちゃんがずっとお楽しみって言ってたのってなんなの?」

「あーーー」

「もう夕方だよ?」

「まあ…これからが本番だからさ」

「え?」

「ーーーじゃあ、教えてあげようかな?」

「っ…うん!」



イノランはここぞとばかりに勿体ぶって。期待に目を輝かせる隆一に、教えてあげたのだ。



「えっとね」











「夜の水族館に俺たちだけ⁉」



隆一のよくとおる声がこだました。



「そう」

「えっ…え?今夜?閉園後?ホントに俺たちだけなの⁇」

「そうだよ。クリスマスイヴの水族館をめいっぱい堪能できる。誰にも邪魔されずにな?」

「ーーーっ…イノちゃん!」

「正直予約がとれたのも奇跡的なんだけどね?でも、隆と結婚して初めてのクリスマスだからさ」

「ーーー」

「クリスマスっぽい事、隆と楽しみたかった」

「っ…」

「来られてよかったな?」




ぎゅうっ…と。
隆一はイノランに抱きついた。
周りの目なんか気にならないくらい。
イノランが愛おしくて。
もしかしたら。
このひとは俺のなんだよって。
幸せすぎて、自慢したかったのかもしれない。







ツリーが輝きだした…夜。
園内アナウンスが、閉園の知らせを告げる。
来園客達は、続々と水族館を後にする。






「ーーーイノちゃん」

「ん」

「ーーー」

「行こっか」




再び手を繋いで、水族館のゲートへと進む。
係員に、イノランが予約の旨を伝えると。
扉が開かれた。
クリスマスイヴの、ふたりきりのアクアリウムの入り口。




昼間に一度見て回った風景が。
今はまるで別物みたいだ。
確かに同じ場所なのに…

ふたりきりって事が、それだけで特別で。
いつも一緒にいるふたりなのに、なんだか照れくさいのが不思議だ。




「綺麗だったね?…水族館」

「うん。ーーーあんなさ、誰もいない空間もそうそう無いよな?」

「ーーー魚達だけ」

「魚達と俺たちふたり。…ヤバイね」

「ん?」

「幸せ過ぎて、この先なんかあったら…」

「ふふっ」

「…ふふ?」

「ーーー無いよ。イノちゃんと一緒なら、なんだっていいもん。良い事はもっと良い事になるし、困った事だって良い事に変えちゃうよ?」

「!」

「イノちゃん、今日は本当にありがとう。こんな体験できるなんて、最高のクリスマスだよ?」

「ーーー隆…」

「イノちゃんとクリスマスを過ごせるなんてさ」

「ーーー良かった。ホント良かった」

「うん!」




ご機嫌な隆一。
イルミネーションに照らされた隆一の輝くばかりの笑顔に、イノランは心から今日ここへ来て良かったと思う。

今夜はこの後、以前も泊まった園内のホテルへ移動だ。部屋も勿論、セイウチの見える部屋を予約した。
きっと隆一は喜ぶだろう。

ゲームセンターで取れたクジラを抱えながら。片手はずっと、手を繋いだまま。
ホテルへのウッドデッキをコツコツと歩きながら。…フト。
隆一が、歩みを止めた。



「ーーー隆?」



どうした?
振り向いて問い掛けると。
そこには穏やかに微笑む隆一。
頭上の大きなクリスマスツリーのライトが、隆一の瞳をキラキラさせる。



(可愛い…)

そうイノランは思いつつ。



「ーーー隆…?」

「ーーー」

「隆?」

「ーーーイノちゃん…」

「ん?」

「イノちゃん…」

「うん。…どした?」



キラキラキラキラ…
それは隆一から見たイノランもそうで。
せっかくのクリスマスイヴ。
せっかくイノランが掴んだクリスマスイヴの奇跡。
隆一に用意してくれた、心からのプレゼント。

それに返したくて。
プレゼントも何も用意していないけれど。
せめて気持ちは届けたくて。

海辺のツリーの下。
ふたりきりの思い出の場所で。


隆一はイノランに両手を回すと。
至近距離まで顔を寄せて。
額がぶつかるすれすれまで。前髪を絡ませて。


ーーーイノちゃん…あのね?




「誰よりも…愛してるよ?」




「っ…」



ちゅっ…

「ーーー隆…」

「好き」

「っ…りゅ」

「イノ…っ…んっ」

「ーーー隆っ…」



きつく抱きしめ合ってするキスは、蕩けそうな程に気持ちいい。
唇を絡ませながら、ふたりは同じ事を考えていた。

何ものにも変え難いこの時間をずっと…
どうかまた来年のクリスマスも、お前と。
どうかまた来年のクリスマスも、あなたと。

手を繋いで、音楽と一緒に…
そう思わずにはいられなかった。









「セイウチ寝ちゃってるね」

「まあ…もう遅いしな。また明日のお楽しみに…」

「そうだね!」




ふたりきりのホテルのテラス。
前に来た時も、夜は出会えなかったセイウチに肩を落としたけれど。
…でも、それは表向き。

本当は、それどころじゃなかったから。



「だからさ。…隆?」

「ーーーうん」

「ーーーいい?」

「っ…ーーーいいよ?」



当たり前でしょ?
ーーーそう不貞腐れる隆一は、頬を染めて。イノランもまた、そんな隆一を抱き寄せる。
今夜もまた、寝落ちるまで愛し合おう。



「おいで?」

「…ん」


「ーーー俺の隆」








end





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