長いお話 (ひとつめの連載)
《side・Hayama》
「ごめーん、葉山っち!ここ開けて~」
事務所のメンバールームで譜面のチェックをしていた葉山。ドアの外から朗らかな懇願の声が聞こえて、座っていた椅子から腰を上げてドアノブを回した。
「隆一さん?」
ドアを開けると、まず目に入ったのは大きな段ボール箱。
そしてそれを抱えた、隆一のふにゃっ…とした笑顔だった。
「ありがと~!両手塞がってて」
「どうしたんですか?…これ」
部屋の真ん中にあるテーブルに段ボール箱を置きながら、隆一は振り返って今度はニコリと笑った。
見て見て‼と、箱を開いて葉山に見せたのは薄紙で作った色とりどりの花。
よく学校や幼稚園で飾る、あのふんわりした紙の花だ。
「うわぁ!なんか…懐かしいですね」
「でしょ?昨日からねぇ、コツコツ作ってたの。でも間に合わなそうだから開くの手伝ってくれる?」
「いいですよ。ーーーでもこれ、何に使うんですか?」
早速、黄色の閉じた花を手に取って。カサカサと花びらを開きながら葉山は問いかけた。
隆一はピンク色の花を整えながら、弾んだ声で言った。
「スタッフにね、今月誕生日のひと多いんだ。んと…三人かな?だから今日仕事の後、ここで誕生日会したいなって思って」
「なるほど…」
「急に思い付いてね。イノランに帰りにお花紙買って来て!ってお願いして、俺はケーキ予約して、昨夜はイノランと二人で延々とこれ折ってたんだ」
「ぷっ…!」
うっかり。
思わず、葉山は吹き出してしまった。
文具屋だろうか。隆一のお使いで花紙を選ぶイノランや、深夜に延々と折り紙をするイノランと隆一。
その光景を想像したら堪えられなかった。
すると隆一は頬を膨らませて、拗ねた声で葉山を見やる。
「もぉ、なに?」
「や。…ごめんなさい、だって何か…想像したら」
謝りつつも葉山は頬が笑いで引き攣って。それを見て隆一は唇を尖らせた。
葉山は何とか笑いを堪えながら、一つ目の花を開き終えると。どうですか?と、隆一に差し出した。
「…上手いね、葉山っち」
機嫌が直ったのが、目をぱちくりしながら隆一は仄かに微笑んだ。
密かに胸を撫で下ろして、葉山は二つ目に手を伸ばす。
そしてフト、隆一を見ると。
どうにも手こずっているようで、完成形が歪だ。
「……」
なんか、意外だな…と葉山は思う。
何でもソツなくこなしそうな隆一が。実はこういう事は不器用なのだろうか。
じっと見つめてしまっていた視線に気が付いたのか、隆一は苦笑いを零しながら葉山を見上げた。
「こうゆうの、イノランは上手なの」
「ーーーそうなんですか?」
「俺が一個作る間に三個くらい作っちゃう。しかも綺麗に」
「へぇ」
確かに器用そうだと納得して葉山は心の中で頷くと。
ちらっと盗み見た隆一が、妙に嬉しげに顔を綻ばせているのに気が付いた。
「?」
にこにこと手を動かす隆一。
葉山はこんな機会はあまり無いかも…と。じっと隆一を眺めてみた。
( …なんか )
こんな顔もするんだと、新鮮さを感じる。
そもそも隆一は、皆んなの前では大体がにこやかだ。バンドメンバーやスタッフの前で、不機嫌さを露呈するところを見た事が無いかも知れない。
逆に、はしゃぎ過ぎて羽目を外したところも見た事が無い。
いつだって、その物腰は柔らかだ。
ひとたびステージに上がれば、その豹変ぶりには驚く事があるが。それでも芯にある優雅さは、どんな歌をうたっても消える事は無い。
でもそれはどこかで、無意識か意識的かはわからないけれど。
表向きの、一枚フィルターをかけた姿なのかも…と思う事もある。
( でも誰でも、そうだ )
オンとオフの顔は、誰にだってある。
葉山はまた、心の中で頷いた。
そこにきて。葉山を驚かせるのは、今目の前にいる隆一だ。
頬を染めて、唇に弧を描かせて。
ピンク色の花をふわふわと掌に乗せる様は。
まるで…。
( …乙女 )
しかも。
( 恋する、乙女 )
そう認識すると、最早そうとしか見えなくなって。
葉山は急に目のやり場に困ってしまって、慌てて次の花へと手を伸ばした。
「葉山っち早い!いいね~」
「いえ」
「早く作っちゃわないとね」
「そういえば、イノランさんは?来られるんですよね?」
「うん。別件の仕事終えたら、ケーキ受け取って来てくれるんだ」
「あ、そうなんですね。僕はてっきりお二人一緒にいらしたのかと…」
その途端。
隆一の顔が先程より一層、赤く色付いて。
いよいよ葉山は、え?…と、言葉を詰まらせてしまった。
そんなタイミングで。
「おはようございまーす」
ドアが開くと、話題のイノランが大きな紙袋を持って、笑みをのせて入って来た。
「あ、イノランさん。おはようございます!」
「おはよう!葉山君。あははっ!作らされてんだ?」
「聞きました、昨夜お二人で折り紙してたって」
「そうだよ~!俺、文房具屋とか、すげぇ久々に行ったもん」
軽快に笑って。紙袋をテーブルに置きながら、イノランは隆一の側まで寄って。すぐ横にあった椅子を引き寄せると、その隣に居場所を落ち着けた。
「お待たせ、隆ちゃん」
「ーーうん」
「ケーキ受け取って来たよ?」
「うん…ありがとう」
「……?」
「ーーーなに?」
「ん?…や。なんか隆ちゃん、大人しいから」
覗き込むイノランと視線が合って。
隆一はハッと息を吸い込むと、慌てたみたいに首を振った。
「大人しくないっ」
「そっかな…?」
「そう‼」
「んー…でも、隆ちゃん」
「ぇ?…」
イノランは意地悪そうに口角を上げると。隆一の頬をくるくると撫でて小声で言った。
「頬っぺた。赤いよ?」
ニッと不敵な笑みを浮かべて隆一の髪をサラリと掬うと。
イノランはそのまま花を手に取り、カサカサと広げにかかる。
隆一がポー…っとしている間に。
成る程、イノランは手際良く次々と花を咲かせていった。
「ーーー」
一連のその二人のやり取りを。
葉山は瞬きも忘れて見入ってしまった。
流れるようにスマートで。
それでいて、その眼差しはしっかりと隆一の視線を絡めとって。
繊細に、時には豪快にギターを弾く、その指先は。
まるで壊れ物を扱うように優しく、しっとりと隆一に触れた。
「……」
チラリと、葉山はまた隆一を見る。
恋する乙女。
先ほど形容したままの隆一が、継続してそこにいて。
今や頬は薔薇色だ。
手先も震えるのか、ようやく手に取った二つ目のピンク色の花も。ビリっと音を立てて僅かに破れた。
そしてそれを、イノランは苦笑を含んだ微笑みで茶化すと。
隆一も潤んだ瞳を吊り上げて抗議するも、その声音は甘いものだった。
「……」
なんだろう…。
この甘すぎる、空気。
葉山は???だらけの上手く纏まらない頭をどうにかしたくて。
ちょっと自販機行って来ますね。と言って。なるべく不審な動きにならないように。特にイノランに感づかれないように。
自然な動きを装って、部屋を出た。
パタン。という音に、妙に心が落ち着いて。ため息をひとつつくと、自販機の方へ足を進める。
別に喉は乾いてなかったけれど、缶コーヒーを買って、一口あおる。
「はぁ…。」
苦味が広がって、人心地つく。
甘い雰囲気の二人。
その場に身を置いたのは初めてじゃない。
今までも何となく。
感じる事はあった。
何気ない、隆一を見る時のイノランの目や。
イノランの事を話す時の、隆一の表情や声。
そして、隆一の左手に光る銀のリング。
点と点を繋いでいけば、確信しそうな自分。でもまだ、決定的に確信が出来ない。
隆一とイノラン。
メンバーとして長い付き合いになると、それともこういうものなのだろうか。
長く時間を共有すれば、あんな…甘い空気が生まれるものなのだろうか。
比較にならないかも知れないが、葉山は自分に当てはめるも…首を振る。
信頼、友愛、尊敬。二人に対する自分の想いは、きっとこういうものだ…と葉山は思う。
心許し合う者同士なら、こんな感情を抱くだろう。
でも、あの二人は。
お互いの事を、これだけの感情で済ませられるのだろうか。
( だって、あんな隆一さんは…初めて見た )
( あんな…繕いきれていない姿 )
葉山の前で見せてしまった事は、隆一にとっては不本意な事だったのだろう。
葉山の何気ない一言で、整った体裁に綻びを作ってしまった。
それを繕う間も無く、イノランが現れて。
ますます、乱されて。
( なんか…ごめんなさい!隆一さん )
( 僕が言った何かで、調子狂ったんだろうな…)
でも…。
( 歳上に申し訳ないですけど )
( 寧ろそんな貴方の方が、いいと思います )
二人が本当はどんななのか。
まだ葉山にはわからないけれど。
決定打はないけれど。
微笑み合って。
優しく触れて。
俯いて、はにかむ。
そんな姿の方が…。
コーヒーを飲み終えて、また先程までいた部屋へと戻る。
何気無しにドアノブに手をかけた瞬間。
葉山の耳に、それは聞こえた。
彼の、彼を呼ぶ掠れた声と。
彼を呼ぶ、甘く切ない彼の声。
end?
……→IR
《side・IR》
「…葉山っち、行っちゃった」
「隆ちゃん、分かり易すぎるもん」
「だってっ!」
「顔、真っ赤にしてるし」
「……だって…」
「ん?」
「だって…もしかして、わかっちゃったのかな…って。ーーー思って…」
「……」
「そんなにいつも、俺たちって一緒にいるように見えるのかな…」
「……」
「…ね、イノラン?」
「ーーーバレてなくても、あれじゃ、俺たち恋人同士ですって言ってるようなもんでしょ」
「っ ーーー…」
「だめだねぇ…。隆ちゃんもうちょっと堪えらんないと」
「ーーーーーーっ っ …」
イノランがちらっと隆一を見ると、唇を噛み締めて今にも泣きそう。
( 苛めすぎたか…)
到着した時イノランが目にしたのは。
仲良さげに花に囲まれた、隆一と葉山の姿だった。
先に隆一が到着している事は知っていたし。葉山だってユニットのメンバーだ。一緒にいるのは当然なんだが…。
今日のイノランは少しばかり心の余裕が無かったのだ。
昨夜は先日から、隆一の家に泊まる約束をしていた。
いやが応にも高まる期待。
久しぶりに隆一に触れる事ができると、そわそわしていたイノランに届いた隆一からのメール。
うちに来る前、お花の紙買って来て!
ご丁寧に添付された近所の文房具屋情報を片手に。嫌な予感に包まれながらイノランは仕事の後店に立ち寄り。
カラー豊富な色紙に目移りしつつ、しっかり購入して訪れた隆一宅。
隆一の輝くような笑顔に出迎えられ、一瞬遠のいていた隆一を抱くという欲望が、再びイノランに押し寄せて来た。
ところが。
「明日までにこれ全部折らないとね!イノラン一緒に頑張ろうね!」
満面の笑顔付きで請われたら断れる筈が無く。
隙あらば襲ってやる。というイノランの願い虚しく、時間は刻々と過ぎて行った。
何度か仕掛けようとするイノランの努力も虚しく。
すっかり誕生日会の準備モードの隆一は、ことごとく躱してしまっていた。
翌日。
遅れて到着したイノランの目に映った、仲睦まじい隆一と葉山の姿。
いつもは難無くやり過ごすイノランも、今日ばかりはそれが出来なかった。
「隆ちゃん、葉山君と仲良しだからさ」
「っ…」
「昨夜は俺だってめちゃくちゃ我慢したのに」
「っ…だって、昨夜は…」
「準備があったもんね、それは俺だって協力したいよ」
「ーーーうん…」
「でもさ?ーーーーーーーーー…俺も、久しぶりだった。…隆に触りたいって思ってたよ?」
「ーーーーーーー…っうん…」
「キスも出来なかったし」
「ーーーーー」
「好きな子が目の前にいるのにさ」
「ーーーーーーーごめん…」
しゅんと俯く隆一。
そんな姿を見たらーーーーー。
全てこちらが悪い気になってくる。
始めは少しだけ困らせたくてした意地悪も。
隆一の俯く姿を見たら、一瞬で覆される。
あーあ…。と深いため息。
そして困った事に、そんな隆一の姿も好きだと思ってしまうからタチが悪い。
「ごめん。俺こそ、意地悪だった」
「え…?」
「ごめんな?」
「ーーー…ん」
「隆?」
「ーーーーーーーーーーーー俺だって」
「ん…?」
「………」
「りゅ…」
「…イノラン」
「ーーーー隆……もしかして…今、したい?」
「ーー…うん」
「ーーーいいよ」
「ん。…」
「葉山君が、帰って来るまでな?」
「…うんっ……」
閉じる瞼を見ながら、帰ってくるまでに止められるか…とイノランは自問自答。
苦笑と共に、キツいな…と。呟いて。
柔らかな唇を、甘く堪能する。
縋り付く身体を受け止めて、白い首筋に舌を這わせる。布越しにその身体に触れたら、もう声は止まらなかった。
「ーーーりゅう…っ 」
「ぁん…イノラン…」
フト、イノランの霞がかる意識の向こうで、僅かな気配を感じる。
これ以上進んだら、本当にもう止められないと思ったから。
イノランは精一杯、理性を保って身体を離すと、隆一の潤む瞳が強請っていた。
せっかく耐えているのに…とイノランはまたしても苦笑い。
俺も同じだよ。という気持ちを込めて、もう一度唇を絡ませる。
「んっ…」
「な、隆?」
「ん…っ なぁに?」
「続き…あとでな?」
潤んでいた隆一の瞳がぱっちりと開いて。
次に見たのは、艶やかな微笑みだった。
end
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