長いお話 (ひとつめの連載)













一夜だけのライブ。
一夜だけ、ルナシーの復活。

そんな、終幕当時には思いもよらなかった事が決定した。

その事に、ファンは勿論。歓喜した。
待ち焦がれた日々。
待ち続けた側にしたら、それはまるで夢のような発表だった。


そんなファンの反応にメンバー達は。感激と感謝、大きなバンドを動かすということの責任を、改めて感じる事になった。








………………


長時間に及ぶミーティングを何度も重ねて。これからライブまでの、大まかなスケジュールも組まれた。

こうして実際に形になっていく様を目の当たりにすると。
メンバーは勿論。関わるスタッフ達も、皆。湧き上がるものがあって。
その想いを空回りさせないように。
全てはライブ当日に照準を合わせて、各々が冬に向けて動き出した。









「やばーいっ 」


真矢が天を仰いで呟いた。


「マジで叩き込まないと、忘れてる。本番まで特訓だぁ」


しかしそう溢す真矢の表情は、この上なく嬉しそうだ。
すると傍らにいたJも、笑みで顔を歪めながら言った。



「大丈夫。それ、真矢君だけじゃないから」


俺も。と、戯けながら真矢の肩を組むと、久しぶりに豪快な笑い声が室内に響き渡る。




嬉しいのだ、みんな。


素直に表に出せないところもあるけれど。嬉しくないはずはない。
皆この数年の間に、確かな力を備えてきているから。
ぶつかり合った時、どんなすごい音が出せるか。
純粋に楽しみで。
そして、認め合った最高のメンバーとまたステージに立てるという事が、嬉しくて。
それと同時に、絶対に良いステージにしたいという想いも、込み上げてくるのだった。











…………………


隆一は朝起きるとまずジムに向かう。
身体をほぐした後、そのままスタジオで歌い込む。
これが最近の、隆一の一日のスケジュールだった。


あの打ち合わせから、約半年が経った。
怒涛の準備期間を過ごして来て。ここでようやくライブのセットリストもほぼ固まって、何度か楽器と合わせてリハーサルもこなしてきた。
そしてやはり感じるのは、終幕以前との音の違い。
前よりさらに凄みを増した音。
それから、以前では無かった微妙なアレンジ。ガラリと変わっているわけでは無いけれど。見え隠れするような色気のある音や、足元から包まれて掬われるような低音は。あの当時では無かったように思う。

しかもあの四人はそんな高度なアレンジを。瞬時に反応して順応して、サラリとやってのける。





( 俺も負けてらんないね )




あんな演奏を間近で聞かされて。隆一の歌への情熱も、感化されて燃え上がる。



( リハだけであんなすごいんだから…)


( 本番はどんなーーーー…?)





ゾク…。と、隆一の背筋に武者震いに似た震えがはしる。

きっと。
とんでもないライブになる事は間違いないと、そう感じて。




( まだ足りない。もっとだ )




もっと歌って、当時の想いを。


ルナシーを歌わなかった、この数年間。どんな想いで歌を歌ってきた?

どんな事を思いながら終幕した?

それに至るまで、どんな事を考えた?



歌いながら、意識を遡られて。
これまでの日々に思いを馳せる。



この数年間、隆一の側にはいつだってイノランがいて。
愛し、愛されて。想いを重ねてきた日々。

記憶を失くした事すら包み込んで。
手を取り合う事を、望んでくれた。



( イノランと、ルナシーとしてステージに立てる )



イノランの部分のみ記憶が無いという事。

その状態でリハーサルをした時どうなるのか。
隆一の耳にはどう聞こえるのか。
メンバー全員、少なからず不安はあったが。生の演奏を聞いた時。隆一は、四つの音がやっと揃った!という感覚が生まれて、水を得た魚のように歌を歌った。


それからはもう、ただただ歌い続ける。
あの頃を思い出して。













歌う隆一のいる部屋に。
訪れた者がいた。





「隆ちゃん」











背後から突然声を掛けられて、隆一はクッと息を止めて振り向いた。

笑顔を称えたイノランがそこにはいて。隆一も思わず笑みを洩らした。



「イノラン」

「隆ちゃんおつかれ。今日も歌い込んでんだ?」

「そうだよー、だってみんなの演奏凄いんだもん。それなのに歌がアレだったらアレでしょ?」

「なんだよアレって」



ぷっ…と噴き出すイノランに、隆一は頬を膨らませてみせる。



「良い演奏には良い歌じゃなきゃでしょ?」

「隆ちゃんの歌はいつだって良いよ?」

「足りない」

「ーーもっと?」

「うん。もっともっと。ーーーだって、皆んな待っててくれたんだもん」

「ーーーん」

「想像以上のもので、お返ししたいなって」

「うん…。ホント、感謝だね。ファンやスタッフのみんなにもだし…メンバーにもそう思う」

「メンバーにありがとう…って?」

「ん。…終幕以前って、俺メンバーに対してちゃんと感謝してたかなぁって…こないだリハやってて考えて。もちろん感謝の気持ちはあったけど…真正面向いてしてたかって言ったらーーーしてなかったかも…って、ちょっと反省したんだ」

「うん…」

「あの頃は、とにかく必死なところがあったでしょ?…常に顔を突き合わせてるメンバーに感謝…なんて。照れもあっただろうし、そこまで気が回らなかったのかも」



「ーーー懐が大きくなった感じ?」

「そう!そうだね、そんな感じ。ーーーホント色んな事あったから、この数年。またこうやって集まろうって五人同時に思えるようになったって、やっぱ皆んな変わったんだよな」

「ふふっ …うん」




そして、そうだった。と言って、イノランは持って来たコーヒーショップの紙袋から、サーモマグ入りのミルクティーを隆一に手渡した。



「ありがとう、あったかい飲み物なんか買いに行こうかな~って思ってたんだ」

「それじゃ良かった」



そう言いつつ、イノランは自分のコーヒーを取り出して。熱々のミルクティーにふうふうと息を吹きかける隆一を見て、顔を綻ばせる。

暫し無言でお互い飲み物を啜っていると、イノランがポツリと隆一に問いかけた。




「いっこ、聞いていい?」

「ん?うん、なに?」

「ーー俺の記憶が無い状態でルナシーの曲聴くと…どんな感じなの?」

「あ…」

「ごめん…こんな事聞いて。ーーーでも、気になってたんだ」

もしイヤだったら無理矢理には聞かないよ。と。


気遣って手を伸ばして隆一の手に触れてくるイノラン。緩く握りこまれて見つめられたら、拒否なんて出来るはずない。それがわかってて言うイノランは意地悪だ。
隆一はそんな思いを込めて睨みつけるも、イノランは全く堪えた様子は無くて。大きなため息をつくと、隆一もぎゅっと手に力を入れた。



「事故に遭って、入院して。俺の記憶が無いのかも…ってなって、俺たくさん検査受けたでしょう?その時先生が、ルナシーの曲を聴かせてくれたんだ」

「ーーーうん…」

「ROSIERとI for youと…あと何曲か。あ、gravityも聴いた」

「うん…」

「でね、曲はもちろんわかる。歌詞だって、タイトルだって。これはスギちゃんの音、これは真ちゃん、これはJ。この時のシンセは誰の…って。ステージのこの位置に誰が立ってって、ちゃんとイメージ出来る。全部わかるんだけど…」

「ーーー…」

「わからない音がどの曲にも必ず一個あった。ひとつひとつの音をバラすと、どうしてもわからない音。でも一曲として聴くと、聴いたことあるって思える。
じゃあこの音はなんなんだろう…。このギターの音色は誰の音なんだろう…って、検査の間ずっと思ってた」

「ーーー」

「それが、イノランのギターの音だった。ーーーその時すぐにわかった。目覚めてすぐに視界に入ったあの人が、イノランなんだって」

「ーーーーーーー……」

「ーーそっからは、もうイノランも知ってるよね?ずっと一緒にいてくれたから」

「ーーーーーうん」




イノランの瞳が、嬉しそうに細められるのを見て。
隆一は頷くと、少し俯いてこう言った。



「あのね?イノラン。ーーーここ最近ルナシーのリハをやって、終幕の頃の事を思い返すようになって。
ーーー記憶を失くした訳が、わかった気がしたんだ」












「ーーーえ?」



隆一の思わぬ言葉に、イノランは目を見開いた。




「隆ちゃん…本当に?」



「ーーーーー本当」




二の句を継げなくて、イノランはただ隆一を見つめる。

この数年の間。一時期は足掻く程に見つけようとした、記憶の秘密を。
ライブが決まった、たった半年の間に見つけたと、隆一は言う。

驚きと期待が、イノランを襲う。
対する隆一は、まるで悟りを開いたように穏やかだ。




「ーーー聞かせてくれる?」



イノランは逸る気持ちを抑えて、隆一の目をそっと伺った。

こくっ…。と頷く隆一は、どこか嬉しげに唇に弧を描く。
重なっていた手と手が絡み合って。
この手が、とても心強い事を知っているから。
隆一は躊躇する事なく、ぽつりぽつりと語り出した。





「ルナシーをなくして、その上イノランまで失くすなんて。耐えられなかった」


「ーーーーーーーーーー」





「ーーーだから閉じ込めたんだ。あの、ガラスが降って来た瞬間。ーーーイノランの、どんな事も失くしたくなくて。失くすくらいなら、全部、閉じ込めちゃえって」




「ーーーーーーー隆ちゃん」



「それくらい大事だって。大事だったんだって、改めて思えた。ルナシーも、イノランも。ーーーもう、離したくないんだ」



「ーーーーー……隆?」





ぽろぽろと。いつのまにか、隆一の頬を涙が濡らす。
あの日。一瞬の間に閉じ込めてしまった、隆一の奥に隠されていた想いが、堰を切ったように溢れ出す。





終幕したルナシーへの想いを、悲しみで汚さないように。

愛するひとの全てを、手のひらから取り零さないように。



いっそ。心の奥で眠ればいい。
暴かれないように、隠せばいい。



そんな隆一の、強く切ない気持ちが。
隆一の中の、イノランの記憶に。
強固で見えない、鍵をかけてしまった。





「ーーーーーっ …」




声を殺して肩を震わせる隆一を、イノランの腕が強く強く、抱き寄せる。

隆一は弾かれたように顔を上げると。
秀麗なイノランの顔は微笑んでいたけれど。その目には、光るものがあった。



「ーーーーーーイノラ…」

「ここにいる」

「っ …」

「何度だって言う。俺は隆の側にいる。さいごまでお前を愛してやる。ーーールナシーも、このライブで終わりなんかじゃない。ーーーーーこの先も、きっと続く」

「ーーーっ …」

「だって、あの日隆が言ったんだよ?」




諦めてなんか無い。





「だから、隆…」





還って来い。






失くすものなんか、本当は無いんだ。































一夜限りのライブが、終わった。




あの終幕ライブの最後。
身を切られるような想いに満ちたライブ会場とは、全く違うもので。


たった一夜だったけれど。
そこにいた全員。来られなかったけれど、想い続けたひとたち皆んなが。
次への期待と、希望を持てたライブになった。

この空間にひとたび身を沈めたら。
これで終わりなんて、到底無理なのだ。

四人の演奏も、隆一の歌も。

きっとこの先も、五人一緒、共に在る。




ライブ翌日には、再び海外へ飛ぶスギゾーとJ。

皆んなそれぞれソロ活動は健在だ。

これから先は、ルナシーとソロと。様々な活動を同時に進める日々がきっと来る。
そしてそんな多忙な日々を、メンバー達は楽しむのだろう。




旅立ち前、スギゾーが言った。


「隆、絶対思い出せるよ。プレッシャーかけてる訳じゃ無いけど、一緒にライブして確信した。根拠は?って言われたら困るんだけど、確信したから。だって隆、やっぱりめちゃくちゃ綺麗だったもん」



見送りに来ていたイノランと隆一は苦笑して。イノランは呆れ顔で返した。



「ホント、根拠ないね」

「俺の勘は当たるんだぞ!」

「勘って…。まぁ隆ちゃんが綺麗だったってゆうのは同感だけど」

「イノランっ !」



恥ずかしいよ…と真っ赤になって俯いてしまった隆一を。
Wギタリストはじっと見つめてため息をつく。



「おいイノ。隆に変な虫寄り付かせんなよ。お前以外、俺らは認めねぇからな」

「誰に向かって言ってんの?当たり前でしょ」


不敵な笑みを見せるイノランに、スギゾーは満足そうに頷いて。
今度は隣の隆一に視線を向けると、眉を下げて顔を覗き込んだ。



「隆…。俺、またしばらく居ないけど。ーーーでも、またな?」



スギゾーの言葉の裏に、ただの別れの意味だけでは無く。
《次もまたルナシーで会おう》
そんな意味合いが込められていると伝わってきて。

隆一は、いつか病室でスギゾーに見せた。あの時みたいな、極上の笑顔で頷いた。



「ーーーーっ 」


うっかり泣きそうになったスギゾーは、誤魔化す為に軽口を叩く。




「この後、イノに気をつけろよ?」

「へ?」

「いいから早く行けっ ‼」



イノランに追い立てられて、手を振りながらゲートに消えるスギゾーを見送って。
二人は、飛行場の屋上から空を見上げる。
冬の青空に飛行機雲が幾筋も白い線を描く。




「あれ、スギちゃん乗ってるやつかな?」

「さあ?分かんねーけど…。ったく…アイツ」

「そう言えばイノラン、最後なんで怒ってたの?」

「え?隆ちゃん分かんなかったの?」

「ん…ぅん…ごめん」

「や。謝る事じゃないんだけど…」

「ーーーーーで、なんだったの?」

「ええ?ーーー…だからさ」

「?」

「ーーーーー今日は隆を帰さないってこと」

「えっ…」

「ーーーセックスしようってこと」



ずっとここ最近ライブライブでゆっくり会う時間無かったからな。…と。

ちらっと周りを見渡して、人の目が逸れた一瞬の間をついたキス。

反論する余裕も無く繋がれた手。
その手に引かれて、屋上を後にする。



時折強引な恋人。
意地悪だけど優しい。

この手を繋いでいる以上。幸せ以外、なるものは無いんだと思えた。





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