長いお話 (ひとつめの連載)
「イノラン…」
帰らないで欲しいと。
真っ直ぐな目で見つめられて。
隆一は言葉に詰まってしまう。
今日はこのまま、イノランと一緒に居たい気持ちは、隆一も同じだったけれど。
頭を過ぎるのは、隆一を快く送り出してくれた葉山の事。
きっと今も色々と作業を続けてくれている筈なのだ。
そんな葉山の事を考えたら。やはり今日中に、一度戻らなければと思った。
「…イノラン…俺ももちろん一緒にいたいんだけど…」
「ーーー…ん」
「俺、一度戻らないと…」
ごめん…。と眉を下げて謝る隆一に、イノランはニコッと口角を上げて言った。
「葉山君、頑張ってくれてるもんな」
「うん」
「ーーー俺待ってるよ?」
「え?」
「これから戻って、隆が終わるの一緒に待っててもいい?葉山君にお礼もしたいしさ」
「…‼」
思いがけない提案に、隆一の表情がパッと明るいものになる。
イノランの嬉しそうな眼差しを受けて、隆一はにっこりと頷いた。
そのタイミングで。
~♪♬
「ぁ…俺の?」
隆一のポケットから着信音が鳴って。スマホを取り出して確認する隆一の表情が、みるみるうちに笑顔になる。
そして不思議そうに首を傾げるイノランに。見て、とスマホを渡した。
《隆一さん、イノランさん、お疲れ様です!
隆一さん、少し休めたでしょうか??
イノランさんが側にいればバッチリですよね?きっと元気になったという事で話を進めます。
マネージャー達みんなと、これから夕食を食べに行く事になりました。皆さん飲む気満々なようなので、今日はこれで終わりにして、明日隆一さんが戻ってからという事になりました。
一応9:30頃~です。
僕も明日は朝から行く予定です。
まあ、こんな感じです。タクシーがもうすぐ来るので、行ってきます!
では今夜もゆっくりして、明日元気に出勤して下さいね♬
長文でごめんなさい、おやすみなさい。 葉山》
「葉山君、最っ高!」
「ね!色々やってくれて、感謝しかないよ」
「彼の為にもね、ユニット楽しもうね」
「うん!」
顔を見合わせてくすくすと笑う。
葉山から届いたメッセージに、隆一は了解とお礼の返事を書いて送信すると。
目の前にいるイノランに、はにかみながら言った。
「あの…イノラン」
「ん?」
「……俺、今日…」
「…ん」
「帰る必要…なくなったよ?」
「ん…。そうだな」
恥ずかしそうに視線を彷徨わせる隆一につられて、なんだかイノランまで、気恥ずかしくなって。
隆一の顔がまともに見られなくて、行き場に迷って彷徨わせていた手を。
そっと隆一の手に重ねてみた。
パッと弾かれたように顔を上げた隆一。イノランは重ねた手をぎゅっと握って微笑んで言った。
「今夜は一緒にいられるな」
都心に戻ったのは、既に22時を過ぎた頃だった。
途中のパーキングエリアで夕食を摂る。その後隆一は、ソロアルバムの制作に携わってくれているメンバーやスタッフ達への差し入れを、あれこれと大量に買い込んだ。
イノランも何か、買っているようだったが。
夜のパーキングエリアを存分に楽しんで、再び車に乗り出発する。
「イノラン、明日の仕事は?何時から?」
「俺は10:00くらいかなぁ。いつものスタジオ。隆ちゃん9:30でしょ?送ってってあげるよ」
「え、いいの?…」
「もちろん!」
「ありがとう、じゃあそれまでは一緒だね?」
にこにこと、相変わらずの直球な言葉に。イノランは胸が高鳴るのを感じて、そしてため息をついた。
「なんで…そう、」
「え?」
「ーーー…いい。なんでもない」
「気になる!」
「気にすんな!」
「えー?」
変なイノラン。そう言いながら隆一はあははっ…と笑う。
( その笑顔が反則なんだよっ)
とイノランは心の中で憤慨しつつ。
また自分の隣で、こんな風に笑ってくれる事に、安堵と。新たな愛おしさが生まれた気がした。
イノランの家に着いたのは、間も無く23時という頃。
明日、また車に乗るからと。隆一が買い込んだ大量の土産物はそのままに、部屋へと向かう。
手を繋いでエレベーターに乗ると。扉が閉まると同時にイノランは隆一を引き寄せて抱きしめた。
そして髪に唇を寄せてくるのが気配でわかって、隆一は急に恥ずかしくなって身を固くした。
「イノラン…?」
「ん?」
「…どしたの?…」
「どうもしないよ」
「ぅん?」
「…早く隆に触りたい」
イノランの掠れた声が耳元でして、隆一の鼓動が跳ね上がる。
ーーー…声に、情欲がこもっていて。それを聴いたら、自ずと今日これからの事を思い描いて期待してしまう。
軽やかな音と共にエレベーターが止まり、扉が開くと。また手を繋いで部屋まで歩く。隆一は、自分の足音よりも速く弾む鼓動に気付いて。そっと苦笑を溢す。
早く欲しいと、自分を急かしてるみたいで。
玄関に入って、靴を脱いで。
部屋の電気も、まだ点ける前に。
廊下の照明でほの明るいリビングに着いた途端に、再びイノランは隆一を抱き寄せて、キスをした。
突然の事に一瞬身体を引いた隆一を。ぐっと腰を逃がさないように、イノランの手に力がこもる。
「ぅ…っ…ンっ」
「…っ…はぁ」
「ん…っ」
じわじわと痺れてくるような感覚に、隆一の足が震えてくる。
「…ヤバイ」
「…っん…ぇ?…」
「気持ちよすぎ…ーーーーー…隆…」
「なぁ…に?」
もう縋り付いていないと立っていられない程に、隆一の身体に甘い痺れが行き渡って。
すでに潤んだ目をイノランに向けると。
ぎゅっと抱きしめられたまま、薄暗いリビングのラグの上に倒れこんだ。
ふかふかしたラグだから、全然痛くは無いけれど。
上から見下ろすイノランの瞳は、隠す事なく隆一を求めていて。
きゅうっ…と隆一の胸が締め付けられる。
イノランの唇が、隆一の首筋に吸い付いた。
「ぁっ…」
「…かわいい」
「ゃ…イノランっ…今??」
「もう我慢できない」
「待っ…っお風呂っ入って無…ぁっ」
「…気にすんなよ、隆の匂い。めちゃくちゃ好きだから…」
「あっ…ぁ…っ…」
「ここで抱かせて?」
精一杯の理性で、濡れた目で。それでも了解を得る言葉を待つイノランが、とても愛おしくて。
隆一は自ら両手を伸ばして身体を密着させる。
額同士を擦り合わせて、じっと目を見て。隆一がコクリと頷くと、イノランの目がとても嬉しそうに細められた。
リビングで身体を重ねた後、二人一緒に入浴して。
一緒に入ったせいか、わからないけれど。今夜はひと時も離れたくなくて。
お互いが欲しくて、触れたくて仕方なくて。
髪も乾ききらない内に、戯れ合うようにベッドに沈む。
イノランが求めれば、隆一もそれ以上に喘いで、イノランに縋り付く。
貫いて突き上げれば、もっともっとと、涙を溢して、両手を絡ませた。
…………………
まだ外が暗い時間。
隆一は目を覚ました。
( 動けない…?)
そう思って視線をずらすと。
隆一の身体をしっかりと抱き抱えている腕が目に入った。
( もぉ…)
隆一は微笑んで、その腕の人物を愛おしそうに眺めた。
気持ちよさそうに眠る彼。
今はこんなに穏やかな寝息をたてている彼だけれど。
あんなに激しく、隆一を抱いた。
思い出すだけで恥ずかしくなるくらいで。隆一は、また身体が熱くなるのを感じて。慌てて…けれど起こさないように絡んだ腕を解いて。ベッドヘッドにかけておいた寝間着のシャツだけを羽織ると、そっとベッドを抜け出した。
キッチンで冷蔵庫の水を少し飲んで、薄暗いリビングへと進む。
冷たい水を飲んだら、こんな時間なのに目が覚めてしまった。
リビングが海の中みたいに薄青い。
そこに、薄いカーテン越しに黄色い月明かりが差し込んで、ゆらゆら揺れて、夜の海中の水面のようだ。
隆一は吸い寄せられるように、窓辺に立った。
真ん丸ではない、少し欠けた月が遠くに見えた。
外の木々はサワサワと揺れる程度。穏やかな暗闇だ…と思ったら。
下の道を新聞配達のバイクが走って行った。
「?」
真夜中と思っていたけれど。
隆一はリビングのテーブルに置いてあるデジタル時計に目をやった。
4:00AM
明け方のその時刻に。刻まれたそのデジタル表示から、隆一はしばらく時計から目が離せなくなった。
4:00AM…
夜の終わりと。
朝の始まり。
朝になれば、また彼と暫しの別れをしなければならない。
お互いソロアルバム発売を控えた今。
ゆっくり会える時間は限られる。
音楽はお互いの大事なもの。
…だけれど。
会えなくなるのは、やはり寂しいことだ。
隆一は、再び外に視線を飛ばすと、そっと口ずさむ。
今の時刻と、同じ名を持つ歌を。
〝夜よ消えないで…〟
「隆」
急に背後に温もりを感じ、隆一は驚いて声にならない悲鳴を上げてしまう。
そして振り返って、眠っていたはずのイノランに、抱きしめられている事に気がついた。
「イノっ…」
びっくりしたー…と、止めていた呼吸と共に脱力する隆一に。
イノランは少々意地悪い顔で笑うと、隆一の首筋に顔を埋めた。
「隆ちゃん…すっげえ綺麗」
「んぅ?」
いきなり何を言い出すのかと。隆一は素っ頓狂な返事を返してしまう。
イノランはくすくす笑って、隆一の身体をクルリと反転させた。
「歌ってたでしょ?」
「‼?」
聴かれていた!そうわかった途端に、猛烈な恥ずかしさが隆一を襲う。
ばれてしまっただろうか。
わかってしまっただろうか。
夜の終わりを、朝の始まりを寂しがっていた自分を。
隆一はあまりの恥ずかしさと、居た堪れなさに。きっと赤くなっているその顔を、両手で隠す。
隠した手の向こう側で、イノランがひどく楽しげにくすくす笑っている様子が伝わってくる。
「隠さないでよ」
「ーーーーーーーーやだ」
「隆?」
「………」
「…んじゃ、俺泣くよ?」
「ええっ⁉」
「ーーーーーウソ。」
「ひどっ…騙した‼」
「何言ってんの、あのままじゃ何もできないだろ」
「何…?…うわっ!」
月明かりに照らされたイノランは、言葉が出ない程に格好よくて。思わず見惚れている内に、ふわりとイノランに抱き上げられて、リビングのソファーの上で組み敷かれていた。
上半身は何も身につけていないイノランの肩に、月明かりが反射して。眩しくて目を細めると。
隆一の上から。優しいけれど、瞳の奥に欲を滲ませたイノランが。
じっと見つめてくる。
「隆…綺麗」
「だ…からっ…何言って…」
優しいだけではない、獰猛な男の眼差しに。その熱い視線に耐えられず、隆一は顔を背ける。
「そんなに、見ないでよ…」
背ける事で、結果。露わになった赤く染まった頬や首筋を、イノランに曝すことになってしまう。
薄手の寝間着のシャツ一枚を羽織っただけの身体を、無意識に隠そうと裾を引っ張る仕草が。イノランをより煽ることになってしまう。
イノランの喉がゴクリと鳴る。
「お前、ホント…綺麗だよ」
「…っ や…」
「こんな姿、誰にも見せらんないね」
顎を掬って、真っ直ぐに見つめ合って。隆一の瞳にも情欲の色が揺れる。
「…いっ …の…」
縋るような吐息を含んだ声で呼ばれて。イノランは堪らずに、唇を重ね合わせた。
「ぁっ…んぅ…」
「りゅっ …」
隆一の両手を顔の横で縫い止めて指先を絡めてやると、きゅっと力を込めてくれた。
真上から見下ろすと視界に入る、隆一のいい部分。羽織っただけのシャツの隙間から覗く、ツン…と熟れた乳首を舌先で弄ると我慢できないみたいに首を振る。
「ゃっ …ぁ…っだ…め」
しつこく胸の先端を吸って甘噛みすると、隆一は身体を反らせて喘いだ。
「やっ …あっ…ん…」
「お前っ…もぅ…可愛すぎ」
イノランは手を下ろして行って、隆一自身に触れる。先走って溢れたものが、ぬるぬるとイノランの手を濡らした。
「気持ちいい?」
「ん…っ んっ …」
物足りなさそうに隆一の脚が無意識に開いて、訴える眼差しを向ける。
イノランは薄く微笑むと、滑り気を帯びた指先を隆一の後孔に押し入れた。
もう今日は何度も愛し合っているから、大した抵抗も無く進んでいく。
指の付け根まで入ると、くちゅくちゅとゆっくり動かした。
「あっぁ…ん…っ イノラっ …」
「隆っ …」
「イノランっ…の…っ 挿入て…よぉ」
「ーーー…っ 」
涙を溜めた瞳で強請られて。イノランも、もう限界…とばかりに。隆一の腕を一気に引くと勃起した自身の上に跨がらせた。
「ぁあんっ …」
座ることで奥の奥へイノランを受け入れて、あまりの快感にぎゅっと締め付けた。
「隆っ …力、抜けって」
「やっ…そん…なっ 無理…」
強張った表情で、キツく目を閉じて耐える隆一に。イノランはそっとキスをする。
激しい行為の中で、そのあまりに優しい触れ合いに。
隆一は一瞬目を見開き、やがて花開くような笑顔を見せた。
そんな隆一に痺れるような愛おしさがイノランを襲う。
「隆ちゃん、キスしよう?」
「ん…」
嬉しそうにコクリと頷いて、唇を重ねる。何度も啄むような優しいキスをしていると、隆一の瞳から一筋の涙が溢れた。
ぎゅっと、イノランの首元に抱きついてくると、堪らなくなって、イノランも抱き返す。
そして。
履いているジーンズのポケットから光る物を取り出して。
隆…。と優しく名前を呼んだ。
「今日が最後じゃないだろ?」
「うんっ …」
「逢えない日…続いてもさ。俺の心は、お前だけだから。死ぬ程愛しい、お前だけだよ」
イノランは絡んでいた隆一の左手をとると。その薬指に銀に輝く指輪を嵌めた。
「イノっ…?」
信じられないものを見るように目を開く隆一に、イノランはニコッと笑って言った。
「逢えない日、隆を見守る俺の代わり。恋人の印。愛してる印。」
「いっ …の…」
「だから、泣かないで」
イノランはゆっくりと、再び腰を突き上げる。
「俺が…いない所で…ひとりで泣くなよ」
「あっ…ン……」
言葉にしたいのに、言葉にならなくて。ぽろぽろと涙を零しながら喘ぐ隆一を、イノランは愛おしそうに見つめて。
泣き虫。と囁いて、キスをする。
繋がったままで、夢中でキスを交わして。
絡む唇と舌先の隙間で、うわごとのように何度も好きだと言って。
お互いの息遣いと声と。
もうそれだけで。気持ちよさで、おかしくなりそうで。
「りゅうっ …隆っ 隆…愛してるっ 」
「ぁっ…ーーーーん…んっ 」
声にならない激情を解放して。
二人で一緒に真っ白になって。
隆一はイノランの手の中で。
イノランは隆一の中で、射精した。
抱き合ったまま、ソファーに崩れ落ちる頃。
夜が終わる。
朝が来る。
でももう。
何も、恐れない。
隆一の薬指の銀色が、昇り始めた太陽の陽を微かに浴びて。
優しい光で、輝いていた。
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