長いお話 (ひとつめの連載)
イノランはカーテンを開けると、ドアの方へ視線を向けて、低い声で言い放った。
「いるんでしょ。バレてるから」
暫しの沈黙の後、バツが悪そうに。しかしどこか照れくさそうに入って来る、メンバー3人。
「ほっ、本当にいた!」
いつから見られていたのかと、急に落ち着きを無くす隆一。
スギゾーが口を尖らせて、イスを引き寄せながら呟いた。
「入りずれーよ」
「チコクするからじゃん。また呑んでたんだって?」
「っ悪かったよ!つーか話‼すりかえんなっての!」
「いや~…。でも、良いね‼良いモン見たって感じ?」
「何つーの、もう。見ててこっちが照れるね」
「ねっ、ねえ!どこらへんから?見てたの⁉」
「え?…んー、お前らが写真について?話してた辺り…かな?」
(ほとんど全部じゃんっ‼)
顔から火が噴きそうな位真っ赤になった隆一の手を、イノランが宥めるように握る。
繋いだ手にぎゅうっと力を込めてくるから、隆一が視線を上げると。真剣な表情のイノランが、そこにいた。
「イノ…?」
あまりに真剣な瞳を向けてくるから、隆一は何かを汲み取ろうと、想いを巡らす。
隆一に向けていたイノランの視線が、スッと3人に移って。瞬間、隆一は唐突に理解する。
返事の代わりに、繋いだ手の、指を絡ませた。
「俺たち、いっしょにいるから。」
「ーーーーーーーーーーーー」
「惰性や甘えじゃ無くて。ーーーーー好きだから。」
そう告げるイノランの声は、とても静かだけれど。あたたかな、熱が込められていて。ずっと触れていると、じわじわと低温火傷しそうな、そんな熱さで。
それが、隆一を見つめる瞳と、おんなじで。
内包された想いの深さが、目に見えるようだった。
ーーー本当は、自分達の事を言うべきかどうかなんて、解らない。
お互いが好きだという気持ちに、嘘は無い。これだけは、胸を張って言える。
…でも、この恋が特殊だということも、わかってる。
嫌悪する人もいるだろう。
まして、終幕したとはいえ、同じバンドのメンバー同士。
だからこそ、伝えるのも正直勇気が必要で。
でも、聞いてほしいと思った。
彼等もまた、大切な仲間だから。
「俺もイノちゃんが好きだよ」
ずっと黙っていた隆一が、突然に口を開いた。
まるで歌をうたうように、穏やかな通る声で。
「それから、皆んなの事も好き。イノちゃんを《好き》なのとは、違う《好き》だけど…。ーーーーーでも。だから、伝えたかった。俺たちのこと」
そうだよね?って微笑みながら確認してくる隆一。
ーーーその、あまりに朗らかな語り口と、気負わない態度に。イノランも3人も、拍子抜けしてしまって。
とうとう、込み上げる笑いが、治らなくなった。
ーーーホントに、敵わない。
いつだって、真実を潔く言葉にかえてしまう。
その声には愛が溢れていて。
どんな残酷な歌を歌っても。沈んで行く、悲しみや諦めの歌を歌っても。
嘘のように、救われてしまう。
愛の欠片みたいな、その声に。
何かが剥がれ落ちたように、声をあげて笑う。
蟠りもない、無邪気な姿。
そのメンバー達の姿は。隆一を、ルナシーに迎え入れた日のそれと、何ら変わらない。明るいパワーに、満ちたものだった。
3人が、この恋を認めてくれているのが、伝わってきた。
面と向かった言葉は、無いけれど。
長い付き合いだから、わかる。
こんなに心強い事はない。
(大事にしよう。)
隆一の事も。それから音楽で結ばれた、メンバー達も。
隣にいる隆一の気配が、楽しげに弾んだものになっているのを感じる。唇の端を上げて、にこにことイノランに話し掛ける。
「嬉しいね?」
「ん。そうだね、伝えて良かった」
2人の前で、わあわあと相変わらず騒がしい3人。
そしてイノランの隣には、誰より大切な愛しい人。
(俺もしかして、すげえ幸せなヤツかもしんない。)
溢れ出す幸福感に襲われて。
3人は騒いでるから大丈夫。と、自分自身に言い訳して、イノランは強めに隆一の手を引くと。わっ!と、バランスを崩して倒れ込んできた隆一の視界をふさぐように、ちゅっ…と唇に小さなキスをひとつ。
びっくりしたみたいな隆一の顔が眼前に映って、イノランは口角を上げる。
「っ…」
「なんか幸せで。したくなっちゃった」
「もぉ…」
隆一の口調は諌めるようで。でもその目は、この上なく嬉しそうに弧を描く。
それを見たらもっとしたくなって、もう一度唇を寄せたら。
スギゾーから、ピシャリと一言。
「そこ。イチャつきすぎ ‼」
「いや~でもいいじゃん!俺もう、嬉しくて仕方ねえもん。だってあの、イノと隆ちゃんがさぁ…」
「おいおい真矢君。泣くなよ」
「だってさぁ…このマイペースで超鈍感な2人がさ…」
「まぁ、それは言えるな」
「そうだよ!ホントにマジで俺ら、いつまでヤキモキしなきゃなんないのかと…って、そうじゃねえ!するなら人目を気にしてしろっての‼」
見せつけられて、大声で喚くスギゾーと。
本当に嬉しそうに目を潤ませる真矢。
そしてそれを宥めつつ、同意とばかりに不敵な笑みを浮かべるJ。
まるでコントみたいなやり取りが可笑しくて。堪らずにケタケタと笑い出す2人だった。
………………
仕事を終えた5人は、事務所からほど近い居酒屋にいた。
通された個室で、思い思いに酒を酌み交わす。
思い出話に花を咲かせるJ、イノラン、真矢の横で。スギゾーと隆一はワインを傾けながら、しみじみと語っていた。
「スギちゃん、いつ行っちゃうんだっけ?」
「んっとね、来週末には行くかな。まだチケット取ってないんだけど」
「そっか…。Jも来週行っちゃうしね」
微笑んではいても、どことなく寂しげな声音で呟く隆一。
ひとり、またひとりと、次への道を進み出すメンバーを。大きく手を振って、「またね!」と送り出したい気持ちの反面、寂しく思う気持ちも確かにあるのだ。
それだけの長い時間を、共に闘い抜いてきたから。
スギゾーは、グラスの底に残ったワインをグッと飲み干すと、ふー…。と息をついて隆一に問い掛けた。
「ねえ、隆。ライブの前、円陣組んでる時、隆が言ったことあったじゃん?」
「…ルナシーは歌わないってやつ?」
「うん。あれ、なんで言おうと思ったの?」
「んー…。そのまんま、思った事だから」
「……」
「俺。ルナシーの歌うたうの、好きなんだ。苦しくて、気持ちいいから。」
「ーー…」
「でもそれには、4人の演奏じゃなきゃ気持ち良くルナシーは歌えないから。苦しい程のルナシーの音は、このメンバーじゃないと出せないもんね」
「…………そっか。」
「うん。…いつか何年後か…なんて約束は無理だけど。そんな日が来るかもしれないって、心のどっかで楽しみにしてても、バチは当たらないでしょ?」
スギゾーは酔いの回った頭を上げて、目の前の隆一を見た。
ずっと見慣れてきたはずの隆一が、とても綺麗に見えて。眩しくて、思わず目を細めたら、うっかり涙が出そうになって。
誤魔化す為に、隆一の髪に手を伸ばして、ぽんぽん…と撫でた。
「あ!スギゾーお前何してんだよ!」
目敏く見た真矢が、隣の席から身を乗り出す。
「何って、隆と話してるだけだっつの!」
「お前、今隆ちゃんの頭撫でてたろ!」
「え…。スギちゃん?」
真矢の言葉を聞きつけて、剣呑さを滲ませたのはイノランだ。
「ち、違うから真ちゃん!イノちゃん!」
「いーや!大体スギゾーばっかり隆ちゃんとサシで呑むなんてずりーよ。席交代だ!」
「おいコラ!まだ話終わってねーの!」
「うるせーな!おいスギゾー、俺はお前に言いてー事があった!」
「お!いいぞJ!言ってやれ!」
突如酔っ払い3人の渦中に巻き込まれた隆一を、イノランは引きずり出すように向かいの席に座らせた。
「隆ちゃん大丈夫?」
「大丈夫だよ、ありがとう」
「もう、あーなっちゃうとだめだね」
「暫くもうこんなの出来ないから、…まあ今日くらいは…」
「まぁね」
イノランはもう一度3人に目をやると、やれやれとため息をついた。
すると、イノちゃん、と。隆一が手招きする。
「ん?」
「こないだね、コーヒーメーカー買った!」
「…隆ちゃん飲めなくなかったっけ?」
「違うよ。」
「?」
「イノちゃんがうちに来た時、飲めるでしょ?」
「ーーー」
「だからね?…今夜は、うちに来ない?」
どうかな?と、はにかみながら伺ってくる隆一。イノランは不意打ちの誘いにびっくりして、目を丸くするけれど。すぐに嬉しそうに頷いて、お返しに耳打ちした。
「朝、コーヒー淹れてくれる?」
「もちろん‼」
隆一はイノランの返事に、満面の笑みで応える。2人で明日の仕事のスケジュールの確認なんかをし合って。今夜もまたいっしょにいられるって思うだけで、いけないと思いつつも表情は緩んでしまう。
イノランの左手が、隆一の右手をとらえる。
体温を感じる。それだけで、満たされて安心する。
( 大好き )
もう、こんなに愛しいひとは現れない。こんなに自分の全てをあげても良いと思えるのは、彼だけだ。
道無き道も怖くない。
どんな事があっても、乗り越えられる。ーーーそう、手を取り合った2人。
なのに。
それが、こんなに早く。
その絆を試される時が来るなんて。
この時はまだ、知る由もなかった。
音楽の神様。
俺にチカラを貸してください。
俺の大好きな音色を奏でるあの人を。
助けたい。
どうか今すぐ、彼の元へ行かせてください。
早く、早く…
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