長いお話 (ひとつめの連載)
あの後、何度も求め合って、身体を重ねて。ライブの後だったこともあって、声に限界がきた隆一。
2人が苦笑を零して、ようやく身体を離した。
時計を見れば、もう朝の6時で。
一晩中愛し合っていたことに気がついて。今度は2人して、噴き出すように笑った。
「隆ちゃん、大丈夫?」
「うん。…まぁ、さすがにちょっと、疲れたけど」
「…だよね。喉は?」
「ちゃんとケアするからヘイキ!しばらくライブも無いしね。…イノちゃんは?」
「俺は大丈夫だよ」
「………腰は?」
「もうっ隆ちゃん!照れるから!」
「だってぇ、イノちゃんすごいんだもん」
「りゅう~っ!」
「でもホントだよ?気持ちよくて、幸せで…」
「ーーー……」
「イノちゃんも…俺とこうなって幸せ、って思ってくれてたら…いいな」
イノランを窺うように。どことなく、複雑な想いの混ざった声で、隆一が呟く。
不安気な声が、イノランの耳に響く。
その声と表情で、隆一の気持ちが痛い程わかってしまった。
好きだと、自覚した時から。
迷いながらも、いつかこうなる事を、夢見たときから。
世間や常識、仕事仲間として…駄目だったらどうしよう…とか。
そんなの散々悩んできたけれど。
勝るものは、無かった。
隆一の存在に。
好きで、好きで。大切な人。
「幸せに、決まってんじゃんっ」
目の前の身体を、力いっぱい抱きしめる。隆一がふるり…と震えるのがわかった。
「隆ちゃんが言ってくれた言葉、すっげぇ嬉しかった。ーーー俺のこと、好きだって言ってくれる。いつだってキラキラしたかわいい笑顔をくれる。きれいな声を聴かせてくれる。」
「………っ」
「俺のものになってくれる…なんてさ。幸せ過ぎてどうにかなっちゃうよ」
「イノ…」
泣き顔に歪みそうな、イノランの笑顔。それを間近で見て、隆一は悟る。イノランの、ここに至るまでの葛藤と。どれ程自分を、大切に想ってくれているかを。
愛おしい気持ちが、膨れ上がる。
力が溢れてくる。
「ね、イノちゃん。この気持ちがあれば、何でも出来るって気がするね?」
「うん、ホント、そう」
「好きっていう気持ちって…すごいね」
「うん。…ーーーーーーね、隆?」
「ん?」
「色んなこと、しようね。音楽でも日々のことでもさ?隆とこうなって、すごく世界が広がった感じがする。
隆と色んなこと経験したいし、楽しみたい」
「うんっ!」
顔を見合わせて、笑い合って。イノランは手近のシーツを引き寄せて、隆一の肩に掛けてやった。
そして、隆ちゃん…と、もう一度抱きよせる。
「隆ちゃん」
「ん?」
「隆ちゃん…」
「なぁに?」
黒髪に、唇を寄せて囁く。
ひどく優しくて、すこし掠れた声で。
「愛してるよ」
隆一が何かを言う前に、唇を塞ぐ。
音をたてて、何度もキスを交わす。
隆一の、シーツの端を握る手が震えてくる頃、そっと口づけを解いて。イノランはもう一度囁いた。
「隆…愛してる」
「………」
「……………」
「………」
「……えっと……。…う…嬉しい…ですか?」
隆一から反応が返ってこなくて、イノランは少しばかり不安になって。
そっと…隆一の表情を覗き込む。
髪の隙間から見える、真っ赤になった隆一。
それを見てイノランは、なんだか可笑しくなって、くっくっ…と笑ってしまった。
あんなに愛の歌を歌うくせに。いざ自分が言われると、こんなにかわいい反応を見せてくれるのかと。にこにこしてしまう。
「この言葉ってさ、特別じゃん?俺は今、すっごく言いたいと思って言ったから…」
コクリと隆一が頷く。
「隆ちゃんも、言いたいって思ってくれた時、言ってほしいな」
いい? と隆一の頬に手を添えて問いかけると。
頬を染めたまま、ゆっくり顔を上げて頷いた。
「俺も、ちゃんと言いたい」
「うん」
「だから…楽しみにしててね?」
午後の3時頃。
外に出ると、風が強かった。
夜中からずっと止む気配は無くて、心なしか天気も悪くなってきたようだ。
イノランと隆一は、強風の中タクシーに乗り込むと事務所を目指す。
夕方から、5人だけのささやかな打ち上げを、以前から計画していた。
その前に終幕に関してのあれこれをこなす為、メンバー全員集まる予定だった。
「うわっ、すっごい風」
タクシーを降りた途端、ものすごい風に煽られて隆一は目を瞑った。
「台風みたいだな」
「うん、ビル風があるから余計にだね」
そう言って隆一は、高層の建物を見上げる。ショールームの大きな窓ガラスは揺れるようで、ビルの間を風がうねる。街路樹も大きくしなりザワザワと大きな音を立てた。
「隆ちゃん、早く入ろ」
「うん」
事務所に入って、スタッフと挨拶を交わす。
「アイツらは?まだ?」
「ちょっと遅れるって、さっき連絡があって。なんか3人とも昨日の打ち上げから、ずっと一緒に呑んでたみたいですよ」
「また?」
「ここにきて仲良すぎでしょ」
「ふふ、…ねぇ? ……でも、終幕したからこそなのかもね?」
「ん…。そうだね」
まだライブを終えたばかりで、そう実感は無いけれど。終幕して、確かに感じているのは、ポッカリと空いた心。淋しさと、解放感だった。
それぞれが一人一人のミュージシャンとして、お互いを認めているから。
ルナシーという、大きな家から飛び出して。どれだけ大きな存在だったかを、改めて実感し始めているのかもしれない。
しんみりと感慨に耽っていると、スタッフが大量の紙の束を持って、2人の元へやって来た。
テーブル上にドサリと置かれたのは、インタビューの起こし文、雑誌と会報用の大量の写真。
それを見て全てを察した2人は、大きなため息をつく。
「…これチェックすればいいわけね」
「よろしくお願いします!たくさんあって申し訳無いけど、掲載雑誌が多くって…」
「…まぁ、仕方ないよね。…っていうか俺、お任せでもいいんだけど…」
「言うと思った~ !でもザッとでいいので目は通して下さい」
スタッフの懇願を受けて、2人はやれやれ…と窓際のテーブルの椅子に腰掛ける。
この席は窓に面したカウンターのような形になっていて、メンバー全員お気に入りの席だった。
「終わるかな…今日中に」
「いいんじゃない、もうナナメ読みで。自分の喋った事だからわかるもんね」
「そうだね…そうしよ」
「俺も」
「ふふっ…」
2人は仲良く並んで窓の外を眺めながら、仕事をする。他愛のない話をしながら。
それが無性に幸せに思えて、自然と笑みがこぼれる。
スタッフも何処かへ行ってしまって。
ここはメンバールームだから、室内は今2人きりだ。
パラパラと紙を捲る音だけが響く、静かな室内。ぐっと集中して3分の2程、見終えた時だった。
隣に居る隆一が、ヒュッと息を詰める気配がして、イノランは隣に目を移した。
するとそこには、耳まで顔を赤く染めた隆一がいて。イノランは一瞬目を丸くして、何事かと声を掛けた。
「隆ちゃん、どしたの?」
「え、ゃ…。うっ…ううんっ!何でもないっ」
「何でもないって感じじゃないっしょ?…そんなに顔赤くして」
「…う…」
「ん?」
「っ…」
頬杖を突いて、隆一を覗き込むようにするイノランに。優しい表情で見つめてくるから、抗える筈が無くて。
隆一は手元の物を、ずいっとイノランに突き出した。
「もぉっ…これ!」
「?………ライブの写真じゃん?」
これがどうしたの?と問いかけるイノランに、隆一はしぶしぶと口を開いた。
「メンバーなんだなって…思って」
「ん?」
「イノちゃんと俺。ずっとルナシーだったんだなって」
「……そうでしょ?」
「だから‼」
「え。……ごめん隆ちゃん、よくわかんない」
本当にわからないって顔をするイノランに、とうとう隆一は大声で叫ぶ。
「だからぁ‼ 俺とイノちゃんメンバー同士でしょ?ずっと一緒に音楽やってきたでしょ?ライブもいっぱいしてきたじゃない‼ーーーーーーーーー……それが…………俺たち…夕べ………したんだな…って……」
「ーーーーーーーーーー」
ちらっと見上げるような視線を向けて、恥ずかしそうに言い澱む隆一。
それでイノランはようやく理解する。
突然発展した2人の関係に、隆一は感情と現実が追いついていないのかも知れない。
無理も無い。恋人になって、まだ幾らも経っていない。こうしてオフィシャルな自分達の姿を客観的に見て。今の自分達のプライベートの姿とのギャップが、あまりにも大きくて。
きっと隆一は、恥ずかしくて仕方ないのだ。
(かわいいなぁ…)
イノランはそっと口角を上げて笑うと、身体をずらしてピッタリと隆一の横にくっ付いた。
「りゅーう」
「な…に?」
「りゅーちゃん」
「もぉ…なぁに?イノちゃん」
「ね、俺 1コ自惚れてもいい?」
「え?う?…うん」
「メンバーの中でさ、隆ちゃんに一番近いのって、俺だよね?」
「っ!!」
ものすごく幸せそうな声と表情で言われて、隆一は咄嗟に返事が出来なくて。紅潮しきった顔でイノランを見たら。蕩けそうな優しい眼差しとぶつかった。
イノランは、手近の棚にささっている少し以前の音楽雑誌を手に取ると、パラパラと捲ってルナシーのページを開く。そこにはライブの写真が載っていた。
それはまだ、お互いの想いも知らない頃のものだ。
「この写真の中の俺はね、隆ちゃんと恋人同士になれるなんて思ってなかった。寧ろライブなんかじゃ、隆ちゃんはスギちゃんとべったりだったじゃん?」
「…う…ん。」
「隆ちゃんは?」
「え?」
「思ってた?」
「ーーーーーー……思ってなかった…かも。」
「ーーでも今は実際こうして、いっしょにいる」
「うん」
「幸せだよね?」
「うん、…それに、嬉しい」
イノちゃんといっしょにいられて。
そう言った隆一がやっと微笑んでくれて、イノランは心の中で安堵のため息をつく。
「嬉しい事も、辛い事も、…まぁ、恥ずかし事もさ。いっしょなら平気だよね?」
「うんっ!イノちゃんがいっしょなら、俺は平気だよ!?」
無敵だね!って2人で笑うと、お互いから目が離せなくなって。いつの間にか見つめ合っていて。
イノランの左手が、テーブルに置いてある隆一の右手にそっと重なる。
それだけで、お互いがどうしたいか、もうわかって。
ここが仕事場だとか。
誰か来るかもしれないとか。
そんな事はもう、頭の片隅に行ってしまって。
ほんのり頬を色付かせて、唇を薄く開いた隆一が、ゆっくり目を閉じる。
そんな姿を見せられて、我慢なんて出来る筈なくて。イノランがそっと、唇を寄せた時だった。
イノランの動きが止まる。
「…隆ちゃん…ちょっとごめん」
「……イノ?」
「ーーーーーーいる。…アイツら。」
「えっ!??」
「…ドア。覗いてるでしょ、あれ。」
「うそっ!?何で?わかるの!?」
「アイツら…気配で、バレバレだっつーの」
「ふぇ、…」
何だか色々な感情で涙目になっている隆一に、イノランは笑い掛けると小さな声で囁いた。
「でも俺、キスしたい」
「うゔ、…お…俺も…」
そんな同意の言葉に、イノランの目がいたずらっ子のように細められる。
隆一を素早く抱き寄せると、窓の片隅に寄っていたカーテンに手を伸ばした。
シャッ…とカーテンを引く音と共に。
イノランは2人の身体が隠れるように、白い布の中に入り込んだ。
「イノちゃ…」
「シー…。内緒だよ?隆ちゃん」
白い布に包まれた、2人きりの空間に。
ドキドキしてしまって。
内緒…なんて言われて、ますます鼓動が早くなる。
「イノちゃん…」
「あんま声出しちゃ、ダメだよ?」
「…んっ…」
唇を合わせると、すぐに深く重なって。お互いの気持ちいいところを、舌で触り合う。
いつもと違う状況が2人を興奮させて。
声がでないように、隆一が、ンッ…と我慢する度に。
隆一を抱くイノランの腕の力が強くなって、甘い吐息が溢れる。
「はぁ…んっ……ン、」
最後に、ちゅっ…と唇を吸って離れる。
「大丈夫?」
「ーーーーうん…」
キスですっかり熱っぽく潤んでしまった隆一に、イノランは苦笑い。
(こんな姿、アイツらに見せらんないでしょ。つか、見せたくない。)
(かわいい)
もう一度、大丈夫?と聞くと。さっきよりしっかりした返事が返ってきて。隆一の額にもう一度、触れるキスをして、カーテンを開けた。
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