長いお話 (ひとつめの連載)







あれは一目惚れだったんだと、今になってわかった。


はじめは君に恋してるなんて、わからなかったし、考えもしなかった。
だって君は男で、俺も男で。同じバンドのメンバーで。
一緒にいたアイツらと違って、後から仲間になった君の事、まだあんまり知らないのに。

はじめて君の歌声を聴いて。
はじめて俺に話掛けてくれて。
俺に向けてくれた、君の笑顔に。


静かに、自分さえ気付かずに。

俺は君を、愛し始めていたんだ。







終幕。

元々個性のバラバラ過ぎる5人が。
今まで纏まっていたのは、目指すところが一緒だったから。

音楽で上を目指したい。
この5人で進みたい。
その為には、膨大な時間も、度重なる衝突も。乗り越える事ができた。

崩れだしたのは、いつからだろう。

別々の可能性を見つけてしまった。
音楽の事には貪欲な5人だから。

試してみたい。
やってみたい。

この想いは、休止の時にもあった。
しかし今回は。
5人でつくる音楽に、先が、見えなくなってしまった。

5人一緒にいるのも辛くなった。
何かを生み出さなくては。という強迫観念にも似た居心地の悪さが、メンバー同士を遠ざける。

誰が悪い訳でもない。
嫌いになった訳でもない。

それでも選んだ《終幕》の日は。
着実に近づいていた。




今日は終幕に向けて最後のレコーディング。
メンバーにもスタッフにも、いつもと違った空気が流れる。
誰もが口には出さないけれど、皆わかっている。
これが最後だって、噛みしめている。

あとはもう、最後のライブまで、突き進むだけだって。




スタジオの屋上で、イノランは一人紫煙を吐き出していた。
どこか晴れない、表情で。
すでに辺りは夕闇になっていて、肌寒くて、イノランはひとつ身震いした。

楽器の録りは終わっていて、今夜隆一の歌入れをして、アレンジをすれば、レコーディングは終わる。

「最後…か」

そう呟いて、そっと目を瞑る。

イノランは終幕に関して。
悲観的には考えていなかった。
今回も、別にメンバーの誰かが何かした訳でもない。
お互いを嫌っている訳でもない。

どれほどルナシーをそれぞれが大事に想っているかなんて。

わかりきっている事。
ないがしろになんて、出来ないから。

その為の終幕で。
だからいつか、幕が上がる事だって。
そんな未来だって、あるかもしれないと。イノランは思っていた。

基本的に寂しがりなメンバーが多いから。好き勝手やって、また5人での音が恋しくなる…そんな予感もどこかにあった。

イノランの口元に、小さな笑みが浮かんで、消えた。

イノランの心を占めるモヤモヤは、別にあった。
この晴れない心の原因を、自分ではっきりと自覚したのは、実はそんなに前ではなかった。

再び目を閉じると、今このスタジオのどこかに居るはずの、黒髪のヴォーカリストを脳裏に浮かべる。

「 隆… 」













ギターを弾きながら視界に入った。
隆一の瞳が、みるみるうちに、キラキラと輝いていくのがわかった。


新曲を選定する会議で、イノランが持っていった曲。
どこか鋭利で砕けたガラスのような。
冷たくて、でも美しい切ないメロディー。

「隆ちゃんが歌ったら、キレイだと思って」

そう皆の前でイノランは言った。
言われた当の隆一は、ポカンと口を開けていて。
その顔が子供っぽくて、イノランは少し笑った。

満場一致で採用になったイノランの曲。いつものように、隆一と歌詞をつめていく。

ただこの時は、はじめから何かが違っていた。今にしておもえば。

はじめは、いつもより隆一が大人しいな…くらいにしか思ってなかった。
ある程度かたちが決まったところで、隆一がおずおずと、口を開いた。

「ね、イノちゃん?」

「んー?なに?」

「……あのさ…」

「ん?」

「…あの……この曲。…俺が歌ったら、って、さっき言ってたの…ホントに?」

「え……そ、だよ?」

何を言い出すのかと思っていたら、思わぬ問いに、イノランは面食らってしまう。
しかし隆一は俯いたまま、さらに続けた。

「それって、何で?…なの?」

「え?え…と。隆ちゃんが歌ったら良いだろうなって…思って。そう思いながら、いつも曲、作ってるから」

「え?」

そう顔をあげた隆一は、さっきのように目がキラキラしていて。
ほんのり頬を色付かせて、イノランを見つめている。
その表情があまりにも、あどけなくて。
コクリ…。イノランの喉が、ひとつ鳴った。
そして打ち明けついでに、もうひとつ。
いつも、ずっと前から思っていた事を、言ってみた。

「俺、隆ちゃんの声、好きだよ?」

カァ…っと音が聞こえるくらいの勢いで、隆一の頬が朱く染まった。
そんな反応、はじめて見て。
イノランまで急に照れてしまって、らしくなく、落ち着かなくなってしまう。

「イノちゃん、あの…ありがとう」

「………うん…。」

「あのね! 俺も、イノちゃんのギターの音色………大好きだよ」

そう言って隆一がくれたのは。
花が咲くような、ふわりとした笑顔で。
イノランは、もう赤くなった顔を隠せなかったから、照れ隠しのつもりで、言った。

「こちらこそ、ありがとう。」











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