日記

【note移行記事】バンドをやっていた

2020/01/05 15:00
おべん・チャラーとは、小説家を目指す傍らバンド活動に参加したことのあるクソ虫である。

何がクソ虫かって、くそも弾けないくせにキーボードを担当していたところね。

本当、言ってしまえば私のバンド活動この一言だった。
クソも楽器が上手くないくせに努力をしないでメンバーにご迷惑をかける数年間。

小学校一年生の途中から中学校の終わりまでピアノを習っていた。
習うには習っていたが、その頃はマンガに夢中で、学校から帰ってきたらずっと趣味のマンガを描いていたし、その頃から練習が嫌いなクソ虫だったので、簡単な曲しか弾けなかった。
なんで習ってたんだよ。
本当に、なんで習ってたんだよ。

大人になった今だからこそ分かるが、楽器が弾けるというものが傍目にもたらす効果はこの一言だと思う。「かっこいい」

人生に豊かさをもたらすとか、言語ではないコミュニケーション力を手に入れられるとか老化防止になるとか、楽器が弾けたらいいことずくめだが、単純に老若男女関係なく、楽器が弾ける人は「かっこいい」

私もかっこいい人の仲間入りをしたかった。でも出来なかった。
何故って練習が嫌いだったから。

今でも楽器に対する憧れはある。曲がりなりにもピアノの初歩の初歩は覚えているので、猫踏んじゃったは弾けるだろう。逆にそれしか弾けないかもしれない。

小学校で音楽の授業が始まった時、鍵盤ハーモニカはすごく好きになった。私の好きなハーモニカの音色とピアノが混ざった楽器。本当に好きで、学年が上がって使わなくなっても、ふと思い出した様に自宅の物入れから引っ張り出しては弾ける曲を弾いていた。

そして小学校の3年生から、音楽の授業では愛しの鍵ハモとおさらばしてリコーダーの授業が始まった。音楽の時間は地獄に変わった。

当時ソプラノリコーダーの音が嫌いだった。高くてかんにさわって、とにかくその音が好きではなかった。

あとは器楽で木琴や鉄琴に触った。腕力がなくてアコーディオンは持ち上がらなかった。
中学の選択授業ではアコースティックギターを練習したし、高校では幸運なことに琴の授業があった。面白かった覚えがあるが弾き方は忘れた。
そして中学でも高校でも、リコーダーからは逃れられなかった。

高校ではアルトリコーダーを買わされた。
ソプラノより音色が好きだったが、ソプラノと音階が違って指使いを覚えられないのと、手が小さいので全ての穴を塞げなかった。音楽の時間はまた地獄だった。

そんな音楽の授業嫌いが高校を卒業して数年後、友達のバンドに入れてもらってキーボードを担当した。

バンドに入れてもらったのだから、ピアノを勉強し直すべきだったのだ。私のバカ野郎。

いや、たまに勉強はしていた。なにしろその時期無職であったため、時間だけは無駄にあったのだ。
しかし独学のやり方が下手だった。結果私は何も学ばないまま、その他色々あって、気づけばバンドが合奏する時間は無くなっていた。

まだある憧れが、何か変な方向へ向かった

25を過ぎて、更に色々あって実家のピアノも手放した私は軽く始められる楽器をと、手元にリコーダーとウクレレと鍵盤ハーモニカを置いた。6万出して買ったショルダーシンセサイザーも時々思い出した様に弾いた。

一人きりで足掻いた。まだ「楽器が弾けるかっこいい人になれる」と。
足掻き方はまた間違っていた。

小説を書きたいのと同じくらい、音楽へ憧れだけはある。でも私は一生涯音楽を理解できない気もする。
だってまず楽譜の読み方が覚束ないもん。短音符はまだ読める。多重音符になると、脳が理解しようとする事を拒否して途端にパニックを起こす。
短音と多重音の間に、高くて厚い壁がある。私はそう感じる。

今年こそは、鍵盤ハモでルパン三世のテーマを弾けるようになってみたいものだ

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