第159代アリス

――リリリリリリ……。

 ん……?

 やべぇ、また……金時計が鳴ってやがる。

 裁判……裁判に行かなきゃ……。

――リリリリリ……。

 鳴り続ける金時計を手にしようと、俺は自分の胸のあたりをまさぐった。……あれ?

「おい! さっさと起きろバカ孫!!」

 
 ……だから、アリス。ウマかシカかマゴのどれかにしてくれって……。

 …………マゴ?


 脳内でよく咀嚼された言葉に、俺は勢いよく起き上がった。

「……へ? あれ?」

 伸ばした足の先にある壁に貼ってあるのは、じいさんとばあさんが初デートで見に行ったという名作映画のポスターだった。

 俺はちゃんと、布団で寝ていた。

 ていうか、あの日じいちゃん家で借りた部屋に、俺はいた。

 少し、ムッとした空気。部屋のカーテンの隙間から、陽光が布団に僅かに光を投げ掛けている。

「……あ、アリス、アリスは!?」

 アリスは一体どうしたんだ!

 ていうか、一体俺がどうしたんだ、このタイミングで!? 女王は俺まで封印したのか!?

 いや、落ち着け俺、ここは俺の本来の世界だろ!

 「けど……アリス……は…」

 ポツリと呟いた言葉に、懐かしい声が答えた。

「どーしたー、バカ孫ー! もう昼だぞ!」

 部屋の敷居の所に、足を組んで壁に背中を預けてじいちゃんが立っていた。

 若々しい。若々しすぎる。暑苦しい程に。

 って、ウチのじいさんはどうでもいいんだよ!

 今はアリスだろ!?

 完全に起き上がった今、改めて俺の首には何もかかってないか確認するが、そこには何もなかった。

 さっきからけたたましい音で鳴っているのは、昔懐かしい目覚時計だ。

 俺、いっつも携帯のアラーム使ってなかったっけ?

 何がなんやら呆然としてる俺に向かって、じいちゃんは声をかけてきた。

「お前が探してるやつって……これかな?」

 ニヤリとアリスにも似た笑い方で、顔の高さに掲げた指にはあの夜貰った金時計のチェーンがかかっていた。

 ただ、あの夜のとは全然違う。黒く焼け焦げ、ガラス面は粉々にヒビが入っている。

 そしてそんな金時計の有様が、俺の身に起こった事は全て現実だと物語っている証拠だった。

「この様子だと、アリスには会ったみたいだな」

「! ……あ、あぁ!!」


 俺をあの世界に放り込んだクソジジイ。

 あの世界を知っている人物。

 不思議と、アリスの事が頭から吹き飛んだ。久々に見る顔に、怒りが込み上げてきたからだ。

「このクソジジイ! お前のせいで俺は大変な目に遭ったんだぞ! 何回も殺されかけたり殴られたりで……」

「でも、いい経験も、出会いもしてきただろ?」


 ……。


 言葉に詰まった俺を見て、じいちゃんは満足そうだった。

 確かにあの世界に行かなきゃ、知らない気持ちが沢山あったかもしれない。

 あの人達に出会わなければ、こんなに悲しい気持ちにもならないのかもしれない。

 でも、こんな終わり方って……。

 俺は……。

「おい、孫よ」

 俯いた俺に、じいちゃんが呼び掛けた。俺は顔を上げる。

「全部夢なんだよ。そうだろ?」

『夢なら覚めても……』


 アリスも言ってたその言葉を、

 だけど。

「俺……俺は、まだあの世界で見つけてない答えが、山程あるんだよ……」

「……そうか」

 じいちゃんは微笑んだ。

 そうして、「大人になったな」と、

 ちょっとだけ頭を撫でてくれた。

 翌日、もうあの夢は見なかった。

 けどもう一度、行く事になるだろう。

 あの世界に。

 この家に泊まっていくのは連休中だったので、俺は予定通りにじいちゃんの家を後にした。

 駅のホームでボロボロの金時計を俺に渡して、先代のシロウサギはニヤリと笑った。

 じいちゃんが初めて、かっこよく見えた。







                     完
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