第159代アリス

 熱い……! 皮膚が焦げる……!

 ……と思ってたら何故かあまり外傷が無い。何故だ?

「ぉ゛お゛ぉ……!」

 初代アリスは俺の腕の中で醜い叫び声を上げて、黒焦げになっている。

 なのに何だ!? 俺の体は!

 ここに来て、まさかの超人アビリティを発揮したのか!?

 そう思ってちょっと嬉しくなっていると、涼やかな鈴の音の様な声が頭の中に直接響いた。

「貴方の行動に敬意を評したまでです。少しは焼け焦げたかもしれませんが、何とか間に合った様ですね」

 耳を通さずに脳に直接入ってくる声は、しかし俺の過去の記憶では無く、この声の主が何処かから語りかけて来てる様だ。

 口振りからすると、女王は何処かから俺を助けてくれたらしい。すげぇな、女王って……。

 っていうか、なんだ……やっと俺の才能が開花したのかと思った……ちょっと残念。

「……余計なお世話だった様ですね」

 声が「首斬りますよ」って言ってる……!

 ごめんなさい、女王様。俺が悪かったからお怒りをお静め下さい。そして俺の考えてる事を覗き見るのはお止めください。

「ふざけてる場合ではありません! 一緒に封印されたくなければ、さっさとその男から離れなさい!」

 封印?

 もう一度こいつを封印するのか!


 俺は素直に初代アリスから離れようとした。

 後ろに倒れるそいつの背中から逃げる様にして走り出そうとした俺の服の裾を、ボロボロの指が掴んだ。

 俺は掴まれた裾を見る。

 真っ黒い指が、信じられない力で俺の服を掴んで離さない。

 しかも、

「させるか……! 私を封印するというのなら……」

 ボロボロに枯れた声が言い、それから必死に両腕を伸ばし、俺の腰にしがみついた。

 焼けただれた顔に、くっきり浮かぶ両目が俺を睨んだ。

「貴様も道連れじゃ!!」

 ヒィ………ッ!!


「何をぼうっとしているのです! 早く離れなさい、ウサギ!」

「違……女王……!」

 俺が声に出して女王に呼び掛けた。

 あの理不尽な女王には、この状況が伝わらないのだろうか。

 いや、伝わるはずだ。さっき俺を助けてくれた女王なら。

「ここまでの傷を負おうとも……貴様の心臓を握りつぶす位の力は残っておるわ……!」

 初代アリスはもうチェーンソーを持つ事ができないのか、それを操っていた手が俺の心臓の真上に置かれる。

 徐々にその手に力が入って、俺の服を切り裂いて胸の肉に初代アリスの爪が食い込んで来た。

 くっ……! チェシャ猫より丈夫な爪なんじゃないか……!?

 もう……ダメか……!?


 「おりゃ!!」

 突然バズーカが飛んで来た。

 砲弾ではない。銀色のバズーカ、まさにそれが。

 「へぶしっ!!」

 それは初代アリスの顔面に見事にヒットし、マヌケな声を上げさせて一緒に後ろまで吹き飛ばして俺から初代アリスを引き剥がす事に成功した。よっしゃ、アリス。ありがとう!

 俺は短距離選手並の瞬発力を発揮して、相棒の隣に戻った。

 それと同時に、響く鈴の声。「初代アリス。貴方を今一度、永遠の眠りに就かせましょう。覚悟なさい!」

 女王が言うと初代アリスの倒れたあたりからどす黒い、煙とも空気ともつかないものが溢れ出した。

 初代アリスが必死に起き上がる。

「やめろ! くっ……! 女王めっ!」

 纏わりつく黒い霧を必死に腕で振り払おうとするが、無駄な足掻きだった。霧は払われても、また空中で形を変えて、彼の周りを離れない。

「観念しろ。初代アリス」

 言ったのは俺の隣のアリスだった。

「っ……そなた私の……アリスの末裔であろうがっ、……なぜ、何故私の邪魔を……!」

 黒い霧がどんどん広がる。その中に飲まれながら、初代アリスが159代アリスに向けた怨念が聞こえて来た。

 俺の隣で、アリスは実に彼女らしい言葉を手向けた。

「私はお前の末裔なんかじゃない。私は、159人目のアリスだ!」

 黒い霧が濃くなる。「くっ……!」

 起き上がっていた初代アリスが力無く倒れる様が、黒い霧越しに辛うじて見えた。

 何処からか聞こえて来る女王の声が、初代アリスの終わりを告げる様に言った。

 まぁ、実際に終わるのも時間の問題に思えるが……。

「諦めなさい、初代アリス! 最後の慈悲として、チェシャ猫と仲良く一緒に眠らせてあげます」

「まだ……まだだ! まだ……」

 と初代アリスはヨロヨロと立ち上がった。

「言ったであろう……! 私を封印するなら……貴様も道連れだと!」

 と、霧の中から何かがシュルシュルと伸びて来た! ――髪だ!

 今はもう黒炭みになりかけている元はキレイな金髪が、俺の方に伸びて来た。

 ぇ……!?

 俺は恐怖で足が竦んで動けなかった。

 屍の髪が俺の腕に絡み付く直前に、アリスが俺を突き飛ばした。

 普通の人が突き飛ばしたならまだしも、アリスに突き飛ばされたんだから一溜まりも無い。

 俺は向こうに一本、生えていた木に顔から激突した。

 ……鼻がメシャって言った気がする。

「――っ、くそ……! アリス、お前……!」

 鼻の痛みも気にならない位、その状況は……

 
 だって、その状況は……!

 
「何だよ、バカウサギ……。お前がボサッとしてるから悪いんだろ……」

 そんな時でも、あいつはいつもの野性的な笑いでニヤリとするから……俺は泣き笑いの顔で返した気がする。

 もう一瞬後には状況をどうにかしたいにも関わらず、俺はどうしていいか分からずパニックに陥ってしまっていた。

 アリスが俺を突き飛ばしたであろう腕には……その腕だけじゃない。

 もう片方の腕にも、首にも、屍の髪が絡み付いていた。

 そんな……俺の身代わりになって!?

 初代アリスが、159人目のアリスを闇の中に引き込もうとしているのが分かる。

 アリスが、髪に引きずられまいと懸命にその場に止どまっていた。

 髪は、アリスを引きずり込もうと彼女の足元を狙っている。

 アリスも捕まるまいと抵抗するが、両手を塞がれた状態ではどうしようも無い様だった。

 抵抗も空しく、すぐに片足が捕まってしまう。

 アリスが態勢を崩し、その場に倒れ込んだ。

「アリスっ……!!」

 もう俺はどうしていいか……!

 俺は何ができるか分からずに、ただ引きずられようとする彼女の両手を掴む為に、彼女の元にただ走った。

 寸での所でアリスの両手を掴んだ所で、ふと気がついた。

 アリスのバズーカが無い。

 あれがあればこんな髪なんて、一発で吹き飛ばせるのに…

 俺はキョロキョロと辺りを見回した。

 ……あった。

 初代アリスの後ろ、濃い黒の中に、一つだけ鋼色があった。

「あ……」

 見つけて腰を浮かしかけた俺に、アリスが言う。

「変な気起こすんじゃねぇぞ、バカウサギ。あんな武器なんてどうでもいい……! アレを取りに行ったら、ソレこそあいつの思う壺だろ……!」

「でも……!」

 俺は言いよどんだが、アリスの言う通りだ。

 あそこまで入って行けば、それはつまり敵の手中におめおめ入って行く様なものだろう。

 俺があそこに入って行けば、初代アリスの標的は瞬時に俺に切り替わるに違いなかった。

「バカウサギ……!泣くな……!」

 アリスも笑っちゃう位、泣きそうな顔をしていたのが自分でも分かる。

 頬の筋肉が、よくわからない感じになってる。

「言ったろ、夢なら覚めてもいいんだって……」

「アリス…それ、どういう……」

 それはきっと、俺が見た最後の彼女の笑みだった。

「女王!!」

 自由にならない首を限界まで空へ向け、姿の見えない女王にアリスは声を張り上げた。

「このまま初代アリスと一緒に、私も封印しろ!!」

「え!?」

「アリス!? 何を言うのですか! 貴女がいなければ、双子を狩る者がいなくなります! この国がどうなってもいいというのですか!?」

 さすがの女王様。

 心配なのはあくまでも国。アリス個人はどうなってもいいというのか。

 アリスは言い返す。

「双子は……初代アリスの『夢』から出て来るもんだろ! 私がその夢……ぶち壊してやるさ!!」

「……わかりました」

 そんな! 女王!?

「っざけんな! てめぇ、女王! ここまでやってきてくれたアリスを見殺しにする気かよ!」

 俺は何処にいるかも分からない女王の声に向かって、空に向かって叫んだ。

「おま……バカかよ!? アリス……アリスはここまで来て、あんなんなりながら初代アリスと戦ってんだぞ! あんな化物と!! 女王、お前がどんだけ偉くてもなぁ……お前がどんだけ人の首斬ろうがどんだけその拳で机を叩こうが人を葬ろうが!! やるべき事とそうじゃない事の分別くらいつけなきゃなんないんだよ!!」

 叫んだ。

 喉の奥で血の味がした。

 でも、どれだけ俺が血を吐こうが。

「お前に何が分かるというのです。シロウサギ」

 

 分かるよ! 分かる!!


 それは、……


 だって…………

 
 ………………

 
 分かって、いるのに……

 分かると、

 分かっていると、思っていたのに…………

 
 言葉が出てこなかった俺が、

 代わりに空に向けたのは泣き顔だった。

 轟、と旋風が巻き起こった。

 二人のアリスを巻き込んで、黒い霧が一瞬で濃度を増す。

「……終わりです! 初代アリス!!」

 女王が叫んだ。

 途端、

 醜い断末魔の叫びに混じって、

 女王と彼女の会話が聞こえた気がした。

「すみません、リデル。頼みました」

「フン……ああ」

 そうして彼女が最期に遺した言葉に添うその表情は、

 多分、あの笑い方だったんだろうと思いながら、

 俺は気を失った。

 
18/19ページ
スキ