第159代アリス
は?
……え、ちょっと待って…………
証人として呼ばれた三月ウサギが「鍵を盗んだのは自分」と宣言したって事はこれすなわち………
「自白じゃん!」
俺は思わず、三月ウサギの突然の自白に音を立てて立ち上がる。
俺の肩の上でバランスを崩したアリスが、机の上に転げ落ちた。
陪審員達が急いで俺のツッコミを記録する。『自白じゃん!』
「てんめぇぇ~……! このバカウサギ~!」と声がして、ふと下を見ると俺の肩の上から転がり落ちたアリスが、机の上で激昂していた。
どうやら不意打ちで振り落とされてしまったのが、怒りに触れたらしい。
「あ……アリス、ごめ」
ん、と俺が続けようとすると、あろう事かアリスは机の上からピンポイントの、男の急所に飛び蹴りを食らわせた。
俺の目から火花がほとばしる。
「…………!!!」
俺は絶句して、そこを押さえて内またに崩れ落ちた。
もう、あれだ。アリスには「女の子なんだからそんなはしたない真似しちゃいけません!」なんて注意は効かない。
「ウサギ、煩いですよ」
ニッコリと女王が俺に言った。
女王様、そんな殺生な……。
三月ウサギの自白に驚いたのは、俺だけではない。
さっきまでずっと黙りっぱなしだった被告人席の公爵夫人は、開いた口が塞がらない様だった。
女王が陪審員達に訊いた。
「陪審員、記録はとりましたか?」
陪審員達が今度は誇らしげに胸を張った。
女王はしかし、陪審員達に疑わしげな視線を向ける。
それからふいっと前を見ると、証人(もはや罪人?)として立つ三月ウサギを睨みつけた。
「ウサギ、では貴方の首を窃盗の罪で斬って差し上げます。首を斬る前に言い残した事はありますか?」
三月ウサギは素直に首を横に振った。
女王が颯爽と彼の前に降り立ち、「そうですか。それでは……」と構える。
俺はそこについつい、割って入ってしまった。
「まままま…っ、待てよ! 女王……様!」
思いきり命令口調で飛び込んだ俺は、女王にギロリと睨まれて震えながら、何とかギリギリ「様」を付け足す。
しかしながら俺の制止に応じた女王は、早くしろ、といった面持ちで「…で?」と俺に訊いた。
「…で?」って?
俺がキョトンとすると、女王が突然俺の脳天にゲンコツを落とした。
「痛っ! なっ、何…!?」
俺がちょっと泣きべそをかきながら訴えると、女王はいつものニコリ顔で、いつもの涼やかな声で、カミナリを落とした。
「何をアホ面をしているのです? 私を止めるからには、それ相応の理由が無いと許されませんよ。どうやら今回のウサギの頭は、かつて無いほど弱い様ですね」
頭が弱いなんてのは、言われなくても知ってるよ。
俺が唇を尖らせると、またしても女王の鉄拳が頭に直撃した。
止めてぇぇ! 割れる、割れる、頭割れるから!
「…で?」
俺を見つめる眼差しに暗い陰を落として、女王は再度訊いた。
「え~…と……」
俺はその気迫に後ずさる。
ヤバイ! 女王の満足する答えを、俺は出せるか!?
自分の思いの丈を正直にぶつけて、「いくらなんでも人の首を斬るなんて残虐行為、見逃せません!」と当たって砕けるのも悪くないとは思う。
だがそれだと、俺の命は砕ける手応えを感じる前に、光のごとき速さで散っちゃってる様な気がする。
う~ん、どうしよう……。
俺が悩んでいると、三月ウサギはあろうことか俺にタックルをかましてきた。
「ぶぅっふぇ!!」
思ってなかった所からの攻撃に、息が詰まる俺。
「シロウサギちゃんってば、自分を顧みず俺の窮地を救おうとしちゃったりしてくれてるのねー!?」
その語尾、何だかお前のトコのネイリストさんに似てきちゃってる様な気が……。
そんな事は置いといて、女王を無視して俺に抱きつく三月ウサギは、感動の涙とか流しちゃってる。
外見に似合わず、熱い奴だなぁ。
俺は何かおかしくって、とりあえず安堵の意味を込めて彼の頭を撫でようとした。
一瞬前に俺が止めに入らなかったら、コイツは確実に死んでいた。
迫ってくる女王が恐かっただろうに……。
今コイツが流してる涙には、少なからず安堵の気持ちもあるだろう。
「もう大丈夫」そういう気持ちで俺が頭を撫でようとすると……
「でも俺さぁ、別に殺される筋合い無いよ。だってシロウサギちゃんに鍵あげちゃったもん」
あれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?
予期せぬ唐突な裏切り!
まさかここに来て、その話を持ち出されるとは思わなんだ!!
俺のいろんな穴から色んな汁が、怒濤の勢いで吹き出した。
三月ウサギは俺に抱きついたまま、「ねー?」と言って首を傾げる。
あ……いや、その……あれは、ほら、あの、あれだろ!? 確かに預かったけどさ。
あれからすぐチェシャ猫に渡したし、こんな最悪なタイミングで真実を明かさなくても……。
一応鍵に関わった当事者としてはそれを素直に肯定するべきだと思うが、俺の心の端っこの理不尽な部分が、「ふざけんな!」と叫んでいた。
ダラダラと流れる汗を抑えられないままの俺に、女王は静かに問いかけた。
「……どういう事ですか? ウサギ…………?」
ヒ……ヒェェ!!
女王の目の辺りに暗い陰が落ち、ニコリと笑って俺に迫ってくる。
間違いなく疑いの眼差しだ。
いや、獲物を狩るハンターの目だ!
「では貴方の首、斬って差し上げましょう」
尋問も無し!? 容赦ねぇ!
「ちょ…ちょっと待って下さいよ女王様! ぉぉぉ、俺は大体、この世界に来たばっかりでそんな……。だ、大体、あれがどこの鍵かなんてのも知らないし…………」
俺の必死の弁解も、女王にとっては雑音だ。
細い繊細な指を持った手が、振り上げられる。
こんな所で……こんな訳の分からない世界で死ぬのか、俺? 鍵を帽子屋から預かってきたのだって、チェシャ猫に頼まれたからだぞ?
そもそも俺は、元の世界に帰る方法が知りたかっただけだ。
なのに、こんな所で、訳が分からないまま……。
いや、そもそもの元凶は爺さんじゃねぇか!
自分が走るの疲れたからとか言って、こんな金時計夜中に渡しやがって、あのクソジジイ!!
ここまで至った色々な行程が、俺の脳内で蘇る。
殺される直前となっては、どの出来事から恨めばいいものか分からない。
でもたった一つだけ、この世界で信じられるものがあるとすれば。
アリス……。
「女王っ、やめ――!」
覚悟を決めて目を瞑った時、小さなアリスのそんな声を聞いた。
「あれあれ、随分ご乱心じゃないか。女王様は」
法廷に声が響いた。
いつか聞いた、空気の様に軽いこの感じに、俺はパチリと目を開く。女王の手がピタリと止まった。
「…………チェシャ猫……?」
信じがたかったが、あの猫がこの場にいるらしい。
……どこからいつの間に入ってきたのか全く分からないけど。
女王は自分の左右や、俺の背後に目的の人物の姿をキョロキョロと探した。
「あははははは! そっちじゃないよ、こっちこっち!」
声が笑う。女王が振り返ると、女王の席より更に上の壁に彫られているハートの紋章の前方に、浮遊しているチェシャ猫がいた。
わぁ……あんな所に……。ってか、いつ入ってきたんだよ、コイツ~。
……………………。
ってか、何で浮いてんの!?
いつかに見たのと同じにんまり笑顔で、チェシャ猫は俺達を見下ろした。
「猫! どのツラを下げてここに戻ってきたのです!」
俺の前で、女王が初めて声を荒げた。
鈴の様な声が、一瞬にして凛と研ぎ澄まされて法廷に響く。
猫は「あはは、相変わらず女王様は恐ろしい」と笑った。
女王は猫の声も聞きたくない様だ。
「黙りなさい! その舌噛み切って、今すぐこの神聖なる法廷から出てゆくのです!」
定番の「首を斬ってあげましょうか?」と言わなかった女王の顔は憎しみに歪んでいた。
もしかして女王の「首を斬ってあげましょうか?」は一種の愛情表現なのかもしれない。
愛着があるから故の体罰。……体罰で首斬られちゃたまんないけど。
本当に憎い相手だからこそ、姿も見たくないという事だろう。
しかし女王の命令に、猫は首を傾げてニコリと笑う。
「あはは。何を生温い事を言っているの、女王様ったら」
そして空中に――どういう原理か知らないが浮遊している足で、数歩、ブラブラと歩いた。
「俺なら本当に憎い相手には、もっとびっくりする様な事言ってやるね。例えば……」
そこで猫は立ち止まり、右手人指し指を唇に当てて軽く悩むフリ。
それから数秒して見せたのは、
三日月の様に口を歪ませた、残虐な笑み。
「『こんな国、亡くしてやる』、とかね」
俺はその笑みにゾクッとする。
何、その笑顔……。俺の知っているチェシャ猫じゃない……。
あれは、本当に俺の知っている猫か……?
「なっ……!? 何を……!」
女王が叫んだ所を遮って、猫は彼女を睨みつけて呼んだ。
「女王様」
その声も、見下す様に女王を睨む視線も、この世の物とは思えないほど冷たく。
「言葉には気を付けた方がいい。さもないと、貴方が大好きな首斬りは自分が最後になってしまう」
続きを言った猫の手には、いつの間にか握られていた。
鍵が。
空中にいる猫の手の中でキラリと光った鍵を見て、女王はまず俺を見た。
何故、俺の手に渡った筈の鍵が、猫の手の中にあるのか、と。
その疑問に、猫は笑顔で答えを与えた。
「シロウサギくん、鍵を取ってきてくれてありがとうね」
えぇ!? ここにきて俺の責任が問われる様な真似を、何故する!?
「君のお陰で蘇るんだ。……初代アリスがね」
初代アリス!? 蘇るって何!?
女王が俺の隣で声を張る。
「お前は何故、初代アリスを蘇らせようとするのです!?」
チェシャ猫は楽しそうに腹を抱えた。
「そんなの決まってるじゃないかぁ」
やっぱりあれは、俺の知っているチェシャ猫なんかじゃ、決してない。
愉快の中に、こんなに戦慄が籠められた笑顔を、俺は知らない。
猫は三日月型の口で、その理由を語った。
「俺とアリスを追放した事を、アンタに後悔させてやるためさ」
……え、ちょっと待って…………
証人として呼ばれた三月ウサギが「鍵を盗んだのは自分」と宣言したって事はこれすなわち………
「自白じゃん!」
俺は思わず、三月ウサギの突然の自白に音を立てて立ち上がる。
俺の肩の上でバランスを崩したアリスが、机の上に転げ落ちた。
陪審員達が急いで俺のツッコミを記録する。『自白じゃん!』
「てんめぇぇ~……! このバカウサギ~!」と声がして、ふと下を見ると俺の肩の上から転がり落ちたアリスが、机の上で激昂していた。
どうやら不意打ちで振り落とされてしまったのが、怒りに触れたらしい。
「あ……アリス、ごめ」
ん、と俺が続けようとすると、あろう事かアリスは机の上からピンポイントの、男の急所に飛び蹴りを食らわせた。
俺の目から火花がほとばしる。
「…………!!!」
俺は絶句して、そこを押さえて内またに崩れ落ちた。
もう、あれだ。アリスには「女の子なんだからそんなはしたない真似しちゃいけません!」なんて注意は効かない。
「ウサギ、煩いですよ」
ニッコリと女王が俺に言った。
女王様、そんな殺生な……。
三月ウサギの自白に驚いたのは、俺だけではない。
さっきまでずっと黙りっぱなしだった被告人席の公爵夫人は、開いた口が塞がらない様だった。
女王が陪審員達に訊いた。
「陪審員、記録はとりましたか?」
陪審員達が今度は誇らしげに胸を張った。
女王はしかし、陪審員達に疑わしげな視線を向ける。
それからふいっと前を見ると、証人(もはや罪人?)として立つ三月ウサギを睨みつけた。
「ウサギ、では貴方の首を窃盗の罪で斬って差し上げます。首を斬る前に言い残した事はありますか?」
三月ウサギは素直に首を横に振った。
女王が颯爽と彼の前に降り立ち、「そうですか。それでは……」と構える。
俺はそこについつい、割って入ってしまった。
「まままま…っ、待てよ! 女王……様!」
思いきり命令口調で飛び込んだ俺は、女王にギロリと睨まれて震えながら、何とかギリギリ「様」を付け足す。
しかしながら俺の制止に応じた女王は、早くしろ、といった面持ちで「…で?」と俺に訊いた。
「…で?」って?
俺がキョトンとすると、女王が突然俺の脳天にゲンコツを落とした。
「痛っ! なっ、何…!?」
俺がちょっと泣きべそをかきながら訴えると、女王はいつものニコリ顔で、いつもの涼やかな声で、カミナリを落とした。
「何をアホ面をしているのです? 私を止めるからには、それ相応の理由が無いと許されませんよ。どうやら今回のウサギの頭は、かつて無いほど弱い様ですね」
頭が弱いなんてのは、言われなくても知ってるよ。
俺が唇を尖らせると、またしても女王の鉄拳が頭に直撃した。
止めてぇぇ! 割れる、割れる、頭割れるから!
「…で?」
俺を見つめる眼差しに暗い陰を落として、女王は再度訊いた。
「え~…と……」
俺はその気迫に後ずさる。
ヤバイ! 女王の満足する答えを、俺は出せるか!?
自分の思いの丈を正直にぶつけて、「いくらなんでも人の首を斬るなんて残虐行為、見逃せません!」と当たって砕けるのも悪くないとは思う。
だがそれだと、俺の命は砕ける手応えを感じる前に、光のごとき速さで散っちゃってる様な気がする。
う~ん、どうしよう……。
俺が悩んでいると、三月ウサギはあろうことか俺にタックルをかましてきた。
「ぶぅっふぇ!!」
思ってなかった所からの攻撃に、息が詰まる俺。
「シロウサギちゃんってば、自分を顧みず俺の窮地を救おうとしちゃったりしてくれてるのねー!?」
その語尾、何だかお前のトコのネイリストさんに似てきちゃってる様な気が……。
そんな事は置いといて、女王を無視して俺に抱きつく三月ウサギは、感動の涙とか流しちゃってる。
外見に似合わず、熱い奴だなぁ。
俺は何かおかしくって、とりあえず安堵の意味を込めて彼の頭を撫でようとした。
一瞬前に俺が止めに入らなかったら、コイツは確実に死んでいた。
迫ってくる女王が恐かっただろうに……。
今コイツが流してる涙には、少なからず安堵の気持ちもあるだろう。
「もう大丈夫」そういう気持ちで俺が頭を撫でようとすると……
「でも俺さぁ、別に殺される筋合い無いよ。だってシロウサギちゃんに鍵あげちゃったもん」
あれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?
予期せぬ唐突な裏切り!
まさかここに来て、その話を持ち出されるとは思わなんだ!!
俺のいろんな穴から色んな汁が、怒濤の勢いで吹き出した。
三月ウサギは俺に抱きついたまま、「ねー?」と言って首を傾げる。
あ……いや、その……あれは、ほら、あの、あれだろ!? 確かに預かったけどさ。
あれからすぐチェシャ猫に渡したし、こんな最悪なタイミングで真実を明かさなくても……。
一応鍵に関わった当事者としてはそれを素直に肯定するべきだと思うが、俺の心の端っこの理不尽な部分が、「ふざけんな!」と叫んでいた。
ダラダラと流れる汗を抑えられないままの俺に、女王は静かに問いかけた。
「……どういう事ですか? ウサギ…………?」
ヒ……ヒェェ!!
女王の目の辺りに暗い陰が落ち、ニコリと笑って俺に迫ってくる。
間違いなく疑いの眼差しだ。
いや、獲物を狩るハンターの目だ!
「では貴方の首、斬って差し上げましょう」
尋問も無し!? 容赦ねぇ!
「ちょ…ちょっと待って下さいよ女王様! ぉぉぉ、俺は大体、この世界に来たばっかりでそんな……。だ、大体、あれがどこの鍵かなんてのも知らないし…………」
俺の必死の弁解も、女王にとっては雑音だ。
細い繊細な指を持った手が、振り上げられる。
こんな所で……こんな訳の分からない世界で死ぬのか、俺? 鍵を帽子屋から預かってきたのだって、チェシャ猫に頼まれたからだぞ?
そもそも俺は、元の世界に帰る方法が知りたかっただけだ。
なのに、こんな所で、訳が分からないまま……。
いや、そもそもの元凶は爺さんじゃねぇか!
自分が走るの疲れたからとか言って、こんな金時計夜中に渡しやがって、あのクソジジイ!!
ここまで至った色々な行程が、俺の脳内で蘇る。
殺される直前となっては、どの出来事から恨めばいいものか分からない。
でもたった一つだけ、この世界で信じられるものがあるとすれば。
アリス……。
「女王っ、やめ――!」
覚悟を決めて目を瞑った時、小さなアリスのそんな声を聞いた。
「あれあれ、随分ご乱心じゃないか。女王様は」
法廷に声が響いた。
いつか聞いた、空気の様に軽いこの感じに、俺はパチリと目を開く。女王の手がピタリと止まった。
「…………チェシャ猫……?」
信じがたかったが、あの猫がこの場にいるらしい。
……どこからいつの間に入ってきたのか全く分からないけど。
女王は自分の左右や、俺の背後に目的の人物の姿をキョロキョロと探した。
「あははははは! そっちじゃないよ、こっちこっち!」
声が笑う。女王が振り返ると、女王の席より更に上の壁に彫られているハートの紋章の前方に、浮遊しているチェシャ猫がいた。
わぁ……あんな所に……。ってか、いつ入ってきたんだよ、コイツ~。
……………………。
ってか、何で浮いてんの!?
いつかに見たのと同じにんまり笑顔で、チェシャ猫は俺達を見下ろした。
「猫! どのツラを下げてここに戻ってきたのです!」
俺の前で、女王が初めて声を荒げた。
鈴の様な声が、一瞬にして凛と研ぎ澄まされて法廷に響く。
猫は「あはは、相変わらず女王様は恐ろしい」と笑った。
女王は猫の声も聞きたくない様だ。
「黙りなさい! その舌噛み切って、今すぐこの神聖なる法廷から出てゆくのです!」
定番の「首を斬ってあげましょうか?」と言わなかった女王の顔は憎しみに歪んでいた。
もしかして女王の「首を斬ってあげましょうか?」は一種の愛情表現なのかもしれない。
愛着があるから故の体罰。……体罰で首斬られちゃたまんないけど。
本当に憎い相手だからこそ、姿も見たくないという事だろう。
しかし女王の命令に、猫は首を傾げてニコリと笑う。
「あはは。何を生温い事を言っているの、女王様ったら」
そして空中に――どういう原理か知らないが浮遊している足で、数歩、ブラブラと歩いた。
「俺なら本当に憎い相手には、もっとびっくりする様な事言ってやるね。例えば……」
そこで猫は立ち止まり、右手人指し指を唇に当てて軽く悩むフリ。
それから数秒して見せたのは、
三日月の様に口を歪ませた、残虐な笑み。
「『こんな国、亡くしてやる』、とかね」
俺はその笑みにゾクッとする。
何、その笑顔……。俺の知っているチェシャ猫じゃない……。
あれは、本当に俺の知っている猫か……?
「なっ……!? 何を……!」
女王が叫んだ所を遮って、猫は彼女を睨みつけて呼んだ。
「女王様」
その声も、見下す様に女王を睨む視線も、この世の物とは思えないほど冷たく。
「言葉には気を付けた方がいい。さもないと、貴方が大好きな首斬りは自分が最後になってしまう」
続きを言った猫の手には、いつの間にか握られていた。
鍵が。
空中にいる猫の手の中でキラリと光った鍵を見て、女王はまず俺を見た。
何故、俺の手に渡った筈の鍵が、猫の手の中にあるのか、と。
その疑問に、猫は笑顔で答えを与えた。
「シロウサギくん、鍵を取ってきてくれてありがとうね」
えぇ!? ここにきて俺の責任が問われる様な真似を、何故する!?
「君のお陰で蘇るんだ。……初代アリスがね」
初代アリス!? 蘇るって何!?
女王が俺の隣で声を張る。
「お前は何故、初代アリスを蘇らせようとするのです!?」
チェシャ猫は楽しそうに腹を抱えた。
「そんなの決まってるじゃないかぁ」
やっぱりあれは、俺の知っているチェシャ猫なんかじゃ、決してない。
愉快の中に、こんなに戦慄が籠められた笑顔を、俺は知らない。
猫は三日月型の口で、その理由を語った。
「俺とアリスを追放した事を、アンタに後悔させてやるためさ」