第159代アリス

「ぇ…ぅええっ!?」

 俺が出した大声が広間に反響して、会衆が一斉に俺の方へ顔を向ける。

 同じ様に、女性も俺を向いた。

「ウサギ、煩いですよ、静粛に。首を斬ってあげましょうか」

 彼女は穏和な笑顔を向けて言う。

 いや、恐い。そんな可愛い顔してても、言ってる事がホラーじゃあさぁ。

「でも……だって裁判って…………」

 当然だが、俺は今まで生きてきて誰かを裁いた経験なんて無い。

 小学校での学級裁判だって裁いた経験は無いぞ。裁かれた経験はあるけど。因みに罪状は、「給食で余ったプリンを秘密裏に隠匿した罪」だ。

 そんな俺に、いきなり本番は荷が重すぎる。

 人生前代未聞の展開に戸惑っていると、女性の、俺とは反対隣に座っていた老人が咎める様な声を出した。

「ウサギ! 女王陛下に向かって何たる口の利き方じゃ! わきまえぃ!」

 女王!?

 こ、この人が噂の女王なの!? 全然そんな感じしないんだけど!

 
 ……。

 
 いや、言動からして疑いの余地も無いか……。

 老人を手で制して、女王は仕切り直した。

「よいのですよ、大臣。静粛に。ウサギ、被告人を無視してはいけません」

 コロコロとした声にたしなめられて、自分に悪い所は無かったと思うのに、何故かバツが悪い。

 俺はしゅんとして前を向いた。

 木造の格子柵が建っている場所に、いつの間にか公爵夫人が立っていた。隣に立っている時はあんなに大きく見えたのに、ここから見るとちっちゃく見える。それでも、俺の知る一般女性から比べると結構大きいけれども。

「被告人・第4代目公爵夫人」

 静かに女王に呼ばれ、夫人は「はい」と答えて女王を見上げた。

 一瞬だけ視線が俺を捉えた様な気もしたが、気にしないでおこう。

 黙って事の成り行きを見守っていようとしたら、女王がチラチラとこちらを見ているのに気付いた。

 あれあれ? どったの? 女王ってば、俺のことが気になっちゃう感じ?

 美人にそう何度も見られるのって、悪い気はしない。 これは応えないと、男が廃るというものだ。

 俺もできるだけかっこいい目線で応えようと、女王を見つめる。

 すると、大臣がそんな俺を一喝した。

「こりゃ、ウサギ! 女王様のご尊顔をそんなにじろじろと見るでない! さっさと裁判を進めんか!」

 ……え? 俺が進めるの?

 大臣から女王に視線を戻すと、女王は柔和な笑顔を見せた。

 心なしか、黒いオーラを纏っていらっしゃる様な……。

 そ、その視線の意味は「進行するのはお前でしょう? 何を考えているのですか。首を斬りますよ」だったのですか。

 そうは言っても、俺に裁判を進める事なんてできないよ。

「あ、あの……俺……」

 どもりながらそう言っていると、女王は「もういいわ」と言って公爵夫人に向き直った。

「さて、公爵夫人。今日、貴方は何の為にこの場所へ呼ばれているのか、分かっていますね?」

 女王の問いに、夫人は強気に答えた。

「恐れ入りますが女王様、全く訳が分かりませんわ」

 大臣が口を挟む。

「出廷命令を届けさせた筈だ! よもやお主、読まなかった訳ではあるまいな」

 夫人は「何を仰います」と笑って答える。

「ちゃんと読んだからここに来たのですよ、大臣様」

 な、何か大臣相手に喧嘩腰だ。大丈夫だろうか、公爵夫人。

 夫人の態度に「なっ……!」と絶句する大臣。夫人はその後も、その態度を貫いた。

「猫が起こした犯罪の為に、何故この私が出廷しなければならないのでしょう。確かにあれは私の家の猫であったけれど、家を出ていってしまったのはだいぶ昔の話ですわ」

 チェシャ猫って……家出猫だったんだ。

 へー、とか思ってると、いきなり法廷にカリカリと何かを書く音が重奏して聞こえ始めた。

 驚いて周囲を見回すと、壁に沿って建てられた高い会衆席にいた人達が、持っていた小さい黒板に何かを書きつけていた。今の夫人の発言を書き留めているのだろうか。

 と、女王が柔和な笑顔を崩さないまま、また拳を握り、今度はクレーターができない程度に机に叩き付けた。

 ――ダンッッ!!

「陪審員、静粛に。チョークの音が煩いですよ。首を斬りましょうか」

 めちゃめちゃ理不尽じゃないですか!!

 俺が呆気にとられていると、女王は張り付けた笑顔でまた仕切り直した。

「では、証人尋問を行います」

 女王がそこでパチンと指を鳴らした。

 すると女王の前の机の上にポンと音を立てて現れたのは……。

「アリス!!」

 俺の呼び掛けに答えて、いきなり現れたアリスは俺を振り返って「あっ!」と声を荒げた。

「テメェ、ウサギ! 私に何も言わずにどこに行ってやがった!」

 あ、この遠慮の無い罵倒……正真正銘本物のアリスだ。

 正直本物かどうか疑っていた俺は、ほっと安堵したい所だったが、そういうわけにも行かなかった。


 だって、だってさ……。

 
 ちっちゃ!!

 
 アンタ、何があったのって位ちっちゃいよ!? 相変わらず態度はデカイけど。

 だって、手の平サイズじゃん!?

「え……な、何でアリス、こんなにちっちゃいンスか……?」

 戸惑いをバリバリ表に出して訊くと、女王はやはり柔和な笑顔と鈴の様な声で笑った。

「証人は小さい方が都合がよろしいでしょう?」

 女王様、さっぱり意味が分かりません。常識を語っている様なお顔でらっしゃいますけれど、それは何処の常識ですか?

 ちっちゃいアリスは女王の手元から俺の所まで走ってきて、キーキーと声を立てて俺の腕目掛けて飛び蹴りを放った。

「無視するんじゃねぇよ!」

「痛ぇっ!」

 ミニマムサイズでもさすがはアリス。ちっちゃくてもきちんと痛い。
 っていうか、照準が絞られた分、むしろ激痛。

 痛がってる俺をいじめるアリスを見て、女王が俺に助け舟を出した。

「アリス。無駄な言動は 謹むように。首を斬りますよ」

 いや、全然助け舟と違った。

 アンタ、誰でもいいから首斬りたいだけじゃないの?

 俺がそう思ってると、アリスはもはや女王に喧嘩腰だ。

「はいはい。ただ首斬るだけが脳味噌の女王様が、天下のアリス様に向かってご大層な口を利きなさる」

 ちょっと、アリスさん!?

「ちょっと、アリス、止めろって」

 俺は止めさせようと口を開いたが、アリスは聞く耳を持たなかった。

「ウサギはすっこんでろ!」
「ハイっ。」

 心なしかパワーアップしている気迫に気圧され、俺は言われるまま速やかに口を閉ざした。

 こんなスケール差があっても、俺はアリスに一生勝てないと思った。

 アリスはなんか、炎を身に纏っていないのが不自然な位の憤りっぷりだ。

「せっかく裁判に来たから言わせてもらうけどな。女王、お前、私にまとわりついてくる双子! アレなんとかしろよ! テメェん所でしっかり躾ておきやがれ!」

 アリスの暴れっぷりに大臣がぎょっとして、彼女を両手で捕えようと手を伸ばした。

 もちろんそれだけではリーチが全然足りない。老人は最終的に、見事なスライディングを披露する。

「えぇい、アリス! 女王様に向かって無礼な!」

 しかし、アリスの方が一拍早く飛び上がって、俺の方の上に見事に着地した。小さいながら、すごい跳躍力。

 アリスが大臣の顔を見下ろしてあっかんべをする。

「知らねぇよ。テメェこそアリス様に向かって失礼じゃねぇか」

「おのれぇぇ~…」

 と大臣が歯ぎしりしたのと、女王が三度拳を上げたのが、ほぼ同時だった。

「あ」

 と俺が声に出した時にはすでに遅し。

 文字通り見えない速さで振り下ろされた女王の拳は、俺たち三人の机の上にうつ伏せて寝転がっている大臣の腰の辺りに、クリティカルヒットした。

 ――ドゴォン……!!

「うがぁっ……!」

 腰の辺りから「ゴキゴキペキパキ…」といった色々な音を立てて、大臣は腰からVの字に折れ曲がった。腰から沈んだ……という表現が正しいだろうか。

 うわぁ、残酷……とか思っていると、女王が動かなくなった大臣の首ねっこを捕まえて、法廷にぶん投げた。

 うわ…………。

 そして、女王は、何事も無かったかの様な調子で一言。

「アリス。あまりおいたが過ぎるのは良くなくてよ? 貴方はただ、知っている事について証言すればいいの」

 リアルな サスペンスホラーだった。

 俺の肩に乗ったまま、アリスは鼻で笑う。

「証言? 聞くが女王、私がこの法廷に来てまともに証言をした事があったか?」

 女王はやはり笑顔で答えた。

「今までした事が無いからこそ、今回ばかりは口を割ってもらいますよ、アリス」

 それ、証人に言うセリフじゃないんじゃ……。

 すんげぇ恐い二人に挟まれて、俺としてはえらいストレスだ。胃に穴が開きそう。

 何かこの二人、帽子屋の時より仲が悪そうだ。女王は声を出して笑った。

「フフフ…。こんなに『アリス』に困らせられたのは、久しぶりね」

『アリス』に困らせられた?

 意味深な言葉だ。しかし俺が言葉の意味を問う暇を与えず、女王は場を仕切り直した。

「さて。遊んでいる場合ではないわね、裁判を進めましょう」

 おいおい、その遊びの犠牲が、もしかして大臣? そんなぁ、大臣浮かばれねぇよ~。

「アリスの証言は後回しにしましょう。次の証人を呼んで頂戴」

 女王が俺の方に顔を向けた。

 えっ、えっ! もしかして俺!?

 俺は自分の顔を指差して、声に出さずに女王に訊く。――俺?

 女王の答えは、さっきから机や大臣に叩き付けてる華奢な手をゴキゴキ言わせて、声に出さずに「早くしろ」。

 命の危険を察知した俺は、証人の呼び方なんて分からなかったがとりあえず早く呼ばないと殺されると思ったので、精一杯、病院の待合室風に読んだ。

「次の方、どうぞーーー!!」

 すると公爵夫人の立っている位置より後ろにある大きな入り口が、ギイッと音を立てて開いた。

 控え目に開いた隙間から法廷に入ってきたのは、中学生位の男の子だった。
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