第159代アリス
それは、せっかくの三連休も部活に追われ、全然休んだ気がしていないある秋の日の事だった。
学生にとってオアシスとも言える三連休が部活に消えそうだとの危機感を抱いた俺は、休日二日目である祝日に祖父の家に呼ばれていると嘘をついて、休暇二日目の部活を半日でフケた。
気持ちも軽く家に帰った所で、専業主婦の母が部活に行かないなら勉強しろとうるさいので、この際本当に電車に乗って祖父母宅に行ってしまおうと考えた。
電車に数時間揺られて、ようやくインターホンを押す。迎えてくれた祖母はやはり初孫には甘く、冷えたジュースやお茶請けを次々に出してくれた。
明日も休みだから泊まっていくよと言うと、晩飯には手巻き寿司が来た。しめしめ、と甘い汁を吸いつつ、高校生にもなってこんな事をしている自分に多少の罪悪感を覚えた。
風呂も借りて、風呂上がりのアイスも頂きそれはそれは有意義な休日だった。布団に入るまでは。
まったく、信じられないと思う。
自分の祖父がほんの少しばかり常識外れで、時たま思い付きで行動する突拍子もない人物であるのは知っていたが、まさか真夜中に叩き起こされるなんて。
こっちは久しぶりに祖父母宅に訪れて、道中疲れ果てて倒れる様に眠った孫だぞ?
敬老の日だからと言って調子に乗らず、もう少し気を使え、と俺は本日の自分の行動を全て棚に上げた。
俺は渋々、大きな欠伸を噛み殺す事もなく、爺さんの元に案内する婆さんについていった。
くの字に曲がっている婆さんの背中を見ながら、同情した。爺さんの暇潰しに付き合わされて、婆さんも大変だな。
爺さんは、居間の暖炉の前に座って俺を待っていた。何だ、いい歳こいてその大物演出は。俺の眠気は苛つきに進化しつつあった。
「爺ちゃん、何?」
俺が眠気を隠さないヘロヘロとした声で尋ねると、爺ちゃんは「よっ」と片手を上げて挨拶した。
夜――しかもこんな時間の挨拶には、いささか無礼すぎやしないか。
「何なの、眠いから早くして」
「じゃあ、ホレ」
俺に応えて用事を早く済ませてくれる気ならしい爺さんは、言いながら俺に何かを放った。
眠気に負けずナイスキャッチ。さすが俺。
俺の手の中で暖炉からの炎の光を怪しく撥ね返しているのは、新品同様の金色の懐中時計だった。
首にかけるのだろうか、チェーンはあるがとても短く、その長さは子供用さながらで、俺の首からぶらさげると、時計は心臓の辺りで時を刻んだ。
今時そこら辺の店で売ってる様な蓋が付いたシャレたデザインではなく、蓋が無くシンプルで、使い易い代物だ。
「お前にやる。俺もこんな歳だし、走るのは疲れたんでな」
爺さんが言った。走るのは疲れたって、タイムを計るのに使っていたのか?爺さんは昔プロのマラソン選手だった事は、俺も知っていた。
「サンキュー。練習の時に使うよ」
俺は口角を上げて礼を言い、部屋に戻るため踵を返した。
爺さんの血をしっかり受け継いで俺も、高校で陸上をしている。成績の方は泣かず飛ばずいった感じで、最近では入部した頃の情熱は鳴りを潜め、すっかり惰性で続けている様なものだが。
部屋に戻ろうとする俺の背中に向かって、爺さんの言葉が聞こえた。
「しっかり生きろよ」
学生にとってオアシスとも言える三連休が部活に消えそうだとの危機感を抱いた俺は、休日二日目である祝日に祖父の家に呼ばれていると嘘をついて、休暇二日目の部活を半日でフケた。
気持ちも軽く家に帰った所で、専業主婦の母が部活に行かないなら勉強しろとうるさいので、この際本当に電車に乗って祖父母宅に行ってしまおうと考えた。
電車に数時間揺られて、ようやくインターホンを押す。迎えてくれた祖母はやはり初孫には甘く、冷えたジュースやお茶請けを次々に出してくれた。
明日も休みだから泊まっていくよと言うと、晩飯には手巻き寿司が来た。しめしめ、と甘い汁を吸いつつ、高校生にもなってこんな事をしている自分に多少の罪悪感を覚えた。
風呂も借りて、風呂上がりのアイスも頂きそれはそれは有意義な休日だった。布団に入るまでは。
まったく、信じられないと思う。
自分の祖父がほんの少しばかり常識外れで、時たま思い付きで行動する突拍子もない人物であるのは知っていたが、まさか真夜中に叩き起こされるなんて。
こっちは久しぶりに祖父母宅に訪れて、道中疲れ果てて倒れる様に眠った孫だぞ?
敬老の日だからと言って調子に乗らず、もう少し気を使え、と俺は本日の自分の行動を全て棚に上げた。
俺は渋々、大きな欠伸を噛み殺す事もなく、爺さんの元に案内する婆さんについていった。
くの字に曲がっている婆さんの背中を見ながら、同情した。爺さんの暇潰しに付き合わされて、婆さんも大変だな。
爺さんは、居間の暖炉の前に座って俺を待っていた。何だ、いい歳こいてその大物演出は。俺の眠気は苛つきに進化しつつあった。
「爺ちゃん、何?」
俺が眠気を隠さないヘロヘロとした声で尋ねると、爺ちゃんは「よっ」と片手を上げて挨拶した。
夜――しかもこんな時間の挨拶には、いささか無礼すぎやしないか。
「何なの、眠いから早くして」
「じゃあ、ホレ」
俺に応えて用事を早く済ませてくれる気ならしい爺さんは、言いながら俺に何かを放った。
眠気に負けずナイスキャッチ。さすが俺。
俺の手の中で暖炉からの炎の光を怪しく撥ね返しているのは、新品同様の金色の懐中時計だった。
首にかけるのだろうか、チェーンはあるがとても短く、その長さは子供用さながらで、俺の首からぶらさげると、時計は心臓の辺りで時を刻んだ。
今時そこら辺の店で売ってる様な蓋が付いたシャレたデザインではなく、蓋が無くシンプルで、使い易い代物だ。
「お前にやる。俺もこんな歳だし、走るのは疲れたんでな」
爺さんが言った。走るのは疲れたって、タイムを計るのに使っていたのか?爺さんは昔プロのマラソン選手だった事は、俺も知っていた。
「サンキュー。練習の時に使うよ」
俺は口角を上げて礼を言い、部屋に戻るため踵を返した。
爺さんの血をしっかり受け継いで俺も、高校で陸上をしている。成績の方は泣かず飛ばずいった感じで、最近では入部した頃の情熱は鳴りを潜め、すっかり惰性で続けている様なものだが。
部屋に戻ろうとする俺の背中に向かって、爺さんの言葉が聞こえた。
「しっかり生きろよ」
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