炎のゴブレットと、英語ができない魔法使い

その後は大きな出来事が多すぎて、矢の様に毎日が過ぎて行った。

 まず、あの深夜の医務室ではダンブルドア校長がアーサー・ウィーズリーに緊急の使者を送った。魔法省大臣の力が見込めない今の段階では、省内の色々な部署へ働きかける事の出来る人材が必要だ。その人物には、ロンの父親が最適だとの校長の判断だった。

 次に、スネイプ先生とブラックの間で形ばかりの和解がなされた。二人の間に交わされたのは、お互いの掌を握りつぶさんばかりの握手だった。

「貴方達ってまるっきり、大人になり切れなかった子供よね。どれだけ嫌な事があったか知らないけれど、お互いへの憎しみを後生大事に持ってる事も無いでしょうに」

 突然現れた殺人犯とホグワーツの教授が握手を交わしている状況に、ウィーズリーおばさんが目を白黒させている中、オーシャンが呆れて言った言葉にブラックが不満顔で言った。
「スニベルスと同じにされるとは、聞き捨てならないな」

 スネイプ先生も不愉快そうに顔を歪めた。


 学校生活で特別変わった事と言えば、ハリー・ポッターのみならずセドリック・ディゴリーまでもが『闇の帝王』の魔の手を逃れたとあって、彼が大変な英雄扱いを受けている事だった。彼はその度にこう言った。

「ハリーとウエノのお陰さ。僕が何かしたわけじゃない」

 そして度々、こう付け加えたという。

「彼らは最高だよ」

 後輩三人の話によると、ハグリッドとマダム・マクシームもめでたく仲直りをしたそうだ。二人はダンブルドア校長から秘密の任務を受け、夏にはその仕事にかかりきりになるらしい。

 ダンブルドア校長は生徒達に、あの夜に何が起こったかを当事者達に根ほり葉ほり聞く事を禁じた。そういう事もあって、みんながオーシャンの元へ質問に来た。みんな何故か、オーシャンが偽ムーディをノックアウトした事だけは知っているのだ。

「『例のあの人』が復活したって、本当?」

「本当らしいわよ。私は実際に見てないけど」

「ポッター達には何があったの? セドリックは教えてくれないんだ」

「--それなら尚更、私が適当な事を言う訳にはいかないわ。いい天気なんだから、お外ででも遊んでらっしゃい」

「ムーディ先生が『デス・イーター』だったって、本当?」

「……--偽物だったのよ。本物の先生は、まだ医務室にいるんじゃないかしら」

「おい、オーシャン……」

「ああ、もう! みんなしてピーチクパーチク、ちょっとは黙ってられないの!? 事の真相が知りたかったらヴォルデモートにでも聞きに行けば……--あら、フレッドにジョージ。貴方達だったの。失礼」

「おお、怖。みんなさては、こいつを怒らせるとどうなるか知らないな?」
「ドラゴンだって一撃だ。『例のあの人』だって一ひねりさ」

「そんな軽口叩いて……。貴方がいつか、その一言を後悔する日がやってこなきゃいいけれど」

「さあ?」「どうだろうなあ?」

「……ふふっ、ヴォルデモートも天下の悪戯双子に比べれば、可愛いものね」

 

 

 魔法大臣が不在の中、学期末の宴で『三校魔法学校対抗試合』の閉会式が、簡易的になされた。大広間に集まった生徒達の間には何処か緊張が走っている様に見えた。いつものおしゃべりにも活気がない。みんながひそひそと話し合って、三校対抗試合で起こった出来事について、あれこれ想像を巡らせていた。

 教職員テーブルには、他の先生方と一緒に本物のマッド・アイ-ムーディが、ピンと張りつめた顔をして席についていた。あんな事件の後だ。今にもまた後ろから襲われるのではないかと、気が気でないらしかった。カルカロフ校長の席だけはぽっかりと空いていた。

 やがて壇上にダンブルドア校長が現れて、会場は水を打った様に静かになった。生徒みんなの目が一心に校長に向けられる中、彼は厳かに口を開いた。

 「今年もまた、一年が終わった。ここに三校魔法学校対抗試合が終了した事を宣言する。代表選手達、よく戦った。また、それぞれの学校の生徒達、よく応援した」

 拍手が数人の生徒と、教職員テーブルからパラパラと起こった。静まり返った大広間に、その音はやけに白々しく響いた。

 校長は第四試合の結果を発表せず、総合順位だけを発表した。三位はボーバトン、二位がダームストラング、そして一位は、ホグワーツ。

 大広間は、本来見せるべき盛り上がりを見せなかった。みんなの関心事は、それとはもう別にある事は、もう校長も分かっていた。だから、形ばかりの閉会式だけに留めて、賞金と優勝杯の授与をしない事に決めたのだった。

 校長は、こほんと一つ咳払いをした。

「本来であれば、ここに優勝杯と一千ガリオンの賞金を持って、優勝者の表彰を執り行うのだが、これを省略とするのを許してほしい。……皆も知っての通り、かつて魔法界を席巻した闇の魔法使い・ヴォルデモートが復活した」

 大広間中がざわついた。
「やっぱり本当だったんだ」と小さな声で囁く者もいれば、「嘘に決まってる。魔法省からの発表があるまで、僕は信じない」と声を震わせる生徒もいた。ネビルは唇をぎゅっと噛み締め、青ざめた顔をしている。

「ハリー・ポッターとセドリック・ディゴリーは、彼の者の復活を見た生き証人となり、からくもその魔の手を逃れた。あやつの闇は静かに、音もなく君達に忍び寄ってくるじゃろう。その時に頼りにできるのは、君達の家族と友人、そして此度の試合で育まれた新たな友情だと、わしは信じておる。今こそ団結する時じゃ。独りでは奴らの闇の力には太刀打ちできん。団結する事じゃ。さもなければ奴らは君達の心の隙に付け入ってくるじゃろう」

 



 


 ホグワーツ特急に乗りこむ前に、三校の生徒達はそれぞれお別れを言い合っていた。握手する者、ハグをする者、手紙を書くと約束し合っている女の子達。湖にはダームストラングの船が、校庭にはボーバトンの巨大な馬車と天馬が出発の時の為に待機していた。

 ハリー達はビクトール・クラムやフラー・デラクールとさよならを言い合っている。オーシャンは先にホグワーツ特急へ乗り込もうとした時に、セドリックに声をかけられた。

「ウエノ。あの……」

「あら、ディゴリー。来年の夏に、またね」

「ああ。本当に……今年は君に世話になりっぱなしだった……。最後には命まで救ってもらって、お礼を言っても言い切れないよ」

 また頭を下げようとしたディゴリーを、オーシャンは手で制した。

「やだ。私が直接何かした訳じゃないわ。あれを貴方に渡したのはただの、ちょっとの偶然。生き残ったのはハリーと、貴方自身の力よ。私は何もしてないわ」

「君って人は……本当、僕にはもったいない素敵な人だ。正直、舞い上がってた自分が恥ずかしくなってきたよ」

「舞い上がって……?」

「……休暇中、手紙を書いていいかな?」

「いいけど……私、英語読めないから、きっと解読している内に休暇が明けてしまうわよ。それでも良ければ」

 にこりと笑い返したオーシャンに、セドリックは手紙をくれとは言わなかった。代わりに、初めて言葉を交わした時と同じような爽やかさで、「じゃあ」と短い別れの挨拶をして、先に列車に乗り込んで行った。オーシャンがその場で少し待っていると、クラムやフラーと別れを済ませたハリー達がこちらへ来たので、一緒に列車に乗り込んだ。

 ホグワーツの生徒がみんな乗り込んで、列車は動き出した。ハリー、ロン、ハーマイオニーとオーシャンは同じコンパートメントでおしゃべりを楽しみながら、ロンドンへの帰路についている。ハーマイオニーは何だか嬉しそうだ。

「随分嬉しそうね。休暇中に何か楽しみな事でもあるの?」

 オーシャンが聞くと、ハーマイオニーは「ううん、違うの」と言った。そして、もったいぶった声を出して、みんなに聞いた。

「ねえ、貴方達、最近『あの女』の記事を見ないと思わない?」

 ハリーが「そう言えば……」と言い、ロンが首肯した。
「あのババアの事だから、もうハリー達の記事には飽きた、とは思えないけどな」

 反対に、オーシャン一人だけが首を傾げて見せる。「あの女?」

「リータ・スキーターよ!」とハーマイオニーに語気を強めて言われれば、オーシャンは「ああ、そういえばいたわね。そんなの」と事も無げに言った。あれから色々ありすぎて、正直すっかり忘れていた。

 ハーマイオニーは周りを見回して、三人に膝を寄せて耳打ちする様に手招きした。ここはコンパートメントの中で、誰にも聞き耳を立てられる心配は無いというのに、こういう事をするのはいちいち可愛くてずるいな、とオーシャンは思う。

「実はね、私あの女がどうやってホグワーツの中で記事のネタを探していたのか、分かっちゃったの。あの女、未登録のアニメ―ガスだったのよ」

 そう言ってハーマイオニーは、みんなが膝を寄せ集めている中心で、小さな瓶を取り出した。その中には、一匹のコガネムシが入っている。

 ロンとハリーの二人は驚きつつも、その口元は笑っている。「ハーマイオニー、これ、もしかして……」

 ハーマイオニーはニヤリとした。
「ええ、これがあの女よ。彼女、虫のアニメ―ガスだったの。授業中に窓の桟にいた所を捕まえたわ。見て、この悪趣味な柄が、あの女の眼鏡そっくりでしょう?」 

 ハリーの推理通り、リータ・スキーターは『虫』を使っていた。しかしそれは機械の『虫』ではなく、スキーター自身だったわけだ。

 あの女は虫の体に変化して生徒の手の中に隠れて情報を得、第二の試合の時は大胆不敵にもハーマイオニーの髪に張り付いて盗み聞きをし、クリスマスにはバラの小道に潜んでゴシップのネタを探し、授業の間も何か面白いネタはないかと学校中を飛び回っていた訳だ。その執念と隠密行動には、さすがのオーシャンも恐れ入る。「日本で修行をすれば、いい忍者になれそうね」と言った。

 コンパートメントの扉がガラリと開き、マルフォイとその腰巾着二人が姿を現した。

「ポッター、相変わらずいいご身分だな。しかも今度は、生き残りのお友達が出来たじゃないか。あの、バカでウスノロのハッフルパフの」

「失せろ、マルフォイ」

「今にそんな事言えない様になるさ。闇の帝王が復活した今、再びマグル達に目に物を見せてくれる。その時真っ先にやられるのは、お前だ。--穢れた血」

 ハーマイオニーに向けられた侮蔑の言葉にハリーとロンは憤慨したが、オーシャンは笑っていた。「フフフ……」
「……何が可笑しい?」

「そんな強がり言う為に、わざわざ来たの?そんなものよりお菓子の一つでも持ってきたらいいのに。喜んで仲間に入れてあげるわよ」

 オーシャンの言葉に、ハーマイオニーが堪えきれなくて笑い出した。ハリーとロンも笑い出す。マルフォイの頬が朱色に染まった。「なっ--!?」

 これだから日本人は、という悪態を吐いてマルフォイ達は去っていった。そのすぐあとに、フレッド、ジョージ、ジニーの三人が通路に顔を出す。

「おい、せっかくあのムカつく顔に『クラゲ足の呪い』をかけてやるチャンスだったのに、逃げちゃったじゃないか」
 扉を開けてジョージが残念そうに言うと、オーシャンは微笑んだ。

「だって、余りにも可愛い事を言い出すのだもの。ついついからかいたくなっちゃって……。貴方達こそ、気に入らない相手だからって闇討ちの様な真似は良くないわ」

「構うもんか。気に入らない事言うやつが悪いんだ」
 フレッドがにやりとして言う。彼の妹は何事も無かった顔で杖を仕舞い、ロンの隣に腰掛けた。


 みんなが『爆発スナップゲーム』を楽しんでいる様子を見ながら、オーシャンが「そういえば--」と口を開いた。

「フレッド、ジョージ。貴方達、今年中コソコソと何をしてたの?」

「なんの事?」
 あくまで双子は惚ける気らしかったが、そうはさせない。

「惚けないで。誰を脅迫するつもりだったのか知らないけれど、事が大きくなっていないのなら、今の内に手を引くべきよ。前も言ったけれど、痛い目を見るのは貴方達なのだから--」
「ああー、もう分かった。言うよ、言うよ!」

 オーシャンの取り調べには敵わなかった。双子はゲームの手を止めて、お手上げ、という様に諸手を上げた。ハリー達も興味深々に、三人のやり取りを見ている。

「ルード・バグマンだよ」フレッドが苦々し気に言い、ジョージが後を接いだ。
「あいつ、クィディッチ・ワールドカップの賭け金をレプラコーンの金貨で払いやがったのさ」

「レプラコーン?」
オーシャンが聞くと、ロンが答えた。

「アイルランドのマスコットの小人だよ。金貨を降らせたの、見てなかった?」

「ああ、あの演出は素晴らしかったわ」

 レプラコーンが会場中に金貨を降らせた途端、観戦していた魔法使い達がこぞって降り注ぐ金貨を拾い出した光景は、そう簡単に忘れられるものではない。オーシャンは父と従兄弟と三人で、思わず固まってしまったものだ。

「それで、どうなったの?」
オーシャンが続きを促すと、双子の声が高くなった。

「どうもこうも無いぜ!」
「レプラコーンの金貨だぜ!まるっとそのまま消えちまった!」

 レプラコーンが降らせた金貨はどうやら幻術の様なものだったらしい。時間が経てば、一生懸命金貨を拾い集めたポケットには何も残らなかったという。

「それは……まんまとたぬきに化かされたわね」

 オーシャンが可笑しそうに笑うと、ハーマイオニーが双子に聞いた。
「でも、間違いって事もあるんじゃない?」

 双子は代わる代わる喋り出した。どうやら怒りが再沸騰してきたらしい。

「そりゃあ、俺達も最初はそう思ったさ!」
「だから懇切丁寧に、『金貨が間違っていましたよ』って手紙を書いた!」
「けど、あの狸親父、ろくに返事もしやがらねぇ!」

「それは、悪質ね……。元金は返してもらえたの?」

「もちろん俺達も、学校に来たあいつを捕まえて問い質したさ!」

「そうしたら、何て言ったと思う!?」

「「『君達学生にはまだ賭け事は早いから、返す気は無い』って、そう言いやがった!」」

「ふてぶてしい狸もいたものね……。立派な詐欺よ。相手が学生だろうがなんだろうが、お金を返さないのは窃盗ね。それに加えて詐称罪も入るのではないかしら。偽のお金で掛け金を支払ったのだもの」

「まぁ、でも、そんな事もういいけどな」
 急に怒りを収めて、ジョージが言った。フレッドがニヤリとする。
「なんたって俺達には、一千ガリオンがあるんだ!」

 二人はあの夜に回りまわって手に入れた金貨袋をいとおしそうに抱えていた。オーシャンが嗜める。

「そのお金は、元はと言えばハリーとディゴリーのものだったのよ? 二人によく感謝しなさいよ?」

 そして二人は完全に浮かれた足取りで立ち上がり、ハリーに向かって優美な礼をした。みんながその様子を見て笑う。汽車はもう、ロンドンに到着しようとしていた。

 




  級友達と9と3/4番線を出たオーシャンを待っていたのは、父の迎えだった。

「ただいま、父様」

 父は娘の後ろにいた赤毛の双子に、「娘が世話になった」と拙い英語で謝意を伝えている。二人共、にっこりと笑った。

 こちらを振り向いた父は一変、厳しい顔をしていた。
「さて、変わりは無いか? なんでも、ヴォルデモートが復活したと聞いたが。さてはまた、危険な事に首を突っ込んで、先生方を困らせたわけじゃあるまいな?」

「それ、世界を席巻する闇の魔法使いの復活より重要なの?」

 そう聞き返せば、父は腕を組んで「当たり前だろう」と言った。

「私は今年も大人しく過ごしてたわよ、失礼しちゃう。……でも、ありがとう」

「どうした、改まって礼など。やけに素直ではないか」

「父様が送ってくれた藁のお陰で、一人救えたのよ。あの藁人形が無かったら、彼の命は今頃あったか分からないわ」

 その時人ごみの中で、セドリック・ディゴリーとその両親と、確かに目が合った。彼の父親と母親はこちらに向かって頭を下げて、セドリックは笑顔でオーシャンに手を振った。

「当たり前だろう。わしが魔法力を込めた藁だぞ。しかし、それを使って彼を救ったのはお前だ。誇るが良い、海よ」

「ええ。……父様、帰ったら、また修行に付き合ってくれる?」

「--お前の口からそのような言葉を聞ける日が来ようとは、驚いた」

「ヴォルデモートの奴、復活する為に私の可愛い後輩から血を抜き取ったらしいのよ。お礼参りは必ずさせてもらうわ」

 怪しくも美しく笑う娘に、父は呆れながらも呟いた。
「何とも、頼もしい娘よ……」
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