炎のゴブレットと、英語ができない魔法使い
二月二十三日の夕方、ロン、ハーマイオニー、オーシャンの三人は、校長室に呼び出された。
「何で僕たち三人が? フレッド達じゃあるまいし」
マクゴナガル先生の後ろ姿について歩きながら、兄である悪戯双子を差し置いて、自分が呼び出しを受けた事に不満を抱いた様にロンが言った。オーシャンが笑う。
「どうかしら。あの二人でさえ、校長先生には呼び出された事は無いんじゃないかと思うけど」
ハーマイオニーは身に覚えの無い呼び出しに、少々緊張した面持ちだった。
やがて四人はガーゴイル像の前に到着し、マクゴナガル先生が口にした合言葉で道は開かれた。ガーゴイルの後ろに隠されていた螺旋階段を上ると、そこに校長先生の部屋がある。
先生が扉の前に立つと、校長先生の声が中から迎えた。「お入り」
「失礼します」マクゴナガル先生に先導されて三人が中に入ると、そこには先客がいた。三人が息を飲む。
応接ソファでダンブルドア校長と話していたのは、人間では無かった。こちらを振り返ったその顔はしわくちゃで、恐ろしく厳めしい顔をしている。長く解かれた髪は少しべとついている印象を受けた。今しがた入室してきたのは何者か、とでも聞いたのだろうか、およそ聞き取れるものではないその言葉でダンブルドア校長に問いかける。水中人の長であった。
校長は同じ言語を使って長の質問に答えた。その隣には、怯えている表情をした一人の少女が縮こまって座っている。
銀色の髪がとてもきれいな少女で、ロンの妹のジニーよりも小さい。制服を着ていない事から、ホグワーツの生徒ではないのではないかと思われた。
ダンブルドア校長がこちらを見て朗らかに笑った。「よう来た。三人とも」そう言って客人の隣を手で示すが、ロンとハーマイオニーは動かなかった。オーシャンが水中人の隣に腰を掛ける。「失礼します」
長の隣は若干息が詰まった心地がした。水中人は普段、湖や川の奥深い所で生活していると聞くが、彼(もしかしたら彼女)からは魚と水の生臭い匂いがした。本人を前に失礼はできず、オーシャンは顔を顰める代わりに、日本人らしい愛想笑いをした。
「さて、早速本題に入ろうかの ーー おっと、そんなに固くなるでない。Ms.グレンジャー」
身に覚えの無い呼び出しに表情を強張らせていたハーマイオニーに、ダンブルドア校長は柔和に笑って見せた。もちろん、何かのお咎めで呼び出された訳では無い事は、女子達には察しがついていた。それでなければ、客がいる校長室に通される訳が無い。
「三人を呼び出したのは他でもない。少々の間、人質になってもらおうと思うての」
悪戯っぽく言った校長の言葉に、ロンの声が裏返った。「はあ!? ーー あ、失礼……」横に控えているマクゴナガル先生にひと睨みされて、彼は縮こまる。
聞けば、三校対抗試合の第二の課題は、湖の底に住む水中人達の協力の元、行われるという事だった。
代表選手が第一の課題で獲得した金の卵の中には、水中人の歌が封じられている。地上でとその蓋を開けるとこの世のものとは思えない様なが響き渡るが、水の中で開けると美しい歌となって聞こえてくる。その謎にたどり着くのが早ければ早い程、次の課題の準備に時間を費やせるという訳だ。
「理屈は分かったけど、それで何故、私たちが呼び出されるんです?」
「それはな、君達が代表選手の、それぞれ一番に大切な者たちであるからじゃ」
わたしたちが、お前の大切なものを奪う。それを湖の底まで取りに来い。間に合わなければ、お前の大切なものの命は無い ーー 金の卵の中には、そんな歌が込められている様だ。
「いっ、命が無い!?」
「ほっほ……安心するがよい。ほんの遊び心じゃ」びっくりして腰を浮かしかけた下級生二人に、校長は愉快そうに髭を撫でた。
「君達の安全はわしらが責任をもって保証する。少しの間魔法で眠ってもらう事になるが、安心するがよいぞ」
そう言った校長は、おもむろに隣にいる少女の紹介を始めた。
「この子はフラー・デラクール嬢の妹子での。ガブリエル・デラクール嬢じゃ。今回特別に、ご協力願える事になった」
「じゃあ、ハリーが一番大切なのって……ハーマイオニー、君……」
口をわなわなとさせてロンが言ったのを、ハーマイオニーが一笑に付した。
「あなたに決まってるじゃない。消去法で考えなさいよ。あなたがセドリックや、ましてや……」
そこまで言って、彼女は顔をさっと赤らめて口を閉ざした。最近暗黙の了解で、互いにクリスマスパーティでのいざこざは無かったことにしていて、ハーマイオニーはロンの前ではクラムの名を出さない様にしていた。
しかし、ハーマイオニーの言う通り、ロンがクラムの大切な人であるという事などあり得ない事は、明白である。
「じゃあ、ハーマイオニーはビクトール・クラムの大切な人という事ね。という事は、私は……?」
オーシャンは声に出した事で、ハッとした。一瞬、また舞踊をねだられた時の様な用事で呼び出されたのかとも思ったが、ハーマイオニーの言う通りに消去法で考えてみると、そう言う事だ。
目が覚めた時にオーシャンが思い出したのは、そうした一連の流れだった。
ぼんやりと開いた目に入ってきたのは、曇天。耳にかすかに聞こえてくる歓声と、体に感じるのは規則的な揺れだ。少し顔を傾けると、セドリックの顔が、オーシャンの視線に気づいてこちらを見、やんわりと笑った。
「 ーー えっ、何、ちょっと待って……!」
意識がハッキリし、オーシャンはセドリックの腕の中で激しく身を捩った。彼の腕に姫の様に抱きかかえられている自分の状況に、ついていけない。
「うわ、ちょっと、落ち着いて……」
「なにこれ! 紳士的にも程があるわよ!」
バランスを崩して二人は派手に倒れこんだ。慣れてない日本人の身には、不意のお姫様抱っこは恥ずかしすぎて耐えられない。
セドリックを尻に敷いた所でマダム・ポンフリーが飛んできて、二人を温かい毛布で包んだ。
二人はテントに通され、温かい魔法薬を飲まされた。「すぐに体の芯から温まるわ。全く、ドラゴンの時といい、こんな危険な課題を出すなんて、魔法省は何をお考えなんだか……」
マダムはブツブツ言いながら、次の選手の為にテントの外に出て行った。
「貴方が一番だったみたいね。おめでとう」
セドリックに言ったが、彼は複雑な面持ちだった。「どうしたの?」
「いや、僕より先に、ポッターが到着していたんだ」
「まあ」
聞くと、ハリーが一番最初に人質の元へ到着していたが、ロンだけつれてハーマイオニー、ガブリエル、オーシャンの三人を置いていく事が出来ずに、全員を助けようとしていたという。セドリックが先にオーシャンを助け出したので、すぐに後から来るはずだ。
それを聞いて、オーシャンは魔法薬を飲んだ時よりも、温かい気持ちになった。
そろそろ外に出て、試合の成り行きを見守ろうか ーー そんな話をしていた時に、マダム・ポンフリーに連れられてテントに入ってきたのは、フラー・デラクール、それにビクトール・クラムとハーマイオニーだった。フラー・デラクールは取り乱していた。
「わたし、もどらなくては! ガブリエル、ガブリエルが!」
「落ち着いて。大丈夫ですから、あなたはこのままここで待つのです」
マダム・ポンフリーがデラクールをそう諭している後ろから、クラムとハーマイオニーがオーシャンの隣に腰掛けた。最初はクラムとにこやかに話していたハーマイオニーだったが、一分、二分と時間が経つにつれ、表情に困惑の色が滲みだした。
「ハリーはどうしたのかしら……!もう、三人の代表選手が帰ってきたというのに……」
確かに、ここまで時間がかかるのはおかしい。セドリックが言うには、一番最初に到着したのはハリーだというのだから、尚更だ。ぞくり、と恐ろしいものが背筋を撫でる。
「私、様子を見に……!」
毛布を剥いで立ち上がったオーシャンだったが、それをセドリックが押しとどめた。何かを言っているが、聞き取れない。久しい事に混乱している自分に気づいた。
「ハリー……!」
セドリックの制止を振り切ってテントの外に出たオーシャンだったが、湖に入ろうとした所で、観客達のどよめきに気が付いた。みんな湖面を見て、息を飲んでいる。
オーシャンも湖面に目を凝らした。静かな湖面に、一か所だけ激しくあぶくが立っている。
次の瞬間、ハリーの頭が勢いよく湖面を突き抜けた。彼は目いっぱいに息を吸って、重そうに何かを引っ張り上げようとしている。未だ気が付かないロンと、ガブリエル・デラクールだった。
ハリーが湖岸に二人を引っ張り上げ、グリフィンドール側の観客席から歓声が上がった。テントからフラー・デラクールが駆けだしてきて、ガブリエルの頭をしっかりと抱いた。ガブリエルの名前を言って、心底安心して涙を流していた。
心の臓の鼓動が徐々に平常に戻り、ロンが水を吐き出して言った言葉はいつも通り耳慣れた言葉に聞こえた。「あーあ、びしょびしょだ。ハリー、何だって、この子を連れて来たんだ?」
ロンの質問に、涙に濡れたフラーが答えた。
「私、あの子の所までたどり着けませんでした!」そしてハリーを見て言った。「あなたが助けてくれた! 自分の人質じゃないのに!」
「置いていけなかった」ハリーが首を振り振り答え、オーシャンは誇らしく思って彼の頭を撫でた。「やめてよ」ハリーはその手を鬱陶しそうに払いのける。
マダムがハリーを迎えに来た。審査員達は、水中人の長を交えて評議に入った。
テントまでの道で、ロンはハリーの道徳的行為にそれこそたっぷり水を差して歩いた。校長が自分達を命の危険に晒す訳が無い、とか、歌を真に受けたのは間抜けだった、とかである。
テントでハリーが魔法薬を貰った所で、オーシャンがロンに言った。
「そんなに意地悪な言い方をするものじゃないわ。これがハリーらしさよ。貴方が私とハーマイオニーを見捨てる時に、自分の危険を顧みずに助ける ーー やだ、貴方に言ったわけじゃないわ、そんな顔しないでよ」オーシャンの言葉にセドリックが情けない表情をしていたのだった。
点数が出た。
フラー・デラクールが惜しくも人質の元にたどり着けず、得点は二十五点。
ビクトール・クラムが二番目に人質を取り戻し、得点は四十点。
セドリックは一番初めに人質を取り戻したが、制限時間の一時間を一分オーバーして、得点は四十七点。
ハリーは水中において一番に効果的な鰓昆布を使ったが、制限時間を著しくオーバーした。
しかし、人質全員の安全を鑑みた道徳的行為が評価され、得点は四十五点。
全ての得点が出揃い、ハリーとセドリックが同点で首位に立った。歓声があがり、フラー・デラクールも妹と一緒にハリーに拍手を贈った。ハーマイオニーは、ロンと一緒に夢中になってハリーに賛辞を贈った。ハーマイオニーの隣でクラムが、彼女の心を取り戻そうと躍起になっているが、それでも彼女は振り向かなかった。
最終の課題は六月の二十四日、夕暮れ時に行われる。代表選手はそれより一か月前に、課題の内容を知らされる、と歓声に負けじとバグマンが声を張り上げた。少なくともそれまでは、選手達はゆっくり出来るという訳だ。
その夜、グリフィンドールは以前にも輪をかけたお祭り騒ぎだった。高得点で第二の課題をクリアした上に、セドリックと並んでホグワーツの生徒二人がトップに躍り出た。その事実が生徒達の高揚感を、最高に高めていた。
「オーシャン、バタービール飲まない?」
「ありがとう。悪いけど、今はいらないわ」
アンジェリーナに誘われるが、オーシャンはやんわりと断った。考え事をしていたのだ。
第二の課題は、久々に肝を冷やした。今回これだけ危険な課題が出たという事は、最終課題である第三の課題はもっと危険を伴うに違いない。今回の様に、もしもの時にすぐに助けに駆けつけられない状況であれば……。
何事もなく試合が進めばいいが、もし、ハリーを試合に送り出した誰かの罠でも仕掛けてあれば……。
ハリーが湖から上がってこなかった時の、恐ろしいものが頭をもたげた。
せめて、彼らが確実に自衛できる手段を構築せねば、不測の事態も起こりえる。そこまで考えた所で、両脇を不機嫌そうな双子に挟まれた。ジョージがバタービールを無言で呷った。
「どうしたの、二人共?」
「おー、おー。見事な惚けっぷりだなあ?」
フレッドがあまりにも酒飲みの日本人の様な絡み方をしてくるので、オーシャンは笑ってしまった。
「何? どういう事?」
「お前が好きそうな、見事な紳士っぷりだったものなあ? 今も愛しの彼の事を考えていたのか?」
『愛しの彼』という不意打ちに、オーシャンはさっと顔を赤らめた。「先生の事なんか、考えるわけないでしょう!」
するとフレッドとジョージの二人は、何かに打ちのめされた様にのけ反った。まるで、第一の課題でオーシャンが杖を向けたドラゴンの様だ。しかし二人は、そのまま床に崩れ落ちた。
「ちょっと、一体どうしたって言うのよ? 貴方達、変よ」
オーシャンは足元に崩れ落ちている双子に声をかけたが、二人はそれを無視して互いに声を掛け合っている。
「おい、相棒よ。そろそろ、遠くにいる相手を呪う道具の研究に着手するべきだと思うが、どうだ?」
フレッドの問いに、ジョージが答える。「無理だ…遠くにいるっていっても、どこにいるか分からなければ、さすがの俺達もそれは不可能じゃないか……?」
とんでもない会話が交わされているが、オーシャンは「そんな事無いわよ」と会話に割って入った。
「日本に伝わる『丑の刻参り』だったら、遠方にいる相手を呪い殺せるわよ。……まあ、見られたら呪いが返ってきちゃうけどね。相手の髪の毛と藁人形さえあれば、簡単に ーー 」
途端に、閃く。選手達を守るために、自分がするべき事は何か。
「……これだわ」
呟いたオーシャンは、双子を置いて寝室に駆け上がった。早速、父に国際ふくろう便を送らなければ。
取り残された双子の姿を見て、リー・ジョーダンがげらげらと笑った。
「何で僕たち三人が? フレッド達じゃあるまいし」
マクゴナガル先生の後ろ姿について歩きながら、兄である悪戯双子を差し置いて、自分が呼び出しを受けた事に不満を抱いた様にロンが言った。オーシャンが笑う。
「どうかしら。あの二人でさえ、校長先生には呼び出された事は無いんじゃないかと思うけど」
ハーマイオニーは身に覚えの無い呼び出しに、少々緊張した面持ちだった。
やがて四人はガーゴイル像の前に到着し、マクゴナガル先生が口にした合言葉で道は開かれた。ガーゴイルの後ろに隠されていた螺旋階段を上ると、そこに校長先生の部屋がある。
先生が扉の前に立つと、校長先生の声が中から迎えた。「お入り」
「失礼します」マクゴナガル先生に先導されて三人が中に入ると、そこには先客がいた。三人が息を飲む。
応接ソファでダンブルドア校長と話していたのは、人間では無かった。こちらを振り返ったその顔はしわくちゃで、恐ろしく厳めしい顔をしている。長く解かれた髪は少しべとついている印象を受けた。今しがた入室してきたのは何者か、とでも聞いたのだろうか、およそ聞き取れるものではないその言葉でダンブルドア校長に問いかける。水中人の長であった。
校長は同じ言語を使って長の質問に答えた。その隣には、怯えている表情をした一人の少女が縮こまって座っている。
銀色の髪がとてもきれいな少女で、ロンの妹のジニーよりも小さい。制服を着ていない事から、ホグワーツの生徒ではないのではないかと思われた。
ダンブルドア校長がこちらを見て朗らかに笑った。「よう来た。三人とも」そう言って客人の隣を手で示すが、ロンとハーマイオニーは動かなかった。オーシャンが水中人の隣に腰を掛ける。「失礼します」
長の隣は若干息が詰まった心地がした。水中人は普段、湖や川の奥深い所で生活していると聞くが、彼(もしかしたら彼女)からは魚と水の生臭い匂いがした。本人を前に失礼はできず、オーシャンは顔を顰める代わりに、日本人らしい愛想笑いをした。
「さて、早速本題に入ろうかの ーー おっと、そんなに固くなるでない。Ms.グレンジャー」
身に覚えの無い呼び出しに表情を強張らせていたハーマイオニーに、ダンブルドア校長は柔和に笑って見せた。もちろん、何かのお咎めで呼び出された訳では無い事は、女子達には察しがついていた。それでなければ、客がいる校長室に通される訳が無い。
「三人を呼び出したのは他でもない。少々の間、人質になってもらおうと思うての」
悪戯っぽく言った校長の言葉に、ロンの声が裏返った。「はあ!? ーー あ、失礼……」横に控えているマクゴナガル先生にひと睨みされて、彼は縮こまる。
聞けば、三校対抗試合の第二の課題は、湖の底に住む水中人達の協力の元、行われるという事だった。
代表選手が第一の課題で獲得した金の卵の中には、水中人の歌が封じられている。地上でとその蓋を開けるとこの世のものとは思えない様なが響き渡るが、水の中で開けると美しい歌となって聞こえてくる。その謎にたどり着くのが早ければ早い程、次の課題の準備に時間を費やせるという訳だ。
「理屈は分かったけど、それで何故、私たちが呼び出されるんです?」
「それはな、君達が代表選手の、それぞれ一番に大切な者たちであるからじゃ」
わたしたちが、お前の大切なものを奪う。それを湖の底まで取りに来い。間に合わなければ、お前の大切なものの命は無い ーー 金の卵の中には、そんな歌が込められている様だ。
「いっ、命が無い!?」
「ほっほ……安心するがよい。ほんの遊び心じゃ」びっくりして腰を浮かしかけた下級生二人に、校長は愉快そうに髭を撫でた。
「君達の安全はわしらが責任をもって保証する。少しの間魔法で眠ってもらう事になるが、安心するがよいぞ」
そう言った校長は、おもむろに隣にいる少女の紹介を始めた。
「この子はフラー・デラクール嬢の妹子での。ガブリエル・デラクール嬢じゃ。今回特別に、ご協力願える事になった」
「じゃあ、ハリーが一番大切なのって……ハーマイオニー、君……」
口をわなわなとさせてロンが言ったのを、ハーマイオニーが一笑に付した。
「あなたに決まってるじゃない。消去法で考えなさいよ。あなたがセドリックや、ましてや……」
そこまで言って、彼女は顔をさっと赤らめて口を閉ざした。最近暗黙の了解で、互いにクリスマスパーティでのいざこざは無かったことにしていて、ハーマイオニーはロンの前ではクラムの名を出さない様にしていた。
しかし、ハーマイオニーの言う通り、ロンがクラムの大切な人であるという事などあり得ない事は、明白である。
「じゃあ、ハーマイオニーはビクトール・クラムの大切な人という事ね。という事は、私は……?」
オーシャンは声に出した事で、ハッとした。一瞬、また舞踊をねだられた時の様な用事で呼び出されたのかとも思ったが、ハーマイオニーの言う通りに消去法で考えてみると、そう言う事だ。
目が覚めた時にオーシャンが思い出したのは、そうした一連の流れだった。
ぼんやりと開いた目に入ってきたのは、曇天。耳にかすかに聞こえてくる歓声と、体に感じるのは規則的な揺れだ。少し顔を傾けると、セドリックの顔が、オーシャンの視線に気づいてこちらを見、やんわりと笑った。
「 ーー えっ、何、ちょっと待って……!」
意識がハッキリし、オーシャンはセドリックの腕の中で激しく身を捩った。彼の腕に姫の様に抱きかかえられている自分の状況に、ついていけない。
「うわ、ちょっと、落ち着いて……」
「なにこれ! 紳士的にも程があるわよ!」
バランスを崩して二人は派手に倒れこんだ。慣れてない日本人の身には、不意のお姫様抱っこは恥ずかしすぎて耐えられない。
セドリックを尻に敷いた所でマダム・ポンフリーが飛んできて、二人を温かい毛布で包んだ。
二人はテントに通され、温かい魔法薬を飲まされた。「すぐに体の芯から温まるわ。全く、ドラゴンの時といい、こんな危険な課題を出すなんて、魔法省は何をお考えなんだか……」
マダムはブツブツ言いながら、次の選手の為にテントの外に出て行った。
「貴方が一番だったみたいね。おめでとう」
セドリックに言ったが、彼は複雑な面持ちだった。「どうしたの?」
「いや、僕より先に、ポッターが到着していたんだ」
「まあ」
聞くと、ハリーが一番最初に人質の元へ到着していたが、ロンだけつれてハーマイオニー、ガブリエル、オーシャンの三人を置いていく事が出来ずに、全員を助けようとしていたという。セドリックが先にオーシャンを助け出したので、すぐに後から来るはずだ。
それを聞いて、オーシャンは魔法薬を飲んだ時よりも、温かい気持ちになった。
そろそろ外に出て、試合の成り行きを見守ろうか ーー そんな話をしていた時に、マダム・ポンフリーに連れられてテントに入ってきたのは、フラー・デラクール、それにビクトール・クラムとハーマイオニーだった。フラー・デラクールは取り乱していた。
「わたし、もどらなくては! ガブリエル、ガブリエルが!」
「落ち着いて。大丈夫ですから、あなたはこのままここで待つのです」
マダム・ポンフリーがデラクールをそう諭している後ろから、クラムとハーマイオニーがオーシャンの隣に腰掛けた。最初はクラムとにこやかに話していたハーマイオニーだったが、一分、二分と時間が経つにつれ、表情に困惑の色が滲みだした。
「ハリーはどうしたのかしら……!もう、三人の代表選手が帰ってきたというのに……」
確かに、ここまで時間がかかるのはおかしい。セドリックが言うには、一番最初に到着したのはハリーだというのだから、尚更だ。ぞくり、と恐ろしいものが背筋を撫でる。
「私、様子を見に……!」
毛布を剥いで立ち上がったオーシャンだったが、それをセドリックが押しとどめた。何かを言っているが、聞き取れない。久しい事に混乱している自分に気づいた。
「ハリー……!」
セドリックの制止を振り切ってテントの外に出たオーシャンだったが、湖に入ろうとした所で、観客達のどよめきに気が付いた。みんな湖面を見て、息を飲んでいる。
オーシャンも湖面に目を凝らした。静かな湖面に、一か所だけ激しくあぶくが立っている。
次の瞬間、ハリーの頭が勢いよく湖面を突き抜けた。彼は目いっぱいに息を吸って、重そうに何かを引っ張り上げようとしている。未だ気が付かないロンと、ガブリエル・デラクールだった。
ハリーが湖岸に二人を引っ張り上げ、グリフィンドール側の観客席から歓声が上がった。テントからフラー・デラクールが駆けだしてきて、ガブリエルの頭をしっかりと抱いた。ガブリエルの名前を言って、心底安心して涙を流していた。
心の臓の鼓動が徐々に平常に戻り、ロンが水を吐き出して言った言葉はいつも通り耳慣れた言葉に聞こえた。「あーあ、びしょびしょだ。ハリー、何だって、この子を連れて来たんだ?」
ロンの質問に、涙に濡れたフラーが答えた。
「私、あの子の所までたどり着けませんでした!」そしてハリーを見て言った。「あなたが助けてくれた! 自分の人質じゃないのに!」
「置いていけなかった」ハリーが首を振り振り答え、オーシャンは誇らしく思って彼の頭を撫でた。「やめてよ」ハリーはその手を鬱陶しそうに払いのける。
マダムがハリーを迎えに来た。審査員達は、水中人の長を交えて評議に入った。
テントまでの道で、ロンはハリーの道徳的行為にそれこそたっぷり水を差して歩いた。校長が自分達を命の危険に晒す訳が無い、とか、歌を真に受けたのは間抜けだった、とかである。
テントでハリーが魔法薬を貰った所で、オーシャンがロンに言った。
「そんなに意地悪な言い方をするものじゃないわ。これがハリーらしさよ。貴方が私とハーマイオニーを見捨てる時に、自分の危険を顧みずに助ける ーー やだ、貴方に言ったわけじゃないわ、そんな顔しないでよ」オーシャンの言葉にセドリックが情けない表情をしていたのだった。
点数が出た。
フラー・デラクールが惜しくも人質の元にたどり着けず、得点は二十五点。
ビクトール・クラムが二番目に人質を取り戻し、得点は四十点。
セドリックは一番初めに人質を取り戻したが、制限時間の一時間を一分オーバーして、得点は四十七点。
ハリーは水中において一番に効果的な鰓昆布を使ったが、制限時間を著しくオーバーした。
しかし、人質全員の安全を鑑みた道徳的行為が評価され、得点は四十五点。
全ての得点が出揃い、ハリーとセドリックが同点で首位に立った。歓声があがり、フラー・デラクールも妹と一緒にハリーに拍手を贈った。ハーマイオニーは、ロンと一緒に夢中になってハリーに賛辞を贈った。ハーマイオニーの隣でクラムが、彼女の心を取り戻そうと躍起になっているが、それでも彼女は振り向かなかった。
最終の課題は六月の二十四日、夕暮れ時に行われる。代表選手はそれより一か月前に、課題の内容を知らされる、と歓声に負けじとバグマンが声を張り上げた。少なくともそれまでは、選手達はゆっくり出来るという訳だ。
その夜、グリフィンドールは以前にも輪をかけたお祭り騒ぎだった。高得点で第二の課題をクリアした上に、セドリックと並んでホグワーツの生徒二人がトップに躍り出た。その事実が生徒達の高揚感を、最高に高めていた。
「オーシャン、バタービール飲まない?」
「ありがとう。悪いけど、今はいらないわ」
アンジェリーナに誘われるが、オーシャンはやんわりと断った。考え事をしていたのだ。
第二の課題は、久々に肝を冷やした。今回これだけ危険な課題が出たという事は、最終課題である第三の課題はもっと危険を伴うに違いない。今回の様に、もしもの時にすぐに助けに駆けつけられない状況であれば……。
何事もなく試合が進めばいいが、もし、ハリーを試合に送り出した誰かの罠でも仕掛けてあれば……。
ハリーが湖から上がってこなかった時の、恐ろしいものが頭をもたげた。
せめて、彼らが確実に自衛できる手段を構築せねば、不測の事態も起こりえる。そこまで考えた所で、両脇を不機嫌そうな双子に挟まれた。ジョージがバタービールを無言で呷った。
「どうしたの、二人共?」
「おー、おー。見事な惚けっぷりだなあ?」
フレッドがあまりにも酒飲みの日本人の様な絡み方をしてくるので、オーシャンは笑ってしまった。
「何? どういう事?」
「お前が好きそうな、見事な紳士っぷりだったものなあ? 今も愛しの彼の事を考えていたのか?」
『愛しの彼』という不意打ちに、オーシャンはさっと顔を赤らめた。「先生の事なんか、考えるわけないでしょう!」
するとフレッドとジョージの二人は、何かに打ちのめされた様にのけ反った。まるで、第一の課題でオーシャンが杖を向けたドラゴンの様だ。しかし二人は、そのまま床に崩れ落ちた。
「ちょっと、一体どうしたって言うのよ? 貴方達、変よ」
オーシャンは足元に崩れ落ちている双子に声をかけたが、二人はそれを無視して互いに声を掛け合っている。
「おい、相棒よ。そろそろ、遠くにいる相手を呪う道具の研究に着手するべきだと思うが、どうだ?」
フレッドの問いに、ジョージが答える。「無理だ…遠くにいるっていっても、どこにいるか分からなければ、さすがの俺達もそれは不可能じゃないか……?」
とんでもない会話が交わされているが、オーシャンは「そんな事無いわよ」と会話に割って入った。
「日本に伝わる『丑の刻参り』だったら、遠方にいる相手を呪い殺せるわよ。……まあ、見られたら呪いが返ってきちゃうけどね。相手の髪の毛と藁人形さえあれば、簡単に ーー 」
途端に、閃く。選手達を守るために、自分がするべき事は何か。
「……これだわ」
呟いたオーシャンは、双子を置いて寝室に駆け上がった。早速、父に国際ふくろう便を送らなければ。
取り残された双子の姿を見て、リー・ジョーダンがげらげらと笑った。
14/14ページ