秘密の部屋と、英語ができない魔法使い

 ミセス・ノリスが襲われた次の日、大広間の夕食の席は、生徒達の誰もがそわそわと落ち着かなかった。みんな隣り合った生徒とひそひそと話し込むので、いつもなら賑やかな夕食の席が、何やら秘密の集会めいた雰囲気を醸していた。

「みんな、どうしたのかしら。ヒソヒソと話し合って」

 オーシャンが何の気なしに言った言葉を聞き付けて、隣に座っていたジョージがほとんど感心した様に言った。

「昨日みたいなことがあったんだ。平然としているのはお前くらいなもんだぜ。興味無いのか? 秘密の部屋について」

「昨日は興味あったけど、然してもう無くなってきたわね。一晩寝たら割りとどうでもよくなるタイプなの、私」

 フレッドがオーシャンの図太さに嘆息した。

「みんなお前みたいに図太くないんだよ。スリザリンの継承者は誰か、お前は気にならないのか?」

「スリザリンの継承者?  何、それ?」オーシャンが眉根を寄せて聞くので、双子はどこか得意気に、代わる代わる語りだした。

「その昔、ホグワーツは四人の創設者の手によって創られた。ゴドリック・グリフィンドール、ヘルガ・ハッフルパフ」

「それからロウェナ・レイブンクローに、サラザール・スリザリンだ」

「当時は、魔法使いはマグルから迫害されていた」

「だから四人は、人里から遠く離れたこの土地に城を築いたんだ」

 双子は続けた。

「数年間は、四人で和気藹々と魔法教育をやっていた。魔法の力を示した子供達をマグルの世界から見つけ出しては、この城で教えていたんだ」

「所が、魔法教育は誰でも受けられるべきと唱えた我らがグリフィンドールに、スリザリンは異を唱えた」

「曰く、魔法という秘術は、純血の中にこそ封じるべき。従って、入学するには純血であることを資格とするべきだと言い出したんだ。クソヤローめ」

「そして二人は決別し、サラザール・スリザリンはホグワーツを去った」

「へえ、創設者達にも、人間ドラマがあったのね」

 全ては『ホグワーツの歴史』という本の中に載っている知識なのだが、オーシャンは読んだことが無かったので、その話は初耳だった。

 感心した顔をしているオーシャンに、「本題はここからだ」とフレッドがウインクした。

「スリザリンがホグワーツを去って一千年、伝説として語り継がれているのが、スリザリンの『秘密の部屋』だ」

 ジョージが言葉を接いだ。「伝説によれば、スリザリンはその部屋を密封して、ホグワーツにやっこさんの真の継承者が現れる時まで、誰も部屋を開けられないようにしたんだ」

 オーシャンは頷いた。「スリザリンの『継承者』とは、つまり、彼の『跡目』の事なのね」

 フレッドがニヤリと笑う。

「ああ。そしてその『継承者』様こそが、「秘密の部屋」の封印と、その中に眠っている『恐怖』を解き放ち、そいつを使って学校に相応しくない者を追放するって話だ」

 フレッドが息を吐いて、今度はオーシャンに問いかけた。

「オーシャン、お前昨日、フィルチの猫を石化させたのは日本のオロチ―つまり蛇だって言ってたな」

「ええ、言ったわ」

 今度はジョージがにやっとした。

「秘密の部屋の主、サラザール・スリザリンは、パーセルマウスだ」

 パーセルマウス。つまり、蛇語使い。

「推理的中みたいだな?」

 双子は面白そうに笑ったが、いまいちオーシャンは納得出来ない。

 普通、日本の山奥を好んで住み処とする大蛇が、こんな英国の外れの、岸壁と湖に囲まれた土地にいるだろうか? しかも、一千年もの間、城の中に?

「みんながそこまで突き止めた今となっては、我らがハリー・ポッターが『スリザリンの継承者』だって噂になってるよ」

 秘密の部屋の怪物より、そっちの方がオーシャンにとって大問題だ。


 談話室に戻ったとき、パーシーとロンが何やらお互いにぷりぷりしているのを見て、オーシャンは「何かあったの?」とハーマイオニーに尋ねた。ハーマイオニーは、三人で「嘆きのマートル」のトイレから出てきた所をパーシーに見られて、口喧嘩になったと言った。

「ロンったら、余計に一言言うんだもの。おまけに減点までされちゃって…」

 オーシャンはクスクス笑った。

「災難だったわね。減点までされて、収穫はそれだけ?」

 ハリーが「後はマートルに水浸しにされたくらいかな」と力無く笑った。オーシャンもいつものような笑みを見せたが、ハーマイオニーは難しい顔を見せた。

「だけど、そうなると一体何者なのかしら? でき損ないのスクイブや、マグル生まれの子をホグワーツから追い出したいと願っているのは、一体どこの誰なの?」

 そこでロンが「それでは考えてみましょう」とおどけて言ってみせた。

「マグル生まれを見下して、王様みたいに肩をそびやかして歩いてる嫌な奴は、だーれだ?」

 的確に揶揄しているその言葉に、ハーマイオニーがピンと来た。

「もしかして、マルフォイの事を言っているの?」

「もちのロンさ!」ロンは正解という様に、両腕を広げた。

 オーシャンが「マルフォイって、あのドラコ・マルフォイ?」と聞き、ハリーが「あいつの家系はスリザリン出身だよ? あいつがスリザリンの末裔だって、何もおかしいことはないよ」と言った。

「あいつらなら、何世紀も『秘密の部屋の』」を預かっていたかもしれない。親から子へ代々伝えて…」

 ハーマイオニーが慎重に「その可能性はあると思うわ…」と言ったのを、オーシャンが遮った。

「私はその可能性は薄いと思うわね。『秘密の部屋の鍵』なんてあったら、『スリザリンの継承者』じゃなくても部屋が開けられるってことになってしまうじゃない。『鍵』があっても、真のサラザール・スリザリンの末裔足る血筋的な物じゃないかしら」

 三人がオーシャンを見つめて、感嘆のため息を吐いた。ハーマイオニーは、考え直した様だ。「確かに、そうよね」

「そうでなかったら、『スリザリンの継承者』の意味が無いわ。それだったら尚更、マルフォイ本人に確かめないとダメだわね」

 ハリーとロンが目を剥いた。「マルフォイに直接確かめるだって!?」「どうやって!?」

 ハーマイオニーが声を落として、三人は額を寄せあった。

「方法が無い訳では無いの。でも危険な方法だし、ざっと校則を五十は破る事になるわ」

 ハーマイオニーは、ポリジュース薬が数滴あれば、スリザリンの誰かになりすまして談話室に忍び込み、マルフォイに真偽を問い質せると言った。

「材料と作り方は『最も強力な薬』という本に書いてあると、スネイプが言っていたわ。多分その本は、図書室の「禁書」の棚にあるはずよ」

 司書のマダム・ピンスの厳重なセキュリティを抜けてその棚の本を持ち出すには、正規のルートで借り出すしかない。すなわち、先生のサイン入りの許可証を持って、その本を借りに行くのだ。

「でも、薬を実際に作るつもりはないけど、そんな本が読みたいなんて言ったら、怪しまれるんじゃないかな?」

 ハリーが弱気な発言をした。ロンが「騙されるとしたら、よっぽど鈍い先生だな」と言った時、オーシャンに天啓が降りた。

「…何にでもほいほいサインしてくれる、素晴らしい先生を一人ご紹介しましょうか?」

 オーシャンの一言を聞いて、ハリーとロンにもピンと来た。「それだ!」「いるな、一人うってつけの先生が!」

 誰の事を言っているか察しがついたハーマイオニーが、三人の盛り上がり様を見て顔をしかめた。

「相手は先生よ。そんなに上手く行くと思わないで欲しいわね」

 ハリーは今度は自信たっぷりに「こればっかりは、上手く行くと思うよ」と言って笑った。

 果たして後日、その作戦が大成功を修め、三人が無事に図書館から目的の本を借り出せたとの報告をオーシャンは受けた。オーシャンはニッコリ笑った。

「ほら、適任の先生だったわね」
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