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★ 墨を入れたい依織と入れさせたくないオヤジのあれこれ、匋平も少し出る
☆オヤジ×依織のイメプレ(に、見えなくもない)
土蔵の亡霊
6月。クーラーをつけるまでもないけれど、ねっとりとした熱が肌を舐めるような寝苦しい夜。少しでも部屋の空気を良くしようと窓を開けるが、隙間から入り込んだ生温い風が頬を撫でて『そういえば組の襲撃の日もこんな不快な熱帯夜だった』と思い出したくもない参事がフラッシュバックし、余計に眠りが遠ざかってしまった。あの惨劇で組が崩壊した後、残った家族のために死に物狂いで奮闘してきた日々だったが、己の思い描く理想にはまだ程遠く、俺は愛すべき皆のためにちゃんとやれているだろうか、もっと頑張れるはずだ、まだまだ甘えている、と脳内で反省会を繰り広げてしまう。無理くり瞼を伏せても意識が遠のく気配はなく、このまま寝返りを繰り返しても埒があかない。眠るのを諦めて布団を抜け出して救いを求める教徒のような気分で翠石邸の最奥に佇む蔵へ向かった。
南京錠へ外し、がらがらと扉を開くと土壁の埃っぽい香りが鼻を突く。十畳程度の空間には所狭しと普段は使わない雑貨だったり、組員の遺品などが積み重ねられている。居るだけで咳が出そうな空間をそろそろ掃除をしなくてはと思うも、物の多さと思い出が邪魔をしてなかなか気が乗らず結局そのままにしてしまっている。中央には蔵を支える大黒柱が立っていて、扉の隙間から入り込んだ光が白く線を引く。後ろ手にぴしゃりと戸を閉めると室内は純粋な暗闇に満ち、目が慣れるまでは暫く何も見えない。ひたりと冷気が全身を包み込み火照った肌を冷やし気持ちが良い。どっしりとした大黒柱まで手探りで歩み寄り、くたりと躯体を預けて額を寄せる。すり、と指先で年季の入って歪んだ木目を撫でれば、凹みに触れることができる。それは、小さな、爪痕。これは、幼い依織が残したものである。
生まれながら無条件に愛を与え食を与え教養を与えてくれる存在が親だとするならば、翠石依織にとっておよそ両親と呼べるものはいなかった。けれども、神はいた。神を信じるかと問われ思い浮かぶその形は宗教によって様々であるが、依織にとっての神とはまさに彼のことである。飢えに食を、凍えに布団を、空洞に愛を。泥水を啜る動物的な生を歩んでいた最中、蜘蛛の糸のように突然差し込んだ光は、がらんどうの体に与うる限りのピースを嵌め込んで、日々、器を満たした。一度知ってしまった愛に際限はなく、もっともっと、と渇望するのに、程なくして彼は無惨にこの世を去る。癒えない悲しみと、代用品では満たされない体を持て余した依織に強固な信仰が残された。
「おやじ、」
思考が煮詰まって眠れない時は神に会いたくなってこうして蔵に訪れる。思い出を辿るように指の腹で木目の傷を撫でれば、あの日のレコードが脳内で再生され土蔵の亡霊に会うことができる。蔵の中の冷気をかき消すように、じりじりと背が燃え、焦げていく。
「欲しい」
いつだったかここで「入れて欲しい」と強請ったのは、十七になったばかりの少年だった。蔵の奥に鎮座する木彫りの虎を絹布で磨いていた男が、ゆっくりと振り返る。
「なんや、突然」
「俺も墨が欲しい」
初老の男は依織の発言を聞いて、浮き出た喉仏をかりかりと掻いた。それは彼が考え事をしている時の癖だから、依織は彼の口から出る肯定の言葉を願い期待した。けれども男は煙管を取り出すと燐寸の火で燻らせて、あかんよぉと、くつりと嗤った。蔵の中に静かに響く低い声。吸って、吐き出される重たい葉っぱのかおり。
「どうして、」
駄々をこねあぐねる自分に、おいで。と、男が両手を広げる。
「脱いで、後向けや」
薄暗い中でもぬらりと熱を孕んだ二つの眼に、頭の先から足の爪の先、シャツ、下着、薄皮一枚の下の下まで見透かさているようで、じっとり、汗ばんでゆく。あつい。熱さにかまけてボタンを外し、ストンとシャツを脱ぎ捨てれば、まだ幼さを削ぎきれない生白い肌が薄暗い蔵の中で艶かしく光った。
背中を差し出すよう指示されて、膝立ちになり大黒柱に両手をついて柱に躯体を預ける。ひた、と、男が背後に立つ気配がしたと思うと、自分よりもふた回り以上離れた男の、分厚く硬く変化した指の先が、無防備な背に触れて、びくり、と体が跳ねる。
「………、ぁ」
「和彫っちゅうのはなぁ」
肩口に置かれた指先が、触れるか触れないかのフェザータッチで、つう、と降下して、背骨の形を確かめるように、肩甲骨、肋骨、腰へ。
「は……ぁ、……ぅ」
辿る指先に全神経を集中させる。ちゃんと、指先は、虎を描いているだろうかと。集中すればするほど、ぞくぞくと肌が泡立つのを感じ、ふ、と絞り出すような一息。
「依織のここになぁ、針を束ねた鑿が突き立てられて、深いところまで、ごっそり削がれるんやわ」
柔肌に鑿が打たれ、皮膚を切り裂き、ぷつり、と血の玉が浮かんで。桃色の肉を剥き出しにしながら黒に染まっていくのだと、教えられる。それはそれは痛みを伴うもので、燃えるように熱くて、後悔しても消えないのだと耳に吹き込まれ恐怖を塗りたくられる。
「………ぅ、あ」
針が皮膚にうずまる痛みに声を上げぬよう歯を食いしばって耐えても、結んだ唇の隙間から小さく、ひぅ、と悲鳴を漏らしてしまうだろう。ふ、と、荒い息を飲み込むように吸って、吐く、吐息があつい。這う指先は優しいのに、痛い、痛いのだと繰り返し脅されると恐怖に思考回路が乗っ取られて、かくり、と床についた膝が震えた。この指は針なのだと。強張る肌を割かれているのだと追い詰められて。じりじり燃えるように熱い、体感幻覚に溺れそうになり大黒柱にがり、と爪を立てた。木目が爪の間に食い込んで削れ小さな傷跡を作る。
「ふ……ぁ、あつ、」
「せやなぁ、大人でも泣き叫ぶくらいやから、依織をこの柱に麻縄で縛り付けなあかんかもしれんなあ」
「う、ぁ」
「こら、爪立てるんや、ない」
柱にしがみついていた両腕を奪われて、背後に組み合わせるように拘束され悲鳴を漏らす体ごと柱に押し付けられる。大きな体に覆い被されて、体の自由が効かない。こんなふうに逃げられぬよう縛られて、痛覚を蹂躙されるのだ。髪を振り乱して、額にも背中にも脂汗をびっしりとかいて、腰を引きたくても動くことは許されないのだろう。そして、行為が終わっても、傷口からじわりと滲む浸出液がシーツを汚し三日三晩火をつけられたような痛みに、うなされるのだ。まるで、熱病のように。
「儂は可愛い依織をそんな目に合わせとうないねん」
怖い、そんなの、耐えられないかもしれない。それでも、欲しい、今すぐここに、欲しい。喉から手が出るほど、欲しい。知らぬ間にだらしなく開けられた口からは粘度の高い唾液がたらりと顎を伝って落ち、床に染みをつくる。この熱を受け入れれば、ホンモノになれるなら、俺は耐えて見せるのに。
「子供扱い、しないで」
「ちゃうわ。今時墨なんて時代遅れやゆうとるんや。依織は新しい時代を作る男なんやから。ま、どうしても言うなら、牡丹の花とか入れたらええんちゃう。似合うで」
「それじゃ、まるで極妻…」
虎がいい、他のじゃだめ、欲しい。と、今一度甘くねだっても、男はくつくつと笑うだけで取り合ってはくれなかった。虎じゃないと、オヤジとお揃いのモノじゃないと、貴方の物になれないなら、意味が、ないから。虎じゃないなら、要らない___。
「オヤジ最期まで俺に墨くれなかったんだよ」
依織はたびたび、俺の腕に入れられた虎を羨ましそうに撫でて、認められたかったなぁとぼやいた。依織の体には、結局、墨が入っていない。同年代の少年と比較しても、いや、一回りも二回りも年上の組員と比べても飛び抜けて賢い少年だっだ依織は、最初から親父の寵愛を受けていたのは誰の目から見ても明らかだったのに、依織はまるで呪いをかけられたかのように、虎の墨に拘りもっと、もっとと渇望した。
「依織は、オヤジさんのお気に入りだったよ、嫉妬するくらいな」
「そぉなんかなぁ」
(墨を入れることを許さなかったのは単純に体に傷をつけて欲しくないと思っていたからだ。
……というのは真実だが、建前である。
今となっては推察に過ぎないが、墨を入れてしまったら終わりだと思っていたからではないかと匋平は思った。無垢な少年がずっと自分を欲しがって欲張るように、俺のようにいつか拠り所を見つけて、巣立っていかないように、依織『だけ』は手放したくない、だから、お前にだけは墨は入れてやらない。
欲しい、認められたいと、渇望し、執着し、信仰しろ、永遠に_____。
まるで、透明な刺青を刻むような、愛)
☆オヤジ×依織のイメプレ(に、見えなくもない)
土蔵の亡霊
6月。クーラーをつけるまでもないけれど、ねっとりとした熱が肌を舐めるような寝苦しい夜。少しでも部屋の空気を良くしようと窓を開けるが、隙間から入り込んだ生温い風が頬を撫でて『そういえば組の襲撃の日もこんな不快な熱帯夜だった』と思い出したくもない参事がフラッシュバックし、余計に眠りが遠ざかってしまった。あの惨劇で組が崩壊した後、残った家族のために死に物狂いで奮闘してきた日々だったが、己の思い描く理想にはまだ程遠く、俺は愛すべき皆のためにちゃんとやれているだろうか、もっと頑張れるはずだ、まだまだ甘えている、と脳内で反省会を繰り広げてしまう。無理くり瞼を伏せても意識が遠のく気配はなく、このまま寝返りを繰り返しても埒があかない。眠るのを諦めて布団を抜け出して救いを求める教徒のような気分で翠石邸の最奥に佇む蔵へ向かった。
南京錠へ外し、がらがらと扉を開くと土壁の埃っぽい香りが鼻を突く。十畳程度の空間には所狭しと普段は使わない雑貨だったり、組員の遺品などが積み重ねられている。居るだけで咳が出そうな空間をそろそろ掃除をしなくてはと思うも、物の多さと思い出が邪魔をしてなかなか気が乗らず結局そのままにしてしまっている。中央には蔵を支える大黒柱が立っていて、扉の隙間から入り込んだ光が白く線を引く。後ろ手にぴしゃりと戸を閉めると室内は純粋な暗闇に満ち、目が慣れるまでは暫く何も見えない。ひたりと冷気が全身を包み込み火照った肌を冷やし気持ちが良い。どっしりとした大黒柱まで手探りで歩み寄り、くたりと躯体を預けて額を寄せる。すり、と指先で年季の入って歪んだ木目を撫でれば、凹みに触れることができる。それは、小さな、爪痕。これは、幼い依織が残したものである。
生まれながら無条件に愛を与え食を与え教養を与えてくれる存在が親だとするならば、翠石依織にとっておよそ両親と呼べるものはいなかった。けれども、神はいた。神を信じるかと問われ思い浮かぶその形は宗教によって様々であるが、依織にとっての神とはまさに彼のことである。飢えに食を、凍えに布団を、空洞に愛を。泥水を啜る動物的な生を歩んでいた最中、蜘蛛の糸のように突然差し込んだ光は、がらんどうの体に与うる限りのピースを嵌め込んで、日々、器を満たした。一度知ってしまった愛に際限はなく、もっともっと、と渇望するのに、程なくして彼は無惨にこの世を去る。癒えない悲しみと、代用品では満たされない体を持て余した依織に強固な信仰が残された。
「おやじ、」
思考が煮詰まって眠れない時は神に会いたくなってこうして蔵に訪れる。思い出を辿るように指の腹で木目の傷を撫でれば、あの日のレコードが脳内で再生され土蔵の亡霊に会うことができる。蔵の中の冷気をかき消すように、じりじりと背が燃え、焦げていく。
「欲しい」
いつだったかここで「入れて欲しい」と強請ったのは、十七になったばかりの少年だった。蔵の奥に鎮座する木彫りの虎を絹布で磨いていた男が、ゆっくりと振り返る。
「なんや、突然」
「俺も墨が欲しい」
初老の男は依織の発言を聞いて、浮き出た喉仏をかりかりと掻いた。それは彼が考え事をしている時の癖だから、依織は彼の口から出る肯定の言葉を願い期待した。けれども男は煙管を取り出すと燐寸の火で燻らせて、あかんよぉと、くつりと嗤った。蔵の中に静かに響く低い声。吸って、吐き出される重たい葉っぱのかおり。
「どうして、」
駄々をこねあぐねる自分に、おいで。と、男が両手を広げる。
「脱いで、後向けや」
薄暗い中でもぬらりと熱を孕んだ二つの眼に、頭の先から足の爪の先、シャツ、下着、薄皮一枚の下の下まで見透かさているようで、じっとり、汗ばんでゆく。あつい。熱さにかまけてボタンを外し、ストンとシャツを脱ぎ捨てれば、まだ幼さを削ぎきれない生白い肌が薄暗い蔵の中で艶かしく光った。
背中を差し出すよう指示されて、膝立ちになり大黒柱に両手をついて柱に躯体を預ける。ひた、と、男が背後に立つ気配がしたと思うと、自分よりもふた回り以上離れた男の、分厚く硬く変化した指の先が、無防備な背に触れて、びくり、と体が跳ねる。
「………、ぁ」
「和彫っちゅうのはなぁ」
肩口に置かれた指先が、触れるか触れないかのフェザータッチで、つう、と降下して、背骨の形を確かめるように、肩甲骨、肋骨、腰へ。
「は……ぁ、……ぅ」
辿る指先に全神経を集中させる。ちゃんと、指先は、虎を描いているだろうかと。集中すればするほど、ぞくぞくと肌が泡立つのを感じ、ふ、と絞り出すような一息。
「依織のここになぁ、針を束ねた鑿が突き立てられて、深いところまで、ごっそり削がれるんやわ」
柔肌に鑿が打たれ、皮膚を切り裂き、ぷつり、と血の玉が浮かんで。桃色の肉を剥き出しにしながら黒に染まっていくのだと、教えられる。それはそれは痛みを伴うもので、燃えるように熱くて、後悔しても消えないのだと耳に吹き込まれ恐怖を塗りたくられる。
「………ぅ、あ」
針が皮膚にうずまる痛みに声を上げぬよう歯を食いしばって耐えても、結んだ唇の隙間から小さく、ひぅ、と悲鳴を漏らしてしまうだろう。ふ、と、荒い息を飲み込むように吸って、吐く、吐息があつい。這う指先は優しいのに、痛い、痛いのだと繰り返し脅されると恐怖に思考回路が乗っ取られて、かくり、と床についた膝が震えた。この指は針なのだと。強張る肌を割かれているのだと追い詰められて。じりじり燃えるように熱い、体感幻覚に溺れそうになり大黒柱にがり、と爪を立てた。木目が爪の間に食い込んで削れ小さな傷跡を作る。
「ふ……ぁ、あつ、」
「せやなぁ、大人でも泣き叫ぶくらいやから、依織をこの柱に麻縄で縛り付けなあかんかもしれんなあ」
「う、ぁ」
「こら、爪立てるんや、ない」
柱にしがみついていた両腕を奪われて、背後に組み合わせるように拘束され悲鳴を漏らす体ごと柱に押し付けられる。大きな体に覆い被されて、体の自由が効かない。こんなふうに逃げられぬよう縛られて、痛覚を蹂躙されるのだ。髪を振り乱して、額にも背中にも脂汗をびっしりとかいて、腰を引きたくても動くことは許されないのだろう。そして、行為が終わっても、傷口からじわりと滲む浸出液がシーツを汚し三日三晩火をつけられたような痛みに、うなされるのだ。まるで、熱病のように。
「儂は可愛い依織をそんな目に合わせとうないねん」
怖い、そんなの、耐えられないかもしれない。それでも、欲しい、今すぐここに、欲しい。喉から手が出るほど、欲しい。知らぬ間にだらしなく開けられた口からは粘度の高い唾液がたらりと顎を伝って落ち、床に染みをつくる。この熱を受け入れれば、ホンモノになれるなら、俺は耐えて見せるのに。
「子供扱い、しないで」
「ちゃうわ。今時墨なんて時代遅れやゆうとるんや。依織は新しい時代を作る男なんやから。ま、どうしても言うなら、牡丹の花とか入れたらええんちゃう。似合うで」
「それじゃ、まるで極妻…」
虎がいい、他のじゃだめ、欲しい。と、今一度甘くねだっても、男はくつくつと笑うだけで取り合ってはくれなかった。虎じゃないと、オヤジとお揃いのモノじゃないと、貴方の物になれないなら、意味が、ないから。虎じゃないなら、要らない___。
「オヤジ最期まで俺に墨くれなかったんだよ」
依織はたびたび、俺の腕に入れられた虎を羨ましそうに撫でて、認められたかったなぁとぼやいた。依織の体には、結局、墨が入っていない。同年代の少年と比較しても、いや、一回りも二回りも年上の組員と比べても飛び抜けて賢い少年だっだ依織は、最初から親父の寵愛を受けていたのは誰の目から見ても明らかだったのに、依織はまるで呪いをかけられたかのように、虎の墨に拘りもっと、もっとと渇望した。
「依織は、オヤジさんのお気に入りだったよ、嫉妬するくらいな」
「そぉなんかなぁ」
(墨を入れることを許さなかったのは単純に体に傷をつけて欲しくないと思っていたからだ。
……というのは真実だが、建前である。
今となっては推察に過ぎないが、墨を入れてしまったら終わりだと思っていたからではないかと匋平は思った。無垢な少年がずっと自分を欲しがって欲張るように、俺のようにいつか拠り所を見つけて、巣立っていかないように、依織『だけ』は手放したくない、だから、お前にだけは墨は入れてやらない。
欲しい、認められたいと、渇望し、執着し、信仰しろ、永遠に_____。
まるで、透明な刺青を刻むような、愛)
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