prli
1.三文芝居
★友達以上恋人未満の匋依が駆け引きする話
☆二人のツイッターでの深夜の匂わせリプを引用しています
バー4/7の閉店間際、エプロンの中の携帯が一通のメールを受診して短く震えた。
『暇しとったらでええけど飲みでも行かへんか』
届いたメッセージを読んで自然に緩んでしまう口元をごほんと咳払いで誤魔化す。匋平にこの誘いを断わる理由はひとつもないが、依織とは二つ返事で了承できるような単純な間柄ではなかった。友達と言うには不足で、恋人というには余るような関係性は、発言の裏がないか探ったり、敢えて間をとると言った駆け引きなしでは気持ちを伝えることすら出来なくなっていた。
つくづく下らないと思いつつも、やはりすぐに返信する気にはなれず、15分、いや10分だけ置こうとキッチンの端に携帯を伏せて置く。だが念のためしっかりと充電器には挿して。時計をチラ見しつつ携帯の前をうろうろと往復し、9分きっかり経過したのを確認して、さて返信をと両手を擦り合わせた矢先。ちょうどオーダーが入り、急いでカウンターに戻った。
注文はギムレット。アイスピックで氷をまるく割り、グラスに入れ、ジンと、砂糖と、それから、ライム。
「お待たせしました」
「すごく、美味しい」
「ギムレットは自分の得意なカクテルです」
「あらそれはどうして?」
「昔の友人の好物で」
依織の話題で思いの外弾んでしまった客との会話。その後も立て続けに入ったオーダーの対応に追われていると、メールが届いてから40分経過してしまっていた。
フル充電の携帯をひっつかみ、駆け足でバックヤードに戻って『ちょうど飲みたかった気分だ』と送信ボタンを押す。何が、ちょうど、だ。本当は秒で返信したくて疼いていたくせに。返信に時間がかかっているので、もう寝てしまった可能性もあるし気づかれない可能性があるが、それはそれで仕方ないはないと思うも本心は気が気ではない。しかし、その心配もよそに、ものの数分で返信がきたので妙に勝ち誇った気分になる。けれど、返信時間のあーだこーだで悩んでいる自分の方がむしろよっぽど女々しいだろうし、ピンポン球のように返信をかましてくるこの男の方こそ、自分との関係性のことなどよっぽど気にしていないのではないか。そんなことを考えて堂々巡りの自分が一番、大概であるのだが。
『返信随分待たせたけど、なんや。どうせすぐ返信するのは癪やとか?』
『ちげぇよ忙しかっただせだ!』
『誤字ってんで。動揺してるやん 笑』
4/7を店を閉めた後、依織と約束をしているバーの玄関を潜った。薄暗い店内で梟のようなバーテンダーが体を丸めてもくもくとグラスを磨いている。匋平の入店になんのリアクションも起こさないのは、馴染みの店だからこそである。あれこれ話しかけてこないマスターの方が都合が良かった。特に、依織と飲む時は。
カウンターの奥から二番目の、二人で何度も杯を交わし合った例の席に腰掛け、約束の時間までお先に一杯とダブルのウィスキーを注文する。メールに気づきながらも返信をあぐねていた事や、動揺して誤字を指摘された恥ずかしさに内心舌打ちを打ち、会ったら辱めてやると、うだうだ酒を煽っていると、カランとドアベルが響いた。
凛として店内に現れたその美人は迷いなくこちらに歩み寄り、当たり前のように隣の席にストンと腰を下ろした。ぴんと伸ばされた背筋を崩しながらゆっくりと足を組んで馴れ馴れしく体を擦り寄せてくる。
「お一人さま?」
「…だったらなんだよ」
「お兄さんかっこいいね。一緒に飲まない?」
「生憎、待ち合わせ中なんだ」
態とらしい上目遣いから視線をそらし、素っ気ない態度でたばこを手繰り寄せ火をつける。すると、そいつは人差し指でウェーブのかかった前髪をくるくると弄びながら、ふぅんと詰まらなさそうに吐息を漏らした。
「それって、どんなひと?」
「長めの前髪を流してて、派手な顔してるくせにシンプルで飾らないところが可愛かった」
「可愛かったって過去形?昔の人を引きずるような男はちょっと」
つんと口を尖らせながらそっぽを向いてしまったので、機嫌を損ねてしまったかと焦って顎を指先で捉え強引に表情を覗き込むと、まるで罠にかかった獲物を見るようにニヤリ、と三日月型の瞳が細められた。やられた。まんまと演技にひっかかってしまった。対抗心を焚き付けられて、にやけ顔にぐっと唇を寄せて「今も可愛いぜ、依織」と、耳元であえて低く囁くと、びくりと肩を揺らした依織の仕草に、こっちの番だと調子に乗る。ふぅと鼓膜に息を吹き込めば、ひゃと小さく悲鳴を上げた依織に、離れろと両手で押し返されてしまうが、耳の先まで赤く染まっている様子に、今度こそ勝ったと思った。
「恥ずかしいからこのノリやめてええ?」
「なんだよ、お前がはじめたんだろ」
「演技でも恥ずかしいこと言わんといてや」
ウイスキーの氷が溶けて、口につけたたばこはひと吸いだけで放られ灰になってしまうほど夢中なのに、一芝居打たなければ本心も言えない。けれどもまるでその関係性にまで興じているようにくすくすと額を突き合わせながら子供のように笑い合って。
昔から全然変わりませんねお二人は。と、呆れたようにマスターがぼやいた。
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★友達以上恋人未満の匋依が駆け引きする話
☆二人のツイッターでの深夜の匂わせリプを引用しています
バー4/7の閉店間際、エプロンの中の携帯が一通のメールを受診して短く震えた。
『暇しとったらでええけど飲みでも行かへんか』
届いたメッセージを読んで自然に緩んでしまう口元をごほんと咳払いで誤魔化す。匋平にこの誘いを断わる理由はひとつもないが、依織とは二つ返事で了承できるような単純な間柄ではなかった。友達と言うには不足で、恋人というには余るような関係性は、発言の裏がないか探ったり、敢えて間をとると言った駆け引きなしでは気持ちを伝えることすら出来なくなっていた。
つくづく下らないと思いつつも、やはりすぐに返信する気にはなれず、15分、いや10分だけ置こうとキッチンの端に携帯を伏せて置く。だが念のためしっかりと充電器には挿して。時計をチラ見しつつ携帯の前をうろうろと往復し、9分きっかり経過したのを確認して、さて返信をと両手を擦り合わせた矢先。ちょうどオーダーが入り、急いでカウンターに戻った。
注文はギムレット。アイスピックで氷をまるく割り、グラスに入れ、ジンと、砂糖と、それから、ライム。
「お待たせしました」
「すごく、美味しい」
「ギムレットは自分の得意なカクテルです」
「あらそれはどうして?」
「昔の友人の好物で」
依織の話題で思いの外弾んでしまった客との会話。その後も立て続けに入ったオーダーの対応に追われていると、メールが届いてから40分経過してしまっていた。
フル充電の携帯をひっつかみ、駆け足でバックヤードに戻って『ちょうど飲みたかった気分だ』と送信ボタンを押す。何が、ちょうど、だ。本当は秒で返信したくて疼いていたくせに。返信に時間がかかっているので、もう寝てしまった可能性もあるし気づかれない可能性があるが、それはそれで仕方ないはないと思うも本心は気が気ではない。しかし、その心配もよそに、ものの数分で返信がきたので妙に勝ち誇った気分になる。けれど、返信時間のあーだこーだで悩んでいる自分の方がむしろよっぽど女々しいだろうし、ピンポン球のように返信をかましてくるこの男の方こそ、自分との関係性のことなどよっぽど気にしていないのではないか。そんなことを考えて堂々巡りの自分が一番、大概であるのだが。
『返信随分待たせたけど、なんや。どうせすぐ返信するのは癪やとか?』
『ちげぇよ忙しかっただせだ!』
『誤字ってんで。動揺してるやん 笑』
4/7を店を閉めた後、依織と約束をしているバーの玄関を潜った。薄暗い店内で梟のようなバーテンダーが体を丸めてもくもくとグラスを磨いている。匋平の入店になんのリアクションも起こさないのは、馴染みの店だからこそである。あれこれ話しかけてこないマスターの方が都合が良かった。特に、依織と飲む時は。
カウンターの奥から二番目の、二人で何度も杯を交わし合った例の席に腰掛け、約束の時間までお先に一杯とダブルのウィスキーを注文する。メールに気づきながらも返信をあぐねていた事や、動揺して誤字を指摘された恥ずかしさに内心舌打ちを打ち、会ったら辱めてやると、うだうだ酒を煽っていると、カランとドアベルが響いた。
凛として店内に現れたその美人は迷いなくこちらに歩み寄り、当たり前のように隣の席にストンと腰を下ろした。ぴんと伸ばされた背筋を崩しながらゆっくりと足を組んで馴れ馴れしく体を擦り寄せてくる。
「お一人さま?」
「…だったらなんだよ」
「お兄さんかっこいいね。一緒に飲まない?」
「生憎、待ち合わせ中なんだ」
態とらしい上目遣いから視線をそらし、素っ気ない態度でたばこを手繰り寄せ火をつける。すると、そいつは人差し指でウェーブのかかった前髪をくるくると弄びながら、ふぅんと詰まらなさそうに吐息を漏らした。
「それって、どんなひと?」
「長めの前髪を流してて、派手な顔してるくせにシンプルで飾らないところが可愛かった」
「可愛かったって過去形?昔の人を引きずるような男はちょっと」
つんと口を尖らせながらそっぽを向いてしまったので、機嫌を損ねてしまったかと焦って顎を指先で捉え強引に表情を覗き込むと、まるで罠にかかった獲物を見るようにニヤリ、と三日月型の瞳が細められた。やられた。まんまと演技にひっかかってしまった。対抗心を焚き付けられて、にやけ顔にぐっと唇を寄せて「今も可愛いぜ、依織」と、耳元であえて低く囁くと、びくりと肩を揺らした依織の仕草に、こっちの番だと調子に乗る。ふぅと鼓膜に息を吹き込めば、ひゃと小さく悲鳴を上げた依織に、離れろと両手で押し返されてしまうが、耳の先まで赤く染まっている様子に、今度こそ勝ったと思った。
「恥ずかしいからこのノリやめてええ?」
「なんだよ、お前がはじめたんだろ」
「演技でも恥ずかしいこと言わんといてや」
ウイスキーの氷が溶けて、口につけたたばこはひと吸いだけで放られ灰になってしまうほど夢中なのに、一芝居打たなければ本心も言えない。けれどもまるでその関係性にまで興じているようにくすくすと額を突き合わせながら子供のように笑い合って。
昔から全然変わりませんねお二人は。と、呆れたようにマスターがぼやいた。
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