✳︎忘れたとは言わせねえ
目が覚めてまず感じたのは酷い頭痛だった。
拍動するような目の奥の痛みに眉をひそめて重たい体をシーツの上でころりと転がす。
次に感じたのは胃のむかつきだった。
肌にダイレクトに伝わるシーツの感触に、自分が上半身裸であることに気がついた。大きなため息とともに顔を両手で覆う。これは、完全に、二日酔いというやつだ。しかも、昨日の記憶が曖昧である。おそらく家にたどり着いた途端、風呂も入らずベッドに転がり込んだのだろう。髪がやけに煙臭い。いい歳こいてなにをやっているんだと後悔するも先に立たず。
家の中がやけに静かだから、もしかするともう子供たちは学校に行ってしまったのだろうか、すると時刻は夕方か。泥酔状態で帰宅した家族はどんな反応だったろうと想像するのも恐ろしい。せめて時間くらい確認しなければと思うが、酷い体調のせいで起き上がる事が出来ず、いっそもう一度眠ってしまおうと目を閉じた。
けれども、妙に冴えてしまった頭が勝手に昨日の足取りを辿り始める。
そう確か昨日は。
仕事が上手くいかずに一人繁華街の裏路地で項垂れていたんだった。
ここ最近ずっと寝不足だったから、うまく頭が回らなくなっているのが原因かもしれない。しんどいなぁと柄にもなく弱音を吐きそうな夜だった。
「翠石さんじゃないですか」
表通りに出てすぐ声をかけられ振り返る。地元住民の集団がぶんぶんと大腕を振っていた。赤ら顔の、すでに出来上がった状態の男に馴れ馴れしく肩を組まれて体の軸が崩れる。居酒屋の油とヤニの臭いが染み込んだ汗だくの体をひたりと押し当てられ、酒臭い吐息にうっかり眉を顰めてしまいそうになるのをなんとか飲み込んで、渾身の笑顔で応えた。
「商店のお父さんたちやないですか。皆さん揃って宴会ですの?」
「そうそう、ジジイ揃って一杯やってきたんだよ。今からカラオケ行くんだけど、翠石さんもどう?好きって言ってたでしょ?」
「んぁ?せ、せやなぁ」
正直、体は限界で、今すぐ布団にダイブして気絶したように眠りたいというのが本音である。しかし塩対応で組の評判を落とすわけにもいかない。疎まれて然るべき裏社会の人間が、こうして地域に身を置いていられるのは地元住民への貢献と、それによって築き上げる信頼があってこそであり、厄介者にせず歓迎してくれるだけでも有り難いと思わなければ筋じゃない。
「ほな行きましょか。俺の歌は安うないでぇ」
そういう経緯で、大勢でカラオケに向かった。
数曲だけ歌ってお暇するはずだったのに、飲み放題だから元はとらねぇと、と手渡された安酒。気づけば何をどれだけ飲まされたかわからないくらいに酒が回っていた。疲労困憊かつ寝不足かつ空き腹という役満の体にアルコールをぶち込んだ結果、店を出る頃にはすっかり泥酔状態だった。酒は好きだが元々そんなに強くはない。飲む時はいつも旦那の店で自分に合わせて変えているだろうアルコール度数にふわふわと甘んじている程度なのだ。だから悪酔いすることは滅多にないし、少し動いただけでもぐるぐると目が回り、吐き気が込み上げてくるなんて何年ぶりの感覚だろう。
同じように酔った男たちに体重を預けるようにしなだれ掛かり、ふうと、熱い吐息を吐き出す。大丈夫かい、と肩に置かれた手を、大丈夫やでとやんわりと跳ね除けるが、こうもなっては酔いは隠せない。どうにか熱を冷まして、一刻も早く帰らなくては。だけど、だめだ。ここで、今すぐにも、吐きそう。
朦朧とする意識の片隅で「俺の家に一晩」などの会話が聞こえてきたので申し訳なさと情けなさに半べそになりながら携帯を差し出した。
ここに、かけて、と。
それが一体誰の電話番号だったのか全く記憶がない。が、とにかく、誰かの連絡先の画面を差し出したことは記憶に残っている。
それからどれほど時間が経ったかは知る由もないが、ぐらぐらと揺れる視界に耐えきれずに目を閉じると、急に睡魔に襲われて重たくて支えられない頭を誰かの肩に預けた。そのまま、ついと意識を手放そうとした矢先。ぐい、とまるで奪い取るように酷く乱暴に手を引かれて、それで―――。
「……ちょっと、待て」
そこまで思い出したところで急激に脳が覚醒し、飛び跳ねるように起き上がった。
(どこだここ)
寝かされていたのが自室ではないことに今更気づき、ぶわりと冷や汗が噴き出る。二度寝しようと思っている場合じゃ、全然ない。
「起きたか?」
突然背後から聞こえた声に、びくりと体を強張らせた。油の枯れたブリキ玩具のようにぎこぎこと振り返れば、自分と同じく上半身裸の旦那が寝室の扉の前に立っていた。シャワー上がりの湿った前髪をかきあげて、雫がぽたりと滴り落ちる。
「……………」
「なんて顔してんだよ」
朝チュンのお手本のような姿で目の前に現れた旦那の姿に空いた口が塞がらない。忘れたはずの記憶が一気に膨れ上がり、弾けた。
そうだ。あの後、妙に乱暴な素振りの旦那に腕を引かれて向かった先は知らないマンションだった。ポケットから鍵を取り出し玄関の扉を開くなり、背中をドンと突かれ暗い部屋の中に押し込まれた。室内に充満する旦那の香りが全身を包み込んで、あ、ここ旦那の家かと理解した途端、一気に解ける緊張感。からの、込み上げる吐き気。
「ぅ゙、吐く……」
「てめ、ふざけんな。あと少し我慢しろバカ」
どたばたとトイレに放り込まれるなり、便器にしがみ付いて胃の底が裏返しになる程、飲んだものを吐き続けた。嗚咽の合間、やめて、お願いだから見んといて、あっちいってくれ、と泣く泣く訴えるも、旦那はずっと横で俺の醜態にも怯まず「吐いちまえ、全部。楽になる」と、すりすりと背中を撫でてくれていた。
怒責で顔を赤くして、目尻に涙を浮かべて、ぜぇぜぇと肩で息をする。
胃の中が空っぽになるまで戻し切って、ほとほと体力を使い果たし、死体のように便座に伏せ「もう、…疲れた」と泣き言を零した。
「何でこんなになるまで飲んだんだよ」
「だって、これも、仕事やから…」
はぁ、と深くため息をついた旦那は、そのまま俺を見限るかと思いきや、脇の下に手を入れて起き上がらせるとキッチンで口を濯ぎ、水を飲ませてくれた。
与えられるがまま、こくり、とそれを飲み干すと、毒の回った体に解毒剤の如く清らかな水が染み渡り幾分か頭が冴えた気がした。さっきは場の空気を壊さぬようにと冷やに口をつけなかったから。
とはいえ、未だとろりと焦点の合わない目で宙を見つめる俺の手を引いて、デジタル時計の電光だけが光る薄い暗い寝室に案内され、ベッドの端に腰掛けさせられる。うわ言のように、すまん、と謝罪を繰り返す俺の隣に旦那も腰を下ろすと、二人分の体重にベッドのスプリンクラーがぎしりと静かに鳴いた。
「ったく、無防備に飲むんじゃねぇ」
そう耳元で囁く声が、低く唸るようで、旦那は怒っとるんやろうか、と身を強張らせる。
「なぁ、何もされなかったか」
「されるわけ、ないやろ」
「翠石時代にもあったじゃねぇか、不自然にお前だけ会合呼ばれて、よしよし可愛がられて」
「あの時だってそんなんちゃうよ。旦那が俺のこと、そういう目で見てるからやないの?なんて、ははは」
「俺が、どんな目で、お前を、見てるかって?」
……しまった。気まずい空気になった時、軽口で話題を逸らすのは悪癖ではあるが効果的面なので頻用している。しかし今回に至っては逆効果に出てしまったと、言った傍から後悔した。檻から、獰猛な獣を誘い出してしまったかもしれない。
「教えてやるよ」
ぐっと肩を押され、あぅ、とうめき声を上げシーツに倒れこみ後頭部が沈む。何されるかわからないだろ、言うたって、こんなことするの、まじでお前くらいやんか。
ていうか、これはもしかすると、そういう流れかと鈍った思考で理解して、僅かに残った理性を振り絞り「あかん」そう弱々しく呟いた俺を、「はっ」と笑ったんだった。
「あ〜、もしかして、もしかすると、やで?」
その後、起こった行為をうっすらと思い出し、まず一番に思ったのは、やらかしたということだった。どかんと顔に火がつき、手繰り寄せた枕に顔を押しつけ意味のないうめき声をあげた。羞恥に四肢をばたつかせる。妙に重たい腰はつまり、そういうことだったのだ。酔った勢いで昔の男とヤったとか、阿保ちゃう?女子大生か?いや、いや、拒否はした。だめって言った。それだけははっきりと記憶にある。
「ひんひん泣いて、可愛かったなぁ?依織」
思わず、はぁ?と声を上げる。
「ごーかんや、…強姦」
じと目で睨む俺を、哀れだなとも言わんばかりの勝ち誇った表情を浮かべる旦那に猛烈に嫌な予感が過ぎる。
「強姦?よく言うぜ、だって、お前が―――」
開かれた唇を、しっ、と人差し指を唇の上に当てて制した。言うな、それ以上。思い出させるな、これ以上。
脳がぐわんぐわんと警報をならしている。けれども非情にも記憶は鮮やかに蘇ってゆく。
ベッドに押し倒されて覆い被さる体に「あかん」と呟いた。すると旦那は「お前のそういう、身持ち硬いところ嫌いじゃないぜ」と、あっさり身をひいたのだ、なにもせずに。
「おやすみ、翠石サン」
随分と冷ややかな台詞を吐き捨てて、暗い寝室にたった一人俺を残して去ろうしたのだ。
その遠ざかる背中に、俺は腕を伸ばして、それから―――。
(ま、まさか、俺、俺が、言ったのか?)
それは、言ってはいけないと思って封印していた言葉だった。
「置いて、いかんといて」
暗闇でぼそりと呟いた言葉は、静かな部屋にはやけに大きく聞こえた。
「俺をおいて、どこにも行かへんで。あの時みたいに、置いてかんといて」
ひとつだけ言い訳をさせてもらうとするならば、フラッシュバックしたのだ。若かりし頃の、あの日のトラウマが。それも後になって考えればとんでもない誘い文句にしか聞こえないが。すん、と鳴らした鼻にぎょっとした表情の旦那が近づいてきて、俺の乱れた前髪を優しくかき分けた。
「泣いてんのか?」
「泣いてへんわ、あほぉ」
涙は落ちていない、けれども奥歯がカチリと鳴ったのは震える吐息を噛み殺した音だったろう。前髪を整える様に撫でつけている腕を引き寄せ、すり、と猫の様に頬を寄せた。
「なぁ、せぇへんの?」
自分が自分じゃないような常軌を逸脱した夜だった。どうするべきか戸惑っている旦那に向かって、もう一度「抱いて」と駄目推しのように強請れば、一拍の間を置いて吸って吐かれる溜息。
「どうなってもしらねぇぞ」
ごくりと旦那の喉仏が上下する。その男らしい喉元に指先を這わせてカリ、と爪を立てた。旦那にならどうされてもええんよ、と言おうとした唇は既に塞がれていた。輪郭が重なり旦那の甘いタバコと香水がじわりと鼻腔から髄へ染み込んで、僅かばかりに残った理性を麻痺させてゆく。それでも、れろ、と唇に舌を這わされた時、しこたま吐いたばかりである事を思い起こしてしまい、やっぱりあかん、とに首を捻って逃げようとしたのを大きな掌に頬を掬われて引き戻されてしまった。
「お前が誘ったんだ。逃がさねぇ」
分厚い熱が歯列をなぞる。まじかよ、と、躊躇いの言葉を漏らそうと薄く開いた唇がまるで罠であったかのように、隙間から舌をねじ込まれる。
「ん、…ぅ」
気後れして口の中へ引っ込めた舌を器用に捉えられて、絡めて、じゅるりと大きな水音を立てて啜られる。わざと卑猥な音を立てているんじゃないかと疑うような音に、鼓膜まで犯されて、腹の底に火が付いたように熱い。
「ふ、ぅぁ……」
こんな時だというのに何故か普段よりも、深くしつこかった。息継ぎの合間あいまで離れる唇が、銀色の糸を架けながら、それが切れてしまうことが寂しいと言わんばかりに再び重ねられて、奪い尽くされるような口づけに思考を奪われていく。
「ん、ぅ、…んっ」
ざらりとした舌に、柔らかな頬の内側や敏感な上顎を擦り上げられて、気持ちいい。ぐちゃぐちゃに掻き回されて、全部あつくて、脳が茹だる。ぷは、と破裂音をたてて離れていく旦那の唇が、血色を帯び膨らんでいるのをぼんやりと見上げた。
「ん、ぅ」
とっくに唇も離れて、今はどこも触れられていないのに、半開きになった口から甘い声が漏れた。その様子に気を良くした肉食獣が背筋を伸ばす。乱れた前髪を後ろに撫でつけながら「可愛い」と舌なめずりをした。
「あっ……、あん、あ゙っ、だ、んな゙」
限界まで勃ちあがり張り詰める陰茎を、先走りの滑りを借りながら激しく擦られている。中指と親指で作った輪っかで、敏感なカリ首を引っ掛っかけながら、ぐしゅぐしゅと上下に擦られる度にびくんびくんと腰が跳ねた。手淫によって与えられる快感で尿道を駆け上がってゆく熱を、今すぐにも、熱く茹る子種を、ぶちまけたい、曝け出したい。
身をよだつほどの射精感に追い込まれて、気が触れてしまいそうになるのを、シーツを手繰り寄せ、髪を振り乱して、なんとか耐える。
「ふ、あ゙ぁ゙、うぁ……いっ、イ゙っ、いきそ…」
飲み込まれるべき波はすぐそこまで迫って来ているのに、アルコールで鈍った感度が邪魔をして、後一歩のところで波が引いていく。イきそうなのに、イけない。限界寸前の快感はまるで拷問のようで、逃げるように腰を引くが、その度に力強く引き戻されてしまう。額にも背中にもびっしりと冷や汗をかきながら旦那の背中にがじりと爪を立てた。
「ゔ、あ゙ぁあ……つら、い゙…くるし……」
「なんだイけねぇのか?今後男とヤる時は飲み過ぎに気をつけるこったな」
「あ゙ゔ、ふ…ふ、ざけんな、旦那としかせえへんって、い、言わせんな、あほぉ」
「言わせてんだよ、あほ」
「〜〜〜、く、っそ……なぁ、だん、な、もぅ、奥、ここ、おく、お腹の、奥の、とこ」
「はいはい」
イきたい、出したい、早く。はくはく開閉を繰り返す後孔を突き出すと、ぐいと足を抱え上げられ怒張した旦那のモノがひたりと押し当てられる。収まるか不安になる程の質量が、今から自分の体を切り開きながら押し込まれるのかと思うと、恐怖で喉が引き攣るが、ぐらぐらに茹だった脳はソレを望んでいる。
つぷ、と入り込んできた亀頭はえらばっていて、容赦なくアナルの縁をくぷくぷと押し広げる。大して慣らしてもいない窄まりへ、どうにか深くまで咥え込ませようと暗い胎道を押し分けるように小刻みに動く腰に、ひ、と悲鳴をあげた。
「っは、…きっつ。ちったぁ緩めろ」
荒い息は自分のものだけではなかった。耳の中に吹き込まれる焦り混じりの声に、旦那も興奮しているのだと思うと、なお一層きゅうと中を食い締めてしまう。早く、早く、もっと奥にと強請って涙を流し、欲しい、腰をくねらせて、奥へと亀頭を誘い込む。
「アぁあ……っあ、ん、ッ」
「く、そ」
「――――、あ゙ッ!」
緩まない窄まりに痺れを切らしたのか、がしりと荒々しく腰骨を掴まれて、ごちゅ、と一気に陰茎の中程まで一気に叩き込まれ色気もなく絶叫した。
そり立つ先端が、腹の前側のひどく敏感な前立腺に的確に抉って、がく、がくと内腿が痙攣を繰り返す。下腹部から駆け上がる強すぎる快感に恐怖を感じて身を強張らせるも、まるで、見つけた、とでもいうように前立腺を重点的に突き上げてくる。暴力的な快感に悲鳴をあげて、過呼吸さながらはくはくと唇をぱくつかせながら、必死に旦那の背中に爪を掻き立てた。突き立てた爪が旦那の白い肌に食い込んで、痛いはずなのに男は満更でもなく笑っていた。
「ッ、ん、あぁ゙――!気持ち、い゙…、気持ちいい」
声に出して、気持ちいい、気持ちいいと訴えれば、再びがしりと腰を掴み直され、そのまま最奥への一撃を食らう。
ぐちゅん、と耳を塞ぎたくなるような音を立てながら最奥を突き上げられて、全身の血が逆流するような感覚とともに、バチバチと目の前に火花を見た。
「あ゙ッ――!」
同時に、先端から精液が溢れた。待ち望んだ射精のはずだったが、一思いに吐き出すことができず、尿道をゆっくりと熱が伝う。確かにイっているのに、解放されきれない、むしろずっとイきっぱなしのような快楽地獄に、怖い、苦しい、助けて、どうなってしまったんやろか、俺の体、とひくひく喉を引きつらせた。
「ッ!? また、イ、くッ…!」
ずるりと入り口まで引き抜かれた陰茎を長いストロークで最奥へ叩きつけられ、再び絶頂に飲み込まれてしまう。腹の上に止めどなく吐き出される白濁が、薄い腹をつたって、揺さぶられるたびにシーツに散る。
「あ゙っ、ああ゙っ、とめてっ、とめて…もう、イ゙ってるか、らぁ゙」
「前じゃいけなくて、挿れられてイくとか、お前、やべえな、」
「ゔ…、も、あッ、あかん、気持ちいの、ずっと、とまらな、あ゙っ、だめ、だめッ」
「だめ、じゃ、ねぇだろッ」
歯を食いしばり、ふーふーと何かに耐える旦那と目が合う。顔をくしゃくしゃにして、一心不乱に腰を振る男がどうしようもなく愛おしかった。重たい腕を持ち上げ首裏に絡めて、髪をくしゃりと丸めこむようにして引き寄せると、ごつり、と額を合わせた。日々、自分以外のだれかのために忙殺されて、忘れていた熱を、体ごと思い出させられてしまった。精液を撒き散らして治る熱なら、よかったのに。この昂まりは、そんなものじゃ治らない。
「思い出したか?」
キン、と金属音が響いて、ジッポからタバコに火をつけた旦那が満足そうに紫煙を吐き出した。一連のもろもろを思い出し、羞恥でわなわなと肩が震える。くっくっと意地悪そうに笑うこの男ごと、窓があったら今にも飛び降りてしまいたい。
「忘れたとは言わせねぇからな」
「大変、申し訳、ありませんでした……」
俺は別に泥酔状態のお前なんかとやるつもりじゃなかったけど、あんなに可愛くおねだりされちゃなぁと一言も二言も余計なことを。
「……つか、よくげろげろ吐いた後の俺とヤれたな」
誘ったのは自分だし、人の家を汚した手前、大口を叩ける身分ではないが、普通ひくだろ、衛生観念どうなってんだよ、俺なら、絶対無理だ。しかし旦那は、その問いかけの意味が心底わからないとでも言うような、きょとんとした表情を浮かべて、言い放ったのだ。
「依織だから、全然、余裕」
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