短編
永遠の人
幻想庭園にて。シスターハートは大樹の下に眠るスターリィロードを監視するように、建物の影からそっと顔を覗かせている……が、様子が気になるばかりに、体は影にならない場所まで随分はみ出している。その少年らしく無防備であどけない顔つきは天使の子だと言われても納得するほど端正で――じっと目を離せないでいると、閉じていたはずの空の瞳と徐に視線が交わった。
「隠れんぼなら不得意だから勘弁してね。こんにちはシスターハート。どうぞ、こちらにおいでよ」
「あっ……何故……ご、ごきげんよう。その、謙遜はよしてくださいませ。今もわたくしのこと、すぐに見つけてしまったではありませんか」
スターリィは視線だけで魔法のようにハンカチーフを出現させると、自分の隣に誘導するようにそれを敷く。シスターハートは覗き見を自省するよう、控えめながら素直に腰をかけることにした。
「うん。ね、何処にいるかすぐに分かってしまうから不得意なの」
「それは、あなたがこの世界のシステムだからでしょうか」
「そうだね。お母様……オールドガーデンもそうだよ。と言っても、あの方は目の前の人と遊ぶことで頭がいっぱいなんだけれど」
可笑しそうに、愛しそうに笑うスターリィに見とれていると、やがて愛のこもった眼差しはシスターハートに注がれる。
「……きみは毎回、僕を見つけてくれるね」
影を作る大樹が甘い色をまとう桜の木だと錯覚してしまいそうなほど淡く甘い瞳にシスターハートが小さく動揺の声を漏らすと、スターリィは三角に畳んだ膝に顔を寄せ、彼女の顔を覗き込む。
「これで三回目。毎回この大きな木の下で見つけてくれる」
「それは、ここに来ればあなたに会えると思って来ていますから」
「実はね、普段はお母様や世界の子供たちと遊んでいるからここへ来ることは少ないんだ」
ほのかな風に影が揺れる。スターリィの清澄な空色がその瞬間随分儚く感じられて、泣いてしまうのではないかと、胸がざわめいた。永遠の別れがいつか巡ってくることが運命に刻まれた、他でもない――彼に。
「……不思議だね。ただ、たまに。なんだか眠りたいと思ってここに来るときみが来てくれるの」
「まあ……。ごめんなさい、睡眠のおじゃまをしてしまいましたわ」
「そんなことを言わないで。眠るよりうんと心地良い時間を与えてくれているよ。ありがとう、シスター……ううん、ハート」
心の距離が近付いても、二人はどちらもが決して触れようとはしなかった。互いを壁で隔てるように、けれどその薄い壁越しに寄り添うように。その壁の高さを委ねてみようと、シスターハートは一つ質問を投げかける。彼女にとって何よりも大切とするものを。
「スターリィさまは、神様を信じますか?」
「かみさまって?」
「ええ、神様。絶対的な存在。世界の祈りを背負う存在。そんな……夢みたいな存在」
初めて聞いた言葉にスターリィは首を傾げ、抽象的で輪郭の掴めない表現一つ一つを噛み砕くようにして思案する。
「へえ、祈りを背負うかぁ……存在の確証がなくても信じてみたい、かな。信じなければ何も始まらないし……きみ、どうして笑っているの?」
「いえ……わたくしの大切なお友達と、同じようなことを仰るものだから、嬉しくて」
シスターハートはいっそ、いないと言ってくれたら――そう願っていた。そうであれば、信仰のための長い長い聖戦の中で、無垢で気高い白百合の聖女で居られるのだと、そう信じていたから。
「スターリィさまは神様に何を祈りますの?」
「なんてことなくて、何より大切なもの。大切な人とずっと一緒に幸せでいられますようにって、祈るよ」
「……素敵」
僅かな望みは朽ち、新たに咲いた花は棘をまといシスターハートの胸を痛めつける。その痛みが呼吸を奪うほどに広がっていくことを、今日の二人の願いがどちらかしか叶わないことを、祈りを踏み躙るのは自分であることを知って、彼女はただ、美しいスターリィの姿を目に焼き付けた。
幻想庭園にて。シスターハートは大樹の下に眠るスターリィロードを監視するように、建物の影からそっと顔を覗かせている……が、様子が気になるばかりに、体は影にならない場所まで随分はみ出している。その少年らしく無防備であどけない顔つきは天使の子だと言われても納得するほど端正で――じっと目を離せないでいると、閉じていたはずの空の瞳と徐に視線が交わった。
「隠れんぼなら不得意だから勘弁してね。こんにちはシスターハート。どうぞ、こちらにおいでよ」
「あっ……何故……ご、ごきげんよう。その、謙遜はよしてくださいませ。今もわたくしのこと、すぐに見つけてしまったではありませんか」
スターリィは視線だけで魔法のようにハンカチーフを出現させると、自分の隣に誘導するようにそれを敷く。シスターハートは覗き見を自省するよう、控えめながら素直に腰をかけることにした。
「うん。ね、何処にいるかすぐに分かってしまうから不得意なの」
「それは、あなたがこの世界のシステムだからでしょうか」
「そうだね。お母様……オールドガーデンもそうだよ。と言っても、あの方は目の前の人と遊ぶことで頭がいっぱいなんだけれど」
可笑しそうに、愛しそうに笑うスターリィに見とれていると、やがて愛のこもった眼差しはシスターハートに注がれる。
「……きみは毎回、僕を見つけてくれるね」
影を作る大樹が甘い色をまとう桜の木だと錯覚してしまいそうなほど淡く甘い瞳にシスターハートが小さく動揺の声を漏らすと、スターリィは三角に畳んだ膝に顔を寄せ、彼女の顔を覗き込む。
「これで三回目。毎回この大きな木の下で見つけてくれる」
「それは、ここに来ればあなたに会えると思って来ていますから」
「実はね、普段はお母様や世界の子供たちと遊んでいるからここへ来ることは少ないんだ」
ほのかな風に影が揺れる。スターリィの清澄な空色がその瞬間随分儚く感じられて、泣いてしまうのではないかと、胸がざわめいた。永遠の別れがいつか巡ってくることが運命に刻まれた、他でもない――彼に。
「……不思議だね。ただ、たまに。なんだか眠りたいと思ってここに来るときみが来てくれるの」
「まあ……。ごめんなさい、睡眠のおじゃまをしてしまいましたわ」
「そんなことを言わないで。眠るよりうんと心地良い時間を与えてくれているよ。ありがとう、シスター……ううん、ハート」
心の距離が近付いても、二人はどちらもが決して触れようとはしなかった。互いを壁で隔てるように、けれどその薄い壁越しに寄り添うように。その壁の高さを委ねてみようと、シスターハートは一つ質問を投げかける。彼女にとって何よりも大切とするものを。
「スターリィさまは、神様を信じますか?」
「かみさまって?」
「ええ、神様。絶対的な存在。世界の祈りを背負う存在。そんな……夢みたいな存在」
初めて聞いた言葉にスターリィは首を傾げ、抽象的で輪郭の掴めない表現一つ一つを噛み砕くようにして思案する。
「へえ、祈りを背負うかぁ……存在の確証がなくても信じてみたい、かな。信じなければ何も始まらないし……きみ、どうして笑っているの?」
「いえ……わたくしの大切なお友達と、同じようなことを仰るものだから、嬉しくて」
シスターハートはいっそ、いないと言ってくれたら――そう願っていた。そうであれば、信仰のための長い長い聖戦の中で、無垢で気高い白百合の聖女で居られるのだと、そう信じていたから。
「スターリィさまは神様に何を祈りますの?」
「なんてことなくて、何より大切なもの。大切な人とずっと一緒に幸せでいられますようにって、祈るよ」
「……素敵」
僅かな望みは朽ち、新たに咲いた花は棘をまといシスターハートの胸を痛めつける。その痛みが呼吸を奪うほどに広がっていくことを、今日の二人の願いがどちらかしか叶わないことを、祈りを踏み躙るのは自分であることを知って、彼女はただ、美しいスターリィの姿を目に焼き付けた。
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