光明捧げる『が…』の後
一 凱斗
【20XX年の7月9日/19時53分/我が家のリビングにて】
「__わかった、これ以上はなんも言わん。怪我とか、火事とか、そのへん気いつけてたら」
とは言ったものの、かなり気になってしまう。
誰のために作ろうとしてるかもわからないってのは勿論、帰ってきたら白い手は切り傷なり火傷が増えていて、キッチンが大惨事になっていたからだ。
さっきも何を炒めたらそうなるのか、火柱が上がった。
本当はすぐにでも手伝ったり、片付けたりしたい。けど今は、一週間前の喧嘩が尾を引いているのか、ピリピリしているので近寄りがたく……いや、喧嘩よりは、生理前の可能性もある。そうだったらもっと最悪だ。
「わーッ!!!やばいやばいやばい!!」
その声を聞いて、また慌てて駆け寄った。
キッチンは、燃えてない。よかった。光は……怪我もなさそうだ。一応、「大丈夫か?」と声をかける。
「まっ、また、焦がしちゃった!」
「……もういい加減にしろっ!!」
本当はグーで思いっきり行きたい所だが、我慢して頭を軽く小突いた。濡れたポメラニアンのような哀愁漂う姿が、自分の加害性を抑えてくる。
「見てらんねぇよ、俺」
「だって、作れなかったら」
途中で言い淀むが、一間置いて小さく
「作れなかったら、おにいの誕生日、祝えない。謝れない」と溢した。
「…は?」
「おにぃに……オムライスで、お子様ランチみたいなの、作ってあげたかったの」
「お前っ、そうならそうって初めっから言ってくれりゃ__ 」
こんな遠まわりしなくてすんだのにって、言いかけてやめた。言ったら最後、光に自分の本心を見透かされてしまうようで。
『そんなもん、帰って素直にしてれば自ずと治るって』
迅がくれたアドバイスをふと思い浮かべる。
……なぁ、それって、今なんだろうか?
◆
杉田 光
【20XX年の7月9日、20時15分、私の家のキッチンにて】
「だって!言ったらサプライズじゃなくなるじゃん!」
「目の前で準備しといて、サプライズもくそもあるかいな!アホやろ!お前っ!心配してた時間返せ!」
「そんなこと言われたってさ……」
深くため息をついて、フライパンにべっとりくっつく残骸を少しすくって口に運ぶと、
「ま、食えるだけ進歩か……おかゆよりかはな……」など随分と大きな独り言を溢し、チャカチャカと綺麗にこそぎおとしてお皿によそった。
「ちょっ、食べない方がいいよ!それ!」
助言も無視して盛り付け終わると、そそくさとリビングに向かって、クマのマグカップとお皿を机に置き、「いただきます」と一礼し始める。
「や、やめときなって!!ねぇ!」
口に入れた瞬間から顔がみるみる渋くなる。言わんこっちゃない。
「……ほら、やっぱまずいんでしょ」
「別に」
嘘もいいとこだ。さっきまでお前には向いてないだとか、ナシ判定だとか、おかゆの話を持ち出してきたり、散々コケにしておきながら。
「捨てなよ、そんなの」
「アホか、そんなもったいないことせんわ」
口に運ぶまでに覚悟がいるのか、ペースこそは遅いけど、着実に、少しずつなくなっていっている。
そうだ、判定は……どうなるんだろう?
「……おにいはさ」
「ん、……おう」
飲み込むのと同時にスプーンの動きも止まった。自然と目と目が合う。
「おにいはさ、その……やっぱりナシ判定?」
心当たりがないのか、はて?といった顔をされた。
「なんのこっちゃ」
「えっ、いや、言ったじゃん!!私の作ったご飯食べたら即ナシ判定だ〜って!!」
作ってた時の話を持ち出すと、「あぁ、アレか」と納得した様子だ。
「__アリかナシなやったら、普通はこんなんナシやわ」
その言葉で、やっぱり私ってダメなんだって自覚してしまう。
否定しない人もいたのに、なんで私は、認めてほしい相手に限ってこうなっちゃうんだろう。
咄嗟に、謝ろう、それで、早くこんなもの片付けなきゃなんて、声を出そうとしたその時、「でもな」と続いた。
「……お前に“ナシ”言う資格、俺は持ってへん」
さっきまでより、少しだけ声が低くなり、笑っているはずなのに、目だけ笑ってないように見えた。
「咎やねん。せやから、どんなにあかんくてもな、全部、にいちゃんが責任持ったる。」
視界が、滲んでくる。
「……凱斗」
呼びかけた声が、自分でも思っていたよりずっと柔らかかった。
正直な気持ちを口に出すのは照れ臭かったけど、この場でどうしても伝えておきたい。前みたいに、言わないで後悔したり、喧嘩したくはないなって。
「ありがとう。あの、凱斗……が、……さ、私のお兄ちゃんとして居てくれて、よかった。ホント、……ホントだよ?だから、いつも……ありがとう」
身体中から汗が吹き出している感覚でこの場から逃げ出したくてたまらない。やっぱり言わない後悔のがよかったのかな?まで思う。
「俺も、その」
時間がとまったみたいにお互い固まって、あたりが嘘みたいに静かになる。
「お前みたいな、にいちゃん想いの……その、かわぃ……い、妹が……」
続きが、気になって仕方がなかった。
「……」
「かわいい、妹が……何?」
「つか、……家族ってよりさ……」
生唾を飲み込んだ。答えを知りたい気持ちと、お願い言わないでって気持ちがせめぎ合う。
聞いたら、今暮らしているのが家族ごっこの茶番になりかねないじゃん。
それでも、口は思ってる事と逆のことをしてしまう。
「家族、より……なんなの?」
視線を逸らしたら、全部なかったことにされそうだから、どうしても逸らしたくなかった。
凱斗の唇が、わずかに動く。
__来る。
時計の秒針が聞こえなくなるくらい、待ち焦がれる。お願い、早く……早く、言って。
「まぁ」
「うん……」
「こんな感じで歳取るんも、悪かないわ!っちゅーことで!!」
「う、んん?」
一瞬、言葉の意味が頭に入ってこなかった。
「はぁ!?最っっ低!!誤魔化したよ!最後の最後に誤魔化したこの人!!私はちゃんと言ったのに!!」
「じゃかしいわ!はよ持ってこい!!」
「最っっ低!!前言撤回だから!最低なお兄ちゃんだ!!人類最低!」
「うるせぇ!先に言った奴が負けじゃ、バーーカ!!」
その一言で、全部どうでもよくなった。
でも、さっきの変な空気感よりも、こっちの方が、わたし達らしいんじゃないかと思う。
以前だったらきっと、兄妹喧嘩ではなく、他人としての喧嘩しかできなかったろうし、少しづつ、お互いを認めて、近づけているから。
このまま、さっきの言葉を聞かなかった事にした方が、幸せなんだと、自分に言い聞かせる。
そう、どうかこのまま__
