光明捧げる『が…』の後
一 凱斗
【20XX年の7月2日/1時42分/迅の自宅にて】
「飲み屋でしこたま呑んで、持ち金がなくなって、果てに俺の所へ、ってワケか」
クマのマグカップを俺の目の前に置いて、冷えた麦茶を並々注いでいく。ムカつくが、正直、喉がカラカラなので有難い。早々に飲み干し、「ん」とマグカップを迅に向けて催促すると、ため息混じりにもう一杯入れてくれた。
「がっちゃ〜ん、俺のこともっと大事にせなあかんよ〜?」
「うっせぇなァ!説教聞きに来たんやなくて!慰めてもらいにきたんや!こっちはァ!」
「やれやれ。2軒目のスナックとかじゃないんだけどなぁ、ウチ」
そう言いながらも机にピッチャーを置いて、「よいしょ」と向かい合うかたちで座り、万全の体制に入った。
「そいでお客さん、ご相談内容は?」
「……その」
コイツ、もとい、迅とは幼馴染だ。
俺の唯一気の許せる相手で、だからだろうか?困った時や、辛くなった時や、こんな時、つい頼ってしまう。
「__光ってさ、仕事とかでなんか、こう、いい感じぃ、な、男とかぁ、居る感じぃ?」
「えぇ〜?……強いて言うならば、俺くらい?」
「どつき回したろか」
「でも本当、他の人は心当たりないや」
実際、迅と光は一時期付き合ってたことがある''らしい''。
何故''らしい''なのかを説明すると、俺がその話を聞いた時点で二人は既に別れてたからだ。
人の恋愛の機敏など、側から見てる分だとうっとうしいにこの上ないし、事情を聞いたら答えてはくれるだろうが、それは自分の傷口に塩を塗るのと変わりない。この話題は嫌でも避けてきた。
「そっか、ならええわ、もう」
「おいおい、嫉妬すんなよ」
「誰がっ……」
勢いよく立ち上がって声を荒げそうになったが、少し前にも似たような会話をしたことを思い出して座り直した。
あの時と違うのは、素直になれる相手だという事だ。
「嫌なんだよ。なんか、こういう感じ」
「お前の中にあるなけなしの男の意地だな、ソレは」
言い方に引っかかったが、当たってはいた。
友達とか、別に好きでもないような女にならふざけることもできるし、わりかし腹を割って話せる方だ。が、それがどうしても上手くいかない人間が俺の中に、一人だけいる。
光。そう、光だ。
「本気で、治したい……」
「そんなもん、帰って素直にしてれば自ずと治るって」
「それができたら」
言いかけたその時、迅の方からオルゴールの音がした。
あわあわしながら携帯を取り出したので、どうやら着信音らしい。相手を確認すると、俺の方へ突き出したので、ピントをそちらに合わせる。
着信画面には『光ちゃん』と表示されており、思わず身構えてしまった。
「噂をすれば、か」
「あぁ〜ッ!嫌や嫌や!俺おらん事にしてッ!!男と男の約束してぇ〜!」
「応!まかせろ!」
そう言って、意気揚々と電話を受けた。
自分にもこんな気前のいい明るさがあれば、さっにみたいなことにならなかったのかもしれないなんて、後の祭りだが、考えてしまう。
「はい、雷電です。」
『……!!!……!』
「光ちゃん?そんな一気に喋んないで、一旦落ち着いて」
『!!』
「えっ、家出?」
しかめながら、俺に目を向ける。
家出ってことが知られると玄関すら上がらせてもらえない予感がしていたので伏せていたが、ついにバレてしまったか。
「そういうことね。……凱斗なら、俺んとこ来てるよ」
男と男の約束があっさり裏切られたものの、元はといえば自分発端のことなので、潔く電話を静観することに決めた。
「あー、そうなんだ。いや、家出した理由とかはさっきなんとなぁ〜く、本人にも聞いてたからあれだけど」
『サプ……ズす………だった…………つい…』
「そういうことなら、しばらく預かっとくよ」
『た……る…!あり……う迅く…!』
聞き慣れた声が、何回も耳から通り過ぎていく。
今どうしているんだろう、飯はちゃんと食ったろうか?必死に声を拾おうとするけれども、酔っているからか、くにゃんくにゃんと音が曲がり頭にまで入ってこない。ああ何故、酒を飲んだのか!馬鹿野郎!と、必死に頬を両手で叩いて自分自身を糾弾した。
「いや、いいよ貸しにしとく。デート一回分ね?」
デート、という単語に反応した俺へ見せつけるように、ニンマリ顔をする。
精一杯、口パクでコ・ロ・ス!と唱えたが、当の本人はそれを目前にしても飄々としており、より腹立たしさが増した。
「……冗談だよ、そう怒んなって」
どちらに向けて言ったかは分からない……くそっ、電話切ったらしばきまわしちゃる。
「追って連絡するから、そんな心配すんな、大丈夫」
『……!』
「うん。家着いたらさ、メッセージでもいいから、もっかい連絡くれよ?……うん、また」
デロンッと電話を切る音が鳴る。と同時に、声をあげた。
「お前なァ!」
「怒るのは、こっちだよ!!」
普段声を荒げない人間に怒号を飛ばされて、思わず怯む。
「全然出てって帰ってこないし、携帯も起きっぱなしだからって、心配した光ちゃんが心当たりある場所行って探してたんだってよ。今の今まで」
「しるかよ!アイツの勝手だろ!」
「可哀想に、ちょっとパニくってたぞ……」
「……それを俺にどうしろっつーワケ」
「女の子がこんな遅い時間まで、お前のために駆けずり回ってたんだぞ。少しは、考えろ」
言い返したいのに、反論が浮かばなかった。時計を確認すると、もうとっくに2時を過ぎている。取り返しのつかないことをしてしまったかもしれない。
「決定。一週間、強制収容」
そう言って、クローゼットから布団を引きずりだした後、「ほら、早く寝る支度しろ。俺明日仕事なんだから」と2セット分敷き始めた。
「なんだよ、強制収容って……」
「しばらくウチに居てもらう!決定事項!光ちゃんにも許可貰ったし!」
酔ってるのも相まってわけがわからず、突っ立ていると「歯磨きしてこい!戸棚に新品あるから!」とグイグイ背中を押されたので、渋々従うことにした。
再びリビングに戻ると綺麗に丁度いい間隔でしかれている布団で、迅が再び光と電話でやりとりしている。
「凱斗も、根っこはいいやつだからさ。分かってるか、はは!」
こんなことを本人が居てもあっけらかんとして言える度胸が、コイツが人から好かれる所以なのだろう。気恥ずかしかったので、聞いてないふりをしてもう片方の布団に潜り込む。
「…あのさ、俺、本当は光ちゃんと」
『……?……』
「いや、ごめん、やめとく……。遅くまでありがとう、おやすみ」
足早に電話を切ったが、どこか名残惜しそうだった。続くため息に本心が伺える。
「お前、なんでアホにそこまで肩入れするんだよ……わっかんねぇ」
声をかけたのは同情心からだったが、きっとコイツはそう思わない。脳内では優しい友達が励ましてくれてるお花畑なシチュエーションへ変えるだろう。それが、憎くて仕方がない。
「俺、戦うならイーブンでやり合う方が好きなんだ、今回はがっちゃんが劣勢だしな」
「どういう意味だ、ソレ」
「胸にお手手当てて聞きなはれ」
照れくさそうに笑う迅の顔を最後に、部屋のの照明が消えて真っ暗な空間が広がる。
「じゃ、おやすみ。いい夢見ろよ」
「一週間もお前といちゃ、悪夢しかみれねぇよ」
返事はなかったが、不思議と居心地は悪くない。 しばらくすると寝息が響いて、何故か、全てにおいてコイツに置いて行かれたような気になった。
俺は、視界が真っ暗になると、昔のことを振り返ってしまう癖がある。いつものことだが、今日は特に。
まだ人生を語るほど生きているわけではないが、自分自身の、あまりの変化のなさにつくづく呆れ、蔑んだ。
どうして、もっと人に優しくできないんだろう?
どうして、あの時、泣いてた光に何もしてやれなかったんだろう。
どうして、素直になれないんだろう。
それができたら、もっと愛されてるのにって___
