OCSS
熱を出したのは何十年ぶりだろうか。
亡くなった母親がりんごを買って、すりおろして食べさせてくれた時以来だろうか。
その時も、こんな感じで土砂降りの雨だった覚えが微かにある。
ずいぶんと前の思い出に浸りながら雨音をなんとなく聞いていると所々に足音が混ざり、段々意識がそっちの方へと切り替わっていった。
「入っていい?」
聞きはすれども、こちらの応答は関係なし!と間髪を入れずにドアを開ける。
「ほら、おにぃ!おかゆ!いっぱい作ってあげたから」
横になってた身体を起こして眼鏡をかけ、声のする方を凝視する。
髪が紫色の小柄な女の子が「これは自信作です」とでもいわんばかりの、とても嬉しそうな表情で湯気がのぼっているラーメン鉢とレンゲが乗ったおぼんを、そそくさと膝上に差し出した。
と 同時に、目の前に現れた"敵"の恐ろしさで鳥肌がたった。胃酸がこみあげる不快な臭い、ビジュアル、いまにも溢れ出しそうな量……。
正直こいつの手料理を食べて美味かったためしがなく、からあげを作れば岩にし、クッキーを作れば消炭にし、かつてミネストローネを作ったときは叫喚地獄が実際にあったらとこれなんじゃないかと思えるほど見た目も味も大変形容し難いモノだった。相手に振る舞い徐々に弱らせ殺す算段であれば大成功だが、喜んで笑顔にしたいが故の行動だったら完全に失敗だと言えるだろう。
「ほら、ひかりちゃんお手製おかゆ!食べて食べて!」
本人はそれに全く気がついておらず、100%善意なのが余計に腹立たしい。現に隣で目を輝かせ、今か今かと胃に入った時の感想を待っているのだ。
あんまりにも……などと思い、食べるのを躊躇していると、なにを勘違いしたのかレンゲで"敵"をすくいあげ、吐息で粗熱をとり、あろうことかこちらに向けてきた。
「はい、あーんっ」
ここでキッパリ断ればよいものを男のさがかあるいはロマンなのか、体が抗えず恐る恐る口に含めた。
舌で異物がないか確認しながら噛み始めると、とてもお粥の咀嚼音とは思えない音がする。
パキッ ジャリジャリ…ヴヌッ… グヌグヌヌヌ…
味もだんだんと苦味が広がっていき、しまいには口の中が不快感で満たされて嗚咽が止まらなくなっていった。もう風邪どころではない。
シンプルでいたって簡単な部類の料理をいったいどう作ったらこの惨事になるのか?米農家の人も米自身もこんなことになるとはきっと想像していないだろう。
「愛はこもってるから!ダイジョーブ!」
俺ァな!味が不味くて愛があるよか、愛がなくて上手い飯くうとる方がよっぽどええわい!と叫ぼうとした瞬間、気道にお粥がひっかかり、盛大に咽せた。踏んだり蹴ったりとはこれか。
「もう!はいはい、ごちそうさまっ!
……ごめんね、おかゆだったらって………張り切ったんだけど、本当にごめんね。失敗した時の保険用にゼリーも買ってあるからさ、それ…持ってくるね。」
咳が落ち着いたので、先に安全牌なそっち持ってくりゃいいだろうがとこれまでツッコめなかった分、嫌味をぼやいた。ムッとし睨まれたが知ったこっちゃない。
カチャカチャと音を鳴らしながら回収されてく食器類からふと手先へ目をやる。絆創膏が数カ所貼られていることに気がついて、咄嗟に手首を掴んだ。
自分でもなんでいきなりこんなことをしたのか分からず、光もきょとんとした顔でこちらを見つめ、お互い2〜3秒沈黙した。
「その、これ やねんけど、」
掴んだ意味はすぐにわかったが、言葉にしようとすると急に体温があがり汗が吹き出す。一旦みつめあっていた目を逸らし、これは風邪のせいやと、光もそう思うはずやと必死に自己暗示をかけた。そして、咳払いをして深呼吸で態勢を整え
「今ある分全部いれてこい!食うから!せっかく作ったのに勿体ねェだろ!」
あぁ言えた。そうだ、勿体無いんだぞと、弁明しながら照れ臭さを押し殺す。
「……本当に全部食べるの?まずいのに?」
「まずいとは一言もいっとらんわ、アホか」
「……ふふっ、思ってはいた癖にぃ〜」
ぶーすか五月蝿いのはムカつくが、しおらしくいられるよりはよっぽどましだろう。くだらないことで笑っているのが一番こいつらしい。俺にしてはかなり無茶なことをするが、この笑顔のまま見ていてくれるなら身体をはる価値は充分あるだろう。多分、おそらくは、うん。
ただ、ただ、少しひっかかることがないことは ない。
「ところでひかる、ついでで聞くがお前いっぱいっつってたよな?どれくらいの量こさえたんだ……?」
「えっと、あー、うん!これね?カレー鍋で作っちゃったからぁ〜、この器なみなみで〜ぇ………いちにぃ、三日分くらい?あるんだよね!あはは!」
絶望した。
なんとか食べ切った後、体調も一気に悪化し風邪が長引いたのは言うまでもない。もう二度、なにがあってもこいつの料理は食わない。
亡くなった母親がりんごを買って、すりおろして食べさせてくれた時以来だろうか。
その時も、こんな感じで土砂降りの雨だった覚えが微かにある。
ずいぶんと前の思い出に浸りながら雨音をなんとなく聞いていると所々に足音が混ざり、段々意識がそっちの方へと切り替わっていった。
「入っていい?」
聞きはすれども、こちらの応答は関係なし!と間髪を入れずにドアを開ける。
「ほら、おにぃ!おかゆ!いっぱい作ってあげたから」
横になってた身体を起こして眼鏡をかけ、声のする方を凝視する。
髪が紫色の小柄な女の子が「これは自信作です」とでもいわんばかりの、とても嬉しそうな表情で湯気がのぼっているラーメン鉢とレンゲが乗ったおぼんを、そそくさと膝上に差し出した。
と 同時に、目の前に現れた"敵"の恐ろしさで鳥肌がたった。胃酸がこみあげる不快な臭い、ビジュアル、いまにも溢れ出しそうな量……。
正直こいつの手料理を食べて美味かったためしがなく、からあげを作れば岩にし、クッキーを作れば消炭にし、かつてミネストローネを作ったときは叫喚地獄が実際にあったらとこれなんじゃないかと思えるほど見た目も味も大変形容し難いモノだった。相手に振る舞い徐々に弱らせ殺す算段であれば大成功だが、喜んで笑顔にしたいが故の行動だったら完全に失敗だと言えるだろう。
「ほら、ひかりちゃんお手製おかゆ!食べて食べて!」
本人はそれに全く気がついておらず、100%善意なのが余計に腹立たしい。現に隣で目を輝かせ、今か今かと胃に入った時の感想を待っているのだ。
あんまりにも……などと思い、食べるのを躊躇していると、なにを勘違いしたのかレンゲで"敵"をすくいあげ、吐息で粗熱をとり、あろうことかこちらに向けてきた。
「はい、あーんっ」
ここでキッパリ断ればよいものを男のさがかあるいはロマンなのか、体が抗えず恐る恐る口に含めた。
舌で異物がないか確認しながら噛み始めると、とてもお粥の咀嚼音とは思えない音がする。
パキッ ジャリジャリ…ヴヌッ… グヌグヌヌヌ…
味もだんだんと苦味が広がっていき、しまいには口の中が不快感で満たされて嗚咽が止まらなくなっていった。もう風邪どころではない。
シンプルでいたって簡単な部類の料理をいったいどう作ったらこの惨事になるのか?米農家の人も米自身もこんなことになるとはきっと想像していないだろう。
「愛はこもってるから!ダイジョーブ!」
俺ァな!味が不味くて愛があるよか、愛がなくて上手い飯くうとる方がよっぽどええわい!と叫ぼうとした瞬間、気道にお粥がひっかかり、盛大に咽せた。踏んだり蹴ったりとはこれか。
「もう!はいはい、ごちそうさまっ!
……ごめんね、おかゆだったらって………張り切ったんだけど、本当にごめんね。失敗した時の保険用にゼリーも買ってあるからさ、それ…持ってくるね。」
咳が落ち着いたので、先に安全牌なそっち持ってくりゃいいだろうがとこれまでツッコめなかった分、嫌味をぼやいた。ムッとし睨まれたが知ったこっちゃない。
カチャカチャと音を鳴らしながら回収されてく食器類からふと手先へ目をやる。絆創膏が数カ所貼られていることに気がついて、咄嗟に手首を掴んだ。
自分でもなんでいきなりこんなことをしたのか分からず、光もきょとんとした顔でこちらを見つめ、お互い2〜3秒沈黙した。
「その、これ やねんけど、」
掴んだ意味はすぐにわかったが、言葉にしようとすると急に体温があがり汗が吹き出す。一旦みつめあっていた目を逸らし、これは風邪のせいやと、光もそう思うはずやと必死に自己暗示をかけた。そして、咳払いをして深呼吸で態勢を整え
「今ある分全部いれてこい!食うから!せっかく作ったのに勿体ねェだろ!」
あぁ言えた。そうだ、勿体無いんだぞと、弁明しながら照れ臭さを押し殺す。
「……本当に全部食べるの?まずいのに?」
「まずいとは一言もいっとらんわ、アホか」
「……ふふっ、思ってはいた癖にぃ〜」
ぶーすか五月蝿いのはムカつくが、しおらしくいられるよりはよっぽどましだろう。くだらないことで笑っているのが一番こいつらしい。俺にしてはかなり無茶なことをするが、この笑顔のまま見ていてくれるなら身体をはる価値は充分あるだろう。多分、おそらくは、うん。
ただ、ただ、少しひっかかることがないことは ない。
「ところでひかる、ついでで聞くがお前いっぱいっつってたよな?どれくらいの量こさえたんだ……?」
「えっと、あー、うん!これね?カレー鍋で作っちゃったからぁ〜、この器なみなみで〜ぇ………いちにぃ、三日分くらい?あるんだよね!あはは!」
絶望した。
なんとか食べ切った後、体調も一気に悪化し風邪が長引いたのは言うまでもない。もう二度、なにがあってもこいつの料理は食わない。
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