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第4回戦 たすきを繋げ!

 決闘本番。
 蒸し暑さはあるが天気は曇りで日照りもなく、正直ほっとした。この日までに生徒会メンバーは秋元の意味のわからない練習に付き合わされ、夏休みの半分を持久走の練習に費やすこととなった。

「じゃあ、決闘のルールを説明するぞ」

 陸上部と安藤先生をグラウンドに集めて、秋元が図を使って説明をする。

「今回は4対4の駅伝対決だ。たすきを各チーム1つずつ配るから、第一走者の人は受け取るように」

 そう言って秋元は陸上部と、第一走者に選ばれた美雪にたすきを手渡した。秋元は説明を続ける。

「各走者は、その前の人が走っているときには既に自分のスタート時点についているようにしてくれ。つまり、生徒会の場合は柊が走っているときには春樹が第二走者のスタート地点に待機になる。いいな?」

 第二走者に決まったモッチーは自信がなさそうに頷く。彼はそれほど練習に参加していないから不安な気持ちもわかる。それを見越してか、第二走者は他に比べて曲がり角が少なく、ほぼ直線だ。秋元なりに気を遣ったのだろうか。

「秋元、追加ルールだ」

 説明を聞いていた安藤先生が手を挙げる。

「ハンデをやろう。陸上部はスタートの時点で3分間待機だ」
「随分となめられてるな。いいぜ、そのハンデ引き受けた!」

 秋元はびしっと安藤先生を指さすと、ルールに追加した。

「柊は3分のハンデの間に着き放せよ」
「う、うん。頑張る」
「3分じゃ、少なすぎるんじゃないか?」

 そう発言したのは第4走者で昨年、長距離で全国大会に出場している長谷川先輩だ。彼と対決するのは、もちろん秋元に決まっている。最も、運動神経がいい彼ですら全国レベルの選手に挑むなんて無謀なのだが。

「生徒会長は別格だが、他は言っても素人だ。もう少しハンデがあってもいい気がするけど」
「お構いなく、長谷川先輩。生徒会も極秘練習していますので」

 極秘ではない。普通に運動部に混ざってグラウンドを借りて練習していた。

「会長ぉ、普通に敬語使えるんじゃん」
「私も同じこと思ったわ」
「僕も」

 普段、先生にも敬語を使うことが殆どない秋元が上級生に敬語を使っている物珍しさに、みんな思うことは同じだった。

「お前ら、オレを何だと思ってるんだ! 質問がなければ、さっさと始めるぞ。第一走者は位置に着け!」


☆  ★  ☆


「ところで、その手に持ってる大きなカゴは何よ」

 スタート地点で美雪を見守る秋元に私は声を掛けた。片手に取っ手のついたプラスチックのケースのようなものを持っている。蓋が閉まっているので中身は見えない。

「これか? 春樹に使うとっておきの秘策だ」

 モッチーは今頃、第二走者のスタート地点へ向かっているところだろう。

「まさか、ロケットでモッチーを飛ばすとかじゃないわよね」
「ちげーよ。でも、ロケット並みに早いぜ」

 一体、何を考えているのだか。スタート地点につく美雪に頑張れと手を振った。彼女は笑顔で返してくれたが、どこか不安そうな表情だ。同じ第一走者の相手は、上級生の女子生徒らしい。

「タイムキーパーは柊がスタートしたら3分計れ。準備はいいか?」

 美雪は安藤先生に目線で合図した。

「始め!」

 安藤先生の合図でスタートした美雪は序盤から速いペースで走っている。校庭のギャラリーは運動部の男子の他に、吹奏楽部などの文化部も校舎の窓から顔を出して応援している。さすが志木折中のアイドルだ。

「やるな、柊! さすがは、オレが育てただけある」
「何を偉そうにコーチみたいなこと言ってるのよ」

 でも、美雪は秋元に文句を言いながらも、一番練習を頑張っていたかもしれない。あっという間にグラウンドを1周し終わると、グラウンドの外へ出た。美雪の予想外の走りっぷりに、陸上部もざわついている。

「オレは春樹のところに用事があるから、お前は体力温存がてら春樹のゴール地点で待機してろ」
「うん。そうさせてもらう」

 何やら楽しそうな秋元を横目に、私は目的地へ向かった。


☆  ★  ☆


「夕夏、待ってたよ」
「みのり!?」

 第三走者の待機場所へ向かうと、既に準備運動をしながら相手は待っていた。みのりは私のクラスメイトの一人だ。

「夕夏が第三走者っていうから、2年だけど私が立候補しちゃった。あとはみんな3年生だけど」

 困った。みのりは陸上部の次期エースと期待されている生徒だ。確か競技は短距離で、運動能力テストの50メートルのタイムは学年女子で最速だったはず。対して私は長距離も短距離も、それほどいい成績ではない。

「望月くんには申し訳ないけど、きっと先輩の方が早く着くと思うから」
「わからないわよ。美雪がいいスタートダッシュだったからね」

 そう言いつつも、少し諦めていた。いくら何でも、運動音痴を自分でも認めたモッチーが陸上部の先輩よりも速く走れるわけが――。

「ねえ、夕夏。何か聞こえない?」
「え?」

 遠くを見て耳を澄ませていたみのりは私にそう聞いてきた。

「この声、望月くんだよね」

 一体何が起こっているんだろう。モッチーの姿は見えないのに、彼の切迫した叫び声が聞こえる。やがて、姿を現したその光景は衝撃的だった。

「待って!? 望月くん、めっちゃ速いんだけど!」

 みのりも驚くモッチーのスピード。そして、その後ろには――。

「いいぞ、マロン! もっと速く走れ!」

 モッチーを追いかける犬と、犬を追いかける秋元だ。
 マロンは秋元の家で飼っている小型犬だ。尻尾を大きく振りながら楽しそうにモッチーを追いかけているが、追いかけられている本人は凄い形相でゴール地点へ向かっている。秋元が言っていた“とっておきの秘策”とは、このことだったのか。モッチーの動物嫌いを利用して本人を無理にでも走らせるという、とんでもない方法だ。これは後でモッチーからの説教があるに違いない。

 やがてゴール地点へ着くと、モッチーはその場に倒れこんだ。マロンは嬉しそうにモッチーの顔を舐めまわしているが、本人はもう抵抗する気力もなくなって1ミリも動かない。彼の顔面はあっという間に犬の唾液まみれになった。

「おい! 見てないで、たすきを奪って早く行け!」

 申し訳なさを覚えながら、マロンのおもちゃとなったモッチーからたすきを外し、私は走り始めた。


☆  ★  ☆


 ちょうど折り返し地点まで来た。
 グラウンドとアスファルトでは走っている感覚が違うので不思議な感じだ。私は秋元のアドバイス通り、足元ではなく前を見て走りながらそう思った。幸いなことに、みのりはこの地点でまだ追いついていない。モッチーがいかに速かったかがわかる。速く走らされた、が正しいかもしれない。

 しかしゴール目前の直線で、後ろからアスファルトを蹴る音がした。みのりが来たのだ。彼女は今まで走っていたことを感じさせないような速いペースで、直線を一気に駆け抜けている。

 しまった。直線1本は短距離選手に勝てるわけがない。凄まじいスピードで加速していき、やがて横目にはみのりの姿が見えた。

「お先に!」

 みのりは一瞬、私と同じペースに落とした後に、ペースを上げて突き放した。遠くには待機している秋元も見える。私も最後の力を振り絞って直線を走り切り、ゴール地点で待っていた秋元にたすきを繋いだ。

「やるじゃん、水野! あとはオレに任せろ!」

 そう言って第四走者の秋元は走り出した。先を走る長谷川先輩との距離は50メートルくらいだろうか。相手は全国レベルの選手だ。この差を埋めるのは難しいのではないだろうか。

「夕夏!」

 美雪の声が隣からした。いつからいたのだろう。全然気づかなかった。

「ごめん、みのりに抜かされちゃって」
「わたしも最後は抜かされちゃったよぉ。会長のゴール地点まで行こうよ」
「……え?」
 勝手に美雪が3分のハンデの間に突き放したと思っていたが、まさか抜かされていたとは。その状況で第二走者の先輩を抜いたモッチーは、今回のMVPかもしれない。

 私と美雪は秋元のゴール地点へ来た。陸上部や安藤先生、他の運動部など大勢のギャラリーが、秋元と長谷川先輩の到着を今か今かと待ち構えている。

「来たぞ!」

 ギャラリーの男子生徒が声を上げると、一気に歓声が上がった。

「ねえ、夕夏! 会長いるんだけどぉ!」
「はあ!?」

 目の前に広がる光景は、長谷川先輩と秋元がちょうど並んで走る姿だった。秋元の奴、長谷川先輩との差を縮めてなお、ペースを落とさずに走っているというの!?

 ゴール目前で長谷川先輩が追い上げると、秋元もそれにしっかりと着いてくる。ギャラリーは大盛り上がりで、陸上部からは悲鳴まで聞こえる。
 結局、2人同着ともとれるゴールだったため、近くにいた写真部がゴールの瞬間に撮った写真から判断することになった。写真を見る安藤先生の周りに大勢の生徒が集まる。

「これは僅差だな」

 秋元先生が眉間にしわを寄せて、考え込む。

「――長谷川の方が先か」

 安藤先生の発言によって、陸上部はこの日1番の歓声と盛り上がりを見せた。陸上部員は長谷川先輩を胴上げしている。後ほど私も写真を見せてもらったが、本当に僅差で長谷川先輩の方が先にゴールに足を踏み込んでいるようだった。

「会長ぉ、お疲れ~。頑張ったね」

 アスファルトに座る秋元に美雪が声を掛ける。

「やっぱ、全国選手にはかなわないな」
「ごめん。私が抜かされなければ、秋元が勝ってたかもね」

「いや、普通に考えて無理だろ。短距離選手相手にあそこまでよく健闘したと思うぞ」

 普通に考えて、全国レベルの選手と張り合える帰宅部の秋元も超人過ぎるが。

「さて、オレはマロンと春樹を回収しに行ってくるか」

 秋元はそう言って立ち上がると、安藤先生と長谷川先輩に引き留められた。

「秋元、お疲れ。正直驚いたよ。3分のハンデがなかったら、今ごろ負けていた」

 安藤先生はそう言って秋元の肩を叩いた。

「まあ、全国大会に出てる先輩にはかなわないからな」
「いや、充分かなうぞ」

「秋元会長、キミの才能を見越して頼みがある。陸上部に入部してほしい」

 部の主将である長谷川先輩が深々と秋元に頭を下げている光景に、美雪は口をぽかんと開けてその様子を見ていた。陸上部員も次々と秋元の周りに集まってきた。

「秋元くん、お願い! 陸上部に来て!」

 みのりも手を合わせて秋元に頼み込んでいる。

「……オレには生徒会があるから、陸上部に入部はできない。でも助っ人の誘いなら、いつでも大歓迎だ!」

 秋元の力強い発言に、長谷川先輩や陸上部員は歓声を上げて喜んだ。

「オレは志木折中の平和を守らなければいけないからな」

 どこかで聞いたことがあると思ったが、家庭科部に勧誘されたときも言っていなかっただろうか。

「会長ぉ、そのセリフ使いまわしなの? もっとレパートリー増やしなよぉ」
「うるせーよ!じゃあ、もっとかっこいいセリフ考えろよ」
「え~。じゃあ……」

 秋元と美雪は、モッチーの元へ向かいながら歩き出した。不思議なことに、美雪も私も本来の決闘の目的であった『マラソン大会撤廃』の話は忘れていた。生徒会で絆を深めると秋元は言っていたが、確かに絆は深まったかもしれない。ただ一人を除いて。

 私も秋元と美雪を追いかけようとしたところで、安藤先生に声を掛けられた。

「望月も陸上部に勧誘しようと思ったんだが、ここにはいないのか」
「ああ、はい。彼は――」

 今頃、犬に舐められていますなんて、とても言えなかった。

「区間賞があったら、今回は望月が受賞してるだろうな」
「凄かったですね。でも、モッチーは頑なに入部しないと思いますよ」

 今回の決闘が持久走のトラウマにならないことを祈るが、無理だろう。犬に対してのトラウマも増やした秋元は罪深い。

「秋元は小学校の時に陸上をやっていたのか?」
「いえ、何もやっていなかったと思いますよ。むしろ、学校に来ている日でも体育は休んでいることが多かった気がしますけど」

 私がそう言うと、安藤先生は驚いた表情をした。

「でも、持久走で1位を取るのは特別走るのが好きとかじゃなくて、ただ目立ちたいからなんだそうです。まあ、秋元らしいですよね」

 遠くから秋元と美雪が手を振り、私の名前を呼んでいる。私は手を振り返して、彼らの元へ歩き出した。残りの夏休みも、騒がしい彼らとともに過ごすのだろうか。そんな中学2年の夏も悪くないと思った。

 後日、作成した志木折だよりには秋元と長谷川先輩のゴール写真が大々的に載り、生徒会VS陸上部の決闘の記事は大好評に終わった。

 記事の見出しは――『たすきを繋げ!生徒会の絆』。
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