第4回戦 たすきを繋げ!
開けた窓から入る生暖かい風が肌に当たる。
志木折中学校は終業式を経て、夏休みに入った。今日も外から聞こえる蝉以上に騒がしくしている奴が生徒会室に一人。
「おい、水野! ピザって10回言ってみろ!」
「はあ?」
私と美雪は終業式までに終わらなかった学校新聞の『志木折だより』の作成に追われていた。正直、秋元にかまっている暇はない。さっきから必要以上に横から話しかけてきては、どうでもいい話だったりする。
「今忙しいから」
「ピザって10回言うだけなら10秒で終わるだろ」
どうしても言わせたいらしい。私は仕方なく、ピザという単語を10回口にした。
「オレの好きな食べ物は?」
「……ピザ?」
「ちげーよ、エビチリだよ」
知ったこっちゃない。もうツッコミを入れる気力すらなくなっていた。この蒸し暑さと記事の作成に追われて、私の精神は限界間近だった。目の前で作業している美雪は机に額をつけて全然動かない。手元にある原稿用紙には折り目がついている。
「やめなって、拓海。おとなしく宿題やってなよ」
宿題を進めていたモッチーが秋元に声を掛けてくれた。モッチーは家では集中できないからという理由で、生徒会室に来て宿題をしているらしい。
「オレは最終日に徹夜でやる派なんだよ」
じゃあ何で生徒会室に来たのよ。
「はあ~もう無理ぃ……。全然ネタが思い浮かばないよぉ」
美雪もそろそろ限界らしい。恐ろしいことに、作成がなかなか進まず今日で登校3日目だ。このままダラダラと続けるよりは短期決戦で作成した方が良いのは承知の上だが、扇風機1台ではこの蒸し暑さはとても乗り切れない。
「だって、テーマも1から決めないといけないのよ」
志木折だよりの主な記事は『学校からのお知らせ』『部活動の活動実績』『創作記事』『校長先生からの話』となっている。創作記事がまたやっかいで、生徒会で何かを取材したりして自らネタを作って書かなければいけない。
「過去の先輩たちの記事を参考にしてみたら?」
そう言ってモッチーは、過去分の志木折だよりをファイルからまとめて取り出した。
「えっとぉ……部活動インタビュー?」
美雪が手に取った今年の7月1日発行の志木折だよりには、陸上部の主将が写真付きで掲載されている。タイトルは『連覇なるか、中学校生活最後の県大会』となっている。3年生の男子生徒だ。
「凄いねぇ、この人。2年生のとき、全国大会行ってるんだって! しかも長距離で」
美雪は彼の今までの経歴を見て興奮している。中学1年生の時から数々の大会において名前を残しているらしい。
「いいぞ! この調子で志木折中をどんどん世界に広めてくれ!」
「なんであんたはそんなに偉そうなのよ」
確かに全国大会は凄い。この陸上部主将は今年の夏の大会で引退となるため、今年の夏は部活動にすべてをかけるとインタビューで発言している。
「でも、これよりもいい案が浮かばないよぉ」
「じゃあ、息抜きに議題会するか!」
秋元一人が張り切っていて、誰も賛同しない。
「拓海がやりたいだけでしょ。役員を手伝うのも仕事のうちだよ」
「多くの生徒の悩みを解決して、志木折中を平和にすることも仕事のうちだ」
そう言ってモッチーの意見を振り切り、秋元は生徒会室の外にある議題箱を取りに行った。戻ってくると自分の席に着席し、両足を机の上に乗せながら議題箱に入っている手紙を見ている。あの足癖の悪さは、どうにかならないのか。
「おお、珍しいこともあるもんだな」
秋元が手に持ってる2枚の手紙を見比べた。
「同じ議題が別々の生徒から来てるぞ。柊、読め」
「ちょっと! 美雪は今、記事のネタを考えてるの! 邪魔しないでよ」
「そんな状況でいいネタが浮かぶとは思わないけどな」
「……っ」
悔しいが正論だ。このまま考え続けても、状況は変わらないだろう。少しだけ別のことを考えて、一度切り替えた方がいいかもしれない。
「美雪、いったん休憩しよっか」
「……はぁーい」
美雪は額を机につけながら、片手だけを挙げた。
【マラソン大会をなくしてほしいです】
「本当だね。両方筆跡が違うから、別の生徒が書いたのかもぉ」
美雪は秋元から渡された手紙を2枚とも声に出して読んだ。
「だろ? 誰が書いたんだろうな~っと」
秋元はそう言いながら、宿題をしているモッチーを横目で見た。視線を感じたのか、モッチーは手を止めて顔を上げた。
「僕じゃないよ」
「なんだ。つまんねーの」
「でも、僕も賛成」
モッチーは短く秋元に返すと、再びペンを走らせた。
「おやおやぁ? モッチーくん、もしかしてマラソンが苦手なんですかぁ?」
美雪が面白そうにモッチーを指でつついた。彼はつつかれていることなど気にせず、涼しい顔で宿題を進めている。
「こら。やめなって、美雪」
「よし! 議題会をやるぞ、春樹。いったん勉強はストップだ!」
☆ ★ ☆
議題:マラソン大会はいらない
「……書記の誰かさんがホワイトボードに書いた文章から、マラソン嫌いが伝わってくるのはオレだけか?」
「だって、本当に嫌いだもの」
そう言って私はホワイトボードマーカ―のキャップをはめると、自分の席に着いた。
「じゃあ、この議題に対して賛成・反対の札を――」
秋元が言いかけている途中だが、既にモッチーが賛成札を挙げている。
「おい、フライングだぞ。春樹」
「私もいらない」
「わたしもぉ」
モッチー続いて私と美雪が賛成札を挙げる。
「オレの掛け声に合わせて一斉に挙げるルールだろ!」
そう言いながらも、私たちを追いかけるように反対札を挙げる秋元。3対1で賛成票が多数だ。
「はあ? まあ、そう来ると思ったけどさ。……はい、じゃあ運動音痴の望月くん。どうぞ」
秋元がモッチーに意見を振ると、ちょうど水を飲んでいた美雪が吹き出した。モッチーはあくまでも冷静にベルを鳴らして発言した。
「マラソン大会は、やりたい人だけ参加すればいい。僕はやらない」
マラソン大会自体を否定しないモッチーらしい意見だ。運動が苦手という話は私も聞いたことはあったが、クラスが違うので彼の体育の様子などは見たことがない。
「そんなこと言ったら参加人数が減って、順位の価値がなくなるだろ」
「はぁーい、反論反論!」
美雪が口を拭いながら何度も強くベルを鳴らした。
「それは会長が1位とか上位を取ってるからでしょお? 下の方の順位なんてつけられても、ただの“持久力がない人”ってレッテル貼られてるのと同じなんだからね!」
ここまで秋元に勢いよく歯向かう美雪を見るのは初めてかもしれない。さっきはモッチーをからかっていたが、彼女も相当な持久走嫌いなのだろうか。
「私も、マラソン大会ほど過酷な行事はないと思う」
「おい、水野! 発言するときはベルを鳴らせとあれほど――」
そう言いかけている秋元に被せるようにして強くベルを鳴らした。
「体育の授業で持久走はしているから、別にマラソン大会までしなくてもいいと思うの」
「甘いな!」
秋元がベルを鳴らすと、私に異議を申し立てた。
「マラソン大会は学期末テストみたいなものだ。普段の体育の授業で持久走をしている分がテスト勉強、テスト本番がマラソン大会って感じだ。テストも勉強した分だけいい結果が残せるだろ! なあ、春樹!」
「……まあ、そう考えれば同じだけど」
モッチーは悩んでいる。
「ダメダメ! 騙されないよぉー。モッチーを反対に引き抜こうとしてるんでしょ、会長ぉ」
そうはさせないと美雪はモッチーを守るポーズをとった。秋元が大きくため息をつく。
「……まあ、そんなことを言ったところで春樹の意見は変わらないだろうけどな」
「何だ、わかってるじゃん」
モッチーはそう言って控えめに笑った。
秋元とモッチーは何だかんだ言って、喧嘩をすることが少ないと思っている。モッチーの対応が大人だからというのもあるが、押せ押せの秋元が引くときは大体、モッチーに限ってのことだ。お互いの性格は真逆ではあるが、上手くバランスが保てているのは正直驚いている。
「春樹は1年の時のマラソン、最下位だったもんなぁ。そりゃ、やりたくないわな。まあオレは1位だったけど」
「……そうだね。あと、正確に言うと下から2番目だから最下位ではないよ」
秋元はいらない一言が多いとつくづく思う。
志木折中学校は終業式を経て、夏休みに入った。今日も外から聞こえる蝉以上に騒がしくしている奴が生徒会室に一人。
「おい、水野! ピザって10回言ってみろ!」
「はあ?」
私と美雪は終業式までに終わらなかった学校新聞の『志木折だより』の作成に追われていた。正直、秋元にかまっている暇はない。さっきから必要以上に横から話しかけてきては、どうでもいい話だったりする。
「今忙しいから」
「ピザって10回言うだけなら10秒で終わるだろ」
どうしても言わせたいらしい。私は仕方なく、ピザという単語を10回口にした。
「オレの好きな食べ物は?」
「……ピザ?」
「ちげーよ、エビチリだよ」
知ったこっちゃない。もうツッコミを入れる気力すらなくなっていた。この蒸し暑さと記事の作成に追われて、私の精神は限界間近だった。目の前で作業している美雪は机に額をつけて全然動かない。手元にある原稿用紙には折り目がついている。
「やめなって、拓海。おとなしく宿題やってなよ」
宿題を進めていたモッチーが秋元に声を掛けてくれた。モッチーは家では集中できないからという理由で、生徒会室に来て宿題をしているらしい。
「オレは最終日に徹夜でやる派なんだよ」
じゃあ何で生徒会室に来たのよ。
「はあ~もう無理ぃ……。全然ネタが思い浮かばないよぉ」
美雪もそろそろ限界らしい。恐ろしいことに、作成がなかなか進まず今日で登校3日目だ。このままダラダラと続けるよりは短期決戦で作成した方が良いのは承知の上だが、扇風機1台ではこの蒸し暑さはとても乗り切れない。
「だって、テーマも1から決めないといけないのよ」
志木折だよりの主な記事は『学校からのお知らせ』『部活動の活動実績』『創作記事』『校長先生からの話』となっている。創作記事がまたやっかいで、生徒会で何かを取材したりして自らネタを作って書かなければいけない。
「過去の先輩たちの記事を参考にしてみたら?」
そう言ってモッチーは、過去分の志木折だよりをファイルからまとめて取り出した。
「えっとぉ……部活動インタビュー?」
美雪が手に取った今年の7月1日発行の志木折だよりには、陸上部の主将が写真付きで掲載されている。タイトルは『連覇なるか、中学校生活最後の県大会』となっている。3年生の男子生徒だ。
「凄いねぇ、この人。2年生のとき、全国大会行ってるんだって! しかも長距離で」
美雪は彼の今までの経歴を見て興奮している。中学1年生の時から数々の大会において名前を残しているらしい。
「いいぞ! この調子で志木折中をどんどん世界に広めてくれ!」
「なんであんたはそんなに偉そうなのよ」
確かに全国大会は凄い。この陸上部主将は今年の夏の大会で引退となるため、今年の夏は部活動にすべてをかけるとインタビューで発言している。
「でも、これよりもいい案が浮かばないよぉ」
「じゃあ、息抜きに議題会するか!」
秋元一人が張り切っていて、誰も賛同しない。
「拓海がやりたいだけでしょ。役員を手伝うのも仕事のうちだよ」
「多くの生徒の悩みを解決して、志木折中を平和にすることも仕事のうちだ」
そう言ってモッチーの意見を振り切り、秋元は生徒会室の外にある議題箱を取りに行った。戻ってくると自分の席に着席し、両足を机の上に乗せながら議題箱に入っている手紙を見ている。あの足癖の悪さは、どうにかならないのか。
「おお、珍しいこともあるもんだな」
秋元が手に持ってる2枚の手紙を見比べた。
「同じ議題が別々の生徒から来てるぞ。柊、読め」
「ちょっと! 美雪は今、記事のネタを考えてるの! 邪魔しないでよ」
「そんな状況でいいネタが浮かぶとは思わないけどな」
「……っ」
悔しいが正論だ。このまま考え続けても、状況は変わらないだろう。少しだけ別のことを考えて、一度切り替えた方がいいかもしれない。
「美雪、いったん休憩しよっか」
「……はぁーい」
美雪は額を机につけながら、片手だけを挙げた。
【マラソン大会をなくしてほしいです】
「本当だね。両方筆跡が違うから、別の生徒が書いたのかもぉ」
美雪は秋元から渡された手紙を2枚とも声に出して読んだ。
「だろ? 誰が書いたんだろうな~っと」
秋元はそう言いながら、宿題をしているモッチーを横目で見た。視線を感じたのか、モッチーは手を止めて顔を上げた。
「僕じゃないよ」
「なんだ。つまんねーの」
「でも、僕も賛成」
モッチーは短く秋元に返すと、再びペンを走らせた。
「おやおやぁ? モッチーくん、もしかしてマラソンが苦手なんですかぁ?」
美雪が面白そうにモッチーを指でつついた。彼はつつかれていることなど気にせず、涼しい顔で宿題を進めている。
「こら。やめなって、美雪」
「よし! 議題会をやるぞ、春樹。いったん勉強はストップだ!」
☆ ★ ☆
議題:マラソン大会はいらない
「……書記の誰かさんがホワイトボードに書いた文章から、マラソン嫌いが伝わってくるのはオレだけか?」
「だって、本当に嫌いだもの」
そう言って私はホワイトボードマーカ―のキャップをはめると、自分の席に着いた。
「じゃあ、この議題に対して賛成・反対の札を――」
秋元が言いかけている途中だが、既にモッチーが賛成札を挙げている。
「おい、フライングだぞ。春樹」
「私もいらない」
「わたしもぉ」
モッチー続いて私と美雪が賛成札を挙げる。
「オレの掛け声に合わせて一斉に挙げるルールだろ!」
そう言いながらも、私たちを追いかけるように反対札を挙げる秋元。3対1で賛成票が多数だ。
「はあ? まあ、そう来ると思ったけどさ。……はい、じゃあ運動音痴の望月くん。どうぞ」
秋元がモッチーに意見を振ると、ちょうど水を飲んでいた美雪が吹き出した。モッチーはあくまでも冷静にベルを鳴らして発言した。
「マラソン大会は、やりたい人だけ参加すればいい。僕はやらない」
マラソン大会自体を否定しないモッチーらしい意見だ。運動が苦手という話は私も聞いたことはあったが、クラスが違うので彼の体育の様子などは見たことがない。
「そんなこと言ったら参加人数が減って、順位の価値がなくなるだろ」
「はぁーい、反論反論!」
美雪が口を拭いながら何度も強くベルを鳴らした。
「それは会長が1位とか上位を取ってるからでしょお? 下の方の順位なんてつけられても、ただの“持久力がない人”ってレッテル貼られてるのと同じなんだからね!」
ここまで秋元に勢いよく歯向かう美雪を見るのは初めてかもしれない。さっきはモッチーをからかっていたが、彼女も相当な持久走嫌いなのだろうか。
「私も、マラソン大会ほど過酷な行事はないと思う」
「おい、水野! 発言するときはベルを鳴らせとあれほど――」
そう言いかけている秋元に被せるようにして強くベルを鳴らした。
「体育の授業で持久走はしているから、別にマラソン大会までしなくてもいいと思うの」
「甘いな!」
秋元がベルを鳴らすと、私に異議を申し立てた。
「マラソン大会は学期末テストみたいなものだ。普段の体育の授業で持久走をしている分がテスト勉強、テスト本番がマラソン大会って感じだ。テストも勉強した分だけいい結果が残せるだろ! なあ、春樹!」
「……まあ、そう考えれば同じだけど」
モッチーは悩んでいる。
「ダメダメ! 騙されないよぉー。モッチーを反対に引き抜こうとしてるんでしょ、会長ぉ」
そうはさせないと美雪はモッチーを守るポーズをとった。秋元が大きくため息をつく。
「……まあ、そんなことを言ったところで春樹の意見は変わらないだろうけどな」
「何だ、わかってるじゃん」
モッチーはそう言って控えめに笑った。
秋元とモッチーは何だかんだ言って、喧嘩をすることが少ないと思っている。モッチーの対応が大人だからというのもあるが、押せ押せの秋元が引くときは大体、モッチーに限ってのことだ。お互いの性格は真逆ではあるが、上手くバランスが保てているのは正直驚いている。
「春樹は1年の時のマラソン、最下位だったもんなぁ。そりゃ、やりたくないわな。まあオレは1位だったけど」
「……そうだね。あと、正確に言うと下から2番目だから最下位ではないよ」
秋元はいらない一言が多いとつくづく思う。