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第2回戦 心霊現象を調査せよ

「置いてきたよぉー」
「オレもだ」

 立て続けに美雪と秋元が生徒会室の扉を開けて帰ってきた。
 絶対にこうなると思っていた。この“停電して真っ暗になった夜の学校”という状況を秋元が放っておくわけがない。正確に言うと夕方だが、天気が悪いので窓の外は夜のように暗い。私は散々反対したのに。決闘の内容はいつも秋元が独断で決めている。

「よし、ここからはチーム対抗戦だ! 暗闇の中、学校探検なんて人生で一度やってみたかったんだよな!」

 秋元のテンションは最高潮だ。
 ルールは賛成チーム、反対チームでこの停電した暗い校舎の中を散策、代表者1名が隠した宝を先に発見した方が勝ちとなる。私たちは美雪が隠した宝……といっても、生徒会室の本棚にあった国語の辞書なのだが。初めは秋元がビー玉を隠すとか言い出すものだから、そんなに小さいものでは見つかるはずがないという3人からの反発を受けてモッチーが提案してくれた。

「ちゃんと見えるところに置いたの?」
「当たり前だろ! 生徒会長は、そんなせこいマネはしないからな」

 こんな真っ暗闇の中、ビー玉を隠そうとしていた人がよく言うわ。

 辞書を隠すとはいっても、引き出しやロッカーなどの中に隠すのは禁止というルールも追加で作った。本棚の中に紛れさせるのも禁止だ。あくまでも分かりやすいところに置いておくという前提で美雪と秋元はそれぞれ辞書を置きに行った。

「オレと水野は旧校舎で、春樹と柊のチームは新校舎で宝を探す。先に宝を持って生徒会室に戻ってきた方が勝ちだ。ルールに異論はないな?」
「懐中電灯の電池が切れたらどうするのぉ? だいぶ古そうだけど、これ」

 美雪が小型の懐中電灯のスイッチを入れたり消したりとカチカチ鳴らした。

「それは運がなかったってことだ。諦めて戻ってこい」
「切れかけの電池に入れ替えたりしてないよね?」

 モッチーが疑いの目で秋元を見た。

「してねーよ! でも出したときに埃被ってたし、年数は経ってるだろうな」

 ちょうど防災用のナップザックの中から小型懐中電灯が2つ出てきたので、それを使って校舎を見回ることになった。しかし秋元も言っていた通り、かなり古そうだ。

「じゃあ、スタートだ!」


☆  ★  ☆


「ちょっと! もっとゆっくり歩いてよ」
「何言ってんだよ。早く探さないと先越されるぞ」

 秋元の歩くスピードが速すぎて、ついていくのにやっとだった。こんなことになるなら、秋元の作戦に乗らなければよかったと後悔しながら、暗い廊下を歩き続けた。相変わらず雨は強く降っており、時折ゴロゴロと雷の音も鳴っている。

「ねえ、黙るのやめてよ。何か話し続けて」
「なんだよ……急に」

 秋元は困ったように私を振り向くと、そうだなぁと考え出した。

「そういえばこの状況、小5で行った林間学校の肝試しに似てるな」
「いやいや、何か他に話題ないの!?」

 全然気が紛れないどころか、トラウマを彷彿とさせる話題だ。確かに、小学校5年生で行った林間学校での肝試しも、秋元と一緒に回った記憶がある。あまり思い出したくない過去だ。

「何だよ、文句言うなよ。それ以外に何があるんだよ」
「もっと楽しい話題とか」
「楽しい話題?」

 秋元は再び歩き出した。

「そうだなー。お前は学校楽しいか?」
「……は?」

「オレは楽しいぞ! みんなでわいわいできるからな」

 それはあんたが楽しい話でしょうがとツッコミたくなったが、急に秋元の口調が優しくなった気がして黙ってしまった。そうか、彼は――。

「どうした?」
「いや、何でもない」

 その瞬間、近くに雷が落ちたのか、大きな雷鳴の音がした。

「――っ!」

 私は反射的に耳をふさいでしゃがみ込んでしまった。それを見かねた秋元は、私に近づき同じ目線まで腰を落とした。

「もう嫌。こんなのやりたくない……」

 思わず本音が出てしまった。目の前にいる秋元は何かを悩んでいるようだった。

「戻るか?」
「……いや。行く」

 今更一人で戻るのも、それはそれで怖い。

「ほら、行くならさっさと行くぞ。立てるか?」

 秋元は手を差し出した。普段はふざけて反抗ばかりしてくる彼だが、たまに優しくなる。本当にたまに、だが。
 私は差し出された手を取った。

「ねえ、ちょっと――!」

 秋元は私の手を放さず、そのまま歩き出した。

「なんだよ」
「手が、その……」
「あー……。嫌か?」
「え? いや、そういうわけじゃ……ない、けど」
「じゃあいいだろ。暗いし、誰も見てねーよ」

 別に嫌とは感じない。感じないけど、なんだろう。この気持ちは。
 秋元は前を向いていたので、どんな表情をしていたか分からない。でも、握られている手のおかげで、暗い廊下も聞こえる雷の音も、気にならなくなった。


☆  ★  ☆


「くそっ、柊のヤツ。どこに隠しやがったんだ?」

 しばらく探していたが、辞書はどこにもない。

「残りは1年生の教室と、更衣室と……謎の倉庫ね」

 何に使われているか分からない倉庫が更衣室の隣にあるのだが、普段は生徒も入らないため用途は謎に包まれている。恐らく荷物置きスペースだろうけど。その倉庫付近で事件は起こった。

「……おい、何か聞こえないか?」

 秋元は、倉庫前で足を止めた。

「ちょっと、変なこと言うのやめてよ!」

 そう私が言ったそばから、倉庫の中からガタガタと物音が聞こえている。扉が少し開いているので、誰かが出入りしたのだろうか。

「おーい! 誰かいるのか?」

 秋元が倉庫に呼びかけるが、返事はない。私と秋元は目を合わせた。

「志木折中の心霊現象……! まさか本当にあったとはな」
「ねえ、戻ろうよ。本当に」
「いや、こんな面白い展開ないだろ! 突破だ!」

 秋元は興奮しながらガラッと倉庫の扉を開けた。さっき、一瞬頼りになると思ってときめきかけた私が馬鹿だった。やっぱり、いつもの秋元だった。

 倉庫は6畳ほどの狭い空間で、向かい側にある窓も見えないくらいに段ボールが積み重なっている。あとは折りたたんである古い卓球台が数台と、竹馬、フラフープが複数個まとめてガムテープに巻かれて立てかけてある。いずれも、今は使われていなさそうだ。

「奥だ」

 秋元が指をさした段ボールから何か物音がしている。私は手を引かれるがままに、倉庫に足を踏み入れた。懐中電灯を照らしながらそろり、そろりと近づいていくが、途中に段ボールが小刻みに動いてピタッと足を止めた。

「ひいっ!」
「くそっ、オレたちの命を狙おうったって無駄だ。水野、懐中電灯を持ってろ。オレが前に出る。武器として、そこの竹馬を使わせてもらおうか」

 なぜか突然、秋元は私と片手を手を繋いだまま、もう片方の手で剣のように竹馬を構えた。急展開に思考が追いつかない。

「な、な、なんなの!? なにをする気!?」
「なにをって、当たり前だろ。殺らなきゃ殺られるんだ。こっちだって攻防するだろ」
「殺られる……!?」

 一体、秋元はなにと闘っているの!?

「これはよくRPGであるパターンだ。箱の中からモンスターが飛び出してきて、そのまま戦闘に入るのは、こっちだって学習済みだ! いつでもかかってこい!」

 と言いながら、私を握っている片手に力が入りまくりだ。

「へえ……秋元、怖いの?」
「はあ!? そんなわけないだろ! バカにするなーー」

 秋元がそう言いかけた途端、ダンボールは横に大きく揺れて箱の中から黒い影が勢いよく飛び出してきた。

「うわぁああああああっ!!!!!」
「いやぁああああああっ!!!!!」

 私と秋元は同時に叫び声を上げた。

 
☆  ★  ☆


「ちょっとぉー。わたしが隠したお宝じゃないんだけどー!」

 生徒会室に戻るや否や、美雪が駆け寄ってきた。

「でも、かわいいー!」

 秋元が抱きかかえている“それ”に頬をスリスリしている美雪もかわいい。秋元の机の上に置いてあった蝋燭は、蝋を残して既に消えており、天井を見上げると電気がついていた。どうやら停電が復旧したらしい。

「それにしても、人懐っこいね。誰かに飼われていたのかな」

 モッチーはどうやら猫が苦手らしく、遠く離れた場所から秋元に声を掛ける。

「さあな。でも段ボールの中にエサも入ってたから、誰かが内緒で飼ってたんじゃねーの?」

 秋元は抱えている黒猫を撫でると、猫は気持ちよさそうに目を細めた。

「で、どうするのよ。このまま放置しておくわけにもいかないでしょう?」
「そうだなー。とりあえず校長に報告するかな」
「わたしも抱っこする~」

 秋元は猫を撫でていた手を止めて、美雪に引き渡すと自分の席に座った。

「モンスター、ねえ……」
「モンスター? なんの話ぃ?」
「猫に気を取られてるけど、決闘は僕らの圧勝だからね」
「そうだそうだ! もう待ちくたびれたよぉー」

 モッチーが机の上に置いてある辞書を秋元に渡した。

「あーはいはい。オレらの負けだよ」
「ねえねえ、わたしが隠した辞書は?」
「それが、猫の件があってまだ見つけられてないの」

 私は美雪に声を掛けると、辞書の場所を教えてくれた。1年3組の教卓の上にあるそうだ。

「秋元、取ってきて」
「はあ? 書記のくせに、オレに命令するな」

 そうは言いつつ、渋々立ち上がって生徒会室を出ていく秋元。彼が去ってから、私は美雪とモッチーに聞いた。

「そういえば、秋元が隠した辞書はどこにあったの?」
「ああ、あれね。理科室の黒板の上にテープで固定されてたよ」

 やっぱり、とんでもない場所に置いてあったみたいだ。

「モッチーがね、普通は懐中電灯で下を照らすから逆を読んで上を注目して探してみようって。そしたら本当にあったからビックリ!」

 作戦すらも読まれている。秋元がしそうなことは全てお見通しといったところか。

「ねえ、夕夏。会長、何かいいことでもあったのぉ?」

 猫を撫でながら美雪が聞いてきた。

「えっ、どうして?」
「だって会長、戻って来てから、やけに素直だし何か嬉しそうだったからぁ」
「まあ、言われてみれば。秋元、猫好きだから嬉しかったんじゃない?」

 猫を生徒会室に連れてくるまでの間、秋元は家で飼っている猫の話をずっとしていた。彼が猫好きというのは初耳だった。犬を一匹飼っているのは知っていたが、猫も最近飼い始めたらしい。

 しかし、あの出来事を振り返ってみると、急に恥ずかしさがこみ上げてきた。美雪もモッチーも誰も見ていないから別に気にすることはないし、秋元も気にしていないと思う。というか、ゴリラとか言われているくらいだから女として認識されていないだろうし、考えるだけ無駄だ。

「そういえば――」

 モッチーが思い出したように言った。

「うちの学校って、廊下は暗くなると自動センサーで明かりがつくようになっているんだよね。教室は手動だけど」
「あーっ! じゃあ、意見箱にあった勝手に明かりがつくってのは、この猫ちゃんが犯人なのかもねぇ」

 美雪が猫を優しくつついた。普段はあまり遅くまで学校に残らないので、自動センサーの件は知らなかった。

 雨が上がり、夕日が差し込む生徒会室。
 部活動が終わり、友人らと楽しそうに校門に向かう生徒を窓の外からしばらく眺めていた。さっきまでの雷雨が嘘のようだ。でも、初めは嫌だった今回の決闘も、何だかんだ楽しかったかもしれない。

「ねえ、私も触りたいんだけど……」

 私は猫と遊ぶ美雪の方を振り向き、声を掛けた。
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