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第9回戦 生徒会長のキミへ

 病室に行くとは決心したものの、足が重い。まるで、足になまりがついているみたいだ。

 秋元の病室の場所を聞き忘れた私は、広い病棟をかたっぱしから探していた。免疫が下がっているということは、相部屋ではないかもしれない。

 ふと、カラフルな飾りつけが目に入った。部屋を覗いてみると、学校のように机が数個並べられている。
 院内学級だ。病気で学校に通えない子たちが、病院内で授業を受ける場所。小学生のときの秋元は、ここで授業を受けている時期もあったのだろうか。今回はどうだろう。

 ――入院が長引かないといいけれど。

「……あった」

 しばらく探していると個室の部屋で『秋元拓海』と書かれたプレートを発見した。

 どうしよう、ここまで来て緊張してきた。やっぱり見なかったふりをして、引き返してしまおうか。
 私は手に持っているコートのポケットから、失敗してしまった折り鶴を取り出して軽く握りしめた。

 ここで話さなかったら、絶対に後悔する。大丈夫。自分にそう言い聞かせて扉の前まで移動する。大きく深呼吸をすると、軽くノックをした。

「はい」

 心臓が波打った。秋元の声だ。

「あ、あの……秋元? 突然ごめんなさい。2年2組の水野だけど……」
「……水野!?」

 少し間があったが、彼は驚いたように声を上げた。足音がする。扉の方へ向かっているのだろう。

「だめ! 扉は開けないで! 家族以外の面会はできないんでしょ?」
「なんでそれを知ってるんだ?」

 秋元の声が近くなった。きっと、扉の向こうには彼がいるのだろう。

「受付の人から聞いたの。千羽鶴を渡してあるから、あとで受け取ったら見てね。学校のみんなで作ったから」
「……あ、ああ。わかった」

 今、秋元はどんな表情をしているのだろう。声だけだと全然わからない。少し元気がないようにも感じる。無理をしているのかな。

「ごめんね、体調悪いのに。私、帰るね」
「待て! いや、大丈夫だから! それより、生徒会はどうなってるんだよ」
「モッチーが秋元の代わりに会長をやってくれるって。だから心配いらないわよ」
「……」

 そう言うと、秋元は黙ってしまった。

「早く帰って来なさいよ。秋元がいない生徒会室なんて怖いくらい静かなんだから」

 落ち込んでいるであろう彼を元気づけるように私は言った。

 彼の不安な気持ちもわかる。退院のめどが立てばいいのだけれど、過去に長期で入院もしているから、このまま生徒会に戻れない可能性もあると思う。

「なんだよ、それ。オレがうるさいみたいじゃねーか」
「うるさいわよ。騒がしくしている原因が今更なに言ってるのよ」

 思わずくすっと笑ってしまった。

「でも、まあ元気そうで――」

 その瞬間、床に一滴の涙が落ちた。

 ……あれ? いつから泣いていたんだろう。自分でも気づかないくらいに目にたまっていた涙が、あふれ出てきて止まらなくなる。

「水野……? お前、泣いてんのか?」
「……わからない。なんで泣いてるんだろうね、私」

 自分でもこんなに泣いている理由がわからなかった。彼の声を聞けた安心感からだろうか。私はふらついた身体を支えるように、扉に片手をついた。

「……秋元って人の意見も聞かずに勝手に暴走するし、なにかと決闘したがるし、私によく意地悪言うし。かと思えばいきなり優しくなったり、全然大丈夫じゃないのに大丈夫って言って強がるし、頼ってもらえないからってすぐいじけるし……もう本当意味わかんない」

 言っている自分でも意味がわからない。それくらいに、思っていることがそのまま口に出てしまい止めることができない。自分で自分をコントロールできない。

「それは、泣くほどオレが嫌いってか?」
「……嫌いになれればよかったけどね。でも、もう自分の気持ちに蓋をするのも限界みたい」

 片手に持っている折り鶴を握る手に力が入った。

「……好きって気づいちゃったんだもの」
「……え?」
「―――私、秋元が好きなの!」

 言ってしまった。そう思ったときには、すでに秋元のいる病室を離れて走り出していた。


☆  ★  ☆


「なるほどぉ。それで告白して、会長の返事も聞かずに逃走したと」

 翌日の放課後、生徒会室に来た私は美雪に病院での出来事を一通り話した。

「逃走って……」
「それで、なんで生徒会をやめたいってことにつながるのぉ?」
「……もう秋元に会わせる顔がないからよ」

 勢い任せにあんな一方的な告白をしてしまい、秋元も困っていることだろう。もう元の関係には戻れないことは確実だ。気を遣われるくらいなら、もういっそ彼との接点をなくしたいと思った。

「夕夏は会長と付き合いたいの?それとも友達でいたいの?」
「……両方」
「なんじゃそりゃ」

 美雪は苦笑いした。

 今の秋元との関係を崩したくない。でも、彼と友達以上の関係にもなりたい。そんなの、ただのわがままだってわかっているけれど……。

「会長のことだから、返事はどうであれ普通に接してくれると思うけどねぇ」
「……そうかしら」
「そもそも、言い逃げしてきて会長の気持ちもまだわからないんだから、待ってなよぉ。……ねえ、モッチー?」

 美雪がそう言うと、突然生徒会室の扉が開いた。

「モッチー!? いつからいたの?」
「あ、いや……。盗み聞きするつもりじゃなかったんだけど……」

 モッチーは目をそらして不自然に笑うと、自分の席に通学バッグを置いた。

「柊さんに外にいてって言われたから」
「女の子同士で恋バナがしたいから、生徒会室の外で待機してもらってたのぉ」

 どうやら、はじめから聞かれていたみたいだ。モッチーにも知られてしまったなんて、恥ずかしすぎる。

「水野さん、拓海のためにも生徒会はやめないであげて」
「……え?」
「拓海が帰ってきたときに水野さんがやめてたら、それこそ暴走して手が付けられなくなるからね」

 モッチーはそう言って私に笑いかけたが、その言葉の意味は結局わからなかった。


☆  ★  ☆


 月日は流れ、12月も下旬になった。秋元が10月の初めに入院してから、もう2か月以上経っていた。驚いたことに、彼は予想に反して終業式の日に学校へ来たのだ。

 クラスメイトと話す秋元はいつも通り元気そうだったが、私は目線すらも合わさずに1日が過ぎていった。私が無意識に彼を避けていたのかもしれない。
 放課後の生徒会室でも、彼とは一言も話さなかった。モッチーが秋元の不在の間、会長をしていたのでその引き継ぎをして終わった。美雪とモッチーは彼と楽しそうに話していたが、私はその会話に入ることはなかった。

 ―――ああ、言わなきゃよかった。

 後悔の気持ちで押しつぶされそうだった。秋元が好きな気持ちは変わらない。でも、もう元の関係には戻れないだろう。

 帰り道、モッチーと美雪と別れて、秋元と2人きりになった。
 微妙な距離感だ。でも、彼は私の歩くスピードに合わせてくれているのか、並んで歩いている。しばらく無言が続いていたが、耐えられなくなって私は切り出した。

「……ごめんなさい。あの日のことは忘れてほしい」

 私は歩いていた足を止めた。

「あれは私の一方的な感情。だから、返事はいらない。秋元とはいつも通り友達でいたいの」
「……」

 彼も足を止めると、私に近づいた。すると、着ているコートのポケットから、あるものを取り出した。

「これ、オレの病室の前に落ちてたんだけど」
「あっ……!」

 見覚えがあった。秋元に折った鶴だが、もはや原型をとどめていない。なくしたと思っていたが、まさか告白後に落としていたとは。

「……それ、返して!」

 私は恥ずかしくなって秋元から奪おうとすると、彼はそれを上に持ち上げた。

「嫌だ」
「なんでよ」
「お前が折ったんだろ、これ。なかなかに酷いな」

 最初は何かと思った、と言って秋元は笑った。

「う、うるさいわよ。さっさと返してってば」
「だって、オレのために折ってくれたんだろ? じゃあ、オレのものだ」
「……!」

 夕日に照らされている彼の表情が優しくなった。心臓の鼓動が速くなる。
 秋元は更に1歩近づくと、私の目の前に立った。

「おまえってすげー不器用だし、全然頼りたがらないし、不良には喧嘩売るし、本当かわいくないよな」

 唐突な悪口のオンパレードだ。失礼極まりない。

「……ちょっと待って、私はいつ不良に喧嘩を売ったのよ」
「ゴミ拾いの時の決闘のとき、平岡に怒鳴ってただろ。忘れたのか?」

 思い出した。秋元が小学校に行っていないことを言われて頭にきて言ってしまったときのことだ。でも、彼はその場にいなかったはず。

「な、なんで知ってるの!?」
「お前になにかあるんじゃないかと思って隠れてたんだよ。そしたら、人が変わったように怒り出したから」

 本気で怒らせないようにしようと思った、と付け加えて秋元は爆笑している。聞かれていたと思うと恥ずかしさがこみ上げてきた。

「あれは……彼には悪かったと思ってるわよ。つい勢いで――」
「ありがとな。……嬉しかった」
「……え?」
「お前は友達でいたいって言ったけど、オレは嫌だからな。……そうだよ。友達のままなんて、もう嫌なんだよ!」

 後半から秋元の声が震えていた。俯いているから彼の表情は見えない。

「秋元?」

 私は彼に声を掛けると、私の肩に彼の頭が触れた。彼が1歩、また近づいたのだ。

「えっ」

 距離が――。夕日に照らされている影が、1つになった。

「オレも……水野が好きだ」
「……!」

 苦しそうに、まるで声を絞り出すかのように彼は言った。私は無意識のうちに、小刻みに震える彼に腕を回して、身体を引き寄せていた。
 それに答えるように、秋元も私の身体に優しく腕を回してくれた。

「……うん。私も、秋元が好き」

 私がそう言うと、彼の腕にぐっと力が入った。
 心臓が心地よいリズムを刻んでいる。この心臓の音は私のものだろうか、それとも――。

「水野……。その……、つ、付き合って……ください」
「なんで敬語なのよ」

 震えながらも頑張って言い切ったが愛おしくて、私は彼の頭を優しくなでた。

「はい。喜んで」

 緊張がとけたのか、秋元は私の胸に顔をうずめると、小さくありがとうと呟いた。


☆  ★  ☆


 年が明け、初めての登校日となった今日。秋元と付き合うことになったことをモッチーと美雪に報告しなければと思い、思い切って言ってみたのだが……。

「もぉー! やっとくっついたの!? 待ちくたびれたんだけどぉ!」
「拓海が自分から言わないから水野さんが辛い思いをしてたんだよ」

 私と秋元は生徒会室で新年早々、なぜか2人から説教を受けていた。……正座までさせられて。

「まず会長は夕夏が好きなこと隠せてないし、夕夏が人に取られるとなったら不機嫌になり出すし、だったら自分から告白すればいいのに! でもヘタレだからそれも言えないしぃ」
「ヘタレ言うな!」

 秋元が食い込み気味に美雪に言う。

「夕夏は夕夏で会長のこと意識しすぎて顔赤くなるのに冷静そうなふりしてたけど、私たちにはバレバレなんだけどぉ! しかも会長の好意にも全然気づかない鈍感娘だしぃ」
「もうやめて!」

 私は恥ずかしくて火照る顔を両手で隠した。

「でも、今回は水野さんが勢いで告白してくれたから進展があったから良かったものの、拓海が入院してなかったらと思うと……」

 モッチーと美雪は同時に大きく深いため息をついた。

「拓海が入院してくれてよかったよ」
「本当だねぇ」
「おまえら、退院したオレに気遣いの言葉とかないのかよ!」

 やけになって言い返す秋元がおかしくて、私は笑いをこらえていた。

「柊さんの『水野さんに一人でお見舞いに行ってもらう作戦』は成功だったね」
「でしょお? まさか夕夏が告白するとは思わなかったけどねぇ」

 美雪は私を見てニヤニヤしている。

「……え?」

 もしかして、秋元のお見舞いの直前に2人が断ったのって……。

「夕夏と2人きりじゃないと、会長デレないからぁ」
「おい、柊!」

 逃げる美雪と追い回す秋元。ドタバタと音が鳴り、床が揺れている。
 騒がしい生徒会室がまた戻ってきた。志木折中の生徒会室は騒がしいくらいがちょうどいいのかもしれない。

 ふと気になったことがあったので、秋元に小声で聞いてみることにした。

「……ねえ、秋元。自分で聞くのも恥ずかしいんだけど、いつから私が好きだったの?」
「そ、それは……」

 彼に目をそらされると、後ろから美雪に肩を叩かれた。

「ほらほら、今日から生徒会も下半期だよぉ。だからジュースとお菓子を用意したの」

 美雪が大きなペットボトルと紙コップを机に置き、それぞれのコップに注いでくれている。小袋に入ったチョコやおせんべいなどのお菓子が次々と広げられる。

「わあ! これ、美雪が用意してくれたの?」
「モッチーもだよぉ。生徒会の任期折り返しと、会長の退院を記念してパーティーしよっかってなってね!」

 美雪は満面の笑みで嬉しそうに準備をしている。彼女も秋元の帰りが待ち遠しかったのだろう。

「水野さん、拓海に何か変なことされたら言ってね。僕が怒っておくから」
「しねーよ! バカ」

 そう言って秋元は軽くモッチーの背中を叩いた。

「ありがとう、モッチー」

 秋元とモッチーの仲の良さも健在だ。モッチーも秋元が退院して安心したみたい。

 ――秋元。あんた、皆から愛されてるわね。

 生徒会役員からはもちろんだけど、全学年の生徒が秋元に千羽鶴を折りたいという話を聞いたとき、彼の存在の偉大さに気づいた。
 私はそんな彼が作る賑やかな生徒会や学校生活、それから彼自身が大好きだ。

「じゃあ、会長ぉ。乾杯のあいさつして!」
「任せろ!」

 それぞれの席についた私たちは、ジュースの入った紙コップを持ち上げた。

「おまえら、下半期もよろしくな! 乾杯!」
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