第1回戦 膝下5センチの壁
翌日の昼休み。
私は同じスカート丈の長さは変えない『反対派』の署名を集めるべく、モッチーと校舎1階の玄関付近で待ち合わせをした。
「人脈ね……。秋元と美雪は困らないだろうなぁ。モッチーは目星のついている人とかいる? 友達とか」
「いない」
即答――!
いなさそうとは思ったけど、ここまで断言するなんて。
「僕、友達いないんだよね」
もしかして、地雷だった――!?
「そ、そうなんだ。ごめんね……」
「いいよ、そんな気を使わなくて」
モッチーはそう言って笑った。
勉強ができすぎて異次元なところとか、みんな敬遠するのだろうか。確かに眼鏡の似合っている優等生っていう見た目は堅苦しい感じではあるけど、実際に話し方は柔らかいし気遣いもできて、いきなり暴走することもないし、冷静に判断できるところも含めて、凄くいい人に思うのにな。まあ、そういう私も生徒会に入って初めてモッチーと話すようになったのだが。
モッチーに関しては、まだまだ分からないことが多い。いずれにしても、これ以上傷を広げてはまずいので話を切り替えることにした。
「じゃあ、私の友達のところに行こうよ。大体昼休みは体育館でバスケやってると思う」
私とモッチーは体育館へと足を運んだ。
バスケットボールで楽しそうに遊んでいる女子3人組に声を掛け、事情を説明する。彼女たちは私の小学校からの同級生で、小学校時代はよく校庭で一緒に遊んだ仲だ。とはいえ、中学に入ってからは廊下ですれ違えば挨拶する程度の上辺の付き合いになってしまったのだけど。
「……というわけで、署名してくれないかな?」
「あー。その件だけど……」
言葉を濁された。嫌な予感がする。
「さっき、秋元くんの署名の方に名前書いちゃったんだ。ごめんね」
「えっ」
私とモッチーは顔を見合わせた。
しまった、先を越された! 秋元のヤツ、姿は見ないけど、どこで署名活動してんのよ。
ちなみに、秋元も私と同じ小学校出身だ。
「そ、そうなんだ……。ねえ、ちなみに、秋元はどこで――」
私がそう言いかけると、校庭からキーンと響く音がした。
「この音、マイクだ」
モッチーは何かを察したらしく、速足で体育館を出た。私もモッチーの後に続いた。
「志木折中、2年2組の生徒会長、秋元拓海だ! まだまだ制服のスカート丈を短くする署名を受け付けている! さあ、みんなで校則を変えようぜ!」
校庭には信じがたい光景が広がっていた。校庭の中心でマイクを持った秋元、署名の紙を渡す美雪には人だかりができている。
「ねえ、会長が制服の校則変える署名活動してるって!」
「えー! ナイス会長! 膝下のスカートなんてダサすぎるよね~」
そんな会話をしながら小走りで校庭に向かう女子生徒たち。
「おい、柊さんの膝上スカート見たか? めっちゃかわいいってよ!」
「柊さんじゃなくて『柊さま』だろ! 早く見に行こうぜ!」
鼻の下を伸ばし、猛ダッシュで校庭へと急ぐ男子生徒たち。
「な、なんなのよ! あれ!」
次々と生徒が私たちを横切っていく。
「なるほど、そういう作戦ね」
つまり、秋元は“人脈”と言ったが、人脈がなくとも大勢の生徒に対して一気に声を掛ければ、それだけ短時間で多くの署名が集まる。女子は群れを作りたがるから、連鎖されて皆で足を運ぶ。男子生徒には美雪のかわいいかわいい膝上スカート姿を見せて誘惑するわけだ。なんてえげつない方法だろう。
「もう!こんなの勝ち目ないじゃない」
「いや、まだ勝算はあるよ」
そう言って、モッチーは私に微笑みかけた。余裕と自信のある表情だった。
☆ ★ ☆
「さあさあ! 結果発表の時間だぜ!」
署名活動当日の放課後、私たちは署名を持って生徒会室に集まった。先に生徒会室に着いていた秋元は結果が見えているからか、かなり上機嫌だ。鼻歌まで歌っている。
「どうだ、オレたちの作戦は」
「どうにもこうにも、お疲れ様でした」
私は吐き捨てるように言ったが、秋元は反対派が負けたことによって私が不機嫌になっていると思い込んでいるらしい。更に饒舌になる。
「賛成派はこれだけいる。見ろ、221人だ! 校内生徒の約3分の2ということは、オレと柊の勝利というのは明確だ!」
そう言って、秋元は何ページにも及んでいる署名欄を見せびらかした。そうだそうだ、と美雪は嬉しそうに秋元に合いの手を入れる。
「まあ、今回は残念だったな。さっそくこの署名を校長に提出しに行くか、柊」
「待ちなよ、拓海」
生徒会室を出ようとした拓海にモッチーがストップをかけた。
「なんだよ。最後に言い残したことでもあるのか? 今から何を言おうが負け惜しみだろうが、勝者の広い心で聞いてあげてもいいぞ」
モッチーは席を立ちあがると、1枚の署名用紙を秋元に突き付けた。
「なんだよ、お前ら1人にしか書いてもらえなかったのか? 悲しすぎるな」
自信に満ち溢れていた秋元だったが、徐々に顔色が悪くなっていった。それを見かねた美雪も席を立つ。反対派の署名欄の1番上に達筆で書かれた『石川寿太郎』の文字。その重みに秋元は「まじかよ……」と消え入る声でつぶやいた。
「なになに……石川寿太郎? って、これ校長の名前じゃん!」
美雪が驚いて飛び跳ねた。
「おい! 校長に署名してもらうなんて、ずるいぞ!」
「誰も生徒に限定して署名をするなんて、ルールで言っていなかったよ」
「くっ……」
そう。モッチーはあの校庭での秋元たちの活動を見て、最終的に署名が届けられる人物で学校のすべてにおいて決定権のある校長先生に署名を貰うという案を出した。つまり、校長がダメと言っているのだから、もちろん署名は通らない。
「さっきまでの余裕はどこへ行ったのかしら?」
余裕のなくなった秋元が面白くて思わず声を掛けてみた。
「ちっ、うるせーよ」
「そ、そんなぁー! 頑張って集めた221人の署名が……」
不機嫌になる秋元と、今にも泣きそうな美雪。
「うう……。なんで校長はダメって言うのぉ」
「ああ、それも聞いてきたけど『学生は学校に勉学を学びに来ているのだから、それにふさわしい服装でなければいけない』って」
「要は、おしゃれをするための制服じゃないってことね」
秋元と美雪は完敗と言わんばかりに、着席し机に伏せた。
「多くの票より、影響のある一票ってことだね」
「ふふ、モッチーの作戦の勝ちだね」
私とモッチーのハイタッチで、署名対決は幕を下ろした。
今日も志木折中の生徒会室は賑やかだ。
私は同じスカート丈の長さは変えない『反対派』の署名を集めるべく、モッチーと校舎1階の玄関付近で待ち合わせをした。
「人脈ね……。秋元と美雪は困らないだろうなぁ。モッチーは目星のついている人とかいる? 友達とか」
「いない」
即答――!
いなさそうとは思ったけど、ここまで断言するなんて。
「僕、友達いないんだよね」
もしかして、地雷だった――!?
「そ、そうなんだ。ごめんね……」
「いいよ、そんな気を使わなくて」
モッチーはそう言って笑った。
勉強ができすぎて異次元なところとか、みんな敬遠するのだろうか。確かに眼鏡の似合っている優等生っていう見た目は堅苦しい感じではあるけど、実際に話し方は柔らかいし気遣いもできて、いきなり暴走することもないし、冷静に判断できるところも含めて、凄くいい人に思うのにな。まあ、そういう私も生徒会に入って初めてモッチーと話すようになったのだが。
モッチーに関しては、まだまだ分からないことが多い。いずれにしても、これ以上傷を広げてはまずいので話を切り替えることにした。
「じゃあ、私の友達のところに行こうよ。大体昼休みは体育館でバスケやってると思う」
私とモッチーは体育館へと足を運んだ。
バスケットボールで楽しそうに遊んでいる女子3人組に声を掛け、事情を説明する。彼女たちは私の小学校からの同級生で、小学校時代はよく校庭で一緒に遊んだ仲だ。とはいえ、中学に入ってからは廊下ですれ違えば挨拶する程度の上辺の付き合いになってしまったのだけど。
「……というわけで、署名してくれないかな?」
「あー。その件だけど……」
言葉を濁された。嫌な予感がする。
「さっき、秋元くんの署名の方に名前書いちゃったんだ。ごめんね」
「えっ」
私とモッチーは顔を見合わせた。
しまった、先を越された! 秋元のヤツ、姿は見ないけど、どこで署名活動してんのよ。
ちなみに、秋元も私と同じ小学校出身だ。
「そ、そうなんだ……。ねえ、ちなみに、秋元はどこで――」
私がそう言いかけると、校庭からキーンと響く音がした。
「この音、マイクだ」
モッチーは何かを察したらしく、速足で体育館を出た。私もモッチーの後に続いた。
「志木折中、2年2組の生徒会長、秋元拓海だ! まだまだ制服のスカート丈を短くする署名を受け付けている! さあ、みんなで校則を変えようぜ!」
校庭には信じがたい光景が広がっていた。校庭の中心でマイクを持った秋元、署名の紙を渡す美雪には人だかりができている。
「ねえ、会長が制服の校則変える署名活動してるって!」
「えー! ナイス会長! 膝下のスカートなんてダサすぎるよね~」
そんな会話をしながら小走りで校庭に向かう女子生徒たち。
「おい、柊さんの膝上スカート見たか? めっちゃかわいいってよ!」
「柊さんじゃなくて『柊さま』だろ! 早く見に行こうぜ!」
鼻の下を伸ばし、猛ダッシュで校庭へと急ぐ男子生徒たち。
「な、なんなのよ! あれ!」
次々と生徒が私たちを横切っていく。
「なるほど、そういう作戦ね」
つまり、秋元は“人脈”と言ったが、人脈がなくとも大勢の生徒に対して一気に声を掛ければ、それだけ短時間で多くの署名が集まる。女子は群れを作りたがるから、連鎖されて皆で足を運ぶ。男子生徒には美雪のかわいいかわいい膝上スカート姿を見せて誘惑するわけだ。なんてえげつない方法だろう。
「もう!こんなの勝ち目ないじゃない」
「いや、まだ勝算はあるよ」
そう言って、モッチーは私に微笑みかけた。余裕と自信のある表情だった。
☆ ★ ☆
「さあさあ! 結果発表の時間だぜ!」
署名活動当日の放課後、私たちは署名を持って生徒会室に集まった。先に生徒会室に着いていた秋元は結果が見えているからか、かなり上機嫌だ。鼻歌まで歌っている。
「どうだ、オレたちの作戦は」
「どうにもこうにも、お疲れ様でした」
私は吐き捨てるように言ったが、秋元は反対派が負けたことによって私が不機嫌になっていると思い込んでいるらしい。更に饒舌になる。
「賛成派はこれだけいる。見ろ、221人だ! 校内生徒の約3分の2ということは、オレと柊の勝利というのは明確だ!」
そう言って、秋元は何ページにも及んでいる署名欄を見せびらかした。そうだそうだ、と美雪は嬉しそうに秋元に合いの手を入れる。
「まあ、今回は残念だったな。さっそくこの署名を校長に提出しに行くか、柊」
「待ちなよ、拓海」
生徒会室を出ようとした拓海にモッチーがストップをかけた。
「なんだよ。最後に言い残したことでもあるのか? 今から何を言おうが負け惜しみだろうが、勝者の広い心で聞いてあげてもいいぞ」
モッチーは席を立ちあがると、1枚の署名用紙を秋元に突き付けた。
「なんだよ、お前ら1人にしか書いてもらえなかったのか? 悲しすぎるな」
自信に満ち溢れていた秋元だったが、徐々に顔色が悪くなっていった。それを見かねた美雪も席を立つ。反対派の署名欄の1番上に達筆で書かれた『石川寿太郎』の文字。その重みに秋元は「まじかよ……」と消え入る声でつぶやいた。
「なになに……石川寿太郎? って、これ校長の名前じゃん!」
美雪が驚いて飛び跳ねた。
「おい! 校長に署名してもらうなんて、ずるいぞ!」
「誰も生徒に限定して署名をするなんて、ルールで言っていなかったよ」
「くっ……」
そう。モッチーはあの校庭での秋元たちの活動を見て、最終的に署名が届けられる人物で学校のすべてにおいて決定権のある校長先生に署名を貰うという案を出した。つまり、校長がダメと言っているのだから、もちろん署名は通らない。
「さっきまでの余裕はどこへ行ったのかしら?」
余裕のなくなった秋元が面白くて思わず声を掛けてみた。
「ちっ、うるせーよ」
「そ、そんなぁー! 頑張って集めた221人の署名が……」
不機嫌になる秋元と、今にも泣きそうな美雪。
「うう……。なんで校長はダメって言うのぉ」
「ああ、それも聞いてきたけど『学生は学校に勉学を学びに来ているのだから、それにふさわしい服装でなければいけない』って」
「要は、おしゃれをするための制服じゃないってことね」
秋元と美雪は完敗と言わんばかりに、着席し机に伏せた。
「多くの票より、影響のある一票ってことだね」
「ふふ、モッチーの作戦の勝ちだね」
私とモッチーのハイタッチで、署名対決は幕を下ろした。
今日も志木折中の生徒会室は賑やかだ。