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第9回戦 生徒会長のキミへ

 10月に入り、私たちの制服は冬服へと衣替えをした。心機一転と気持ちを切り替えたいところだけど、どうしてこんなに不安な気持ちなんだろう。

「静かだねぇ」

 静まり返った生徒会室で、宿題をしていた美雪がポツリとつぶやいた。
 今日の生徒会室はいつもと違って静かだ。私は椅子がしまわれている秋元の机に視線を向けた。

「まあ、拓海も人間だから休んだりするでしょ」

 モッチーは美雪に向けてそう言うと、手に持っている本へと目線を移した。

「そうだけどぉ。なんだか、騒がしくない生徒会室って不気味かも……」
「明日になったらまた騒がしくなるんじゃない?」

 私は自分に言い聞かせるようにそう言った。そうだ、明日になればひょこっと何事もなかったかのように彼が現われて、騒がしい日常が帰ってくるに違いない。

「ねえ、モッチーと美雪はどうして生徒会に立候補したの?」

 静かな空気に耐えられなくなった私は、パッと思いついた話題を口にした。

「わたしはねぇ、会長が誘ってくれたんだよ。お前、生徒会に興味ないか?って。転校初日に声が掛かったからびっくりしたよぉ」
「僕もそうだよ。全くの初対面なのに、いきなり声を掛けられてね」

 2人とも秋元からの勧誘を受けたようだ。

「夕夏はぁ?」
「私も同じよ」
「僕は一度断ってるんだ」

 モッチーはそう言って、秋元のいない机を見た。

「僕が1年のときに、テストで学年トップだからっていう理由で勧誘を受けたんだ。生徒会とか興味ないし、塾で忙しいから無理って言ったんだけど……。拓海がじゃあ決闘しろって」
「どんな決闘をしたの?」

 私は興味本位で聞いてみた。

「次の期末テストでオレが1位を取ったら、生徒会の選挙に立候補しろって」
「えぇー! モッチー相手に1位とか、絶対無理じゃん」

 美雪が苦笑いしている。モッチーは入学当初からずば抜けて頭がいいことで有名だったから、確かに無謀な決闘だ。

「それで、今ここにいるってことは、会長が勝ったってことぉ?」
「いや、僕が1位だった。拓海は2位だったよ」

 彼にしては大健闘だが、さすがにモッチーには及ばなかったらしい。

「でも、選挙には立候補したの?」
「うん、ちょっと色々あってね」

 私がたずねると、モッチーはそう言って笑った。

「わたしも正直乗り気じゃなかったなぁ」

 2年から転校してきたし、と美雪はつけ加えた。

「元々ね、前の学校で孤立してたの。それで周りから無視されたりして、辛くなって学校に行かなくなったんだぁ。だから、目立ちたくなかったってのもある」

 美雪が前の学校で不登校になっていたことは知っていたけれど、周りからの無視は相当辛かっただろう。

「でもね、その事情を話したら会長が、生徒会に入ればオレが楽しい学校生活を保障する! なんて言い出すから。だから立候補したの」

 まあ、なんとも秋元らしい言葉だけど。

「美雪は今の学校生活、楽しい?」
「うん! 志木折中に来てよかったと思ってる! 会長は有言実行だねぇ」

 満面の笑みを浮かべる彼女を見て、私はほっとした。

 私もそんな騒がしい毎日を、煩わしさは感じながらも心のどこかで楽しいと思っていた1人だ。彼の言い出すことは突拍子もなくて、無茶苦茶な内容が多いけれど、生徒会で過ごす日々はかけがえのない宝物だ。
 だからこそ、彼には早く帰ってきてもらわないと困る。

「会長、早く体調良くなるといいねぇ」

 翌日の朝、担任の先生から秋元が入院をしたという報告を受けた。


☆  ★  ☆


「夕夏ぁ、この変な物体はなに?」
「……鶴よ」

 私はそう答えると、美雪は顔をしかめた。

「モッチー。こんなに折り紙が折れない人、はじめて見たよぉ」

 私の手元にある折り鶴を見た美雪が真顔で言った。
 前に家庭科部と決闘をしたときに彼女の不器用さを知って勝手に仲間だと思っていたけど、折り紙はできるらしい。なんだか裏切られた気分だ。

 入院となった秋元に2年生全員で千羽鶴を折ることになったのだが、なんと他の学年からも鶴を折りたいという生徒が集まったのだ。

「夕夏ぁ。もう1回教えるから、よぉーく見ててね!」

 ああ、神様。どうか私に折り紙の才能をください。鶴を折るのは初めてだけど、まさかこんなに難しいとは思わなかった。それを簡単にやってのける美雪とモッチーはすごい。

 ……いや、私の手先が不器用なだけか。

「無理に作ることないよ、水野さん。その分は僕らで作るから」
「いや、それはさすがに申し訳ない」
「せめて鶴がつなげられるくらいには、鶴の形になるようにしてほしいんだけどぉ」

 美雪いわく、私の折った鶴は鶴の形すらしていないらしい。
 私は気分転換に全校生徒から集まった折り鶴を見に席を立った。モッチーが少し前に昇降口に置いてあった段ボールを回収して生徒会室に持ってきてくれたのだ。

「すごい……。こんなにもいっぱい」

 『秋元会長に千羽鶴を折ろう』と紙が貼られた段ボールの中には、様々な色の折り鶴が箱いっぱいに入っている。

「愛されてるねぇ、会長」
「……本当ね」

 もう折り鶴を集めて2週間目になる。すでに千羽鶴も半分は完成しているが、まだまだ折り鶴は集まり続けている。かなり大きな千羽鶴になるのではないだろうか。

「会長、いつ退院できるんだろうねぇ」
「わからない。小学校のときは、丸1年休んでたときもあったから」
「1年!?」

 美雪とモッチーは同時に声を上げた。

「あわわわ……。生徒会長不在の生徒会って……」
「拓海が退院したころには、僕らの任期が終わってるかもね」

 秋元は幼いころからの病気で再発を繰り返し、入退院を繰り返している。彼から直接話を聞いたわけではないけれど、長期の入院時には病院に併設されている院内学級にいたのではないだろうか。
 彼はあまりそういった話を表には出さないが、小学校の卒業式にも出られなかったのは悔しかっただろうと思う。

「もしそうなったら、僕が生徒会長の代理になるよ。拓海が勝手にやるなって怒りそうだけど、こればっかりは仕方ないね」

 モッチーはそう言いながら、自分の荷物をまとめた。

「ごめんね。今日は塾の日だから、この辺で失礼するね」
「はーい。じゃあ、また明日ねぇ~」

 美雪と私は手を振ってモッチーを送ると、2人で鶴を折る猛特訓が始まった。カチカチと時計の秒針が鳴っているのが聞こえる。

 ――秒針の音なんてあったんだ。

 今まで全然気づかなかった。それだけ生徒会室が静まり返っているのだろう。

「夕夏ぁ、手が止まってるよぉ」

 折った鶴を繋げていた美雪が手を止めて、私の顔を覗き込んだ。

「会長のこと心配なのぉ?」
「……そ、そんなことないわよ。あいつのことだから、きっと病院で走り回って看護師さんに怒られているんじゃない?」

 秋元は落ち着きがないもの。きっと今頃、自分の病室を抜け出して走り回っているのではないだろうか。それくらい元気だといいのだけど……。

「夕夏さぁ」

 美雪の声が優しくなった。

「……会長のこと好きなんでしょお?」
「……!」

 心臓が跳ね上がった。

 どうして美雪が知っているの? 私、誰にも言っていないよね?

「ねえ、どうなの?」

 今更ごまかしたところで、美雪にはバレているみたいだからしょうがない。

「……うん。そうだよ」

 私は小声で答えた。美雪は私の顔を覗いてニコニコしている。

「やっぱりー! だって、演劇部の決闘のときから様子がおかしかったもん」

 美雪は姿勢を戻して、新しい折り紙を袋から開けた。

 王子様対決だ。私はあの決闘で私は秋元のことが好きなんだと自覚した。壁に押さえつけられたとき、彼の顔が近づいたときのことを思い出して身体が熱くなる。
 私、あのままキスされても嫌じゃなかった。むしろ――。

「顔真っ赤だよぉ、夕夏」

 鶴を折っている手を止めて、美雪は私の頬に人差し指を押し当てた。

「ねえ、会長に告白しないのぉ?」
「そ、それは……。できない」
「どうして?」
「……だって、今のままの関係が心地よいもの。私が好きって伝えたら、もう元の関係には戻れないじゃない」

 私は秋元が好きだけど、このまま彼とは友達でいたい。私が気持ちを伝えれば、彼は困るだろう。それをきっかけに話せなくなったら、告白したことを一生後悔するに違いない。
 そうか。いままで秋元のことを好きにならないように蓋をしていたのは、このことが原因なのかもしれない。

「でも、会長も夕夏が好きだったら?」
「それはないわよ。大和田くんに告白の返事をしようとしたときだって、秋元は否定していたもの。生徒会のためって言って」

 それに、美雪には言えないけれど書庫で秋元に2人きりになったときに、彼が私に気がないということがわかってしまった。

 彼が私の手に触れたのは、落ち込んでいる私を元気づけるためだったに違いない。

「えぇー……」

 美雪は目を細めて私をじっと見た。

「なによ、その顔は」
「いやぁ~。別に?」

 そう言って美雪は、完成した折り鶴を私に見せつけた。私と話している間に1羽完成していたらしい。

「じゃあ、今回作った千羽鶴は夕夏が全校生徒を代表して会長に届けてねぇ」
「えっ!? いやいや、生徒会みんなで行こうよ! みんなで行った方が秋元も喜ぶよ!」

 冗談じゃない。私が秋元のお見舞いに行くってこと? しかも1人で?
 まともに顔を合わせることすらできていないというのに、1対1で会って話をするなんて、とてもじゃないけどできない。

「えぇー。……わかった、いいよぉ」

 にやりと不気味な笑みを浮かべる美雪の意味を、私は後ほど知ることになる。
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