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第8回戦 密室パニック

 翌日、昼休みに図書室に来た私は貸し出しカウンターに座る図書委員に話しかけた。

「秋元会長!」

 本を読んでいた男子生徒はすぐさま立ち上がると、秋元に向かってお辞儀をした。

「気づかず申し訳ありません。今日はどうされたのですか?」

 胸元についているバッジから、図書委員の男子生徒は1年生ということがわかった。
 本を読んでいたことについて何か言われると思ったのか、少し縮こまっているようだ。

「そんな大げさな。生徒会長は王様じゃないぞ。まあ、座りたまえ」
「なんでそんなに偉そうなのよ。ごめんなさいね、図書委員さん」

 秋元を軽く叩こうと思ったが、なぜか彼の肩に触れる前に手が止まってしまった。

「……何してんだよ、おまえ」

 私の行き場を失った手を見て、秋元はつぶやいた。

「え? あー……。なんでもないわよ」

 振り向いた彼と目が合わないように、とっさに斜め下を向いた。

 ――ああ、意識しすぎて秋元に触れることもできないなんて。

「今日はちょっと相談があって来たんだけど」
「どんな相談ですか?」
「本を使った決闘を考えてるんだ」

 いやいや、まるで本で闘うみたいに言わないでよ。

「決闘、ですか? あまり本を傷つけてしまうと最悪弁償になってしまうので、あまりオススメはしませんが……」

 下級生の男子生徒は、困ったように秋元に答えると、秋元は生徒会で行われている決闘について説明した。

「なるほど。では、今月の課題図書を探すのはいかがでしょう? どちらが早く探せるかを競うんです」

 そう言って図書委員の男子生徒は、壁に貼られているポスターを見た。9月の課題図書と書かれたポスターには、秋にちなんだ本が紹介されている。

「それだと、こいつが優秀すぎて困ってるんだ」

 秋元は後ろにいるモッチーを指さした。

「望月副会長!」

 驚いたように男子生徒は目を丸くした。

「そ、そうですよね。望月副会長は毎年の読書感想文コンクールでも入選されている有名人で図書委員でも知らない人はいないのに……。失礼しました!」
「えぇー!? 有名人って、そうだったのぉ!?」
「柊さん、痛いからやめて」

 美雪は静かに奇声を上げると、モッチーの背中をバシバシと叩いた。
 私もコンクール入選の話は初耳だった。さすがモッチー。

「じゃあ、春樹が読まなさそうな本を選んでくれ」
「えっ? それは……ちょっと待ってください」

 男子生徒は席を立ち、離れた席に座ってパソコンを触っている女子生徒に声をかけた。

 事情を説明された女子生徒は、真剣に何かを検索している。男子生徒が敬語を使っていないあたり、同じく1年生のようだ。

「望月副会長の過去に借りた図書の履歴を確認しているので、少々お待ちください」
「すげーな! そんなこともできるのかよ」

 秋元が感心していると、検索を終えた女子生徒がこちらへ向かってきた。

「望月先輩はミステリーやノンフィクションの本をよく借りられているみたいですね。では、それ以外の図書を探してもらいますか?」

「ああ、とびっきり難しいもので頼む」

 秋元は女子生徒にそう言うと、女子生徒は再びパソコンに戻り何かを検索し始めた。

「まだ誰も借りたことのない図書を5冊選んでみました。いかがでしょう」

 女子生徒は手書きのメモを秋元に渡した。渡されたメモには本のタイトルが書かれている。

「いずれのタイトルも1冊のみになりますので、早い者勝ちになりますが……。あと、作者の名前は伏せています」
「よし、これで春樹対策は完了だ! 図書委員の2人、ありがとな」

 秋元はモッチーを振り返って不気味な笑みを浮かべた。

「決闘は休み時間と放課後に行う! 授業で図書室に行くときはルール違反だから探すなよ。期限は1週間だ。質問がなければ今日の放課後から決闘開始な」


☆  ★  ☆


 決闘宣言当日の放課後、私はモッチーと図書室を訪れた。

「モッチー、このタイトルの本に心当たりは?」

 私は秋元のメモから書き写したものをモッチーに渡す。

「いや。まったくないよ。初めて見た」

 本好きなモッチーですら心当たりがないのであれば、やはり難しいのだろう。
 それに作者名で探すこともできないので、片っ端から探していくしかない。それに、1冊しかないとわかれば秋元と美雪のチームが持っていってしまう可能性もある。

「水野さん、今日体調悪いの?」
「……え? なんで?」
「いや、気のせいならいいんだけど。なんか無理に振る舞ってる気がして」

 モッチーの洞察力は鋭い。

「体調は悪くないんだけど。いや、悪いのかな。……よくわかんないや」

 私はそう言ってごまかした。モッチーは私が秋元に取る態度に違和感を感じだのだろう。

「今日はもう帰ったら? 僕が探してくるよ」
「大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」

 いつも通りにならなきゃ。そう自分に言い聞かせた。

 図書室に着くと、私とモッチーは手分けをして探すことになった。
 私は図書室の奥側から探すことにしたのだが、見たことのない部屋が開いていることに気がつき、ちらっと中を覗いてみた。

「あ、水野」

 床に座って本を読んでいる秋元が私を振り向いた。

「……なにしてんのよ。というか、こんなところあったのね」
「秘蔵書庫だからな。普段は鍵がかかっているから入れないけど、図書委員にお願いして開けてもらったんだ」

 よかった。普通に話せるじゃない。変に意識なんかして、私ってばバカみたい。

 私は書庫に1歩足を踏み入れた。
 窓がなく、狭い正方形の空間。天井まで伸びている本棚にはびっしりと分厚い本が並べられている。本もかなり古そうだ。

「何読んでるの?」
「志木折中歴代の卒アルだ。見てみるか?」

 私は秋元の隣に座ると、秋元の手に持っている卒業アルバムを見た。白黒写真で写る校舎は、今と変わっていない。なんだか不思議な感じがする。

「ところで、本は探してるの?」
「今探し中だ!」

 完全に忘れて卒アル見てたわよね……。秋元は立ち上がって読んでいた卒アルを本棚に戻したが、その上の段にある本が気になるらしく手を伸ばした。

「くそっ……届かない」

 背伸びをしても届かない秋元が面白くて笑いをこらえていたが、声が漏れてしまった。

「おい、今笑っただろ」
「笑ってないわよ」
「お前が取ってみろよ」
「無理よ。だってほぼ同じ身長じゃない」

 また身長が低いことに触れて不機嫌モードになっている。もし仮に私が手を伸ばして取れたとしても、秋元がいじけるのは目に見えている。

「そもそも、敵チームのあんたを手伝う気はないわ。じゃあね」
「オレの姉の卒アルだぞ」
「……」

 見たいと思ってしまった私の負けだ。
 秋元は床に四つん這いの状態になると、私は彼の背中を踏み台にした。

 ……心臓の音が、秋元の背中に伝わっていませんように。

「なにしてんだよ! 早く本を取れ!」
「わかってるから! ……うわ、ほこりが凄い」
「おい、重いんだよ! 早く卒アル取って降りろ!」
「うるさいわね! 今降りるわよ!」

 そんな忙しないやり取りをして、私は卒業アルバムを取って秋元からゆっくり降りると、さっそく秋元のお姉さんが載っているページを探した。

「オレの姉を見て何が面白いんだか」
「面白いわよ」

 実は秋元のお姉さんとは面識があるが、名前は知らなかったので気になっていた。

「あった! 花音さんって言うのね。素敵な名前」

 秋元花音と書かれた文字に、笑顔で写るかわいらしい女性の写真。目元は秋元にそっくりだ。さすが姉弟。

「それより、生徒会のページが見たいんだけど」

 そう言って無理やりページをめくろうとする秋元の手が、私の手に触れた。

「わっ……!」

 驚いて私は反射的に秋元の手を振り払ってしまった。

「あっ、ごめ――」

 秋元に謝ろうとした瞬間、カチャリとドアの方から音がした。

「……え?」
「…おまえ、入ってくるときドア閉めただろ」
「え? そうだけど」

 秋元はドアノブを掴んで、右に回した。

「開かねー……。ってか、ドアに窓ついてないから人がいるときは開けておけって言われてたんだよ」
「ちょっと、早く言ってよ! じゃあ、中に誰もいないと思って鍵かけられちゃったってこと!?」

 もし、このまま私たちが中にいることに誰も気づいてくれなかったら……。

「まあ、柊と春樹が図書室にいるから叩けば音でわかるだろ」

 そう言って秋元は何回か強くドアを叩いたが、誰も気づく様子はない。

「……近くにいないのか。それにしても暑いな」

 それもそのはずだ。密室で窓もないのだから熱気はこもるし、それに冷房もない。ずっとここにいたら脱水症状になってしまいそうだ。

「誰もこなかったらどうしよう」
「大丈夫だろ」
「なんであんたはそんなに呑気なのよ」

 私は本棚に寄りかかるように座った。
 汗で制服が肌に張り付いて気持ち悪い。ここで制服を脱ぐわけにはいかないし……。

「……なあ、オレが何かしたか?」
「え? なにも……」
「じゃあ、さっきから目をそらすのはなんでだよ」
「それは……」

 やっぱり気がついていたみたいだ。だって、秋元が好きだと気づいちゃったんだもの。恥ずかしくてまともに目を合わせることもできない。

「秋元はなにも悪くないわよ。でも、傷つけたならごめん」
「……」

 秋元は何も言わずに、私の横に座った。彼との距離は少し空いているが、手を伸ばせば届く距離だ。さっき振り払ってしまった手も、今なら――。

 そう思って、はっとした。今、秋元に触れたいって思った……?
 振り払ったけど、触れたいなんて矛盾している。もうわけがわからない。

「ね、ねえ、秋元。私たちって友達だよね?」

 私は自分に言い聞かせるように彼に言った。

「なんだよ、いきなり」

 秋元は困ったように頭をかいた。

「……まあ、そうだな」

 ―――ほらね。やっぱり、私の片想いだ。

「……そうよね」

 諦めよう。彼はただの友達。恋愛感情はしまって、普通に今まで通り接しよう。
 改めて聞くようなことでもなかったのに、自分で聞いておいてどうしてこんなにショックを受けているんだろう。

「元気出せよ。水野らしくないな」

 彼は笑っているが、元気をなくしている原因である本人から慰められるこの状況はなんだろう。もう泣きそうだ。
 すると、彼の彼の左手が私の右手にちょこんと触れた。

「……!」

 驚いたが、さっきみたいに手を払うことはなかった。

「……嫌なら払っていいぞ」

 秋元はうつむいて横を向いているので、表情までは見えない。

 ―――ああ、もう。なんなのよ。

「……嫌じゃない」
 私がそうつぶやくと、彼の手が私の手の上に重なった。心臓の鼓動が速くなるのがわかる。

 ねえ、秋元。普通の友達はこんなことしないわよ。私以外の女の子にも同じことをするの? もしそうだとしたら、このモヤモヤとした感情をどこにぶつければいいの?
 いっそ、今の気持ちを吐き出せたら楽なのに。

「秋元。私――」

 突然、鍵が開く音がしたので私は慌てて手を離した。

「あー! やっぱり、ここにいたのぉ!?」

 美雪がひょこっとドアから覗いている。その後ろにはモッチーと図書委員の生徒もいる。

「ほらね、やっぱり閉じ込められてたでしょー?」
「ごめんなさい……。誰もいないものだと勝手に……」

 図書委員の女子生徒は深く頭を下げた。

「柊が気がついたのか?」
「いや、モッチーだよぉ。夕夏が無断で帰るわけないってね」
「さすがにオレも無断では帰らねーよ」

 秋元は立ち上がると、額の汗をぬぐった。

「書庫の中ってサウナみたいだね。ここにずっといたら死んじゃうよ」

 モッチーが物珍しそうに書庫を眺めながら言った。

「これは卒業アルバム?」

 床に置かれている卒アルを見たモッチーが私に聞いた。

「うん。その……秋元のお姉さんが卒業したときのものを見てたの。ごめんね、決闘そっちのけで見てて。それに迷惑もかけちゃって」
「いいよ、気にしないで。もう3冊見つけたから僕らの勝ちは確定だよ」
「え?」

 いつの間に見つけていたのか。心当たりがないとは言っていたけど、こんなにも早く探せるものなのだろうか。

「今まで誰も借りてないものとなれば、大体人の手に届かないようなところにあるんだよね。この書庫の上の段みたいに」

 そう言ってモッチーは書庫の上段を見る。

「だから脚立を使って上の方から探していったんだ」
「なるほど! 頭いいね、モッチーは」
「ちっ、なんだよ。1日目でオレたちの負けかよ」

 秋元は腕を組んで私たちを睨みつけた。

「このアルバムは棚に戻していいの?」

 モッチーは床に置かれている卒業アルバムを見て言った。

「うん、ありがとう。でも届……」

 モッチーは特に背伸びもせずに、棚にすっと卒業アルバムを戻した。

「……どうかしたの?」

 秋元と私は口を開けたままモッチーが楽々と棚に戻すのを見ていた。

「くそ! 春樹なんてもう知らねー!」
「待ってよ、会長ぉー! 図書室ではお静かにだよ~」

 地団駄を踏んで怒って書庫を出ていった秋元を追いかけるように美雪も出ていった。

「……僕、なにかした?」
「……決闘に負けて傷心中なのよ、きっと」

 背の高いモッチーは私たちと見ている景色が違うんだろうなぁと、少し羨ましく感じた。

「水野さん、体調悪いのに大丈夫? 書庫の中、暑かったよね」
「ううん、平気だよ。ありがとう」

 暑いのは書庫に閉じ込められたのもあるけど、それよりも……。
 私は秋元に触れられた手をぎゅっと握りしめた。

 こんなに心臓がドキドキするのも、全部彼のせいだ。
 彼から見れば、私なんてただの友達。だから、あのとき気持ちを伝えなくてよかった。美雪たちが来てくれてよかった。

 ――手を振り払ったときの秋元の顔、悲しそうだったな。

 私が秋本を意識すればするほど、彼を傷つける。もう、いつも通りの日常は戻ってこないのかもしれない。
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