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第8回戦 密室パニック

「おい、柊! この漫画、10巻がないぞ」
「あぁーごめんごめん。家に置いてきたかもぉ」

 生徒会室のドアを開けると、机に山積みの漫画本が。そして、それを囲む秋元と美雪はパラパラと漫画のページを開いている。

「10巻って、アレでしょ? 主人公の友達が事故で死んじゃうやつでしょお?」
「バカ! 盛大なネタバレするなよ!」
「でも、その後に主人公の魔法で生き返るから大丈夫だよぉ」
「うわぁああああ! やめろ! 聞きたくねー!」
「……何やってるのよ、あんたたち」

 私は耳をふさいで生徒会室の床に寝転んでいる秋元を横目で見た。

「あ、夕夏ぁ。会長がわたしの家にある漫画を読みたいって言ってたから、持ってきてあげたのぉ」

 なるほど。それにしても、すごい冊数だ。20巻はあるのではないだろうか。
 この量を美雪1人で持ってきたとなれば、相当重かっただろうと思う。

「でも、志木折中は漫画や雑誌の持ち込みは禁止なはずよ?」
「生徒会室の中だけ……そのルールは適用されない……」

 床に転がって屍のようになっている秋元が小さくつぶやいた。

「なによ、その都合のいいルールは」
「ねえねえ、夕夏も読む?」

 キラキラとした目で美雪が漫画を勧めてくる。

「私は別に……。普段は小説とか読んでるから、漫画はあんまり」
「えぇー! 面白いのにぃ。モッチーと同じこと言ってるし」

 そう言って美雪は、窓側の壁にもたれかかって読書をしているモッチーを見た。
 それに気づいたモッチーは本を閉じた。

「漫画は家で禁止されているから。親に怒られる」
「じゃあ、ここで読めばいいじゃーん」
「……元々、魔法とかそういうファンタジー系はあんまり読まないよ」

 モッチーはそう言って、読んでいた本の表紙を見せた。

「最近は歴史ものが多いかも。今読んでるのは世界遺産の本」

 いかにも、勉強ができる人が読みそうな本だ。きっと私が読んだところで難しい漢字ばかりで読めないんだろうな。

「その本って、図書室のものじゃないんだ」

 私は本に貼られているバーコードシールが志木折中の図書室のものでないと気がつき、モッチーに声をかけた。

「うん。図書室にあるものは、読みたいの全部読んじゃったから。家の近所の図書館で借りてきた」
「うっそぉ!?」

 美雪が驚いて飛び跳ねた。本好きとは知っていたが、まさかそこまでとは。

「早く新しい本が入荷してくれるといいんだけど……」
「あーっ!」

 突然、秋元が声を上げてむくりと態勢を起こした。

「もう。なんなのよ、突然」
「春樹の言葉で思い出したぜ! よし、議題会するぞ」

 そう言って秋元は1人で生徒会室の外に設置されている議題箱を取りに行った。


☆  ★  ☆


【図書室の本を増やしてほしいです】


「昨日、こんな意見が来てたんだ」
「今度こそ、モッチーが書いたのぉ?」

 美雪が意見箱に入っていた意見を読み上げると、モッチーを見てニヤリと笑った。

「僕じゃないから。でも、そう思っている人は多いんじゃない?」

 本をたくさん読む人にとっては、たくさん種類があったほうがいいに決まっている。

「小説よりも漫画がほしいよな」
「そうそう。少女漫画とかねぇ~」
「だから、志木折中では漫画は禁止なんだって!」

 浮かれる秋元と美雪に私は喝を入れた。

「学校は勉強しに来るところよ? 少女漫画なんて、勉強に関係ないじゃない」
「あるよぉ。大いにあるよぉー! 恋愛なんて、授業で学ばないんだからねぇ!」

 そう言って、美雪が口をとがらせている。

「今回の議題会は、本の中でも小説や学業に関係する書籍を増やすってことでしょ?」

 モッチーが秋元に聞く。

「まあ、常識的に考えてそうなるな。柊、漫画のことはあきらめろ」
「……はぁーい」

 美雪は残念そうにうつむいて言った。


☆  ★  ☆


議題:図書室にある本の種類を増やしてほしい

「……なんだよ。早く書けよ」

 私がホワイトボードに議題のタイトルを書いている途中、秋元から視線を向けられていることに気づいて、いったん手を止めた。

「わ、わかってるわよ」

 私は振り返って秋元に言った。

 だめだ。演劇部の一件で秋元が好きと認識してしまったから、秋元と目が合ったり、視線を向けられているとわかっただけで動揺してしまう。
 私は深呼吸をして、冷静になるように自分に呼びかけた。

「じゃあ、この議題に対して賛成反対の札を挙げろ」

 私が着席すると、秋元の合図で一斉に札を挙げた。モッチーと私は賛成札、秋元と美雪は反対札を挙げている。

「別に反対する理由なんてないんじゃない?」

 私は反対札を挙げた2人に聞くと、美雪は強めにベルを鳴らした。

「わたしは図書室の本は読まないもん。増えたところでねぇ」
「柊さんは読まないかもしれないけど、そこは生徒会に携わる立場として考えてみてよ」

 モッチーが苦笑いしながら言った。

「えぇー。そもそも、図書室がどこにあるかわかんないしぃ」
「美雪、図書室行ったことないの?」
「うん」

 確かに私たちのクラスからは離れたところにあるので、わざわざ用事がないと行かない場所ではある。

「秋元は?」
「読みたい本がなければ市営図書館に行け! それか自分で書店に行って買え!」
「……自分でベルを鳴らすルールを作ってるんだから、鳴らしてから発言しなさいよ」

 秋元は私の言葉を聞いて、思い出したようにベルを鳴らした。

「そもそも、学校の図書室に本の種類を求めることが間違ってるだろ」

 彼がそう言うと、モッチーがベルを鳴らして反論した。

「中学生はまだアルバイトも出来ないし、親から貰えるお金も限られるからそんなにポンポンと買えるものじゃないよ」

 確かに、本は気軽に何十冊と買えるものではない。美雪の机に山積みになっている漫画本が視界に入ったが、これも辿れば美雪の親のお金で買ったものになる。

「僕を含めて市営の図書館が家の近くにない人もいるから、学校に図書室があるのは有難いと思ってる。それで本が好きになったのもあるし」
「春樹のことだから、友達がいなくて図書室に通いつめてたんだろ」

 秋元はモッチーを見てニヤリと笑った。

「ちょっと、秋元。モッチーに失礼なこと言わないで」

 あー……。モッチーが苦笑いしているあたり、本当なんだろう。彼は優しいから受け流しているけど。
 この空気を断ち切りたいから、私はベルを鳴らして発言した。

「私のパパは子どもの頃に読んだ本がきっかけで調理師になってるの。将来の夢につながることだってあるから、今の時期に本をたくさん読むことは大切だと思うわ」

「わあー! 夕夏のお父さん、調理師なんだぁ」

 どうりで夕夏も料理がうまいわけだ、と美雪はうなずいている。
 確かに、パパの影響も少しはあるかもしれない。でも忙しくて家にいないことが多いから、パパから直接料理を教わる機会はあまりない。

「そうだね。学生の時期にたくさん本は読んだ方がいいって、僕の兄も言ってたよ」
「モッチーのお兄さんは、いくつなの?」

 気になった私はモッチーに聞いてみた。

「一番上が26歳だよ。次が21歳で、その次が17歳」
「えっ。じゃあ、長男のお兄さんとは12歳も離れてるの!?」
「そうなるね」

 “学生の時期に”と言っている時点で歳が離れているのだろうなとは思ったけど、まさか12歳差とは。しかも、四兄弟なんだ……。きっと、大人のお兄さんを見て育ったのだろう。どうりでしっかりしてるわけだ。

「意見を変える人もいないし、2対2だから今回も決闘になるの?」

 モッチーが秋元にたずねる。

「ああ、そうだ。ただ今回の決闘内容はかなり悩みどころだな……。春樹が本に詳しすぎるせいで、賛成チームが有利になっちまう」

 秋元はそう言って眉間にしわを寄せた。

「別に無理に決闘しなくてもいいじゃない。反対派の2人は図書室に行かなくても、学校全体で見れば図書室の本が増えて嬉しい人はたくさんいると思うわよ」

 私が言った言葉に向かい側に座っているモッチーがうなずいた。

「は? 何がなんでも決闘だ」
「会長ぉ……。本がどうこうよりも、決闘することしか考えてないでしょお」

 真顔で答えた秋元に、珍しく美雪が冷静にツッコミを入れた。
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