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第7回戦 王子様は誰?

「はあ!? 告白されただと!?」
「バカ! 声が大きい!」

 放課後の生徒会室。
 秋元の声が響き、宿題をしていたモッチーと美雪が手を止めて私を振り向いた。

「夕夏、告白されたの!? ねえねえ、誰から?」

 案の定、こういう話題が好きな美雪がすり寄ってきた。
 あーもう、だから言いたくなかったのに。秋元が私の様子がおかしいのを察して根掘り葉掘り聞くから仕方なく言ったのだ。私は深いため息をついた。

「……えっと、隣のクラスの大和田くんって人よ」

「ああ、大和田くんね。僕と一緒のクラスだ」

 モッチーがそう言うと、美雪が手を叩いて思い出したように言った。

「あぁー! わかった、演劇部の男の子でしょお」

 告白されたのは昨日のことだった。特に今まで関わったことのなかった大和田くんから、昼休みに「放課後に話がある」なんて言われて行ってみれば――。

「それでそれで? 夕夏の返事はぁ?」
「え? ……ちょっと待ってほしいって言ったの。だって、まさか告白されるなんて思わなかったし、びっくりしちゃって……」

 告白されたことなんて人生で初めてだったから、そう言うのが精いっぱいだったのだ。向こうは返事を待つと前向きに言ってくれたけれど……。

「で、そいつをどう思ってんだよ。おまえは」
「わ、わからない……」

 彼のこともそうだが、なんで目の前にいる秋元がこんなに怖いのかもわからない。怒っているの? 機嫌が悪いの?

「わからないなら、1回付き合ってみなよぉ。始めはそんな気持ちがなくても、あとから相手のことをわかってきて好きになるパターンもあるからねぇ」

 さすがは志木折中のアイドルだ。彼女は何人もの人から告白されているから、こういった話は説得力がある。

「そ、そうね……。あまり待たせるのも悪いし――」
「ダメだ」

 秋元が口を挟んだ。

「ねえ、なんで怒ってるの?」
「怒ってねーよ」

 いやいや、怒ってるから! 見るからに不機嫌な顔してるし、声もいつもより低いし。

「おい、議題会するぞ」
「はあ? なんの議題会をするのよ」
「当然、お前の告白の返事を決める議題会だ」
「いや。それは水野さんが決めることで、僕らが決めることじゃないでしょ」

 モッチーの言う通りだ。

「生徒会長の命令だ。水野、書け」

 秋元はそんなモッチーの助言を無視して、ホワイトボードマーカ―を私に渡した。今の秋元には何を言っても通用しないようだ。


☆  ★  ☆


議題:水野(私)は大和田くんからの告白を受けるべきか


 自分で書くのも恥ずかしい議題だ。私は文字をホワイトボードに書くと、自分の席へ座った。

「今回の議題、水野は札を挙げるなよ」
「そうね、当事者だからね」

 私が抜けるということは、いつもは4人のところが3人で議題会になる。つまり、2対2で決闘に持ち込むことはできない。

「じゃあ、この議題に対して賛成と反対の札を挙げろ」

 秋元が合図をした。しかし、札を挙げているのは秋元と美雪だけで、モッチーは手元にある札を机に置いたままだ。美雪は賛成、秋元は反対の札を挙げている。

「モッチー、参加してよぉ!」

 美雪が手に持っている賛成札でモッチーをバシバシと叩いている。

「これは水野さんが決めることだから、僕らが議題会をして決めるのはおかしいって。僕は参加しないよ」

「えぇー……。これじゃあ、1対1で決闘になっちゃうじゃん。ってか、なんでさっきからキレてるの? ねえ、会長ぉ」
「いつも通りだろ」

 いつも通りではない。秋元の様子が変なのは美雪から見ても明らかみたいだ。さっきから私に目を合わせようとしないし、私なにも秋元を怒らせるようなこと言ってないよね?

「まあいいけどぉ。それで、なんで会長は反対なのぉ?」
「そんなの、生徒会の仕事に影響が出るからに決まってるだろ! 第一、生徒会は恋愛禁止だ!」

 そんな規則は聞いたことがない。

「そんな決まりあったの?」
「今作った」
「……だろうね」
 秋元の言葉にモッチーが呆れて返すと、モッチーは話を続けた。

「水野さんは恋愛そっちのけで生徒会の仕事を放棄したりしないでしょ。拓海はもっと水野さんを信用してもいいんじゃないの」
「……」
 モッチーの言葉に秋元は黙ってしまった。生徒会室が沈黙に包まれる。その沈黙を破るかのように美雪がベルを鳴らした。

「わたしは付き合っていくうちに好きになることもあると思うから、オーケーしてもいいんじゃないかなって。まあ、最終的には夕夏が決めることだけどぉ」

「確かにそうよね……。でも返事を待つって言ってくれたとき、すごい誠実な人なんだなって思ったよ。だから――」

 私が美雪と話している横で秋元が強くベルを鳴らした。

「おまえ、そんな得体の知れないヤツと付き合うとか、本気で言ってるのか?」

 まずい、秋元の不機嫌が最高潮だ。

「ちょっと、落ち着いてよ秋元。得体の知れないは失礼よ」
「オレが判断する。一度そいつを生徒会室に連れてこい」

 いやいや、いつからあんたは私の父親になったのよ。

「おい、柊。決闘するぞ」

 勢いよく椅子から立ち上がった秋元は美雪の前に移動し、手に持っていた反対札を彼女に突き立てた。すると、それを見たモッチーが美雪の前に素早く回った。

「拓海、いい加減に頭冷やしなよ。決闘に私情を持ち込むのはルール違反。よって、今回の決闘は破談だ」
「あわわわわ…! ちょ、ちょっとぉ、2人とも」

 普段は穏やかなモッチーが怒っている……!
 そんな2人に挟まれた美雪はどうしていいかとまどっている様子だ。

「……ちっ。わかったよ、好きにすればいい」

 秋元は最後に私を睨んでから、自分の荷物をまとめると生徒会室を出ていった。


☆  ★  ☆


「ごめんね、こんなところに呼び出して」
「あ、いや……。いいんだ」

 後日、昼休みに私は大和田くんを呼び出した。場所は人通りがまったくないであろう新校舎の階段だ。新校舎は私たちの教室がある旧校舎とは違い、移動教室など授業があるときにしか使われていない。事前に彼に声を掛けて場所と時間を伝えたのだが、彼の方が先に着いていたようだ。

「あの、それで……。返事は……」

 大和田くんは顔を赤くして、私に告白の返事を聞いた。なんだか、こちらもつられて照れてしまう。

 大和田くんとはこれまで接点はなかったけど、美雪の言う通り、付き合ってみたら彼のいいところを見つけて好きになるかもしれない。断る理由もないし、何よりこんな平凡な私を好いてくれているというのは純粋に嬉しい。

「あのね――」
「おまえが大和田か?」

 私の声を遮ったのは、大和田くんの声ではなかった。聞きなれた声が反響する。もしや……。
 声の聞こえた方を向くと、そこには秋元の姿があった。

「ちょ、ちょっと! あんたがなんでここにいるのよ!」

 この場所は大和田くんにしか言っていないし、人通りも少ない穴場だと思っていた。彼が偶然通りかかったとでもいうのだろうか。私の声を無視して秋元は続ける。

「オレは志木折中2年2組の生徒会長、秋元拓海だ! まさか、水野を好きになるヤツが志木折中にいるなんてな。なあ、こいつのどこが好きなんだ?」

 秋元が階段の手すりに寄りかかりながら大和田くんに聞いた。決闘が破談になった一件から秋元とは口を聞いていなかったが、どうやら機嫌は戻っているようだ。

「えっと……。明るくて、友達が多くて。前に、落とし物を拾ってくれたことがあって、それをきっかけに気になって……」

 大和田くんは、とても恥ずかしそうに答えた。
 持ち主がわからない文房具をクラスごとにたずねて聞き回ったときだ。彼のものとわかって、手渡した記憶がある。接点がまったくないと思ったが、彼はそこで私を知ってくれていたのか。

「なるほどな。だけど、水野はお前の思っているような明るい女じゃねーぞ。ただうるさいだけだ」

 秋元にだけは言われたくない言葉だ。

「それに、ミシンは壊すほど不器用だし、重いものだって軽々持てる怪力女だ」
「ちょっと! 急に現れたと思ったら私の悪口を言って、一体何をしに来たのよ!」
「何を? そうだな……」

 秋元は大和田くんの隣に移動して、彼に人差し指を突き付けた。

「決闘だ! オレと決闘しろ、大和田。お前が勝てば、水野はくれてやってもいいぞ」
「はあ!?」

 しかも何でそんな上から目線なのよ。

「ただし、オレに負けたらご縁がなかったと思ってあきらめるんだな」
「えっと……」

 大和田くんは困っている。それもそうだ。告白の返事を聞きに呼ばれた場所で、突然現れた生徒会長に決闘宣言されるなんて思わなかっただろう。

「秋元! やめなって!」
「や、やります。でも、決闘って何をするんですか?」

「いい質問だな! そうだな、おまえが演劇部だから、今回は即興劇なんてどうだ?」
 即興劇……。台本を使わずに、アドリブで演技をすることだ。それを聞いた大和田くんが難しそうな顔をする。

「即興劇ですか。実は苦手なんですよね、アドリブで演技するの。……でも、頑張ります」

 自信がなさそうに呟いた大和田くんは私を見て微笑みかけた。それを見ていた秋元が面白くなさそうな顔でこちらを見ている。

「じゃあ、さっそく演劇部の部長に話を通しておくからな。決闘は明日の放課後だ」
「あの、秋元会長!」

 この場を離れようとした秋元に大和田くんが声を掛けた。

「その……。もしかして、秋元会長も水野さんが――」
「生徒会のためだ。こいつが恋愛に夢中になって、生徒会の仕事がはかどらないなんてことになったら嫌だからな」

 そんなことはないと思うが、私はよほど彼に信用されていないのだろう。
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