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第6回戦 クリーンアップ大作戦

 私が秋元に向かって声を掛けようとしたところで、鮫島は低い声で秋元にたずねる。

「おい、何か用かよ」

 怒っているようだ。私は怖さで足が止まってしまった。
 しかし秋元は、これっぽっちも怖さを見せずに意気揚々と声を上げる。

「オレは志木折中2年2組の生徒会長、秋元拓海だ! 交渉があって来たんだけど、もう1人のヤツはどこにいる」
「あぁ? 交渉だぁ?」

 鮫島は怠そうにそう言ったそばから、もう1人の不良が姿を現した。彼も鮫島と同じく体格がいい。

「お前が平岡か?」
「なんだ、お前。誰だよ」
「オレか? オレは志木折中2年2組の――」

 いやいや、またその挨拶するんかい! 完全に自己紹介をパターン化しているようだが、相手によっては煽っているようにしか聞こえない。

「あー、秋元か。聞いたことあるな」
「それはどうも。で、本題なんだけどさ。お前ら、その変な小屋どかしてくれないか?」
「……ドストレートだね」

 後ろで待機しているみんなから総ツッコミを受ける秋元は気にせずに話を続ける。

 あいつ、余計なことを……。聞いているこっちがハラハラする。胸ぐらをつかまれて殴られるなんてことにならないといいけど。

「質問だぁ? ありまくりだな、文句がよぉ」

 鮫島は秋元から離れているテニス部を指さした。

「テニス部がオレたちの家をぼこぼこにしても謝らないんだよなぁ」
「……っ! あなたたちがそんなところに小屋を建てるからだよ! 私たちは普通に練習をしているだけだし!」

 京子は声を震わせながら鮫島に歯向かった。

「……じゃあ、わかった。そのままでいい」
「ちょっと、秋元!」
「決闘だ! 決闘でお前らが勝てば、小屋はこのまま残しておいていいぞ。ただし、負けたら潔く小屋を解体しろ!」

 やっぱり決闘するのね……。不良相手に決闘なんて、私はとてもやりたくないけれど。格闘技でもやるのかしら、と私は頭の中で思考を巡らせた。

「決闘? なにするんだよ」
「いい食いつきだな、平岡! 今回の決闘は、『校内美化対決』だ!」
「美化だと?」
「そうだ。志木折中の敷地内のゴミ拾いをしてきれいにするんだ。それで、どちらが多くのゴミを拾えるかを競う。ゴミ袋を事前に渡しておこう」

 そう言いながら秋元は制服のポケットの中からゴミ袋を数枚手渡した。いつの間に用意していたのか。

「こっちも平等に人数は2人にするぞ。生徒会からはオレと水野が参戦する!」
「はあ!?」

 私は大きく声を上げた。初耳だ。

「……いいだろう。その決闘、受けようじゃねーか。いつまでに集めればいい」
「そうだな。なるべく早く撤去してほしいから、3日間でどうだ? あと、袋が足りなくなったら生徒会室にもらいに来い」

 鮫島と平岡は断るかと思ったが、意外にも話が通じている。不良は勝負事になるとやる気になるのだろうか。

「追加で言うと、回収時間は休み時間と放課後のみだ。さっきも言ったが、授業はしっかり出ろよ」

 秋元がそう言うと、平岡は笑い出した。

「……なんだよ。なにがおかしい」
「授業だと? 嫌だね、何で授業に出ないといけないんだよ。学校に来てるだけいいじゃねーか。……なあ、おまえ。噂には聞いていたが、小学校に行ってないらしいな? 小学校にもろくに行っていないヤツに授業出ろとか、言われたくないんだけど」

 平岡は秋元に向かってそう言い放った。秋元は前を向いたまま何も言い返さない。

「あと、そこの後ろにいるヤツ」

 平岡は私の後ろにいる美雪を指さした。美雪が怖気づいて、後ずさりしている。

「お前も、前の学校で不登校だったから転校してきたんだろ? 生徒会の半分がこんなのでいいのかよ。笑えるな、おい」

 美雪は自分の肩を抱えるようにして震えていると、モッチーがかばうように美雪の前に立った。

「春樹、柊を生徒会室まで連れていけ。あと、テニス部の2人はもう練習に戻れ。いいな?」

 秋元の言葉にモッチーとテニス部の2人は無言で頷くと、この場を去っていった。秋元は動揺することなく落ち着いていた。彼女たちがいなくなったのを見て、秋元は再び平岡と鮫島に向かい合った。

「……オレは別に構わないが、柊にその話をするのは今後一切やめてくれ。じゃあ、3日後にまた来る。水野、行くぞ」

「私、彼らと話したいことがあるの。だから、先に戻ってて」
「……あ、ああ。わかった」

 秋元は戸惑ったように私を見ると、彼は1人で歩き出した。私が相当怖い顔をしていたのだろう。でも、仕方がない。彼の姿が見えなくなったのを確認すると、私は平岡の前に静かに移動した。

「あぁ? なんだよ、おまえ」
「私も秋元と同じように自己紹介したほうがいいかしら。2年2組の水野よ。……ねえ、あなた。同じ小学校でもなかったのに、秋元の何を知っているというの?」

 頭の中で、何かがプツリと切れる音がした。

「秋元はね、小学校に行かなかったじゃなくて、行けなかったのよ! 事情があってね! なにも秋元のことを知らないくせに、あいつの前でそんなこと言わないで!」

 いつの間にか、手に持っていた折りたたみ傘は地面に落ちていた。自分が泣いているのか、雨によってぬれているのかもわからない。なんで不良相手にこんなに声を荒らげているのか、それすらもわからない。

 ――何で自分のことじゃないのに、こんなに怒っているんだろう。バカみたい。

「……秋元、あれでも脆いから。今後あいつの前で、絶対にその話題を口にしないで」

 私は傘を拾い上げると、平岡と鮫島に背を向けて歩き始めた。


☆  ★  ☆


「わたしね、学校行ってなかったんだぁ。1年生の途中から」
「……そうなの」

 放課後、ゴミを拾っていた私の横で美雪がぼそりと呟いた。地面に行列をつくるアリを飽きることなく見ていた彼女の顔は、どこか寂しげだった。

「ほら。みんなに交じりなよ、キミ」

 美雪が列から外れたアリを、木の枝を使ってまた列に戻そうとしている。

「わたしみたいに1人ぼっちになっちゃうよ」

 秋元は既に美雪の過去を知っている様子だった。美雪は秋元に不登校だった件を話したのだろうか。それとも、彼が聞いたのだろうか。いずれにしても、彼女にとって触れてはいけない話題だったみたいだ。

「無理に列に戻さなくてもいいと思うわよ。また別の場所で別の仲間をつくるんじゃないかな、きっと。今の美雪がそうじゃない」
「……うん。そうだね、夕夏の言う通りだぁ」

 彼女に何があったかはわからないけれど、美雪が今、志木折中の生徒会として私たちと一緒にいるのは事実だ。

「よーしっ、はりきってゴミ拾いするぞぉー!」
「ダメ、美雪は見学」
「えぇー。わたしもやりたいよぉ」

 立ち上がって元気を取り戻した美雪は、私にいつもの笑顔を見せた。

「おい、水野。まだ1袋目か? 全然進んでねーじゃん。明日が最終日なんだぞ」

 私が手に持っているゴミ袋を見た秋元が声を掛けた。まだゴミ袋の半分以下しか集められていない。対して秋元は2袋目に入っているみたいだ。

「鮫島と平岡に負けるぞ」
「そもそも、あの人たちが真面目にゴミ拾いをしている姿なんて想像できないんだけど」
「さあ、どうだろうな」

 秋元は何かを企んでいるときの顔をしている。一体何を考えているのだろうか。気づいたら横にいた美雪は虫を追いかけて遠くに行ってしまっている。

「私は少なくても、大きくて重いゴミが多いのよ」
「どれ……。うわっ、重いな。これ何だ? 石か?」

 秋元が私のゴミ袋を持ち、中身を確認した。

「多分、鉄だと思う。黒くて最初はわからなかったけど」

 鉄の塊のようなものが大半を占める私の袋は、一度袋が破れてしまったので2重にしてある。

「オレのと交換しろ」
「え、なんで?」
「だから……っ!」

 秋元は無理やり私の袋を奪うと、さらに私に1歩近づいた。お互いの身体が触れ合いそうなくらいの距離だ。

「ちょっ、近い……」
「オレは男だぞ!」
「そんなの、わかってるわよ。何を今更」
「だーかーらー! そうじゃなくて!」

 秋元は伏し目がちになると、声を小さくした。

「……どうせオレは頼りないよ。水野よりも身長低いし、小学校もろくに行ってないし」

 あー……。また拗ねてる。美雪をかばったときに『オレは構わないが』とか言っていたけど、平岡の言葉がよほど効いたのだろう。彼も美雪同様、不登校がNGワードだったのだ。

「別にそんなこと思ってないわよ。あんまり気にしなくていいんじゃない?私はそのままの秋元が――」

 私は、はっとして我に返った。
 ……あれ? 今、私、なにを言おうとしたの?

「じゃあ、はい。お言葉に甘えて持ってもらうわ。私は美雪のところに行くから」

 私は逃げるように秋元のそばから離れた。心臓の鼓動が早くなっているのを感じる。走り疲れて校舎の壁に寄りかかると、足の力がなくなりその場にしゃがみこんだ。

 ――今、『そのままの秋元が好き』って言おうとしなかった?

 まさかね。そんなわけないじゃない。


☆  ★  ☆


 決闘宣言から3日経った日の放課後、私たち生徒会4人はゴミ袋を抱えて、鮫島と平岡のいる小屋へと向かった。向かったのだが……。

「あれ? この辺にあったよね、彼らの小屋」

 モッチーが目を大きく見開いた。小屋があった場所は、普通の平地になっている。先生たちが強制的に撤去したのだろうか。

「お、来たな」

 秋元の目先には、信じがたい光景が――。

「会長、お疲れっす」
「いやー。今日もいい汗かいたぜ」

 ……どちらさまですか?

 金髪でいかにも不良だった2人は黒髪に染め直し、きちんと制服を着ている。手にはパンパンに膨らんだゴミ袋を大量に持っている。3日前に会ったときの彼らとは、まるで別人だ。私と隣にいるモッチーと美雪もぽかんと口を開けていた。

「今日もご苦労だったな、おまえら」

 秋元は慣れ慣れしく鮫島と平岡の肩を叩を叩くと、2人は照れている様子で頭をかいている。

「な、なにがどうなってるのぉ?」
「柊さん、あの発言はすまなかったな」
「え、ああ……。別に、いいけどぉ」

 本当に、なにがどうなっているのだろう。学校の敷地内どころか、不良たちまでクリーンアップされているなんて。

「袋の数を見るに、お前らの圧勝だな。さすがは志木折中のボランティア同好会だな」
「ボランティア同好会!?」

 秋元以外の生徒会メンバーがそろって驚きの声を上げた。

「ああ、そうだ。昨日の昼休みに生徒会室に来たこいつらから立ち上げたいって言われてな。同好会の場合、部活動と違って発足が簡単だから、その日のうちに作ったんだ」

 秋元は上機嫌に説明した。なるほど、昨日の放課後の時点ですでに同好会の立ち上げの話が彼らからあったわけだ。

「まさか、ゴミ拾いがこんなに面白いとは思わなかったぜ。きれいになっているのが目に見えてわかるし、ゴミ袋にたまっていくゴミを見ると達成感もあるしな」
「誰かから感謝されたのは生まれて初めてだったから、嬉しくて下校時間ギリギリまで拾ってたぜ。会長、サンキューな」

 鮫島と平岡は満足そうな笑顔で秋元にそう言った。

「小屋は撤去したの?」
「いや、園芸部の隣のスペースを借りることになったから移動したんだ。今後は雑草抜きもやっていく予定でな。園芸部も快く引き受けてくれた」

 鮫島が答えるとモッチーはなるほど、と相槌を打った。これでテニス部ものびのびと練習できるだろう。もしかして秋元は初めから彼らが変わると予測していたのだろうか。……いや、まさかね。

 平岡は美雪に謝罪した。あの様子じゃ、秋元にも謝っているだろう。私も、あのとき秋元のことで頭に血が上ってしまったことを謝らないといけない。私は彼らの前に立った。

「あの、2人とも。その、あのときは――」
「ひ、ひいっ! ご、ごめんなさい! 許してくださいっ」

 私が言葉を口にしている途中で平岡はそう言うと、ゴミ袋を置いて猛ダッシュで走り出した。平岡を追いかけるように、鮫島も青ざめた顔をして後をついていった。あまりの速さに唖然とする。

「え? ちょ、ちょっと待ってってば!」
「……水野、あいつらに何したんだよ」

 秋元から疑いの目で見られ、私は適当にごまかした。あんたのことで怒っていたなんて、本人を前にして言えるわけがない。

 後日、彼らを捕まえて私が謝り直し、無事和解することになった。
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