第5回戦 体育祭は終わらない
「今年は白組が勝ちそうだね」
「まあ、点数を見なくても圧勝って感じだったものね」
校庭に飾られている点数が外された得点板を見ながら、私とモッチーはそんな会話をしていた。
夏休みも終わり、あっという間に体育祭の時期となった。最後の競技も終わり閉会式を待っているが、序盤から白組が圧倒的に赤組に差をつけて点数を上げていた。だから結果発表の前だが、学校全体はもう白組が勝ったも同然という雰囲気になっている。
志木折中の体育祭は、奇数のクラスが白、偶数のクラスが赤となっている。私と秋元は2組なので赤、モッチーと美雪はそれぞれクラスは違うが白組だ。
「はあ~。リレー疲れたよぉ」
「美雪! お疲れさま」
リレーから帰ってきた美雪が、フラフラとした足取りで私とモッチーの間に入ってきた。リレー選手用の白いビブスを体操着の上から着ている。
「速かったね、柊さん」
「会長には負けるけどねぇ」
そう言いながら、美雪は午前中のパン食い競争で取ったジャムパンをほおばっている。
美雪はクラス代表としてリレーの選手に選ばれていた。私のクラスからは秋元が出場した。彼は恐ろしいことに、バトンを受け取ったときの最下位から3人抜きをして、1位のまま3年生の先輩に繋いだのだ。さすが、陸上部から勧誘されるだけある。
「リレーは赤組が勝ったけど、リレーだけで点数が埋まるはずないよねぇ。だから、白組の圧勝だね~」
「発表はまだだけどね」
苦笑いをするモッチーの横で、美雪は無邪気な笑顔で私にピースサインをした。
「はいはい。まあ、来年もあるしね。ところで、秋元はどこ行ったのよ」
「えー? 知らなぁーい」
私はこの時、背筋がぞくっとする感覚に襲われた。何かが起きる、そう悟った。
突然、マイクのキーンという甲高い音が校庭中に響き渡ると、続いてマイクを手で叩いている音がした。放送部が閉会式に向けてマイクチェックをしているのだろうか。
「そろそろ閉会式が始まるんじゃない?」
モッチーが私と美雪に声を掛けたその時、マイクから聞こえた声は司会進行を務める放送部の声ではなかった。
「あーあー。こちら、放送席。志木折中2年2組、生徒会長の秋元拓海だ! 放送席はオレが乗っ取った!」
「ええっ、会長ぉ!?」
美雪が驚きの声を上げると、片手に持っていたパンを地面に落とした。
「バカ! あいつ、何やってんのよ!」
「このまま終わらないんじゃないかとは薄々思ってたけど……」
モッチーも何かを察していたらしい。勝ちにこだわる秋元が、このまま赤組が負けるとなるとわかれば放っておくわけがないだろう。しかし、生徒会長の権限を使って何をするつもりだろうか。
砂のついたパンを拾い上げ悲しみに暮れる美雪を慰めてから、私は放送部のテントへと走った。
「志木折中の生徒諸君。今年は白組が勝ったも同然と思ってないか? そう考えているのなら甘いな! まだ闘いは終わっていないぜ!」
何が起こるのかとざわつく生徒たち。完全に負けモードで落ち込んでいた赤組の応援団も、放送席にいる秋元に注目している。
「いいか、赤組。これから最後のどんでん返しのチャンスを与えよう! 今、手を叩きあって喜びを分かち合っている白組のお前らもよーく聞け」
そう言って秋元は、大きく息を吸い込んだ。
「今年の体育祭、最後の決闘は“全校生徒参加のドッジボール対決”だ!」
秋元がマイクに叫ぶと、志木折中のグラウンドには悲鳴と歓声が響き渡った。秋元の奴、絶対決闘にこじつけようとするとは思ったが、まさか全校生徒を対象にするなんて。
「あー。ところで業務連絡だが、2年2組の水野はいるか?」
「ここにいるわよ」
私は秋元が座っている放送席の後ろから彼に声を掛けた。秋元が振り向く。
「なんだ、後ろにいたのかよ。そんな顔するなって。今のお前の顔、般若みたいだぞ」
「ちょ、ちょっと! いったんマイクの電源切りなさいよ!」
今のやり取りが全校生徒に流れてしまった。グラウンドの各所からは笑い声も聞こえる。完全に放送事故だ。秋元はマイクの電源を切ると、そんな恥ずかしい私の気持ちも気にせず、再び話しかけた。
「生徒会室からホワイトボードを持って来てあるから、それを校庭に運べ。決闘のルール説明に使う」
そう言って秋元はテントの下にある見慣れたホワイトボードを指さした。こんな大きなものを、いつ生徒会室から運んできたのだろうか。
「呆れるほど用意周到ね」
「あと、リレーで使ったビブスも決闘に使うから回収してこい。赤色と白色両方必要になるからな」
秋元は自分が着ていた赤色のビブスを脱ぐと、雑にたたんで私に手渡しした。秋元のパシリとなった私は美雪とモッチーの元へ戻ると事情を説明し、一緒に回収してもらうことになった。
☆ ★ ☆
「それじゃあ、決闘のルールを説明するぞ」
秋元はマイクを手に持ちながら、全校生徒に向けて説明をした。赤組と白組で分かれてグラウンドに集まっているので、白組のモッチーと美雪とは離れてしまった。
「今回はさっきも言った通り、赤組と白組のドッジボール対決だ。だいたい志木折中の生徒総数は300人くらいだから、150対150くらいになるのか。言っておくが、ドッジボールが嫌いな奴らも全員参加だからな」
それにしても、凄い人数だ。校庭を目一杯使ってドッジボールをするつもりらしい。秋元は体操着のポケットからメモを取り出し、読み上げた。
「ルールは単純! 当てた人数だけ得点に反映される。ちなみに、リレーが終わった段階での得点は赤が630点、白が820点だ」
盛大なネタバレだ。発表を聞いた白組の生徒から歓声が上がっている。200点近い差があるので、美雪の言う通り白組が圧勝――するはずだった。ところで秋元は体育祭の関係者でもないのに、どこからその情報を入手してきたのだろうか。
「白組、喜ぶのはまだ早いぞ! 1人当てるにつき1点なんて言ってないからな」
秋元はそう言うと、ホワイトボードに図を貼った。
「いいか、よく聞け! 1人当てるにつき、元の得点から10点追加だ!」
つまり、赤組は19人当てれば白組の点数に追いつくことになる。でも、同時にこちらが当てられる可能性もあるというリスクも考えなければいけない。そう考えると、白組も同じくらい当てていれば結果は変わらないことになる。
「あの、会長。このビブスって何に使うんですか?」
秋元の前に立っている男子生徒が、彼の足元に置いてあるビブスを指さして聞いた。
「いい質問だ! このビブスはこれから各チームに50枚ずつ配るぞ。1枚取って後ろにいる人に回したら早速着てくれ」
赤組、白組ともに50枚のビブスがいきわたると、配布された生徒は疑問に思いながらもビブスを着用した。赤組は赤いビブス、白組は白いビブスとなっている。学年、性別は関係なく、ランダムにいきわたっているようだ。
「よし! 今ビブスを着たお前らは、当たるとプラス50点追加だ!」
ビブスを着た生徒からは悲鳴が、周りからは歓声が上がった。先に結果から言わないあたり意地悪だと思ってしまうが、まあ何とも秋元らしい。私は受け取らなくて良かったと、ほっとしたのもつかの間だった。
「それから、生徒会の水野と春樹はこっちへ来い」
「え?」
急に招集がかかり、仕方なく秋元が話している方へと足を運んだ。
「お前らはこれを着ろ」
そう言って渡されたのは、赤でもなく白でもなく、緑色のビブスだ。
――これ、絶対何かあるよね!?
モッチーと顔を見合わせて着るのをためらっていると、秋元から早く着ろと催促された。仕方なく着用する。
「よし! この緑色のビブスを着ているヤツを当てると、プラス1000点だ!」
「はあ!?」
私とモッチーは同時に声を上げた。グラウンドが今日1番の歓声に包まれる。
冗談じゃない。1000点なんて言ったら、私が当たれば白組に1000点が入り、赤組の負けはほぼ確定となる。つまり、全員が私を集中して狙いにくるに違いない。モッチーも同じことを考えているのか、顔面蒼白となっている。夏休みの陸上部との決闘に続き、彼は災難続きだ。
「あと、得点係を担当するのは会計の柊だ」
美雪も秋元に呼ばれて、嫌々ながらこちらへ来た。
「聞いてないよ、会長ぉ~」
「当てられたヤツの人数と得点だけ数えてればいいから大丈夫だろ。あと、電卓も持ってきたから使え」
秋元は美雪に小型の電卓を渡した。
「言い出しっぺのあんたも美雪を手伝いなさいよ」
「何言ってんだ! こんな面白い決闘にオレが参加しないわけないだろ!」
主催の秋元はあくまでも参加する側らしい。
「まあ、点数を見なくても圧勝って感じだったものね」
校庭に飾られている点数が外された得点板を見ながら、私とモッチーはそんな会話をしていた。
夏休みも終わり、あっという間に体育祭の時期となった。最後の競技も終わり閉会式を待っているが、序盤から白組が圧倒的に赤組に差をつけて点数を上げていた。だから結果発表の前だが、学校全体はもう白組が勝ったも同然という雰囲気になっている。
志木折中の体育祭は、奇数のクラスが白、偶数のクラスが赤となっている。私と秋元は2組なので赤、モッチーと美雪はそれぞれクラスは違うが白組だ。
「はあ~。リレー疲れたよぉ」
「美雪! お疲れさま」
リレーから帰ってきた美雪が、フラフラとした足取りで私とモッチーの間に入ってきた。リレー選手用の白いビブスを体操着の上から着ている。
「速かったね、柊さん」
「会長には負けるけどねぇ」
そう言いながら、美雪は午前中のパン食い競争で取ったジャムパンをほおばっている。
美雪はクラス代表としてリレーの選手に選ばれていた。私のクラスからは秋元が出場した。彼は恐ろしいことに、バトンを受け取ったときの最下位から3人抜きをして、1位のまま3年生の先輩に繋いだのだ。さすが、陸上部から勧誘されるだけある。
「リレーは赤組が勝ったけど、リレーだけで点数が埋まるはずないよねぇ。だから、白組の圧勝だね~」
「発表はまだだけどね」
苦笑いをするモッチーの横で、美雪は無邪気な笑顔で私にピースサインをした。
「はいはい。まあ、来年もあるしね。ところで、秋元はどこ行ったのよ」
「えー? 知らなぁーい」
私はこの時、背筋がぞくっとする感覚に襲われた。何かが起きる、そう悟った。
突然、マイクのキーンという甲高い音が校庭中に響き渡ると、続いてマイクを手で叩いている音がした。放送部が閉会式に向けてマイクチェックをしているのだろうか。
「そろそろ閉会式が始まるんじゃない?」
モッチーが私と美雪に声を掛けたその時、マイクから聞こえた声は司会進行を務める放送部の声ではなかった。
「あーあー。こちら、放送席。志木折中2年2組、生徒会長の秋元拓海だ! 放送席はオレが乗っ取った!」
「ええっ、会長ぉ!?」
美雪が驚きの声を上げると、片手に持っていたパンを地面に落とした。
「バカ! あいつ、何やってんのよ!」
「このまま終わらないんじゃないかとは薄々思ってたけど……」
モッチーも何かを察していたらしい。勝ちにこだわる秋元が、このまま赤組が負けるとなるとわかれば放っておくわけがないだろう。しかし、生徒会長の権限を使って何をするつもりだろうか。
砂のついたパンを拾い上げ悲しみに暮れる美雪を慰めてから、私は放送部のテントへと走った。
「志木折中の生徒諸君。今年は白組が勝ったも同然と思ってないか? そう考えているのなら甘いな! まだ闘いは終わっていないぜ!」
何が起こるのかとざわつく生徒たち。完全に負けモードで落ち込んでいた赤組の応援団も、放送席にいる秋元に注目している。
「いいか、赤組。これから最後のどんでん返しのチャンスを与えよう! 今、手を叩きあって喜びを分かち合っている白組のお前らもよーく聞け」
そう言って秋元は、大きく息を吸い込んだ。
「今年の体育祭、最後の決闘は“全校生徒参加のドッジボール対決”だ!」
秋元がマイクに叫ぶと、志木折中のグラウンドには悲鳴と歓声が響き渡った。秋元の奴、絶対決闘にこじつけようとするとは思ったが、まさか全校生徒を対象にするなんて。
「あー。ところで業務連絡だが、2年2組の水野はいるか?」
「ここにいるわよ」
私は秋元が座っている放送席の後ろから彼に声を掛けた。秋元が振り向く。
「なんだ、後ろにいたのかよ。そんな顔するなって。今のお前の顔、般若みたいだぞ」
「ちょ、ちょっと! いったんマイクの電源切りなさいよ!」
今のやり取りが全校生徒に流れてしまった。グラウンドの各所からは笑い声も聞こえる。完全に放送事故だ。秋元はマイクの電源を切ると、そんな恥ずかしい私の気持ちも気にせず、再び話しかけた。
「生徒会室からホワイトボードを持って来てあるから、それを校庭に運べ。決闘のルール説明に使う」
そう言って秋元はテントの下にある見慣れたホワイトボードを指さした。こんな大きなものを、いつ生徒会室から運んできたのだろうか。
「呆れるほど用意周到ね」
「あと、リレーで使ったビブスも決闘に使うから回収してこい。赤色と白色両方必要になるからな」
秋元は自分が着ていた赤色のビブスを脱ぐと、雑にたたんで私に手渡しした。秋元のパシリとなった私は美雪とモッチーの元へ戻ると事情を説明し、一緒に回収してもらうことになった。
☆ ★ ☆
「それじゃあ、決闘のルールを説明するぞ」
秋元はマイクを手に持ちながら、全校生徒に向けて説明をした。赤組と白組で分かれてグラウンドに集まっているので、白組のモッチーと美雪とは離れてしまった。
「今回はさっきも言った通り、赤組と白組のドッジボール対決だ。だいたい志木折中の生徒総数は300人くらいだから、150対150くらいになるのか。言っておくが、ドッジボールが嫌いな奴らも全員参加だからな」
それにしても、凄い人数だ。校庭を目一杯使ってドッジボールをするつもりらしい。秋元は体操着のポケットからメモを取り出し、読み上げた。
「ルールは単純! 当てた人数だけ得点に反映される。ちなみに、リレーが終わった段階での得点は赤が630点、白が820点だ」
盛大なネタバレだ。発表を聞いた白組の生徒から歓声が上がっている。200点近い差があるので、美雪の言う通り白組が圧勝――するはずだった。ところで秋元は体育祭の関係者でもないのに、どこからその情報を入手してきたのだろうか。
「白組、喜ぶのはまだ早いぞ! 1人当てるにつき1点なんて言ってないからな」
秋元はそう言うと、ホワイトボードに図を貼った。
「いいか、よく聞け! 1人当てるにつき、元の得点から10点追加だ!」
つまり、赤組は19人当てれば白組の点数に追いつくことになる。でも、同時にこちらが当てられる可能性もあるというリスクも考えなければいけない。そう考えると、白組も同じくらい当てていれば結果は変わらないことになる。
「あの、会長。このビブスって何に使うんですか?」
秋元の前に立っている男子生徒が、彼の足元に置いてあるビブスを指さして聞いた。
「いい質問だ! このビブスはこれから各チームに50枚ずつ配るぞ。1枚取って後ろにいる人に回したら早速着てくれ」
赤組、白組ともに50枚のビブスがいきわたると、配布された生徒は疑問に思いながらもビブスを着用した。赤組は赤いビブス、白組は白いビブスとなっている。学年、性別は関係なく、ランダムにいきわたっているようだ。
「よし! 今ビブスを着たお前らは、当たるとプラス50点追加だ!」
ビブスを着た生徒からは悲鳴が、周りからは歓声が上がった。先に結果から言わないあたり意地悪だと思ってしまうが、まあ何とも秋元らしい。私は受け取らなくて良かったと、ほっとしたのもつかの間だった。
「それから、生徒会の水野と春樹はこっちへ来い」
「え?」
急に招集がかかり、仕方なく秋元が話している方へと足を運んだ。
「お前らはこれを着ろ」
そう言って渡されたのは、赤でもなく白でもなく、緑色のビブスだ。
――これ、絶対何かあるよね!?
モッチーと顔を見合わせて着るのをためらっていると、秋元から早く着ろと催促された。仕方なく着用する。
「よし! この緑色のビブスを着ているヤツを当てると、プラス1000点だ!」
「はあ!?」
私とモッチーは同時に声を上げた。グラウンドが今日1番の歓声に包まれる。
冗談じゃない。1000点なんて言ったら、私が当たれば白組に1000点が入り、赤組の負けはほぼ確定となる。つまり、全員が私を集中して狙いにくるに違いない。モッチーも同じことを考えているのか、顔面蒼白となっている。夏休みの陸上部との決闘に続き、彼は災難続きだ。
「あと、得点係を担当するのは会計の柊だ」
美雪も秋元に呼ばれて、嫌々ながらこちらへ来た。
「聞いてないよ、会長ぉ~」
「当てられたヤツの人数と得点だけ数えてればいいから大丈夫だろ。あと、電卓も持ってきたから使え」
秋元は美雪に小型の電卓を渡した。
「言い出しっぺのあんたも美雪を手伝いなさいよ」
「何言ってんだ! こんな面白い決闘にオレが参加しないわけないだろ!」
主催の秋元はあくまでも参加する側らしい。