砂糖菓子の心は貫けない
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何に、と聞こうとするより先に後ろから突然抱き締められて、雪櫻は息を呑んだ。サボの緩くウェーブのかかった髪が、雪櫻の耳にかかる。くすぐったくて身を捩ろうとしても、きつく抱き留められていて叶わない。
「雪櫻って甘い物、好きじゃないんだろ。俺がガキの頃は、いつも俺のために菓子を用意して待っててくれたんだ」
図星だった。雪櫻の机の引き出しには、今はもうお菓子は入っていない。サボが成長し、医務室に出入りすることがほとんどなくなってからは、あの2人でよく取り合いをしたガラス製のクッキーポットも捨ててしまっていた。
「アンタの優しさにガキの頃から触れていたから、俺は周りに優しくなれた。だから今回も、俺1人のワガママに、皆が付き合ってくれたんだ」
「……いや、あなた、結構好き勝手やって皆を困らせてると思うけどね」
思わず、雪櫻の顔に笑みが浮かぶ。クスクスと笑う姿を見て、サボもうるせー、と笑って腕に込める力を少し強くした。
「――ごめんね」
「ん? 何が?」
柔らかく微笑んだまま呟いた雪櫻の横顔を、サボは彼女を抱き締めたまま覗き込む。
「記憶が戻ったとき――スゴく辛そうだったあなたを見て、もっと早くに記憶を取り戻してあげられてたら、って後悔していたの。あんな形で思い出したのでなければ、サボは苦しまなくて済んだかも、って――」
「――いいよ、そんなの。今、こうして笑い合える。俺はそれだけでいいんだ」
ずっと伝えたかった。お互い気付いていたけれど、目を逸らしてきた。でも、これから大事な物を奪い返しに行く――その前に、手に入れておきたいと思った。記憶を失ってから初めて、心から大事だと想った人。
「雪櫻。久しぶりに『あれ』、やってくれよ」
「えぇ?! 嫌よ。あなた、もう記憶戻ってるじゃない」
「いいんだよ。俺にとっちゃおまじないみたいなもんで、元気が出るんだ」
「そういうモン? じゃあ……」
サボが腕の力を緩めると、雪櫻は彼の方に向き直った。身長はとっくの昔に追い越されて、今では頭1つ分は優に違う。両手を握りしめ合い、目を閉じる。そのまま口を開こうとすると、頭上から呆気に取られたような声が降ってきた。
「え、おでこはくっつけねェの?」
「いや、それは……」
「いいだろ、完全に再現してくれよ。いつもと違うと調子狂う」
目を開ければ、サボは悪戯っぽい笑顔を雪櫻に向けていた。こういう表情は、昔から変わらない。しぶしぶ分かったわよ、と呟くと、サボはにこにこ笑いながら膝を折り曲げて屈み、額の高さを雪櫻と同じに合わせた。
「いい? いくわよ」
「ああ」
「『記憶が戻らなくても。これからのあなたを作っていくのはあなた自身よ、サボ』」
「……ああ。ありがとう、雪櫻」
言うが早いか、雪櫻の唇に、あの日の少年のそれが重なる。ああ、甘い。あの頃、苦境にあっても笑顔を忘れない彼に自分の方が会いたくて、お菓子をあげ過ぎたせいかもしれない。医務室を笑顔で颯爽と出て行く青年を見つめながら、雪櫻はそんなことを思った。
記憶の戻った彼が、その記憶の一端である青年に再会するのは、もう少し先の話。
……End.
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