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後編
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その地下で、クロコダイルは愛玩動物のバナナワニの巨体にその身を預け、長い脚をゆったりと組みながら読書に耽っていた。
「ボス。お寛ぎのところ申し訳ないんだけど」
カツカツと踵を鳴らす音が近付いてきて、1人の女が現れる。白のロングコートに身を包み、同じ色のハットを目深に被った彼女は、少し離れた場所からクロコダイルに声を掛けた。
「どうした、ミス・オールサンデー」
「悪い報告よ。銀を仕入れに向かったミリオンズの船が襲われて、購入資金を根こそぎ奪われたわ」
「――なんだと?」
クロコダイルの視線と声が、厳しいものに変わる。だがミス・オールサンデーと呼ばれた女は、そんな彼の様子に臆することもなく報告を続けた。
「ミリオンズは全員無事で、命までは取られてはいないそうよ。相手は女1人。手口と人相の特徴から言って、最近話題になってる女義賊の雪櫻だろう、って話よ」
「――そうか」
パタリ、と読みかけの本を閉じてクロコダイルが体を起こす。バナナワニがその体温が離れるのを惜しむかのように纏わりつくが、主人は立ち上がってスタスタとミス・オールサンデーの元へと歩いて行ってしまった。
「――どうするの?」
「女1人にやられちまうような弱卒は組織にはいらん。戻り次第『処分』しろ」
「――分かったわ。雪櫻の方は?」
「――物は考えようだ。計画を遅らせられたのには腹が立つが、優秀な社員候補に出会えたと思えばそう悪いことばかりでもねェ」
しばらく店を預ける、とミス・オールサンデーに向かって呟いて、クロコダイルは葉巻に火を点ける。毛皮のコートを翻し颯爽と歩きながら、彼の口元には薄く笑みが浮かんでいた。
「いてて……まだ治らないかぁ……」
包帯を捲りながら、雪櫻は独り呟く。スモーカーの部下の刀使いに斬られた右腕は、深手ではないものの、彼女の行動に多少なりの不自由を与えていた。
薬を塗り、新しい包帯を巻き直す。この「仕事」が終わったらちゃんと病院に行こう。そんなことを考えながら、雪櫻は海を眺めた。
*****
スモーカーとの一件の前のこと。彼女の元に1羽の伝書バットが現れた。付き合いのある情報屋のからの連絡。そこには、とある銀山を持つ島で行われている海賊の取引の情報が書かれていた。
その情報によると、翼にレイピアの海賊旗を掲げた船が、決まって週に一度、その島へとやって来ては銀を買い占めていくのだという。その取引額は、今まで雪櫻が必死に海賊や賞金稼ぎ達からかすめ取ってきた金額を遥かに凌ぐ。雪櫻はもっと詳しい情報が欲しくて、すぐに電伝虫で連絡を取ろうとした。だがそれ以降、情報屋とはパッタリと連絡が取れなくなってしまった。直感的に、ヤバいヤマなのだな、と思った。だが、手を引こうとは思わなかった。
元来、雪櫻の中に命が惜しいとか、そういった感覚はない。ワノ国出身の人間特有の、「散華の美」とでもいうのだろうか。本懐を遂げられないのなら死んだ方がマシ、と思っている節がある。とはいえ、無駄死にする気もない。ヤバいヤマならそれなりの準備をして臨む。それでダメなら潔く。そう考えて、能力者対策に監獄弾奪取を目論んだ、というのがスモーカーと出会う発端となっていた。
無事に、とはいかなかったが監獄弾を入手して、情報で示されていた島に着き、灯台に潜伏して港を監視すること2日。その海賊旗を掲げる船は現れた。先日海軍から奪った監獄弾を携え、雪櫻は今度は鉱夫へと変装して船に潜入した。そして――
(この間は、案外呆気なかったなぁ)
幸いにも、監獄弾を使わないといけないような相手は船には乗っていなかったし、上客扱いして酒を振る舞ってやれば、いとも簡単にそれに乗っかり、睡眠薬入りの酒だとも気付かずに飲み干してくれて、サクサクと「仕事」は済んだ。あまりにも簡単に事が運んだので、収穫もそれ程期待してはいなかった――のだが。そこだけは情報屋の言う通り、いつも雪櫻が奪っているのとは桁が違う収穫があった。ヤバいヤマだと思ったのは気のせいなのかもしれない。情報屋と未だ連絡が取れないのは気掛かりだが――レイピアを海賊旗にあしらっているところからしても、何処かの呑気な貴族が道楽に海賊「ごっこ」をしているだけなのかもしれない、そんな風に考えた。
(そうだとしたら、こんな楽な仕事はないんだけど。先週襲われたばっかりだし、流石に今週は来ない、か――)
ふと港を眺めて、その目を疑う。朝靄に煙る凪いだ海に、1隻の船。その帆には、翼とレイピアの海賊旗が描かれていた。
(やっぱり、貴族の道楽かもなぁ)
慌てて鉱夫の作業着に着替え、女と分からないように顔を煤で汚し、帽子を目深に被って港へと走る。街はまだ眠りの中だ。雪櫻の様子を気にする人間は1人もいない。流石に先日の襲撃を警戒しているのか、船は前より二回り程小さかった。錨とタラップを降ろし、取引の開始を待ちわびている。雪櫻は港の少し手前で立ち止まり、息を整えてタラップの下から船上に向かって呼び掛ける。
「お待ちしておりました! 早速、品物のご確認を!!」
ふと、船上に人影が揺らめいた。船員だろうか、と思った次の瞬間、雪櫻の体は空中へと舞い上がっていた。
「な……っ?!」
現状を把握するより先に、体が固い床に叩き付けられる。げほっ、と数回咳き込み首を捻ると、よく磨かれた革靴が視界に入った。そのまま視線を上へと移動させようとするが、それは叶わなかった。右腕の傷が開き、包帯が真っ赤に染まる。フッと白んでいく視界。雪櫻はそのまま、意識を手離した。
どれくらい、気を失っていただろうか。ふと右腕に違和感を感じて目を抉じ開けると、大きな手がスルスルと包帯をほどいているところだった。流石に驚いて、一気に意識が覚醒する。顔を上げるとまだクラクラしたが、包帯を替えようとしているらしいその相手の顔は、あまりに有名で見紛うことなどない。
「サー・クロコダイル……!?」
