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前編
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また飛び掛かってきた島民を、スモーカーはスルリと煙になって躱す。そのまま彼は空中へと舞い上がり、上空から雪櫻を探そうと目を凝らした。これなら島民達の追跡の手も届かないし、周囲を広く見渡せる。初めからこうしておけば、と思った、その次の瞬間だった。
パァン!
乾いた銃声と共に、降りかかる網。しまった、と思った時にはもう遅かった。網が体を覆い、力が抜けていく。海楼石を仕込んだ、監獄弾。スモーカーは、自身が賊に手渡してしまったそれに捕らえられていた。スモーカーが網に包まれて屋根の上に落下すると、家の下の方から女の声が聞こえてきた。
「この瞬間を狙ってたんだよね。馬鹿と煙は高いところに上る、ってさ」
「――雪櫻、だな……?!」
よっ、と声がしたかと思うと、どうやったのか、雪櫻がヒラリと屋根の上へと現れた。
「いやー、監獄弾ってスゴいね! ホントに能力者の力を無効にしちゃうんだ。うん、これは使える!!」
「雪櫻……お前、何を企んでやがる……!」
力の入らない体に苛立ちながら、スモーカーは目の前の女義賊を睨み付ける。雪櫻はいつの間にか着替えていて、本で一度だけ見たことのある“ワノ国”の「忍」と呼ばれる者達の装束に身を包んでいた。
「『企んで』? 嫌な言い方するなぁ。私はただ、この島の人達みたいな、海賊に酷い目に遭わされた人達の力になりたいだけ。それを止める権利が、アンタ達海兵にあるとでも?」
「…………!」
スモーカーの脳裏に、港町で自分の行く手を遮った島民達の姿が過った。海軍の助けより、1人の女義賊を頼ろうとする人々。海賊を捕らえて島民達に安全を確保しようとする自分より、彼らは復興のための資金を必要としていた。海賊がまだ島内にいる、というのが雪櫻の狂言だったからだとはいえ、復興支援を海軍が行えているかと聞かれれば、NOと言わざるを得ない状況を、スモーカーは知っていた。
「……その格好、お前ワノ国の出身なんだろう? 何故自分の国でもない人々のために、海兵にまで手を出して彼らを救おうとする?」
「はっ、愚問だね。そんなの決まってる」
力が入らず、屋根の上でへたり込んだスモーカーを見下ろしながら、雪櫻が答える。
「私も昔、同じ目に遭ってるからさ」
「……!」
見上げると、その瞳は哀しみを湛えた色をしていた。ワノ国の人間特有の、小柄な体。その体で、どれ程の哀しみを背負い、生きてきたのだろう。スモーカーは胸が締め付けられる思いがした。
「私の住んでた村も、海賊に襲われた。村が焼き尽くされていく中、現れた海兵達は私達には目もくれずに、どれだけの被害が出たのかを金に換算して、逃げた海賊共に賞金を懸けた。それがまたさ、笑っちゃうぐらい高いわけ。そんな金、賞金稼ぎにくれてやるぐらいなら、村の復興資金にして欲しかったよ」
「……」
二の句が告げられず、スモーカーは俯く。確かに、ローグタウンを訪れる賞金首達を相手にしながら、よく思っていた。何故こんなに弱い連中に、賞金を懸ける必要があるのだろう、と。賞金を懸けるということは、その海賊を倒すために、海兵以外の一般人にも協力を要請するということだ。海軍の弱体化を浮き彫りにしているような事実。その賞金で、どれだけの海賊から被害を受けた人々が救えただろう。彼女の言い分は、至極真っ当なことのように思えた。
「結局、復興するための資金も得られずに、私の故郷は廃村になった。帰る場所がないってのは、あれで結構きついんだ。私は、そんな思いをする人を放っとけない」
雪櫻のやり方が100パーセント正しいとは言えないが、生来優しい性分の女なのだろうな、とスモーカーは思った。自分も辛い思いをしていながら、他人のことを思い遣り、助けようとする心。その心に触れて、スモーカーの胸にはある思いが生まれていた。
「雪櫻」
「なぁに? 囚われの王子様」
さっきまでの悲しそうな表情は何処へやら、雪櫻は冗談を言って笑う。それが強がりなのは丸見えで、スモーカーは怒りもせずに、真っ直ぐ彼女の目を見て、言った。
「お前は、海軍に入るべきだ」
「……は? 何それ」
雪櫻は呆れたように笑う。スモーカーは構わず続けた。
「お前の村を見捨てたこと、それは同じ海軍として恥ずべきことだ。だが海賊を野放しにしておけば、いつまで経ってもお前の村やこの島のような惨状は減らねェ。だから海軍は奴らを追うんだ」
「そんなこと分かってる。それがアンタらの仕事だ。でもそれじゃあ被害を受けた人達は――!」
「俺達で変えよう」
真っ直ぐに雪櫻を見つめるスモーカーの視線に、漸く彼女の視線が合わさった。何を言っているんだ、と言いたげな瞳。スモーカーは視線と同じように、真っ直ぐな言葉をぶつける。
「海賊に賞金を懸けるのは、一般人の力を借りねェと海賊1人捕まえられねェ、と海軍自ら言ってるようなもんだ。懸賞金は海賊の強さと危険度のバロメーターの役割でもあるとはいえ、たった1つの故郷を失った哀しみを金額で表すなんざ、失礼極まりねェとも思う」
戸惑いを帯びていた雪櫻の瞳が、どこか優しいものへと変わる。彼女の思いを理解する人間が現れたことへの安堵感、なのだろうか。スモーカーは続けた。
「俺も日頃から、懸賞金に見合わねェ実力の海賊共に疑問を持ってたところだ。そういう奴らには賞金なんざ最初から懸けずに、海賊共にやられた町の復興資金に充てるようにする。すぐには難しいだろうが、お前のその思いがあればやれる。俺もこう見えて海軍本部大佐だ、上への根回しは手伝う」
「……嫌だ、って言ったら?」
「お前を、捕まえる」
プッ、と雪櫻が吹き出して笑う。そのままケラケラと腹を抱えて笑いながら、彼女はスモーカーを嘲った。
「何それ! そんな格好で言っても、全然説得力ないよ?」
「あァ、だろうな。だが俺はお前に、これ以上盗みなんてやって欲しくない」
義賊として盗みを働いてはいても尚、失われない彼女の優しさと、気高さ。それは義賊という形でよりも、海軍で発揮するべきだと思った。
その時だった。
「スモーカーさんっ!」
下から、たしぎの呼ぶ声がした。やはりどこかで迷子になっていたのだろう、はぁはぁと息を切らす声も聞こえる。力の入らない体を無理矢理起こして眼下を見ると、たしぎが助走を付けて、スモーカー達のいる家の軒先に置いてあった酒樽を足場に、屋根に上ろうとしているところだった。その手には、抜き身の刀が携えられている。