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前編
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スモーカーの怒声がその耳に届いたのだろうか。ぴくり、と港にいた1人の島民が顔を軍艦の方へと向けた。男女の判別も付かないくらい煤で汚れた顔を涙でぐちゃぐちゃにして、スモーカーと目が合うと、その口をパクパクさせる。「助けて」。スモーカーには、その人物がそう言っているように見えた。
その声は聞こえずとも、スモーカーには伝わっていた。今まで散々違う島へ、と言っていた将校達もすっかり押し黙って、周囲の出方を待っていた。妙なプライドが邪魔をして、彼の言う通りだ、と自分からは言い出せないのだ。少しの間、スモーカーは彼らのうちの1人でも、島民を救うことを先決しようという者が現れないかと待っていたが、業を煮やして軍艦から飛び降りようとした――その時だ。
「おーい! おーーーい!!」
沈黙を破る、女の叫び声。ふとそちらへと目をやれば、新兵用のノースリーブのシャツを着た女が、青いスカーフを振りながらこちらに合図を送っていた。甲板にいた全員の視線が彼女に注がれる。
「この島の海兵か?! どうした?! ここで何があった?!」
1人の将校が彼女に叫び返す。自分の声が届いたことを確認してか、彼女はスカーフを振ることをやめ、手をメガホンの形にして再び叫んだ。
「海賊共にやられました……! 能力者もいます!! 今は島の奥の方を荒らして回っていますが、奴らの弾薬もそろそろ尽きる頃です! “監獄弾”さえあれば、私達残った兵だけでも対処できます!! 皆様方は、どうぞご自分の任務を優先してください!」
彼女の言葉を聞いて、数人の将校達の間から安堵の溜息が漏れた。それなら良かった、監獄弾を渡して、自分達は雪櫻の拿捕作戦へと向かおう――そういった魂胆が丸見えで、スモーカーは大きく舌打ちをする。
「アンタらは好きにすればいい。だが俺は行く。止めるなよ」
スモーカーの言葉に、誰一人として共に行こうと声を上げる者はいない。海軍はどうなってやがる、と思いながら、軍艦を降りようとするスモーカーの肩を、1人の将校の手が掴んだ。
「――すまない。彼らを見て、私も何も感じないわけではないんだ。だが、雪櫻が貴族をも狙っているとなると……」
「あぁ、俺も馬鹿じゃねェ。そういう案件を優先的に解決すれば、エリート街道への道が拓けるってモンなんだろう?」
「そういうわけでは……!」
「……悪ィ、言い過ぎた。行けよ。どのみち片付けないといけねェ問題だ」
「……ありがとう。これを、彼女へ」
彼はスモーカーへ監獄弾を手渡す。スモーカーはそれをしっかりと受け取ると、煙となって軍艦から飛び降りた。
「スモーカーさんっ!」
背後でたしぎの呼ぶ声が聞こえた。スモーカーは構わず、女海兵の元へと向かう。女海兵はスモーカーの能力に驚いたような表情を見せたが、すぐに腰に着けた拳銃嚢から銃を引き抜き、銃弾を受け取ろうと手を伸ばした。
「監獄弾だ、海賊共の元へ案内しろ」
女海兵の元へと辿り着き、スモーカーは監獄弾を手渡す。女海兵はありがとうございます、と言うと、それをしっかりと弾倉へと籠める。その姿に、スモーカーは違和感を感じた。
「お前、新兵の割に、いい銃を持ってるな……?」
通常、新兵のうちは、銃は軍から支給された物で統一されているはずなのだが、この女の物はそれとは違う。ぴくり、と女海兵の肩が動いた。だがすぐに、彼女は笑って答えた。
「私は銃が得手なもので、上官から特別に支給していただいたのです。分不相応だとは思っておりますが、ありがたく使わせていただいています」
「――そうか。ならその上官の名前を言ってみろ。階級は? 海賊共がまだ島をうろついてるってのに、この辺りの島民達を安全な場所に避難させていないとはどういうことだ?」
沸き上がった、疑念。港に降り立ち気付いたことだが、島民達は疲れ、絶望はしているものの、まだそこにある恐怖に怯えている様子はなかった。まさか。
「お前……!」
先程まで読んでいた報告書と、目の前の女海兵がリンクする。十手を突き付けようとしたその時には、既に女は駆け出していた。
「待ちやがれ……っ!?」
素早く後を追おうとしたスモーカーを遮る者があった。今まで疲弊して座り込んでいた島民達だった。そのうちの1人が叫ぶ。先程スモーカーに助けを乞うていた人物だった。
「アンタがいい海兵さんだってことは分かった……! けどな、俺達に必要なのは、町を復興させるための金なんだ……!! あの子はそれを俺達にもたらしてくれると言った……! 悪く思わないでくれ……!!」
悲痛な叫びは、スモーカーの心を抉る。海兵よりも、義賊に助けを求める人々。それほど求心力のある女なのか、はたまた自分達が信用されていないのか。ふと見れば、軍艦は既に出港してしまっていた。騒ぎに気付いた海兵が、甲板から身を乗り出してこちらを見ているが、巨大な軍艦のことだ、すぐには港には戻れない。あぁ、後者なのだな、と、スモーカーは葉巻の吸い口を噛み潰した。
「スモーカーさんっ! 大丈夫ですか?!」
「俺のことはいい、お前はあの女を追え!」
「分かりました!」
追い付いたたしぎが、島民達の手を振り切って駆け出す。女の背は既に遠い。たしぎのことだ、少しでも目を離せばまた迷子になるだろう。自分が煙になって追う他ないのは分かっていた。
(――クソッ!)
一般人に自分の技を使うのは、彼の流儀に反することだ。それを破らざるを得なくなった状況に、スモーカーは苦虫を噛み潰したような表情になる。元々強面の彼のそんな表情を見て、島民達は怯んだ。
「“ホワイト・アウト”!」
「うわっ!」「な、何だ?!」
スモーカーは、自身の両腕を煙へと変貌させ、島民達を捕まえる。何が起きたのかと、一絡げにされた島民達は大騒ぎになる。
「悪ィが、しばらくそうしておいてくれ」
そう言い残して、スモーカーは駆け出す。もうたしぎの背も見えなくなっていた。
(クソッ、きりがねェ……!)
島の奥でも、港町と同じように惨状が広がっていた。先程捕まえた島民が子電伝虫で連絡でも取ったのか、ここでも島民達がスモーカーを見るや、その行く手を阻もうとしてくる。十手でそれを往なしながら進んで来たが、時間が掛かりすぎていた。雪櫻が監獄弾を欲していて、それを手に入れた今、何をしようとしているのか。何れにせよ、早く彼女を見つけないといけない。