砂漠鰐は向日葵畑の夢を見るっぽい?

 その日、レインベースに珍しく雨が降った。



 閉店時間を迎え、私は最後の客を見送りにエントランスまで出ていた。扉を開けたボーイと共に、クロコダイルが正装で一礼する。この国の貴族だという客は、クロコダイルに握手を求めると、満足気に私達2人に笑い掛けて店を出た。



「おや、珍しい」



 客の声に外を見ると、闇に紛れてぽつりぽつりと、細い筋が空から落ちて来ていた。雨だ。



「これはこれは――すぐに傘をお持ちいたしましょう」
「ああ、すまないね」



 クロコダイルが促すと、ドア前に控えていたボーイが足早にキャッシャーへと向かう。急な雨のために傘が用意されていることは知っていたが、それが使われるのを見たのは初めてだ。クロコダイルのような大柄な男性でもすっぽり入ってしまいそうな充分な大きさの傘を、ボーイは客へと手渡す。ありがとう、と一言添えてそれを受け取った客は、ガラビアの裾を濡らさぬよう、手で少し持ち上げて歩いて行った。



「ホント、珍しいね。アラバスタみたいな砂漠の国にも、雨って降るんだ」



 この国に来て初めての雨に、私のテンションは少し上がる。扉を開けていたボーイに締め作業を進めておくように言って、私は店の軒先に出た。手を伸ばせば、指先に感じる優しい水滴の感触。私のもといた南の海サウスブルーの島では、雨といえば突然の雷を伴うざんざん降りが当たり前だった。こんな風に優しく降る雨を見るのは初めてで、全身にその雫を感じてみたくなった私は、気が付けば軒先からも出てしまっていた。



「――馬鹿か、お前は」
「?!」



 背後から掛けられた声に驚いて振り返ると、そこには呆れ顔のクロコダイルが立っていた。先程までの営業スマイルは何処へやら、眉間に皺をいっぱい寄せて、とても不機嫌そうにしている。子供っぽい姿を見られてしまって、私の顔は羞恥に赤く染まった。



「べ、別に、少しくらいはしゃいだっていいでしょ! 雨なんて久しぶりなんだもの」



 慌てて弁解すると、クロコダイルは口の端だけで小さく笑った。人のことを小馬鹿にしたようなその笑みに、私は思わずカチンと来る。



「――ふん、せいぜい今のうちに楽しんでおくといい。直にこんな遊びも出来なくな……?!」
「てりゃっ!」



 踵を返して店に戻ろうとしたクロコダイルの左腕を思い切り引っ張る。不意を打たれてよろめいたその体は、私と一緒に軒先を出て雨の雫に打たれる破目に陥っていた。



「あはは! ざまぁみろ!! 人のこと馬鹿にしてるから隙が出来るんだ……よ……」
「……いい度胸だ、貴様ァ……!」



 ケラケラ笑う私とは裏腹に、鬼の形相を浮かべたクロコダイル。その瞳は今にも食い千切らんばかりの猛獣の様相を呈していた。



「わ、私、終礼やりに戻らなくっちゃ……ひっ」



 そそくさと店に逃げ帰ろうとした私の肩が、がっしりと鷲掴みにされる。悲痛な叫び声は、いつしか強まっていた雨音に掻き消されて闇夜に溶けて行くのだった。





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■ロビン「じゃれ合うのはいいけど、仕事もしてもらえないかしら……」

2016.06
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