砂漠鰐は向日葵畑の夢を見るっぽい?

「出掛ける、昼には帰る」
「うん、行ってらっしゃい……」



 布団に包まったまま、ミス・アニヴェルセルが弱々しく応える。その様子に、俺は小さな違和感を感じた。奴の今日のシフトは休みだが、休みの日でも、いつもならこの変に生真面目な女が横になったまま俺を見送ることはない。珍しい事もあるものだ、と思いながら、俺は部屋を出た。



 コートを翻し、サラサラと砂の姿になりながら街を往く。国民達はそれを見て口々に俺の名を呼び、讃える。馬鹿馬鹿しいと思いながらも続けている、街の巡回。国家を転覆させた後、周囲から自ずと次期国王へと担ぎ上げられるように、“砂漠の英雄”として株を上げておくためだ。



 プルプルプルプル……



 巡回中、突然の子電伝虫の鳴き声に、俺は一度地上へと舞い降りた。降り立った地点にいた女が、驚きに声を上げる。構わず手首に着けた子電伝虫を繋ぐと、焦りを含んだパートナーの声がした。



「ボス? 大変なの、ミス・アニヴェルセルが……!」





 バタン! と大きな音がして、私は目を覚ました。それと同時に、額にずっしりとした重さと冷たさを感じて、何事かと顔を顰める。キョロキョロと辺りを見渡せば、ベッドサイドで安堵の表情を浮かべるロビンさんと、息を切らして立ち竦むクロコダイルの姿。状況が掴めず、私はおずおずとロビンさんに訊ねた。



「あの……ロビンさん、これは一体……」
「ただの風邪ですって。季節の変わり目だから、って、お医者様は仰ってたわ」
「――なんだと?」



 ロビンさんの言葉に、何故だか不機嫌な調子のクロコダイル。私は何だか責められているような気分になって、顔が隠れる程に布団を引っ張りあげた。



「お前……大病かもしれねェと言わなかったか……?!」
「可能性を示唆したまでよ。お医者様の判断は違った、それだけのこと」
「クハハ……俺を騙そうって腹だったのか? ミス・オールサンデー……!」



 クロコダイルは口では笑っているが、その目は憎々しげに燃えている。背筋に悪寒が走ったが、それが恐怖によるものなのか風邪のせいなのかは、判断がつかない。



「あら、心外だわ。だけど」



 ロビンさんが、ずり落ちそうになった私の額に乗っている物――氷嚢だろう――の位置を直してくれる。その表情は、こんな空気の中にありながら、どこか楽しげだ。



「そうだったにしても、許してもらいたいものだわ。『エイプリルフール』として」



 きょとん、とする私達2人に、ロビンさんはエイプリルフールの解説をしてくれた。

 エイプリルフールといって、異国には4月1日には嘘をついても良い、という風習があること。その嘘は午前中につき、午後にはネタばらしをしなければならないこと。その嘘は、人を傷付けるものであってはならないこと。そして、その嘘は1年間現実にはならないらしいということ。



「私が嘘をついたのだとしたら、ミス・アニヴェルセルは今年1年は大病を患わずに済むわね」



 フフッ、と蠱惑的な笑みを浮かべながら、ロビンさんは部屋を出ていく。残された私とクロコダイルは、呆然としながらその背中を見送った。



「――チッ。相変わらず、掴めねェ女だ」



 舌打ちをして、クロコダイルが私の横たわるベッドサイドにボフッと腰を下ろす。深く溜息を吐いて葉巻に火を点ける横顔は、どこか悔しそうだ。



「まぁ、どっちにしろただの風邪だったわけだから……」
「煩い。そんな声で喋るな、耳障りだ」



 喉が荒れていて、声がざらつく。冷たく言い放ちながらもクロコダイルは、ロビンさんがサイドボードに用意してくれたらしいピッチャーとグラスを手に取り、水を注いでくれる。私はゆっくりと体を起こすとそれを受け取り、こくこくと飲み干した。



「それに、ルールを1つ破ってやがる」



 ぽつり。呟いた言葉に、私は反応する。ロビンさんが私の様子を連絡したのは、11時頃だったという。そして帰ってきてただの風邪だったと分かったのはついさっき……12時を少し過ぎてからだ。とすれば、守られていないルールというのは……。



――えっ?



「おい、また熱が上がってきたんじゃねェか? 大人しく寝てろ」
「う、うん……」



 真っ赤になった頬に手をやる。熱に浮かされているせいで、何が真実だか見定められない。私は起き上がるときに退けた氷嚢を一度頬に当て、小さく溜息を吐くと、それを再び額へと乗せた。再び眠りにつく前にクロコダイルが見せた心配そうな表情も、真実だったのかは、分からない。





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■無駄に社長との間に確執を作る、拙宅のロビンちゃん。

2016.04
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