砂漠鰐は向日葵畑の夢を見るっぽい?

「わー! スゴい人だね、クロコダイル!!」



 バルコニーから宮前広場を見下ろせば、多くの国民達が列を成して「その時」を今か今かと待っている。私は背後で葉巻をふかしている海賊に声を掛けたのだが、それに答えたのは少女の声だった。



「毎年恒例だもの。早い人は夕方頃から集まり始めるのよ」



 ビビちゃんがクロコダイルを押し退けて、私の背中に纏わりつく。確かに、私達が王宮に着いたときにはもう今の状態に近いぐらい人が集まりだしていた。レインベースも普段から賑やかな街だが、今日のこの盛況ぶりには敵わないだろう。



「あ、そろそろ時間だわ。私、一番にパパやイガラム達に挨拶をしなくちゃいけないから、広間に行ってるわね」



 楽しんで、と言って、ビビちゃんは部屋を出て行く。ドアがパタン、と音を立てて閉まると、部屋は静寂に包まれた。



「……たかだか年を跨ぐだけじゃねェか。何をそんなに浮かれる必要があるんだ?」
「もー! ホントに情緒の欠片もないんだから。なんていうか、特別な感じがするじゃない」
「その曖昧な感想は果たして情緒と呼べるのか?」
「……う、うるさいな! すぐそうやって揚げ足を取る……」

 ドォォォン!



 クロコダイルの方を向いて文句を言う私の声を遮って、大きな爆発音が響く。それと同時に、宮前広場から一斉に上がる歓声。弾かれるように外を見れば、空に色とりどりの大輪の花が咲いていた。アルバーナ名物の、新しい年の始まりを祝うセレモニー。私達はビビちゃんに、特別に彼女の部屋からそれを見ていいと、招待してもらっていたのだ。



「ぅわぁ……!」



 花火はその後も引切り無しに上がり、新年を迎えた夜空を彩る。宮前広場の人達は、近くにいる人と誰彼構わず新年の挨拶をしていた。賑やかなその様子に私は微笑む――と、その刹那。

「わ?!」

 ぐい、と強い力で腕を引っ張られ、私の体はクロコダイルの腕の中に納まる。次の瞬間には、私の唇には彼の吸った葉巻の香りが、迷子になったかのように取り残されていた。



「今日は特別な日なんだろう? 今のも、今日限定の特別サービスだ。精々いい1年にするこった」
「え、うん……そりゃ、どうも……」



 クハハ、と高らかに笑って、クロコダイルは部屋を出て行く。私はといえば、花火の音も耳に入らないくらい心臓の音が五月蠅くて、花火が終わっても新年の挨拶に来ないのを心配したイガラムさんが部屋に来るまで、顔を真っ赤にして棒立ちになっていたのだった。





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■どうぞ素敵な1年の始まりを。

2016.01
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