砂漠鰐は向日葵畑の夢を見るっぽい?
「わぁ……! 雪!! 雪だよ、クロコダイル!」
甲板から声を掛けられて、俺は傍らで本を読んでいたニコ・ロビンに舵を任せて、操舵室から出た。吹き付ける冷たい風に一瞬目を細めて、俺はスタスタとうちの看板ディーラーの元へと歩み寄る。
「……ガキが、これくらいではしゃぐんじゃねェ」
「放っといて! 私南の海 出身で雪なんて初めてなんだから、それくらいいいでしょ!!」
空から舞い降りてくる白いふわふわとした結晶を、ミス・アニヴェルセルはうっとりと眺める。「砂」の俺には、肌に触れて溶けてしまえば水になる雪は苦手な物の一つなのだが、うちの看板ディーラーはといえば、甲板を走り回って雪を手で捕まえては、きゃぁきゃぁと子供じみたはしゃぎ声をあげている。俺は葉巻に火を点けて、その様子を遠巻きに眺めた。
俺達は今、ニコ・ロビンの「寒くなってきたし、温泉にでも行きたいわ」という一言を受けて、温泉地のある冬島に向かっている。
以前に提案した旅行――ひょんな事から「社員旅行」ということになってしまった――が延び延びになっていたので、それを兼ねて今に至ったのだ。社員旅行といっても、参加者は俺とニコ・ロビンと目の前ではしゃぎ回っている女の3人だけ。副支配人や他のディーラー達も行きたいとゴネたそうだが、支配人であるニコ・ロビンに、全員で行って店を空けるわけにはいかないから、と言わせて、なんとか押し留めたのだ。
「わ。あの光、何だろう? 綺麗だね!」
「……あァ、『クリスマス』とかいうやつだろう。この時期になると冬島は蝋燭やランプで街を飾るらしい。何が楽しいんだかな」
「ああ、あれが……」
遠くからでも分かる柔らかな明かりは確かに綺麗だったが、操舵室から感じるニコ・ロビンの視線につい気が立ってしまって、俺は意に反してハン、と鼻で笑ってみせる。だが、ミス・アニヴェルセルは、そんな俺の様子にその顔を歪めた。何か気に障ることを言ってしまったのだろうか。焦りを悟られないよう、声を掛けてやる。
「どうした、難しい顔して」
顔を覗き込むと、ミス・アニヴェルセルはコートの内ポケットから細長い包みを取り出す。丁寧にラッピングされたそれを前にして、今度は俺が眉根を寄せる番だった。
「――これは?」
「クリスマスプレゼント。くだらないと思ってるんなら、貰ってくれなくて構わないけど」
呆気に取られて、俺は黙って包みを受け取る。まさか、こんな物を用意していたとは。無意識に、包みを開く手が慎重になる。綺麗に包みを開ききった俺の手の中には、緑色に淡く輝くガラスペンが握られていた。
「――雑貨屋で見かけて、綺麗だったから買ってみただけだから」
拗ねたような横顔。寒さで赤くなった頬。全く、ガキだな……。ガキだから、クリスマスプレゼントはどういう相手に贈る物だということも分かっていないのだろう。
「――そうか。構わん、気に入ったから使ってやる」
ガラスペンを箱に戻し、ベストのポケットに無理矢理突っ込む。寒い、戻るぞ、とつっけんどんに言って、俺は操舵室へと歩き出した。
先を越されて癪だから、コートのポケットの中身は来年までお預けにしといてやる。
*****
■ガラスペン、好きです。
2015.12
甲板から声を掛けられて、俺は傍らで本を読んでいたニコ・ロビンに舵を任せて、操舵室から出た。吹き付ける冷たい風に一瞬目を細めて、俺はスタスタとうちの看板ディーラーの元へと歩み寄る。
「……ガキが、これくらいではしゃぐんじゃねェ」
「放っといて! 私
空から舞い降りてくる白いふわふわとした結晶を、ミス・アニヴェルセルはうっとりと眺める。「砂」の俺には、肌に触れて溶けてしまえば水になる雪は苦手な物の一つなのだが、うちの看板ディーラーはといえば、甲板を走り回って雪を手で捕まえては、きゃぁきゃぁと子供じみたはしゃぎ声をあげている。俺は葉巻に火を点けて、その様子を遠巻きに眺めた。
俺達は今、ニコ・ロビンの「寒くなってきたし、温泉にでも行きたいわ」という一言を受けて、温泉地のある冬島に向かっている。
以前に提案した旅行――ひょんな事から「社員旅行」ということになってしまった――が延び延びになっていたので、それを兼ねて今に至ったのだ。社員旅行といっても、参加者は俺とニコ・ロビンと目の前ではしゃぎ回っている女の3人だけ。副支配人や他のディーラー達も行きたいとゴネたそうだが、支配人であるニコ・ロビンに、全員で行って店を空けるわけにはいかないから、と言わせて、なんとか押し留めたのだ。
「わ。あの光、何だろう? 綺麗だね!」
「……あァ、『クリスマス』とかいうやつだろう。この時期になると冬島は蝋燭やランプで街を飾るらしい。何が楽しいんだかな」
「ああ、あれが……」
遠くからでも分かる柔らかな明かりは確かに綺麗だったが、操舵室から感じるニコ・ロビンの視線につい気が立ってしまって、俺は意に反してハン、と鼻で笑ってみせる。だが、ミス・アニヴェルセルは、そんな俺の様子にその顔を歪めた。何か気に障ることを言ってしまったのだろうか。焦りを悟られないよう、声を掛けてやる。
「どうした、難しい顔して」
顔を覗き込むと、ミス・アニヴェルセルはコートの内ポケットから細長い包みを取り出す。丁寧にラッピングされたそれを前にして、今度は俺が眉根を寄せる番だった。
「――これは?」
「クリスマスプレゼント。くだらないと思ってるんなら、貰ってくれなくて構わないけど」
呆気に取られて、俺は黙って包みを受け取る。まさか、こんな物を用意していたとは。無意識に、包みを開く手が慎重になる。綺麗に包みを開ききった俺の手の中には、緑色に淡く輝くガラスペンが握られていた。
「――雑貨屋で見かけて、綺麗だったから買ってみただけだから」
拗ねたような横顔。寒さで赤くなった頬。全く、ガキだな……。ガキだから、クリスマスプレゼントはどういう相手に贈る物だということも分かっていないのだろう。
「――そうか。構わん、気に入ったから使ってやる」
ガラスペンを箱に戻し、ベストのポケットに無理矢理突っ込む。寒い、戻るぞ、とつっけんどんに言って、俺は操舵室へと歩き出した。
先を越されて癪だから、コートのポケットの中身は来年までお預けにしといてやる。
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■ガラスペン、好きです。
2015.12